長岡で「F1選手権」開催!? 工場街にあるラジコンレーサーの聖地に潜入した

2019/9/4

新潟県長岡市に、実はサーキットがあるのをご存知だろうか?
このほど、そこで、元号が令和となってから初のF1レースが開催された。

……といっても、それはラジコンのF1のこと。長岡市の「モロテックスピードウェイ」は、ラジコン好きが全国各地から集まる、ラジコンレースのメッカとして、愛好家たちから絶大な支持を集める場所なのだ。

そこでは、ニッチかつ奥深いラジコンというフィールドにおける熱い闘いが日夜繰り広げられていた。

 

地元企業が開催する人気レース

長岡市北園町。
鉄工や精密機械などの工場が軒を連ねる工業団地の一角に、モロテックスピードウェイはあった。一見すると、普通の倉庫だ。しかし、外の駐車場には、びっしりと車が停められている。目立つのは、県外ナンバーの多さ。つまり、わざわざここを目がけてきた人たちがいるということだ。

長岡市北園町モロテックスピードウェイ

さっそく内部に入ると、そこには広大な空間が広がっていた。コンクリートで綺麗に舗装された地面には、コーナー部には、F1のサーキットさながらの、紅白に色付けされたカラーストーン(縁石)が設置されている。

このコース上で、1日を通して熱い戦いが展開されるのだ。

予選後に張り出されるタイム表を確認するドライバーたち

この日行われていたのは「FUTABAカップ」というレース大会。有機ELディスプレイやタッチパネルの開発のほか、ラジコン用制御装置の生産を行うメーカーでもある双葉電子工業株式会社の協賛のもと行なわれる。「FUTABA製品のみならず、ラジコンカーの魅力に触れてもらいたい」との思いで開催されており、新潟県外からも数多くの参加者を集める。

レースのレベルは、ビギナーからハイレベルまで細かく分かれており、クラスが設定される。各クラスごとにテスト走行、予選を行ない、タイムに応じてスタート地点が割り振られる。その後、本レースで勝負をつけるという流れだ。実車のレースとほとんど変わらない。訪れた時間帯は、ちょうどテスト走行が行なわれているところだった。

真剣な眼差しでマシンをチェックするドライバーたち。視線の先にあるマシンは、小さいながらもしっかりとF1の形をしている。

大会では、すべて「RCカー」と呼ばれるラジコンカーが使用される。モーターとバッテリーで駆動する小型のレーシングカーだ。

その名の通り「F1クラス」と呼ばれるクラスで、実車の1/10スケールのフォーミュラカーボディを装着し走行する。出力が比較的高いモーターを使用しているものの、操作はしやすいという特徴があるという。とはいえ、その最高速度は50km/hから70km/hにも達するというのだから、立派なモーターレースだ。

双葉電子工業製送信機

「ラジコン」と聞くと、送信機を使ってマシンを操作するだけというイメージを持つ方が多いのではないだろうか。しかし、現代のラジコンは、想像以上に進化している。なんと、マシンの調整までも送信機で行なうことができるのだ。トリム(姿勢)などを、送信機上で細かく把握・調整できるようになっている。

北澤秀郎さん(写真右)。双葉工業にてメカニカルエンジニア・テストドライバーとして勤務する傍ら、世界各地の大会に参戦

北澤秀郎さんは、チーム・モロテックのドライバーとしても各大会に出場し、数々の受賞歴を誇るエース・ドライバーだ。ふだんはなかなかお目にかかれないプロから直接アドバイスを受けることができる。最新鋭の機材にふれるとともに、最前線で戦うドライバーから学ぶことのできる、貴重な機会でもある。

 

新潟県外からの参加者も続々

操縦スペース

この日のために新潟県外から数時間、自家用車を走らせて長岡に駆けつけたというドライバーは「実際に走らせては、微妙な調整をコツコツとしていく。この過程を楽しみと取れる人間ならハマる可能性が高いんじゃないかな」と話してくれた。

