【長岡蔵人めぐり第2回】水も米も地元産100%!地域に根ざした酒造りを貫く栃倉酒造

2020/2/24

酒好きの方が酒どころを訪れる際、県外にはほとんど出回らない地元向けの酒と出合えるのも楽しみの一つではないでしょうか。国内有数の酒どころ、新潟県長岡市の酒蔵とそこで働く方の思いをお伝えすべく始まった本企画の第二回は、そんな方にぜひ注目いただきたい酒蔵です。

訪れたのは、長岡市の西部に位置する大積町。周囲を田畑に囲まれたのどかな地にあるのが栃倉酒造です。

迎えてくださったのは、常務取締役であり杜氏でもある栃倉恒哲さん。仕込みの時期が終わった蔵の中を案内していただきました。

少数精鋭で受け継ぐ、
先代杜氏の酒造り精神

創業は1904年。中越地震などの自然災害にも負けず酒を造り続けてきた蔵の中は、一仕事終えて片付けが始まっていました。創業116年とあって歴史を感じる建物ですが、蔵の中はどこを見てもピカピカ!
「酒造りを終えた後の掃除は特に徹底しているんですよ。小さい蔵だからできることですけどね(笑)」と栃倉さん。

毎年、道具や機材はもちろんのこと、高い天井も梯子をかけて隅々まで拭き掃除をするそう。確かにどこを見ても、塵ひとつないクリーンな空間。この行き届いた掃除ぶりからみても、酒造りに対する真摯な姿勢がうかがえます。

元々は「にいがたの名工」にも選ばれた杜氏の郷六郎次さんが中心となって酒造りが行われていた栃倉酒造。郷杜氏が高齢のため第一線を退いた後も、その意思を次いだ5人の蔵人で酒を造っています。案内してくださった栃倉さんを含めた5人は、全員が地元出身者。精米から瓶詰、ラベル貼りまですべての作業をこの人数でこなしています。

栃倉さん曰く、「新潟県内でも確実に10番以内に入るぐらい生産量の少ない蔵なので、全員で何でもやりますよ。夏は酒米の田んぼの手入れを手伝って、冬場は蔵に籠りっきりです」とのこと。

2階への階段は勾配が急で、昇降も一苦労。蔵人たちは蒸米を持って何往復もするそう。

酒が入っていない空のタンク。上からに見ると分かりにくいが、高さは2m50cmもある。

栃倉さんが工程の中で最も重きを置いているのは、酒造りの基本である【麹・酒母・もろみ】の仕込み。特に麹造りは、酒の出来映えを左右する大切な工程です。麹の温度をゆっくりと上げていくことで、酵素を多く出す良い麹ができるのですが、その温度管理こそが蔵人のふんばりどころ。
仕込み期間中は二時間おきに麹室に入って温度調整をすることになるので、蔵に籠りきりになります。栃倉酒造では麹室が三部屋に分かれており、その時の気温や麹の様子を見て、どの部屋に麹を入れるかの割り振りも判断せねばならず、集中力と体力が要求されます。

麹室の1室。1階で蒸しあがった米をここに運び込んで作業する。

「ずっと蔵の中にいると、たまに気が狂いそうになることもありますよ(笑)。仕込み中は、たまに外に出て雪かきをするのですら楽しく感じますね」という栃倉さん。
そんな極限状態が続いても自分を保っていられるのは、先代杜氏の教えに、「酒は麹造りで決まる」という言葉があるからだそう。少人数のため大変なこともあるそうですが、匠の精神はここにしっかりと受け継がれています。

先代杜氏の名前”六郎次”を冠した酒。いつまでも尊敬すべき存在という思いを込めて。「六郎次 越淡麗 Ver.黒」 720ml 1,650円(税込)

 

大積町の恵みを生かした
自慢できる酒を目指して

静かな蔵の中で唯一動きを見せていたのが、中央にある水瓶のそばの蛇口。豊富な水量で、澄んだ水が渾々と流れ出ています。
「これがうちの仕込み水で、横井戸からひいた裏山からの雪解け水になります。冬に雪が積もった分だけ多くの水がそのままこちらへ流れるので、酒造りの環境としては最適です」と栃倉さん。

