無念の中止…それでも長岡花火が夜空に託す「慰霊・復興・平和」のプロジェクト

2020/7/29

新型コロナウイルス感染症の感染拡大にともない、各地で人の密集を伴う公演やイベント、祭りなどの中止が相次ぐ2020年。その日のために研鑽を積んできた関係者や、年に一度の祭りに思いを寄せてきた地元の人々の心中は察して余りあるものがあります。
長岡市が誇る「長岡花火」、正式には長岡まつり大花火大会も、今年の状況を鑑みて中止が決定。市民や、楽しみに長岡を訪れる花火ファンにとっては残念な夏となってしまいました。しかし、長岡花火は単なるイベントではありません。そこに込められたメッセージを絶やすまいと関係者が奔走し、ひとつのプロジェクトが立ち上がりました。

 

「慰霊・復興・平和」——
コロナ禍だからこそ譲れない想い

花火大会中止の難しい決断を迫られたのが、長岡花火を主催する一般財団法人長岡花火財団でした。財団の関俊太郎主任は、中止の決定についてこう振り返ります。
「現在の長岡花火は戦時中の長岡空襲、そして中越地震を経て立ち上がってきた長岡のシンボルとして『慰霊・復興・平和』の想いを込めた催しです。戦後75年の節目である今年に中止となれば、長岡花火の歴史・意義・伝統が失われてしまうのではないか。また、長岡花火を毎年楽しみにして心の支えにもしている多くの市民、全国の長岡花火ファン、さらには花火大会を支えてくださる多くの関係者の皆様の想いにどう答えていけばいいのかという葛藤はありました」

毎年100万人もの人々が長岡市を訪れる大花火大会は、地域経済にとって重要な行事です。ホクギン経済研究所の試算によれば、2019年の花火大会が新潟県に及ぼした経済効果が84.3億円。これが中止となってしまえば、ただでさえコロナ禍の影響を受けてきた飲食・宿泊・交通といった事業者へのダメージが膨らんでしまうという懸念もありました。

「ですが、開催を強行することによって新型コロナウイルスの感染拡大を起こしては、かえって長岡花火の精神に反することになる。そんな考えから、中止という結論に至りました」(関さん)

しかしながら、この長岡花火が一般的な花火大会と違うのは、単なる観光イベントではなく、先述のように慰霊・復興・平和を謳う、市民にとって特別な花火であるということ。観光収益だけを考えるなら花火を週末に行ったほうが儲かるところですが、何曜日であろうと絶対に長岡空襲の日である8月1日にスタートし、大花火大会を2日・3日に行う……というスケジュールが固定しているのも、そのためです。「イベント」としての側面からは確かに中止にせざるを得ないけれど、長岡の歴史や市民の願いを乗せた、いわば「祭祀」を絶やすわけにはいかない。そうした思いから、毎年上げる「慰霊の花火」だけは例年通り実施することに。

8月2日と3日、まだほの明るい長岡の宵の口に打ち上がる慰霊の花火。平和を祈るすべての市民のための花火です。

「8月1日には慰霊の花火『白菊』を三発、2日・3日には『慰霊と平和への祈り』を込めた3発の花火と『新型コロナウイルス感染症犠牲者の慰霊と早期終息を祈願する花火』1発を打ち上げます。
長岡花火のメッセージは、たとえ花火大会が実施できなくても伝えていかなくてはならない。大きな厄災に直面している状況の中で、犠牲者の慰霊と早期終息を祈念することも意義のあることだと考えてのことです。みなさまには、この趣旨をご理解いただき、それぞれの場所で、密集することなく静かにご覧いただきたいですね」(関さん)

長岡花火をこよなく愛し、今年の4月10日に逝去された映画監督の大林宣彦さんが「まだ黄昏どきの空に、白い花火が一発だけふわっと咲いてしんなりと開き、静かに消えていく。消えたあとには、群青の空が残ってね。(中略)花火大会というと、普通は闇を塗りつぶすように立て続けに花火を打ち上げ続けるものですが、長岡の花火は、消えたあとの暗闇がとても愛おしくなる」と語った、平和を祈る花火。その魂のような花火だけは、守りきることができました。

