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130年以上続く「長岡花火」の継承者が見据える、伝統の先の未来

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まつり長岡長岡花火
まつり長岡長岡花火
2017年 7月 26日 | な!ナガオカ スタッフ

今年もまた花火の季節がやってきます。新潟県外にもその名が轟き、長岡市民も心待ちにしている「長岡まつり大花火大会」。信濃川の上空に圧倒的なスケールで咲き誇る花火に「うわー、きれい!」と感動する人もいれば、空を仰ぎ見て思わず涙する人もいる。戦没者への慰霊と震災からの復興への想いが込められた、世界平和を希求する花火。それが「長岡花火」なのです。

大花火大会は毎年8月2日・3日の2日間にわたり開催されていますが、今年は戦争で中断された大会の「復活から70年」の記念すべき年。また、今年の6月23日には日本文化の魅力発信と2020年以降を見据えたレガシー(遺産)創出のための内閣府主催文化プログラム「beyond2020 プログラム」に本花火大会が認証されました。

東京オリンピック・パラリンピックでの打ち上げも視野に入れ、この春に設立された2つの組織、長岡花火財団専務理事の樋口勝博さんと、長岡煙火協会会長の石田章さんに、「長岡花火」の過去・現在・未来について伺いました。

 

長岡の誇り「長岡花火」を次世代に

長岡で初めて花火大会が開催されたのは1879年(明治12年)。千手町八幡様のお祭りで、遊郭関係者が350発の花火を打ち上げたという記録が残っています。大正時代には二尺玉と正三尺玉の打ち上げに成功。昭和に入って「スターマイン」(注:短時間にたくさんの玉を打ち上げる速射連発花火)も登場しますが、戦争で花火大会は中断してしまいます。

1945年8月1日、22:30に始まったB29による空襲で長岡の市街地は焼け野原と化し、1486人の市民が犠牲となりました。その痛ましい出来事の1年後、1946年8月1日に開催された「長岡復興祭」が現在の「長岡まつり」の前身です。

そして1947年の「長岡復興祭」で花火も復活し、今年70年となります。翌年の1948年、8月1日を「戦災殉難者の慰霊の日」、2日・3日を「花火大会の日」と定め、1951年に「長岡復興祭」を「長岡まつり」と改称。その後、数々の名作花火が誕生し、今に至ります。

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白1色だけの慰霊の花火「白菊」。長岡空襲の時刻に合わせた8月1日22:30と、8月2日・3日は花火大会開始時刻の19:20に打ち上げられる。Copyright © 長岡花火財団

長岡市民が愛し、大切にしてきた「長岡花火」。《慰霊・復興・平和》という、花火に込められた想いを次世代に継承し、このコンセプトを主軸にブランド力をアップしていこうと、2017年4月3日に長岡花火財団が、5月14日に長岡煙火協会が発足しました。

長岡花火財団専務理事に就任した樋口さんは、元長岡まつり協議会長岡花火財団設立検討会議座長で元NPO法人ネットワーク・フェニックス代表理事。「復興祈願花火フェニックス」打ち上げに関わった方々のおひとりです。

「今まさに職員たちは現場で作業に追われています。今年もたくさんの方々にご覧いただき、楽しんでいただきたいですから」と笑顔で語る樋口さんは、長岡まつり大花火大会の設営、準備に邁進中です。

「長岡まつり大花火大会が国内屈指の規模に成長した今、花火大会のリスク管理体制を強化し、長岡市最大の地域資源である長岡花火を世界ブランドに育て、長岡市の魅力を世界に発信していこうと。2年前に長岡まつり協議会内に『長岡花火ブランド推進委員会』を立ち上げました。その中で、任意の組織では運営が厳しいとの意見も多く、有識者に集まっていただき、昨年1年間をかけて検討を重ね、財団法人化を進めました」

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「花火はもちろんですが、花火だけでない長岡の魅力をもっともっと多くの方々に知っていただくきっかけとなるように、8月の大花火大会だけでなく通年のプロモーションに取り組んでいきたい」と、長岡花火財団専務理事の樋口勝博さん。

「大玉にこだわり、その音と迫力が魅力、特徴の長岡まつり大花火大会は、地元企業はじめ、多くの市民に支えられています。信濃川の広々した川べりの雰囲気もいいですし、市民は花火への愛着が深く、“日本一の花火大会”という誇りを持って、市外県外の観客を迎え、安心安全でマナーの良い花火大会という雰囲気を作り出しています」

 

