長岡の異端児!ステンシル作家、デザイナー、ブランドオーナーの肩書きを持つKRAKって何者!?

2019/7/24

「地方で夢は叶えられない、やりたいことができない」。一昔前であれば、こんな考えで地元を出る若者は多かったのかもしれない。しかし、スマホやインターネットの普及、SNSや携帯アプリなど、情報を発信する選択肢が増えた現代では、地方にいながらにして、自らがやりたいことで生きていく人が増えている。

新潟県長岡市にも、地方から作品を発信し続けるクリエイターが存在する。その名は「KRAK(クラック)」。彼はステンシル作家であり、企業ロゴや様々なグラフィックデザインを手がけるデザイナーでもあり、アパレルブランドのオーナーでもあるという。その多彩な活動が、長岡ではどのように行われているのだろうか?長岡市中心部にある彼のアトリエを訪れた。

 

男前でクールな
アトリエ兼オフィス

アトリエの扉を開くとまず目に飛び込んできたのが、たくさんのステンシル作品と画材。真っ白な壁と無機質なコンクリート床の空間には、飴色に経年変化した革ソファや無骨な木製テーブル、レトロなランプなどが設置されている。

愛犬の名前は、樂ちゃん。いつも静かにKRAKさんの仕事姿を見守っている。

デスクチェアに座り愛犬を撫でているのが、KRAKのアーティスト名で活動する吉樂蕗(よしらくふき)さんだ。パートナーと二人三脚で、長岡の地で創作を続けてきた。彼のクリエイターとしての足どりは、一体どのようなものだったのだろうか?

 

芸術に囲まれて育ち
アートの街サンフランシスコへ

KRAKさんは生まれも育ちも長岡市。芸術家の母と祖父の影響で、日々アートに触れるのが当たり前の環境で育った。勉強よりも絵を描くことが楽しくて仕方がなく、鉛筆画、水彩画、油絵、陶芸などに触れた。なかでも心を惹かれたのが、エアゾールアートだ。

エアゾールアートとは、スプレー缶を使って描くアート作品やパフォーマンスのことである。次第に本場でアートを見てみたいという想いに駆られ、2005年、19歳の時にサンフランシスコへと旅立った。

魅了されたグラフィティアーティストseenにもらったサイン。今でも大切に保管している。

現地では、ひたすら壁画を見てまわったと言うKRAKさん。アートに溢れる街を見るうちに、エアゾールアートの中でも心を奪われる表現方法に出会うこととなる。それが「ステンシルグラフィティ」だ。

「型紙を使ってスプレー缶で描く技法だから、繊細な表現もできるんです。出会った瞬間『探し求めていたのはコレだー!』って確信しましたよ」

長岡市内にある老舗エスニック料理店「SPICY DOG」のシャッターアート。店名が記された瓶が印象的

2005年に手がけた初の壁画作品は11mの大作!

KRAKさんの兄が店主を務める懐石料理店「0258」。人の温もりやつながりをイメージしたデザインのタペストリーを制作した。

帰国後は独学で技術を習得し、まもなく仕事を依頼されるようになる。初めての仕事は、アミューズメント施設の壁画制作。しだいに口コミでその手腕が知られ、飲食店やオートバイショップなどの壁画も手がけることになり、KRAK作品は長岡中にじわじわと広まっていった。

 

心機一転、企業デザインの世界へ

ところが、順調に見えた最中の2009年、突如アート活動休止を決意する。

「自身のアートに変化を起こしたいと思うようになったんです。これまでと全く違う仕事をしてみたら、見えてくる世界があるかなと。それで、企業向けのグラフィックデザインに挑戦してみることにしたんです」

長岡市ふるさと納税のポスター

長岡市で展開する「SUZU GROUP」の新潟食材を使用したレシピ本

長岡市内にある予約殺到の人気居酒屋「JINROKU」のロゴマーク

「お米のたかさか」のメイソンジャーに入ったブレンド米ギフト

「アート」と「デザイン」は全くの別物だとKRAKさんは断言する。前者は表現であり、後者はクライアントに良い効果をもたらすためのグラフィックや仕掛けを作る仕事だ。デザインの専門的な勉強をしていなかったにも関わらず、KRAKさんの活躍ぶりは目を見張るほどだった。企業ロゴマークから、ポスター、商品パッケージ、レシピ本のアートディレクションに至るまで、様々なジャンルのデザインを手がけ、デザイナーとして順調に仕事を積み重ねていく。「他業種の人たちと関わると刺激がありますね。自分の考え方にも変化が出てきたように思います」とKRAKさんは語る。

 

アート作品を昇華した
アパレルブランドを立ち上げ

2011年にはメッセージをファッションに取り入れた独自ブランド「FAHG」を立ち上げる。屋号の由来は「FLY AT HIGH GAME」、すなわち「大志を抱け」の頭文字だ。

始めた理由についてKRAKさんは「学生の頃、長岡にはストリートファッションのお店が沢山ありました。ファッションを通じて仲間とつながり、尊敬する先輩方とも出会え、センスが磨かれたことで、今の僕があります。でも、お店は徐々に少なくなっていて……だから自らブランドを立ち上げることで、長岡のストリートファッション文化を存続させるための一歩になるんじゃないかなと思いまして」と語る。