【関連記事】映画人として、語ることがある――大林宣彦監督に聞いた長岡花火、そして戦争のこと
https://na-nagaoka.jp/nagaoka/7845

 

市民みんなでつないでいく
一人ひとりの「平和への祈り」

そして、それと並行して行われるのが、「長岡花火の想い 光を灯してつなごうプロジェクト」 https://nagaokamatsuri.com/topics/1686/
と題された試み。
8月2日・3日の午後7時30分に花火が打ち上がったあと、7時35分から花火師の皆さんや新型コロナウイルスと闘うすべての方への感謝とエールを込め、市民それぞれが自宅など、今いる場所から公式アプリ「なないろライト」や、懐中電灯など手元にあるものを使って光を空にかざす時間を設定。これは、例年も長岡花火の最後に平和へのメッセージを込めて来場者全員に呼びかけているものを「ステイホーム」が推奨されるいまの事情に合わせて行うものです。この模様は上空から撮影され、後日公開されるのだとか。

そして、7時45分からは各自で用意した手持ち花火を一斉に点火し、その模様を「#おうちで長岡花火」というハッシュタグをつけてSNSで発信してもらうことを市民に呼びかけます。

「越後長岡応援団として長岡に深く関わってくださっているアートディレクターの森本千絵さんが、『花火大会はできなくても今を乗り越えるために何かできるはずだ』ということで、お家での線香花火によって『慰霊・復興・平和』の想いをつないでいくという素晴らしいアイディアをくださり、別途で『今年もやりたいね』という話が出ていた光のメッセージとともに実施することにしました」(関さん)

森本さん制作のビジュアル。打ち上げ花火の天地を逆転して線香花火に見えるようになっており、市民が一つとなって線香花火を灯すことで、「来年こそ長岡花火を打ち上げよう!」という願いが込められています。

 

配布されたチラシの裏面。当日の日程や、市民への呼びかけが印刷されています。

 

現在、花火財団と長岡市で、当日に向けた準備の真っ最中。ですが、主催者サイドの意気込みだけでは、プロジェクトは完成しません。長岡花火オフィシャルパートナーの株式会社原信は市内の16店舗で子どもたちに線香花火をプレゼントする独自の企画で、また市内のコンビニエンスストアや大型ショッピングモールなどもこのプロジェクトのPRを行うという形で協力。また、先述の森本千絵さん(goen°)によるアートディレクションとコピーライター佐倉康彦(ナカハタ)の言葉が載ったポスターやビジュアル、PR動画を制作し、俳優の常盤貴子さんがPR動画のナレーションを、沢田知可子さんがメッセージ動画を送るなど、市外にいる長岡と縁の深い方々も一丸となって、長岡花火のメッセージの灯火を絶やさぬように動いているのです。

「花火大会が中止となってしまったのは残念ですし、さみしい思いをしていらっしゃる市民やファンの方も多いと思いますが、このプロジェクトに参加していただくことで、離れていても、皆さんがそれぞれの場所で思いをひとつにし、長岡花火のメッセージである『慰霊・復興・平和』を、そしてこの困難な時期を乗り越える気持ちを改めて強く抱いていただけるのではないかと考えています」(関さん)

夜空を彩る大輪の花火はなくとも、一人ひとりが心の中に同じように灯している平和や安らかな日々を求める祈りは、誰にも消すことはできません。今年はそれを改めて胸にしっかり抱きながら、それぞれの場所で、同じ夜空を見上げてみてはいかがでしょうか。

 

▼PR動画

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制作:goen°
AD:森本千絵
D:荒川友規
C:佐倉康彦
P:藤井保
書楽家: 安田有吾
音楽:久石譲
スペシャルサンクス:大林宣彦
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Text: Takafumi Ando

 

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