引退迫るキハ40や洗車体験に鉄道ファン歓喜!長岡車両センター見学会

2020/6/25

私たちが日ごろ乗客として利用する鉄道。その安全な運行のために、車両の点検整備や入れ換え作業、保管を行っているのが、車両基地や車両センターと呼ばれる施設です。新潟県長岡市にもJR東日本の車両基地「長岡車両センター」があります。長岡駅とお隣の宮内駅の間に位置し、信越本線の車内からも見ることができますが、通常は一般の人は立ち入り禁止。しかし、この車両センター、実は昨秋、JR東日本による観光キャンペーン「新潟県・庄内エリアDC(デスティネーションキャンペーン)」に合わせた公開イベントを行いました。実際に車両に乗ったまま転車台で回転したり、さらにそのまま車両洗浄機械を通過するなど、驚きの体験が盛りだくさん。鉄道好きには超貴重な機会、大人の社会科見学が好きな人にもたまらないイベントだった『長岡車両センター見学会2019』をレポートします。

 

引退近づくキハ40に乗って

車両基地行き専用線路へ入線

JR東日本主催による「長岡車両センター見学会2019」が行われたのは2019年10月26日。午前と午後の二回開催され、取材させていただいたのは午後の部です。参加者はインターネット公募でわずか40名の枠を勝ち取ったラッキーな人たち。集合場所の長岡駅でスタートを今か今かと待っています。

こちらが気動車キハ40。今年度中に退役の予定。

参加者が待つホームに、午前の部の参加者を乗せた臨時列車「キハ40 (ヨンマル)」がやってきました。キハ40は、旧国鉄が製造した昔ながらの気動車(ガソリンやディーゼルなどの内燃機関を使用して走る電車)です。実はこれ、もう引退が決まっていて新潟ではまもなく乗れなくなる車両。キハ40をはじめとした一般気動車は、2019年デビューした新型電気式気動車「GV-E400系」への置き換えが進められており、JR新潟支社の管内においては信越本線、羽越本線、磐越西線への営業運転を2020年3月で終了しました。例外もあって、キハ40を観光用に改造したジョイフルトレイン「越乃Shu*Kura(こしのしゅくら)」は引き続き乗ることができますが、一般車両としてはなくなってしまうのは少し寂しいところ。今回のイベントで、キハ40が主役になっているのは、鉄道ファンには嬉しい配慮といえるでしょう。

藍色の車両がキハ40を改造した「越乃Shu*Kura」。美味しい料理、美味しいお酒と、新潟の海・山の風景が堪能できる一度は乗りたい観光列車です。

社員の方々による横断幕の見送りが嬉しい。

「普段はお客様がご覧になることのない線路からの風景をお楽しみください」と車内でアナウンス。参加者からは自然な拍手が巻き起こり、鉄道好きが集まった一体感が醸成されているのが印象的でした。

キハ40は長岡駅を出発。「入換車両体験乗車」が始まりました。運転時速は約25㎞とゆっくりめ。ホームの先にある殿町踏切を越えると、信越本線上り線から左に分岐していき、長岡車両センターへと向かう線路に入っていきます。ポイント(分岐器)がいくつも続き、車両が左右に揺れます。貨物列車が使う南長岡駅との入出区に使う折り返し線(機走線)が見えてきたり、車窓からは、通常は見られない角度での鉄道施設の風景が楽しめます。進行方向にはいくつもの倉庫が並ぶ車両センターの風景が現れ、参加者の期待は高まります。

 

長岡車両センターって

何をするところ?

いよいよ車両基地に入るその前に、そもそも長岡車両センターとはどんな施設なのか、ご紹介しましょう。

長岡車両センターはJR東日本の車両基地のひとつです。紺色の車体の直流専用EF64型電気機関車、赤やローズピンクの車体の交直流EF81型電気機関車、DE10型ディーゼル機関車などが所属しており、車両工場への入出場や、新造列車の回送、工事列車の牽引などをしています。東京の山手線を走るE235系は新潟県の総合車両製作所 新津事業所で作られているのですが、この新造車両を首都圏へと運ぶ仕事は、長岡車両センター所属の電気機関車が担っていたりもします。

ほかにも線路のメンテナンスをする工事列車用の貨車や、雪国には必須の除雪機関車、投排雪車が所属しています。また、客車を含めた車両のメンテナンスや清掃も行っています。長岡車両センターは、JR東日本の車両が安全で快適な運行を維持するための重要拠点となっているのです。

 

鉄道ファン垂涎の「転車台体験」とは?