何かを閃いたというような表情で引き上げていくドライバーがいた。追いかけると、そこにはドライバーたちでいっぱいになった「ピット」と呼ばれる整備スペースがあった。

マシンの整備を行なう「ピット」

ドライバーが集う整備スペースは、ときおり笑い声が響き渡るなど、和気藹々とした雰囲気だ。だが、ひとたびレース直前のマシンの調整に入るとピリッした空気があたりを支配する。

「例えばシャーシにカーボンを使うのか、チタンを使うのかによって、重量と剛性(マシン、パーツの強度)が違ってくるんです。マシンが軽い方がスピードを出しやすいというのは事実だけど、単純に軽くすればいいってものでもない。これだけのスピードが出るので、磨耗しちゃうし、耐久性も必要になってきます。そうなると強くて軽いものを……となるんだけど、使いすぎると高値になっちゃう。その中でどれだけ工夫できるかという世界なんですよね」

東京から駆けつけたというラジコン歴15年、40代の参加者は、そう語ってくれた。使用できるマシンには、性能や素材などの規定がある。その中で、他と差をつけるポイントを作り出していく作業なのだ。

「誤解を恐れずに言うと、実際のF1とやっていることは変わらないとも言えます。0.1秒を争う世界という点ではまったく一緒。良いマシンを組むのは当たり前で、そこでどう自分の色を出すのか、という勝負ですよね」

こちらのドライバーは山梨県から参加。以前、長岡市で勤務をしていたことがあり、その頃にモロテックに足を運ぶようになったのだという。年に数回の大会を楽しみに、県外から参加する。「長岡に戻ってくる、いいきっかけにもなっています」と話してくれた。

関西地方から参加したという参加者は「何より、ここは社長がとても良くしてくれるからさ。聞けば何でも答えてくれるし、知識も経験も半端ないから。(参加するには)遠いけど苦にならないですね」と語る。

各レースが終了した直後、コース上に必ず登場しては、丁寧に掃除をして回る人物がいた。この人物こそ、モロテックスピードウェイ代表の諸橋さんだ。ドライバーたちからは親しみを込めて「社長」と呼ばれている。

諸橋栄治さんと奥さん。夫婦二人三脚でモロテックスピードウェイを運営してきた。

「今年でラジコンを始めて46年目になります。1973年頃からかな?もともとスーパーカー、レーシングカーが好き……というところからスタートしています」

田宮模型(当時。現タミヤ)が市販ラジコンキットの世界に本格参入し、日本におけるラジコンブームのきっかけを作ったのが1976年のことだ。諸橋さんはその前から、すでにラジコンを自作するなどしていたという。大人になってもスポーツカメラマンの仕事を続ける傍ら、趣味としてラジコンを続けてきた。

 

趣味から始まり、いまや国際大会にもマシンを供給

プロ・ドライバーとタッグを組み、最高峰のレースで戦うマシンを多数製作してきた。写真は前述の北澤氏が国際大会で使用したマシン

ラジコン好きが高じて、いつしか自らレーシングサーキットを所有するまでになった諸橋さん。

「もともと自分で走らせるコースが欲しくて、自分でサーキットを作ったんです。当初は自分だけで走らせていたんですけど、次第にラジコン仲間たちから『走らせてくれないか』と頼まれるようになっていったんです」

気がつくとその輪はどんどん広がり、より良い環境を求めて現在の場所に移転することとなった。

「これ面白いでしょ。昔の送信機」と言って見せてくれた、ラジコン黎明期のレトロな送信機

「サーキットで利益をバンバン上げたいとは思っていないんです。あくまでも開発につなげる場所なんですよ。それこそがウチの強みにもなっているんです」

サーキットは、諸橋さんが自分で製作したパーツを試す絶好の場所にもなっている。RCカーのパーツブランドは数あれど、自前のコースを持っているところは、意外と少ない。
「試したいな、と思ったら、目の前にコースがあるからね」

開発されたマシンやパーツは、いずれも、サーキットで得られた経験に裏打ちされたハイスペックなモノばかり。その確かな品質はドライバーたちからの支持を集め、世界各地で開催されるRCカーの大会にも供給されている。