ふるさとの大切さを再認識すると共に
危機感を新たに

復活70年という節目を迎える花火大会ですが、大きな転機になったのは2004年10月23日に発生した中越地震。2005年4月に長岡市に編入合併された旧山古志村をはじめ、中越地方が甚大な被害を受け、長岡青年会議所に所属していた樋口さんは有志たちと共に復興支援のために奔走しました。

「私と石田さん(注:後半に登場する長岡煙火協会会長の石田章さん)ら、青年会議所のメンバー有志は、地震直後にボランティアセンターに行って仮設住宅入居や入居後のケアなどのサポートをしていて、復旧から復興へ、復興から地域の活性化に結びつける努力をしなくてはと感じていました。そこには2度の戦災により街の大半が焦土と化した街を復興してきた先人たちの想い、『長岡魂』が今もなお、引き継がれていると感じたからです。

長岡市と一緒に復興事業をすることになり、復興している姿と支援への感謝を全国に伝えるには何がいいだろうと。市民の心がひとつになり、長岡として誇れるものはやはり花火だ、見たこともない花火をみんなで打ち上げよう。一人一人の力は小さくともみんなで心ひとつになれば必ずや大きな力になることを信じ、観る人を感動させ、ギネスにも載るような世界一大きな花火を打ち上げよう! そんな気持ちで活動をスタートさせました」

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復興祈願花火フェニックス。Copyright © 長岡花火財団

一方で樋口さんは、大花火大会に関わりながら、長岡花火の魅力を高め、深化させ、より多くの方々に観ていただくためにどうすればよいか、常々考えていたといいます。

復興のメッセージを伝える新しい花火の準備に取り掛かった樋口さんでしたが、「地震直後にお祭りや花火大会どころではないだろう」「やめたほうがいいのでは?」という自粛ムードも感じたそうです。

「地震後の大変な時期であれば尚更、『長岡まつり』も花火大会もやろうと。長岡市がそんな英断をしたのは、このお祭りが空襲翌年に復興を願ってスタートした、そんな由来もあってのことでした。『みんなで上げよう!フェニックス』を合言葉に、長岡青年会議所のメンバーを中心に多くの方々からご支援とご協力をいただきましたが、若手花火師の心意気と新しい技術、高度なシステムへのチャレンジがなければ、復興祈願花火フェニックスは絵に描いたただの餅でしかなかったに違いありません」

そして中越地震の翌年、2005年8月2日に「震災復興祈願花火フェニックス」が無事に打ち上がりました。

「長岡市が戊辰戦争と空襲から復興した街ということで、不撓不屈のシンボル『不死鳥』は市章にもなっているのですが、震災復興を祈願する花火ですから、やはりフェニックスだろうと命名されました」

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復興祈願花火フェニックス。Copyright © 長岡花火財団

長岡花火トップクラスの人気を誇るフェニックス。打ち上げ幅2kmにもなるスペクタクルな光景はもちろん、花火にシンクロする平原綾香の「Jupiter」にも心を打たれます。なぜこの曲を組み合わせることになったのでしょう。

「当時FMラジオで『Jupiter』がよく流れていて、地震で被災した人たちが歌詞に励まされていたんです。復興花火の曲はこれしかない!と思って、平原さんの事務所に出向きました。

こんな花火を打ち上げたくて、ぜひ『Jupiter』を使わせていただけませんかとお願いしたのですが、デビューしたての平原さんに復興支援という特別な色が付いてしまうのはどうなのかと、平原さんにも曲にもよくないのではないかと先方は思われたでしょう。平原さんと『Jupiter』のイメージを守り、どういう形なら実現できるのかとお互いに擦り合わせて、最終的には、地域の復興のためという真摯な気持ちが通じて実現しました」

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新潟ゆかりのNHK大河ドラマ『天地人』がテーマの「天地人花火」。Copyright © 長岡花火財団

フェニックスをきっかけに、観る人がもっと楽しめるものへと大花火大会は進化していきました。

2008年にはNHK大河ドラマ『天地人』放送を祝う「天地人花火」、2012年には長岡花火をモチーフにした大林宣彦監督の映画『この空の花─長岡花火物語』の上映を記念し、映画のテーマ曲とシンクロした花火「この空の花」、2015年には市町村合併10周年を記念した花火「故郷はひとつ」、2016年には長岡復興応援ソング「空を見上げてごらん」に乗せた「米百俵花火・尺玉100連発」など、新たなチャレンジと共に、次々に新作が生まれています。

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大林宣彦監督の映画『この空の花─長岡花火物語』の上映を記念した「この空の花」。Copyright © 長岡花火財団

 