長岡車両センターの敷地に入ったキハ40が向かった先は、今回のメインイベントのひとつが行われる「転車台」。転車台はターンテーブルともいい、車両の向きを変える装置です。小さなお子さんなら鉄道が舞台のテレビアニメでよく登場することで憧れの装置なのではないでしょうか。重量感ある車両がゆっくりと回転するところは、鉄道好きにとっては車両の格好良さをあらゆる角度で堪能できることもあってたまらない魅力です。各地のSLイベントでは蒸気機関車が転車台で向きを変えるところを目玉イベントにしているところもあります。

長岡車両センターの転車台は、長岡駅と宮内駅間の列車に乗れば車窓から見ることができます。しかし今回のイベントでは、乗客は車両に乗ったまま転車台で回転する体験ができるのです。転車台の回転を車両の外側から見るイベントは数多くあるのですが、乗客が実際に乗ったまま回るイベントは少なく、全国を見渡せば、静岡県の天竜浜名湖鉄道が開催しているのですが、北信越エリアではめったにあるものではありません。

転車台の周囲では、たくさんの作業員の人たちが手を振ってくれています。こんなに大勢で熱烈歓迎してくれるなんて!と思いましたが、人員の多さは安全確認のためでもあるのだそうです。

さて、その乗り心地は?というと、転車台に乗ったキハ40。回るときは、スキーのリフトに乗るみたいにガタガタするのかな……と思っていたら、その動きはとても静か。むしろ、いつのまにか回っていたという印象。遊園地などのアトラクションと違って、安定感があります。

90度回ると線路と車両が直角に交差するので、普段は見られない風景を見ている、という感じがします。転車台は一回転半し、先頭車両が元来た方向に向いて止まりました。ここから次のイベントが始まります。

 

窓の外に回転ブラシ!

車両の中から洗車体験

「転車台旋回のあとは車体洗浄機を通過する様子を車内よりお楽しみいただきます。洗浄機を通る際は窓を開けないように重ねてのお願いを申し上げます」

アナウンスによれば、続くイベントは洗車体験。それも乗車しながら洗浄機を通過するというのですが、いったいどんな感じになるのでしょう。

ガソリンスタンドなどで乗用車を洗うときには、車は停止した状態でマシンのブラシが動いて洗ってくれますが、鉄道車両は洗浄機が固定されていて、車両が動いて洗われるスタイル。青いブラシのついた洗浄機に、車両は時速約5㎞というゆっくりとした速度で突っ込んでいきます! 洗浄機に入る直前、窓に何かがかかり、乗客はびっくりしてどよめきが起こります。薬液噴射装置から洗浄用の薬剤が吹き付けられたのです。1両あたりに必要な薬液は13.5リットル。そのまま車両は汚れと薬液をなじませながら、洗浄機本体に入っていきます。

薬液噴射の瞬間。「うわっ」「すごいね」といった声があがる。車体にほこりがつくと水だけでは落ちないので薬剤が必要。車体の塗装がとれない程度の加減がされている。

ちなみに、窓があいていると水が中に入ってしまう。窓閉めは必須。

洗浄機に入ると左右4本ずつ、合計8本の青い大きなブラシがグルグル回っているのが窓から見えます。このブラシと水で汚れを洗い流す仕組み。1回あたりの洗浄で水は約134リットルも必要なのだとか。車両の中は、ブラシと水の音が響いて大雨の中にいるよう。ゴゴゴゴゴと音が響き、トンネルに入ったのに近い感覚があります。

「どうです? みなさんの窓きれいになりました?」と案内役の方が聞くとあちこちから「ピカピカですね」「すごい」といった声があがります。豪快な洗われ方を体感して満足そうな乗客たちでした。

 

運転士&車掌体験もできる!

