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稼働率は驚異の7割超!長岡市の文化施設「リリックホール」が市民に愛される理由

くつろぐなるほど!
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2019年 7月 25日 | な!ナガオカ スタッフ

信濃川のほとり、西山連峰を臨む千秋が原エリアに佇む芸術的建築「長岡リリックホール(以下、リリックホール)」。世界的建築家・伊東豊雄氏が手がけたことで、全国的にも注目を集めるこの芸術文化ホールは、1996年に開館し、20年以上経った今でも市民に愛され続けています。平成30年度には「地域創造大賞(総務大臣賞)」を受賞し、地域住民の文化活動に貢献していることが高く評価されました。

全国各地を見渡してみると、建物自体素晴らしいのに、うまく活用できていない……という、いわゆる「ハコモノ行政」的な公共建築の事例は山ほどあります。全国の文化ホールの平均稼働率が5割強の中、リリックホールの稼働率は7割を超えるそう(※)。予約は1年前から殺到して埋まり、市民にとってなくてはならない場所となっています。これほどまで人気があるのはなぜでしょうか? その秘密を探ってきました。
※出典元:「平成28年度 劇場・音楽堂に関する調査報告書」(公益社団法人全国公立文化施設協会)

 

つながったホワイエ、中庭のある楽屋
異例づくしの館内を見学

はじめに館内を見学しましょう。案内してくれたのは、リリックホールを運営する長岡市芸術文化振興財団の山我哲也さんです。

リリックホールの構造に精通した山我哲也さん

「リリックホールは単なる芸術鑑賞のみの場ではなく、市民が芸術活動をするための拠点としてつくられたんですよ。それではご案内します」

グランドウェーは全長約110m。非日常空間へと誘われ心が躍る

まずはグランドウェー(歩廊)を通って建物へ向かいましょう。右手には盛り土による芝のスロープが大屋根と連続するようにつながり、なだらかな丘を思わせる風景が広がっています。雨や雪の影響を受けづらいので散歩コースとしても人気です。

屋根の下は雁木の働きをし、深い積雪でも安全なようにと設計された

建物に到着してまず目を引くのが、まるで布のようにヒラヒラとした曲線を描く屋根。横方向にスリットが入ることで軽やかさが際立つデザインは、20年前の建築物としては革新的であったため、従来の施工方法が通用せず、職人たちが意見を出し合いながら苦労してつくられたそうです。

野外に設置されたポケットステージでは、コンサートなどの催しものが開催されます。

ランダムな柱、湾曲したベンチが設置されたホワイエ。エレガントでやわらかな空間が広がる

建物の中に入ってすぐの場所にあるホワイエ(一般的な劇場などで待合や休憩などに使われる空間)。リリックホールは、コンサートホールとシアターの二つの専門ホールを有しており、共通のスペースとして設置してあります。普通の建物は専門ホールごとに独自のホワイエがありますが、あえて区別をせずに設計したのには“特別な理由”があるそうです。

「二つの専門ホールのホワイエを共通にすることで、出演者同士、お客様同士の“文化の交流”が生まれるんです。公演を間近に控えたそれぞれの出演者が、音楽と芝居のセッションをこの場で行ったこともあるんですよ」

静かな時間が流れ、窓からは明るい光が差し込むこの空間には「落ち着いて過ごせる」と、癒しを求めて来館する方も。「早朝や日中などは、ゆったりとした時間を過ごすために来館する方も多いですよ。私たちは『公共建築物は誰にでも自由にあるべき』と考えています。多くの方に、気軽に訪れていただきたいですね」と山我さん。公演がない時間帯でも、読書や散歩、井戸端会議などで人々が集い、市民の憩いの場となっているそうです。

日常から非日常へ――ホワイエがその境界地としての役割を果たすため、密かな仕掛けも用意されています。
「不規則に立つ柱は、白樺並木を表現しています。林をぬけるようにこの空間を感じてから、ホールやシアターへ移動していただくことは、忙しい日々を忘れて芸術の世界に浸るための一つの演出なんです」

リリックホールには、それぞれに特徴的な二つの専門ホールがあります。

コンサートホールは舞台と客席との仕切りがない「シューボックス(靴箱)型」で、クラシックコンサートの魅力を最大限に引き出す構造になっています。演奏者の息づかいや指づかいの音さえも聞こえてくるような、本格的なホールです。