行政も企業も市民も心をひとつに
東京オリンピック・パラリンピックへ

さて、ここで長岡煙火協会会長の石田章さんにもご登場いただきましょう。石田さんは、樋口さんと共に長岡花火のために尽力してきたおひとりです。

「任意団体として長岡煙火協会を立ち上げて、長岡花火財団と共に長岡花火のブランド化を進めていこうと。長岡花火ブランド推進委員会委員長を務めていたときに、そんな戦略をブランド推進プランとして作りました。協会のいちばんの目的は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックで長岡花火打ち上げを実現することです」と石田さん。

08石田さん

「次世代に慰霊・復興・平和の想いをしっかり伝え、形にして見せていきたい」と、長岡煙火協会会長の石田章さん。元長岡花火ブランド推進委員会委員長で元NPO法人ネットワーク・フェニックス副代表理事でもあります。

「東京オリンピックには全国各地の花火大会や煙火協会が名乗りを上げていますが、長岡花火としては、ただ花火を打ち上げたいわけではなく、想いを花火という形にして打ち上げたい。オリンピックのテーマが復興や平和なら、そこにフィットするのは長岡花火だろうと思います。

長岡花火を見てなぜ涙が出るのか、それは、そこに込められた想いが語られているから。初めて見る人にも、こういう成り立ちがあっての花火なのだと伝えることで、なんの変哲もない花火がまったく違うものとなり、心に響いてくる。長岡花火の魅力はそこだと思います。そういう花火を打ち上げ続けていくのが長岡花火で、それを守っていくのが長岡煙火協会の役割だと思うんです」

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正三尺玉とナイアガラ。Copyright © 長岡花火財団

オリンピック・パラリンピックに向け、長岡煙火協会の具体的な活動としては、どのように進めていくのでしょう。

「現在の協会の会員は、長岡の花火大会打ち上げに関わる県内の花火製造会社4社、県外の2社、そしてハワイの1社。ホノルルとの交流がずっと続いてきた中で、真珠湾での長岡花火打ち上げに協力してくださっている会社です。

スポンサー各社には会員になっていただきたいですし、花火大会後の清掃を毎年やってくだっている小学校・中学校など、団体や個人で応援していただけるサポーターも募っていきたい。今年の花火大会が終わったら、長岡花火財団のバックアップも受けながら活動を本格的にスタートするつもりです。

開会式なのか、閉会式なのか、あるいはほかのタイミングなのか。どんな形であれ長岡花火が打ち上げられたらいいなと思います。市民の署名を集めたり、想いを寄せてもらったり、風を起こしていけたら。活動としてはフェニックスをつくったときと似ていますが、私もだいぶ年を取ったので、ちょっとしんどいなと(笑)。ひとりではできません。みんなが同じ方向を向き、心がひとつになることが不可欠です」

 

花火大会復活70年の見どころは?

最後に、おふたりからのメッセージをお届けします。

「今年は新しい運営体制になったので、大花火大会も変わるでしょう。あっと驚くような趣向を凝らしたプログラムになると思いますよ。長岡に花火を見に来たけれど、ほかにも魅力がいっぱいあるね! と思っていただけたら嬉しいです。長岡が花火を含めたブランドとして認知されるよう、みんなを巻き込みながら取り組んでいきたいですね」と石田さん。

「毎年プログラム1番を飾る『ナイアガラ超大型スターマイン』は、花火製造会社にも協賛していただき、通常よりグレードアップした70年バージョンを打ち上げます。フェニックスも70年バージョンで、未来に伝えるメッセージを組み入れていく予定です。夏はおいしい枝豆もあるし、冬は冬で雪国のよさがありますから、ぜひ季節ごとの長岡を満喫してほしいです」と樋口さん。

長岡が1年でもっとも賑わい、熱くなる8月がもうすぐやってきます。まだ一度も長岡花火を経験したことがない人も、すでに経験したことがある人も、復活70年の特別な大花火大会をぜひ楽しんでください。

10後ろ姿

「JC(青年会議所)時代からの腐れ縁」と笑い合う、長岡煙火協会の石田さんと長岡花火財団の樋口さん。後ろ姿もキマってます!

 

Text: Akiko Matsumaru
Photos: Tsubasa Onozuka (PEOPLE ISLAND PHOTO STUDIO)

長岡まつり大花火大会
[日時]8月2日(水)・3日(木)両日とも19:20〜21:10(予定)※雨天決行
[問い合わせ]0258-39-0823(一般財団法人 長岡花火財団)
[HP]http://nagaokamatsuri.com

 

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