お楽しみのフリータイム

洗浄が済んでピカピカになったキハ40は長岡車両センター内で停車し、ここからはフリータイム。会場にずらり整列した車両は壮観! 電気機関車や除雪車、それに日ごろ地元で活躍する車両たち。一度に並ぶことはめったにない顔ぶれに、参加者から歓声が上がります。

思い思い好きな車両の前で記念撮影する参加者たち

車両センターの外にはイベント開催を聞きつけた鉄道ファンが写真を撮ろうと詰め掛けています。

さらに、これらの車両はただ並んでいるだけではありません。運転席に座ったり本格的な車掌体験ができるなど、現役車両の普段なら入れない場所に乗り込めるサービスぶりです。

車両センター内のプラットホームは、鉄道員の方々が訓練に使うためのものだそう。リアルに使われている設備なだけに、臨場感満点でした。

E129系車両は、2014年にデビューした直流一般形電車で、ピンクに近い朱鷺色と黄色のカラーリングで新潟県内ではおなじみの車両。この車両ではドアの開閉や車内放送といった車掌体験ができました。「忍び錠」を刺して、ドアの開閉を自動で行うモードに切り替え、窓からプラットホームと車両の安全確認をしてからドアを開け、さらに、車両の外にある赤いランプを確認してからドアを閉める――という一連の動作を教わりながらドアを実際に開け閉めします。

車内放送の体験もあり、見本を見ながら「ご案内いたします。この列車は12時34分発、上越線…」と読み上げれば、車内に音声が響いて、気分はすっかり車掌さん! 鉄道ファンの男性や小学生は、見本も何も見ないですらすらと車内アナウンスをしていたそうです。

子ども用の制服と帽子もそろっていて写真撮影もできます。

かつて新潟を走っていた寝台特急など、今では見られない懐かしの特急のヘッドマークも飾られており、電気機関車に付け替えられるたびに多くの人がカメラを向けています。

ヘッドマークを置く台はすべて職員による手作りだそう。

イベント最中は、EF81とEF64の二台の電気機関車にヘッドマークが次々と付け替えられていました。

参加者の皆さんはどのような感想を抱いたのでしょう。車掌体験で見本なしで淀みなく車内アナウンスをしていた男性に今日のイベントの感想をお聞きしてみました。

「最高ですね! 普段見られない車両の並びが最高です。今は見られないヘッドマークが見られるのもいいですね。僕は『あけぼの』と『日本海』が好きです。やっぱり乗っていたので」(新潟市・男性)

親子で参加されていた方にも話をお聞きしました。

「イベントの告知が出ていたのをネットで見つけて、すぐにダメもとで応募しました。来てみたら、普段はできないことをやってくださっていて、こんなに車両を並べてくれていたりと、予想以上で感激です」(長野県・男性)

鉄道員でなければ味わえない体験の数々や、新潟を中心に東日本の各地で活躍する車両の並んだ姿が、参加者の心をしっかりつかんだようです。

 

安全を守る鉄道員たちの矜持

今回のイベントの立役者の一人、小林満也所長。

今回のイベント、実現するまでにどれほどのご苦労があったのでしょうか。お話を聞かせてくださったのは、この企画の現場責任者である長岡車両センター所長の小林満也さん。車両センターの公開イベント自体は過去にも行われたことがありましたが、今年はJR東日本の新潟県・庄内デスティネーションキャンペーンに合わせて行うことになったため、実行委員会を作ってイベント内容を考えたそう。

「最初にやってみたかったのが、乗客の皆様に乗っていただいたまま、転車台旋回を体験していただくこと。最初に企画を出したときには、『無理じゃない?』と言われました。車両センターは普段は入換作業をするところで、一般の方を何十人と入れることはほぼありません。かなり広いこともあり、お客様の安全確保ができるか、というのが課題でした。社員人数と設備も限りはありますし、万が一にも危険なことのないように、お客様にケガを絶対させないやり方を考えて、実現させました」(小林さん)

参加者に配布された案内図。安全に考慮しながら作成されている。

展示の7両のうち2両は、雪国には欠かせない除雪車でした。冬の線路の整備には、どのような苦労があるのでしょう。話してくださったのは、長岡保線技術センターの秋元直也さんです。