一方、演劇や舞踊に使われるシアターは、舞台を額縁におさめた絵画のように見せる「プロセニアム(額縁)型」。ハイレベルな舞台装置や照明・音響設備を整え、多様なパフォーマンスを再現できる空間になっています。

近い将来、中庭の池に鯉を泳がせる計画もしているそう

さらに、楽屋ロビーも一風変わっています。通常は防犯上の理由から窓がないことが多いですが、開放感をプラスするため中庭に窓を設置し池まであるというこだわりよう。

練習スタジオの豊富さは、市外の方からうらやましがられるほど

練習スタジオは大中小の10室を完備。ミニコンサートが開けるほどのスタジオから、コンパクトな畳部屋まで、用途に合わせた部屋が用意されています。

 

トレンドに背を向ける勇気が
リリックホールを誕生させた

リリックホールはどのような経緯で誕生したのでしょうか。企画運営に24年間携わってきた前理事長・神林茂さんに伺いました。

長岡市役所入庁後、市立劇場の音響エンジニア、リリックホール建設プロジェクトリーダーなど、ホールの仕事に長年携わってきた神林茂さん

「そもそも文化ホールというものは、戦後の“文化に対する市民の欲求”をきっかけに誕生しました。長岡市では昭和40年代に大規模なホールが設立されましたが、鑑賞だけでなく自ら演者となりたいという市民には広すぎたんですね。そこで“市民のためのホールを作ろう”と構想が始まりました」

平成4年の基本計画時、はっきりと決めていたのは、「多目的ではない専門ホールをつくること」でした。当時は、コンサートや演劇などマルチに利用できる多目的ホールが一般的でしたが、プロの演者から見ると中途半端なつくりで使いづらいという意見も多かったそう。そのため、ホールとしての最高の機能性を必須条件としました。

そして1993年に建築事務所を選定。長岡で初めてのプロポーザル方式を採用し、建物の提案ではなく「構想」を聞いて最も将来性がある業者にお願いすることにしました。6社のうち群を抜いたアイディアを提案したのが、「風の塔」「八代市民博物館」など実験的な作品をすでに数多く手がけ、現代建築に新たな風を巻き起こしていた新世代の筆頭・伊東豊雄氏でした。

ブラッシュアップされた提案書。ホールの設計は伊東氏にとっても初の試みだった

「伊東さんの『芝の丘をつくりたい』という提案が衝撃的でしたね。西山連邦の美しい景観を取り入れ、建物と自然が一体化するような、これまでにない公共施設――私たちの想像力が一気に掻きたてられました」

こうして満場一致で、伊東氏に建設依頼を決定。コンセプトを“浮遊する建築”とし、やわらかな曲線と開放感のある建物を目指しました。また、“交流が生まれる場”となるようにコンサートホールと劇場でホワイエを区切らないなど、構想段階からのしかけ作りも細部にまでこだわったそうです。

建設地である千秋が原エリアは1991年からの5年間で急激に整備が進み、ハイブ長岡、新潟県立近代美術館、長岡造形大学、千秋が原ふるさとの森が立て続けにオープン。そして整備の最後となるリリックホールが1996年に完成しました。

 

市民の予約殺到!
高稼動率のヒミツとは?

巨匠が手がけた芸術的文化施設……といえば、日本全国にはいくらでもあるでしょう。しかし、冒頭でもお伝えした通り、リリックホールの注目すべき点はその高い稼働率にあります。市民に愛される施設として活用されるためのポイントはどこにあるのでしょうか?

「“市民の文化活動のためのホール”というコンセプトが徹底しているからでしょうね。例えば、計画当初、太鼓の団体から『大きな音が出るので練習場所に困っている』と要望があったんです。そこで私たちは『太鼓は必ず長岡を代表する文化活動の一つになりうる』と確信し、防音機能を備えたスタジオを計画に編入しました。今では長岡市内の保育園でも、情操教育の一環として太鼓演奏活動を導入するほど普及されていますよね。市民の要望にできるだけ応えたいという想いは、建設時から今までまったく変わっていません」

また、練習の場として特色を持ったスタジオが10室もあるのも特徴です。それぞれピアノや鏡、バンドの練習ができるようアンプが設置してあるなど設備も充実しており、稼働率は驚きの9割以上なんだとか。

ところで、ホールや練習スタジオを使用したいときは、どのように決めていくのでしょうか?その問いに「利用希望者同士の『話し合い』で決めるんですよ」と意外な答えが返ってきました。ホールは1年前、練習場は3カ月前の毎月初めに、利用希望者が直接集まる話し合いの場が設けられているとのこと。1年間に4,000件、100団体以上が利用するというから、相当な数です。ときには、演劇やオーケストラ、合唱など、別々の団体が出会い、交流の機会も生まれているとか。管理者が一方的にスケジュール調整して使わせるだけではなく、市民の交流にまで昇華させているのです。

