ナンパおばあちゃんと黄色いスコップ!? バス停から生まれるものがたり

※この記事は2017年1~2月に「な!ナガオカ」が主催した「視点の学校」ワークショップにて、長岡造形大学の学生が作成したものです。

 

長岡に暮らし始めて三年目。筆者である私は新潟県長岡市にある長岡造形大学に通う大学生です。

暮らしはじめてからの交通手段といえば徒歩か自転車。そして、天気の悪い時はバスを利用しています。

地方のバスといえばどこに行っても運行本数が少ないのですが、さらに雪国である長岡では、雪が降ると多少の遅延が起こります。そんな時は屋根のあるバス停の中で雪をしのぎながらバスを待ちます。待ち時間はたった数分ですが、私はこの間に、長岡に住むまでは体験したことのない出来事をたびたび経験したことがあります。

 

バス停に現れる、
長岡のナンパおばあちゃん

大学を入学してすぐ、大学前のバス停でバスを待っていた時のことです。

「ここ座ってもいいかしら。あなたここの大学の学生さん?」

私がひとつしかないバス停の椅子を譲ると、おばあさんのナンパは始まりました。

「私にも同じくらいの孫がいてね、いい子なんだけど彼女ができないのよ。どうかしらね」

と、突然のスカウトです。なんとか愛想笑いでかわすものの、なかなか粘り強いおばあちゃんで、「どの辺に住んでるの?」「どんな勉強をしてるの?」などプライベートな質問も積極的にしてきました。一人暮らしで疎遠になった祖母とそのおばあちゃんを重ねて、このような会話も久しぶりで楽しいなとも思いましたが、バスが来た時にはつい「助かった!」と思うほどの勢いでした。

実は、私がこのような体験をするのは初めてではありません。

また別の日には「あら、いい靴履いてるわね」と、先日とは違うおばあちゃんが。

雨まじりの雪だったその日、スニーカーでバス停まで歩いてきたおばあちゃんは、私の靴を見て突然話しかけてきました。「あたしもそういうの持っていればよかったわぁ。家にいる時はね、長靴にしようと思っていたの。でもほら晴れてたでしょ?だから家を出る直前にこれで大丈夫だって履いてきたのに、こんなに天気悪くなっちゃってねぇ」

私の防水仕様の靴をひと目見ただけで、私の返事なんて待つことなく、おばあちゃんはただ楽しそうにひとり話し続けました。バスがくるまでの5分程度、私は聞き役に徹しようと決意し、話を聞き続けていました。

その他にも、「私は東京の女子大に通っていたのよ」というお婆さんが、私の帰省用のキャリーバッグを、素敵な鞄だと褒めてからご自身の自慢話を始めたことがあります。大ぶりな宝石を身に付けた派手目のおばあさまです。どうやら私のキャリーケースを見て、自分が上京する時のことを思い出したようです。

「おばあさんくらいの年代で大学に行く方って、なかなかいませんよね」と私が話すと、「そうなのよ、私のまわりにもいなかった。だから進学させてくれた父親にはとても感謝してるの。」と素敵なお話を聞かせてくれました。派手さに圧倒され、ちょっと怖いなと思っていたのですが、話し方はお上品で、気品のある素敵なおばあさんでした。

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筆者が出会ったおばあちゃんを思い出しながら描いてみた。

またある時は、「わたしは海外で一人旅をしていたのよ」となぜか国名を伏せた自慢をされ、「英語を習いたいんだけどあなたの大学の先生は教えてくれるかしら」と相談を受けました。この時は、このおばあさんは英語ができないのに一人旅をしたのか……と、その行動力に驚き尊敬しました。

長岡には、いろんなおばあちゃんがいます。きっかけは様々ですが、どのおばあちゃんもイキイキと楽しそうに話してくれました。いずれも70、80歳くらいの方々でしょうか。

このようなおばあちゃんたちのナンパを、私はこの2年間ですでに4回体験しています。私以外にも、もっとこのナンパを体験している人がいるのではないか?そう思いながらいつものようにバスを待っていると、長岡駅前でおばあちゃんに話しかけられているバスの運転手さんを目撃しました。

 

越後交通さんに直撃!
ナンパおばあちゃんの実態に迫る

というわけで、もっといろんな話がきけるのではと、長岡でバスを運行している越後交通さんにお願いし、取材をさせていただくことにしました。

出迎えてくれた3人。左から越後交通乗合バス課の中山さん、運転手の大平さん、営業部の天野さん。

出迎えてくれた3人。左から越後交通乗合バス課の中山さん、運転手の大平さん、営業部の天野さん。

「私、おばあさんに話しかけられるんですよ」と話すと、笑いが起こりました。

やはり、ナンパおばあちゃんはここでも有名なようです。

越後交通で31年も運転手を務める大平さんによると、

「駅で発車の20、30分前、バスを停車させていると私も話しかけられますよ。病院とか買い物とかで利用する年配の方ですね。向こうから、自分の家庭の話とか、最近の嫌なこととか、身体のどこが悪いとか、思い出話とか、内容はいろいろです」

大平さんは、職業上あまり深く話を聞かないようにしているとのことでした。しかし、おばあちゃんたちはそんなことも御構いなしに話を続けるそうです。

「家庭の話も、身体を悪くしてるのも、あんまり聞いちゃ悪いかと思うんであいづちを打つだけなんですけどね」と苦笑い。

まさかとは思いますが、バスの中で話しかけられたりもあるんでしょうか!?