モロテックを切り盛りしているのは、諸橋さんと奥さんのふたりだけ。

「うちだけですよ、こんな(小さな)規模でやってるのは。しかも二人で!貧乏暇無しですよ(笑)もう必死にやってますね」

終始、和気あいあいとした雰囲気の会場内。

日々進化を続けるRCカーの世界で、潤沢な資金と開発部隊を持つ大手メーカーに対抗し、勝ち続けるマシンを供給するのは並大抵のことではない。そうまでして、長岡の地でサーキットを営む理由は何なのだろうか。

「県外から参加してくれるユーザーさんが多いんです。彼ら同士は、めったに会えないですから、彼らが交流できる場になったらいいな、と思っているんです。同窓会みたいな感じかな。その中には、全日本選手権に出場するようなドライバーもいる。交流を深めてもらうことで、ラジコンの魅力が広がっていったらと思っています」

交流が促進されることで、自然と情報も行き交うようになり、新たなパーツ開発のきっかけが生まれることもあるという。

 

メインレースは時速90キロにもなる

ずらり並んだ1/12クラス。この日最高峰の戦いが幕を開けた

この日のメインレースは、1/12レーシングカーストッククラス。電動RCカーの最高峰で、古くから全日本選手権が開催されているクラスだ。操作以外にも、モーター&バッテリーの出力特性、タイヤのグリップ力、ボディのダウンフォース(空力)など、すべてにおいて緻密なバランス調整が必要となる。最高速度は90km/hにも達する。まさしく最高峰の闘いだ。

「Wait for the tone……Start!」

場内アナウンスで、諸橋さんがRCレースにおける、お決まりのスタート・フレーズを発する。それを合図に、一斉に走り出すマシンたち。グリップによって刻み込まれるタイヤ跡、猛烈なスピードで回転する、エンジンの音、クラッシュして吹き飛ぶ車体……。

2位以下に差をつけたマシンがそのままフィニッシュかと思いきや、最終コーナーにおける鮮やかなコーナリングによって、一気に形勢が逆転され、無常にも順位が入れ替わってしまうスリル。こうした熱いドラマが、1回のレース中に幾度となく繰り返されていた。実車のF1における、あの熱狂と変わらないのではないかとさえ思ってしまう。

歓声が飛び交う熱狂の中、この日の全レースは幕を閉じた。

マシンとドライバーがあしらわれた、特注品の優勝トロフィーを用意

授賞式の様子。各クラスごとにトロフィーと記念品の授与が行なわれていた

 

長岡はラジコン文化と相性のいい場所

モロテックスピードウェイでは、ゴールデンウィークなどの時期に今回のようなレース大会を定期的に開催している。ラジコンファンの裾野を広げようと、ビギナー向けのクラスもほぼ毎回、用意しているという。

「お金のかかる世界であることは事実。最も高いレベルの1/12レーシングカーストッククラスのレースに出るような最高峰のマシンを組むとなると、50万円じゃ足りないくらい。そんなことを聞くとドン引きしちゃうと思うけど、実は初期投資3万円、毎月1万円くらいで始められるんです。最初は自分が楽しみたいと思って始めたサーキットだけど、ラジコンの楽しさを知ってもらう機会にもしたいなと思っています」

長岡には、ラジコンレースを開催する上で大きな可能性があるという。

「長岡は東京から新幹線で約1時間半。たとえば、駅直結のアリーナがあるアオーレ長岡でカップを開催すれば、ほとんどドア・トゥ・ドアで会場に行けるわけです。そういう会場は、意外と少ない。レース会場って、市街地から遠かったりするんですよ。ラジコンの魅力を広めていくという意味で長岡には可能性があると思っています。どんどん仕掛けていきたいですね」

長岡の一角では、今日も熱い男たちによる、熱いレースが展開されている。その輪は今後も広がっていきそうだ。

 

Text and Photos: Junpei Takeya

 

●Information
モロテック・スピードウェイ
[HP]http://www.morotech.jp/speedway.htm
[住所]新潟県長岡市北園町220
[TEL]0258-25-3122
[定休日]毎週水・木曜日 (但し祭日は除く) ※その他不定期休み有り

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