舞台設備のプロたち。ステージの演出を手がける影の立役者だ

操作が難しい舞台設備のアドバイスもしてくれる

さらに、希望者には照明や音響設備使用のアドバイスもしてくれるという手厚いサポートも、人気の秘密です。舞台技術のプロ6名が在駐し、演出について相談にのってくれるのは心強い限り。「当日の急な演出変更にも対応できる」「頼れるメンバーがそろっている」と市民からも好評です。

「市民のみなさんが利用しやすいように、スタッフが全面サポートしているんです。交流やつながりを大切にして、お互い良い関係でこの場を使っていただければと考えています」

 

芸術を身近に感じられる
人材育成事業を実施

リリックホールが「地域創造大賞」を受賞した大きな理由の一つが、芸術を通した人材育成事業。「みんなのホール=協働し合うしくみ作り」という理念のもと、年間20以上のプログラムを行っています。

長岡フェニックス合唱団。2017年、2018年に東京フィルハーモニー交響楽団と共演した

子どもたちの芸術活動を支えるリリックジュニア育成事業。

その内容は多岐にわたり、小中高校生の合唱、弦楽器、ミュージカル活動のサポート、狂言を楽しむためのワークショップ、子育てママ向けの音楽コンサート開催など。一流の芸術にも触れてほしいと「東京フィルハーモニー交響楽団」や日本を代表する劇団「文学座」と提携を結び、公演やワークショップをするなど、子どもからお年寄りまで芸術を身近に感じられる機会を提供しています。

公益財団法人長岡市米百俵財団が主催となって、今年新たにスタートした事業が「米百俵未来塾」です。郷土長岡を学ぶ講座、芸能やスポーツ、国際交流など全9回にわたる講座を通し、次世代を担う子どもたちが一流に触れて視野を広げることを目指しています。

その中で、リリックホールを運営する長岡市芸術文化振興財団では、2019年11月10日(日)に米百俵未来塾のプログラムとして「コミュニケーション能力!~劇団『文学座』ドラマ・ワークショップ~」を開講。俳優・渡辺徹さんを講師に迎え、「シアターゲーム」で表現力や創造力を高めます。シアターゲームとは、プロの俳優も行っている感覚を磨くゲームで、言葉遊びや体を使ったワークなどを通じて、楽しみながらコミュニケーション能力もアップさせていくプログラムです。

長岡にいながらにして、一流の芸術に触れることができるのは最高の体験。将来、世界で活躍する人材を育成していくことにも貢献するに違いありません。「広い視野で先を見越して未来を切り拓く、長岡の『米百俵の精神』にもつながっているんです」と神林さんは語ります。

 

主役はあくまで市民!
もっと“ひらかれたホール”を目指して

夜のライトアップされたリリックホールは、幻想的な雰囲気

市民に芸術活動の場を提供し、文化による人材育成を続けてきたリリックホール。今後の目標について伺うと「市民のみなさんにとって、さらに使いやすい場にしたい」と意欲的な答えが返ってきました。施設利用者の要望は様々あり、その貴重な意見をくみ上げて、日々改善していくことが大事だと神林さんは言います。利用者と打ち合わせ時のコミュニケーション、ホール利用状況の調査やアンケートなど、“地道な活動”こそが市民との距離を縮め、誰もが気軽に利用できる“ひらかれたホール”をつくり上げてきたのです。

「主役はあくまで市民、私たちはサポート役です。建物はもっと使いこなせる可能性を秘めていますし、さらに市民のみなさんに愛される場となるように育てていきたいです」

一流建築家が手がけた公共建築は愛好家にとっては魅力的ですが、それだけでは市民に愛される場にはなりえません。常に利用者の声に耳を傾けて改善してきた結果が、現在につながっています。その根底に流れているのは、建築物への敬意と、文化芸術への深い愛情。市民が芸術を心ゆくまで堪能できるのは、ホールを支える人々の並々ならぬ努力あってこそなのかもしれません。

 

Text and Photos: 渡辺まりこ

 

●Information
長岡リリックホール
[住所]新潟県長岡市千秋3-1356-6
[電話]0258-29-7711
[URL]http://www.nagaoka-caf.or.jp/
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