口当たりはやわらかく、最後にほのかな甘みを感じる水。仕込み水はすべてこの水を使用。

こちらの水は春になるにつれて山の木々や草花に水が吸収され、蔵に流れてくる水の量が少なくなるそう。夏にはこの水のおかげで蔵の裏に蛍が来ることもあり、季節を通して大積町の生命を支える貴重な水となっています。

こちらが蔵の裏山。取材時はうっすら芽吹き始めた時期だが、真冬には一面の銀世界になる。

 

そして、酒造りのもう一つの要である米。こちらで主に使っているのは酒造好適米(酒米)の五百万石と越淡麗という品種です。

一般的に酒米は高価なため、酒造りでは酒米以外の米も使用することが多いですが、こちらでは全量酒米使用にこだわっています。酒米は通常の米と比べてタンパク質や脂質が少ないので、より雑味の少ない酒に仕上がります。

転機となったのは2016年。石高が減ったことをきっかけに、より地域に根差した酒を目指したいと考えた栃倉さん達は、地元である大積産の酒米のみを使用することに決めました。
「やはり私たちは小さな酒蔵なので、蔵を大きくすることが目的ではなく、とにかく地元の人が自慢できるようなお酒を造りたいという思いでやっています。今やっと米は全量地元産になり、水もある。人も地元出身者ばかり、と条件が整ってはいるので、あとは売れるだけです(笑)。これからどう広めていくか。一番いいのは酒造りに集中した結果、地元の人が宣伝してくれるようになることですかね」

栃倉さん自身は四兄弟の末っ子として、父である先代の背中を見て育ちました。自然な流れで酒造りの道を目指し、東京農業大学に入学。同級生に杜氏も多く、いろいろと相談できる友人は今でも財産となっているそう。大学時代は主に香りについて研究していましたが、現在の酒造りではその香りを控えた、料理を邪魔しない旨味のある酒造りに注力しています。

 

地元で飲んでほしいから、
あえての『普通酒』で

日本酒の中でも一番スタンダードとされる普通酒は、一般的に米を25%ほど削ったお酒(精米歩合約70%)のことを指します。米を削れば削るほど、雑味の元となるタンパク質や脂肪などが少なくなるため綺麗な味に近づきますが、その分手間も時間もかかるため、精米歩合によって値段が上下することが多いのです。

そんな中、栃倉酒造の代表銘柄『米百俵』は、“普通酒”とうたいながらも、実はワンランク上の吟醸酒レベル(精米歩合60%~)まで米を削った贅沢な酒。雑味をできる限り排除した酒は、適度な辛さのなかに仕込み水の持つ甘さがほんのり感じられます。

「米百俵 伝統の酒」720ml 869円(税込)

本来であれば、吟醸酒と表記しても良いはずですが、
「まずは地元の人の日常にもっと取り入れてもらいたいんです。普段、普通酒を飲まれている方々からすると、吟醸酒なんて表記したらきっと敬遠されてしまうので。日常で飲む価格帯の低い酒でも、より良いものを提供したいというのが根底にあります」と語る栃倉さん。

販売先も長い付き合いの小売店のみに卸しており、県外で見かけることはほとんどありません。どこまでも「地元の人に飲んでほしい」を通すからこそ、その味も存在も魅力的になるのかもしれません。

ちなみに代表銘柄「米百俵」の名は、戊辰戦争により窮地に陥った越後長岡藩にお見舞いとして贈られた米百俵を元手に、大参事である小林虎三郎が学校を建て人材の育成に役立てたという故事が由来。「目先の利益にとらわれず、将来のために行動を」との意味で挙げられるこの故事は、まさに蔵の規模拡大ではなく地元愛を貫く栃倉酒造の姿勢そのものです。

毎日の晩酌酒として飲み飽きしない地元民のための酒ではあるけれど、電話で問い合わせのあった方には販売店を紹介していただけるそう。近くに訪れた際は、ぜひとも磨き上げられた大積町の恵みを味わってください。

 

Text & Photos:Erina

 

●Information
栃倉酒造
[住所]長岡市大積町1丁目乙274-3
[TEL] 0258-46-2205

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