潟の線路の除雪事情について教えてくださった秋元直也さん。

「長岡地区は新潟県でも有数の豪雪地帯であり、初列車が走行する前に除雪を終えなければならないので大変です。夜だけで除雪が間に合わないときは、昼夜問わず稼働していることもあります。当職場の管理エリアの飯山線は、特に雪が多く積もります。山沿いの区間では、雪崩も想定されることから、列車運行の安全を確保するため巡回を実施し、警戒を行います。実際、斜面からの落雪があった場合は、反対側から除雪車両に救援に来てもらうこともあります。」(秋元さん)

また山奥は、街中と違い、野生動物が列車と衝突するケースもあり、線路に支障する場合は、線路外に搬出しなければなりません。その中で、線路に立ち入る箇所も限られるため、車で近くまで行き、さらに歩いて線路に向かうのだといいます。大変な苦労があるんですね。

青い投排雪保守用車(写真左)には「青いザリガニ」という言い得て妙な通称があります。旧型のDD14形ディーゼル機関車(写真中央)は線路の片側にしか雪を寄せられないのに対し、青い投排雪保守用車は左右どちらにも雪を寄せることができます。さらに、ラッセル形態(雪をおしのける)にもロータリー形態(雪をとばす)にもなり、前後同じ形をしているので、どちらの方向にも対応できる優れものです。旧型のほうは今は使われていません。

長岡車両センター所属の車両の仕事内容や、名前が長岡機関区だったころからの歴史を教えてくださったのは、岡村隆一さんです。

長岡機関区時代の説明をしてくださる岡村さん。スタッフ手作りのボードには所属車両の詳しい解説や歴史がつづられていて読み応えがありました。

EF81(奥)とEF64(手前)。東日本管内をくまなく走る電気機関車。40年以上走っていまだ現役。新造車両や、修理の終わった車両を各地の工場や車両センターから、次に使われる場所まで運んだり、交換するレールや砕石などを運ぶ工事列車としても活躍している。

「ここの電気機関車は両方とも、昔はブルートレインとして客車を牽引していました。今日はゆかりのあるヘッドマークをなるべくつけているんですね。そのヘッドマークを見ると、いつごろ、どのあたりを走っていたかというのが思い出されるんです。だからみなさん『嬉しい』というんですね。『ブルートレインに乗った』とか『家の脇をこの列車が走っていった』など、思い出が頭の中に浮かぶそうです」(岡村さん)

現在、扇形機関庫は全国に数えるほどしかない。特に京都鉄道博物館(旧梅小路機関区)の機関庫が有名だが、かつては長岡にも扇形機関庫があった。

「昔は『長岡第一機関区』『第二機関区』とあって、機関車しかいなかったんですよ。貨物を引っ張っていくのが仕事でしたが、今は貨物の貨車のほうはJR貨物の担当なので、長岡車両センターのメインの仕事は留置の客車をひっぱることですね。この「長岡機関区」の写真は、長岡駅から歩いて10分くらい、柿川と新幹線の高架橋の交差するあたりにあった第一機関区の写真です。扇形庫(扇形機関庫)といって16番まであったんですよ。一時期博物館として残そうかという話もあったんですが実現せず、ここにあった転車台を、今の場所に移設したんです」(岡村さん)

先ほど活躍した転車台はもとからあの場所にあったものではなく、移動させたものという話に驚きました。そして、かつてSLが走っていた時代から使われていたものだったと聞けば、歴史の重みを感じます。

 

さよなら、キハ40。

イベントはフィナーレへ

イベント終了の時刻が近づき、参加者たちが次々と乗ってきた車両に戻っていきます。中では、このキハ40をはじめとした一般気動車が新型GVE400系に置き換えられていくことがアナウンスされました。

「お帰りの短い時間ではございますが、キハ40の車窓に流れる、普段お客様からご乗車をしていただくことのできない線路からの景色をごゆっくりお楽しみください」

参加者たちはそれぞれ名残惜しそうに去り行く景色を視界におさめていました。

この日のイベントが大成功だったことは間違いありません。鉄道員たちの仕事の一端に触れることで、楽しさはもちろん、あらためて、日ごろ当たり前のように享受している鉄道の安全性は、数多くの鉄道員たちの日夜の働きによって成り立っているのだな、と実感できる一日でした。

(2019年10月撮影 所属・役職等は当時のものです)

Text: Chiharu Kawauchi
Photo: Hirokuni Iketo / Chiharu Kawauchi

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