大平さん「さすがに、そこまでは(笑)。向こうもマナーとして、動いてる時に話しかけることはないですね。エンジンを止めている間なら、″今日はお天気がいいねー″とか、″雪が多くて大変だねー″くらいは、話しかけられたりしますね。運行中も、いつも同じ時間に乗っている人は、会話がなくてもなんとなくお互い認識していて、いつもの時間にいなかったらちょっと心配してしまったりします」

利用者は年配の方が多く、決まった時間に乗ることが多いため、顔見知りも多いんだそうです。「毎日ぴったりの時間にいる人がいないと、逆に自分が間違ったのかと不安になることもあるくらいです」と笑顔で話してくれました。

 

まだまだあった!?
長岡のバス停ならではのものがたり

越後交通さんの地域の方との関わりについてお話をするなかで、バス停に置かれている「スコップ」が話題にあがりました。そう、長岡のバス停にはナンパおばあちゃんが現れるだけでなく、地域の人とバス停との関わりを示すエピソードがもうひとつあるのです。

長岡造形大学前のバス停には、黄色く塗られたスコップと椅子がひとつ。

長岡造形大学前のバス停には、黄色く塗られたスコップと椅子がひとつ。

このスコップは、「ひとかき運動」といって、バス待ちのついでに雪かきをしようという運動のために置かれたものです。近所のおじいちゃんやバスを利用する人をはじめ、海外から来た方が黄色いスコップを使って雪かきをする姿も目撃したことがあります。

中山さん「私たちがいうのもなんだけど、人任せみたいだよね(笑)。でも、あれは地域の方との協力で成り立っているし、本当に助かっているんです」

大平さん「私たちはいつも同じバス停を通りますから、誰かがスコップを使ったなっていうのは、誰もいなくても気付きます。スコップの場所が変わっているんですよ。前そこを通ったときはあそこにあったのになって。姿は見えなくても、優しさを感じて、ありがたいなあと思いますね」

一見人任せにも思えますが、「誰かが、次にくる誰かのために雪かきをする」という、そこに住む地域の方々によって成り立つ、思いやり溢れる運動です。

天野さん「もちろん地域の方に任せきりではなく、たくさん雪が降ったときは私たちも黄色いスコップで雪を掘りにバス停へ行きますよ」

中山さん「雪を掘りにいって、すでにお客さんが雪かきをしてくださっている場所もありますね」

天野さん「地域の皆さんとの協力で成り立っているなあと実感します」

社内文書がなく、はっきりとした年度はわからないそうですが、中山さんによると2003年ころから始まった運動だと言います。もっと昔から行われていたんじゃないか?と思うくらい地域の人に親しまれていたので、これは意外でした。

大平さん「バスを運転していると、子供たちがバス停で雪かきをしているのを見かけることがあります。バスを待ちながら、遊び半分なのかもしれませんが、そんな姿を見かけると嬉しくなりますね。遊び半分でも、他のお客さんも助かるわけですから」

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直接的な関わりがなくても、スコップを介して地域の人同士はつながっています。長岡のバス停は、そんなコミュニケーションの場にもなっているんですね。

ひとかき運動のスコップは、4月ころ、雪が降らなくなると回収され、11、12月ころ再び置かれるそうです。

スコップがあるところには必ず貼られているポスター。これも営業所の方が作られているそう。

スコップがあるところには必ず貼られているポスター。これも営業所の方が作られているそう。

手作業で塗られた黄色いスコップは、塗装が落ちてくると越後交通の皆さんで塗り直すそうです。

手作業で塗られた黄色いスコップは、塗装が落ちてくると越後交通の皆さんで塗り直すそうです。

 

長岡のバス停は「人とつながるソーシャル
スポット」だった

中山さん、大平さん、天野さんにインタビューを終え、長岡のバス停では、おばあちゃんによるナンパだけではなく、スコップというツールによって地域の方々が交流し、支え合っていることを知りました。

バスは本数が少なかったり、悪天候時は遅延したり、不便なところもあります。

しかし、単なる交通手段として、人を運ぶだけがバスではありません。

バス停に目を向けると、このように話しかけてくるおばあちゃんやスコップを介した人と人とのリアルな繋がりが見えてきました。

便利かどうかだけでは測れない、街に暮らす人たちのゆるやかな絆のようなものが、バス停にはあるのです。

これから暖かくなり、外出する機会も多くなるのではないでしょうか。

バスを普段利用しない人はこの機会に是非、いつも利用している人は、スマートフォンから目を離して、周りの景色や一緒にバスを待つ人と時間を共有してみるのはいかがですか。

バスを待っていたら、あなたの街でも「ものがたり」が生まれるかもしれません。

 

Text, Photos, Illustrations: Narumi Sakurai
Interview: Narumi Sakurai, Sana Watahiki

 

取材協力:越後交通 本社営業所(http://www.echigo-kotsu.co.jp

 

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