自身のアート作品と同様に、メッセージ性を備えているのが特徴。例えば、新作のパーカーの背後には、長岡花火を象徴するフェニックス、まちのシンボルである長生橋が描かれ、倒れてもくじけずに立ち上がる姿勢という意味の「Phoenix Stance=PNIX STANCE」の文字が、懐かしのビデオカバーに落とし込まれている。前向きなメッセージと地元愛を感じられる一着だ。

絶滅危惧種のヤンバルクイナのワッペンが施されたキャップ。

FAHGのオリジナルロゴテープが両腕、両脇に施されたTシャツ。

アイテムは全て受注生産で、一つ一つアトリエでシルクスクリーン印刷やステンシルを施すのがこだわり。他にも、Tシャツ、キャップ、ソックスなど、多数のラインナップでストリートファッション好きの心をつかみ、地元だけではなく全国から注文が舞い込むブランドへと成長させた。

 

震災復興プロジェクトをきっかけに
新たな表現方法が誕生

「POWER of LIFE」に出品した生命の温もりを表現した作品。

時を経て、2014年にアート活動を再開。試行錯誤を重ねる中、2016年にKRAKさんの作風を大きく変化させる機会に恵まれる。「Dragon Ash」のダンサーATSUSHIさんが主催するプロジェクト「POWER of LIFE(パワーオブライフ)」のグループ展に参加することになったのだ。POWER of LIFEとは、東日本大震災で被災してご主人を失ったペットの保護に寄付をすることを目的に、生命の素晴らしさや尊さを様々な形で表現し、多くの人々に考えるきっかけを伝えていくプロジェクト。この活動の一環として、アートや写真のチャリティ展示会を開催。生命をテーマにした内容だけに、KRAKさんはどんな作品を描こうかと思いを巡らせた結果、瞬間の感情を表現できる「筆で描いた絵をステンシルにする」という、これまでとは全く異なる技法にたどり着いた。手書きならではのやさしい曲線が印象的で、現在もKRAKさんの作風として定着している。

 

多彩なメンバーと共に
アートプロダクションを結成

さらに2017年には、自身が代表を務めるアートプロダクション「LOCAL SQUAD」を結成。シンガー、ラッパー、DJ、カメラマン、ダンサー、スノーボーダーなど多彩な8人で構成され、KRAKさんはステンシルアーティスト、ミュージックビデオの撮影や編集を担当する。

LOCAL SQUADのホームページでは活動の最新情報をチェックできる

シングルCDはホームページ上から購入可能

「自分の生まれた大地からエネルギーをいただき、産声を上げた時から自分の感情を表現することを覚え、その土地の先人に教わり、生き抜く方法を覚えていく。そして表現方法を見つけ、人生の豊かさを知る。その事を知った仲間たちが自然と集まり、呼吸を交わし、時を過ごす中でアートが生まれていくんです」とKRAKさん。メンバーのほとんどが長岡在住で、ローカルに根を張って活動することを大切にしていると言う。これまでに個展やグループ展の開催、シングルCDを6作品リリースしてきた中で、「仲間」をテーマとした曲は特に思い入れが強いそう。過去の過ちと向き合う時、独り立ちする時、仲間の存在がいかに大きいか――互いの存在を大切にする彼ららしいナンバーは、聴く人に様々な感情を呼び起こす。

2019年1月には、南魚沼市の塗装会社「donbou color works」のプロモーションビデオを制作し、映像から楽曲までを手がけた。壁のエイジング加工をイメージしたという暖かみのある色味が印象的。会社のプロモーション内容はもちろん、勇気づけられる歌詞、ストーリー性のある映像にも注目だ。

最近はメンバーJ-RUによるアルバムのミュージックビデオ制作の他、新潟を拠点に活動するアーティスト「KRYZ」のミュージックビデオも手がけた。企業や所属メンバーの枠を越え、地元アーティストをサポートする活動にも力を入れている。

 

長岡で活動を続ける理由とは?

情熱的に自らが進む道を歩んできたKRAKさん。最近では、映像制作の仕事も増えてきた。ロケは長岡近辺で行うことが多く、ふだん見慣れている街がプロモーション映像になると、見違えるほどオシャレな場所として映っている。


LOCAL SQUAD作品の「Fahg Life」。

それにしても、なぜ長岡で活動を続けるのだろうか?その疑問に対する答えは、あっけないほどシンプルで明確なものだった

「世界中のどこにいても、今自分がしている仕事はできると思いますよ。でもね、拠点は長岡においておきたいんです。県外に行った仲間が帰ってきたら、楽しめる場所を残しておきたい。それに一番は、地元のキッズ達に『長岡にいても自分のやりたいことで生きていける』ということを伝えていきたいんです」

KRAKさんが身に付けるカットソーの胸元をふと見ると、「LOCALS ONLY」の文字が刻まれていた。「いやいや、地元だけに固執しているわけではないですよ!」とすかさずフォローが入ったが、長岡のまちや共に過ごしてきた仲間に対して、並々ならぬ想いがあることに違いはないだろう。

ステンシル作家という枠を超え、ファッション、デザイン、音楽、映像の分野へと飛躍し続けるKRAKさん。これから先、何を見つめ、どんな行動を巻き起こしていくのだろうか。これから長岡をカッコいい街にしていくのは、地元にいながらにしてその視野は地元だけに留まらない、彼のような人たちなのかもしれない。

 

Text and Photos: 渡辺まりこ

 

●Information
KRAKOFFICE
[ホームページ]https://www.krakoffice.com/

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