地元の「ホーム」としての喫茶店~「キャラメルママ」がつないできたもの

2016.9.13

長岡駅から徒歩3分の城内町に、一度見たら忘れられない個性的な外観のお店がある。

「Caramel mama」と形取られたネオン管にストライプのテント屋根、なんとも言えないドリーミーな色調のピンクとグリーンに塗り分けられた外装は、まるで映画に出てくる1950年代のアメリカンダイナーそのもの。

ここが、36年もの長きにわたって長岡市のとんがった若者たちの「ホーム」であり続けてきた喫茶店「キャラメルママ」だ。

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個性的な外観で独特の存在感を放つ。

 

36年間変わらない内装

店内に一歩足を踏み入れると、さらに濃厚なアメリカンカルチャーの香り。内装、照明、置かれてある雰囲気たっぷりの調度類までぬかりない……かと思いきや、古きよき喫茶店らしくマンガの棚もちゃんとあってほっとする。内装は、「物が増えた以外は36年間変わってないよ」(古参の常連客)という。それほど広いわけではないが、この店の雰囲気を求めて長岡市はもとより、全国からミュージシャンやバンドが訪れ、頻繁にライブも行われる。ここは、「まち」のあらゆる文化が交差する場所なのだ。

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創業当時からの名物という「ビワジュース」(550円)を飲みつつ一休みしていると、平日のまだ16時台だというのにお客さんが続々。カウンター席はあっという間にいっぱいになってしまった。

 

みどりママの人柄がこの店を作った

この「キャラメルママ」は、1980年に前オーナーの藤田みどりさんが始めたお店。いまでは駐車場や空き店舗も目立つこの通りだが、その当時は「ペパーミント」「ベンチ」といったおしゃれなお店が多く、長岡市のホットスポットだった。

その中でも、本場アメリカのムードたっぷりな「キャラメルママ」は別格の存在感。こだわりが詰まった内装と、何よりオープンで常連にも一見さんにも分け隔てのないみどりさんのキャラクター、そしてその美貌も相まって、あっという間に地元の若者でいっぱいになったという。

「当時は、みどりママ目当てに行列を作る男たちもいたね。だけど、それ以上にこの店の居心地がよくてみんな通ってた」と語るのは、30年来の常連の、通称「よしパパ」さん。いつもカウンターに陣取り、「車で来てるからさ。酒は家で飲むからいいよ」とアルコールフリーのビールを傾ける。

そうしている間にも次から次へとお客さんが入ってくるが、その顔ぶれは男女問わず、そして年齢も20代からウン十代までと、とにかく幅広いことに驚く。子供連れのお客さんもいる。そしてさらに驚くのが、よしパパさんのみならず、そうした常連さんたち同士がほぼ全員顔なじみだということ。よしパパさんはその誰にも気さくに話しかけるし、同じように、店のそこここで世代やグループの垣根などなく会話が弾む。

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創業当時からの変わらぬ味、和風スパゲッティ(800円)。大根おろし、大葉、カイワレなど辛味や薬味が効いた、クセになるおいしさだ。

「こういう店になったのは、みどりママの人柄が大きいだろうね。あの人、本当に記憶力がよくて、一度来た客の顔と名前はみんな覚えてた。それで、カウンターの一人客同士を『●●さん、こちら△△さん。たしか趣味が同じだったはずよ』なんて感じで結びつけたりもしていた。初めての客にもお店の雰囲気に溶け込みやすいようにさりげなく話を振ったりするし、その一方で、一人でいたい雰囲気の人に無理じいはせず、静かに飲ませてあげる。そんなデリカシーのある人だったから、自然とそういう客が集まるようになっていったんだよ」(よしパパさん)

30年ほど前には、常連客たちによる「キャラママ組」なるチームも結成されていた。みんなで名刺を作って一緒に遊び、マラソン大会にも出たりと、同年代の若者たちによるコミュニティ感の強いチームだったという。よしパパさんも当然、その一員だ。

「ママが勝手にユニフォームとして、お揃いのセーターやトレーナーまで作っちゃってさ。で、『セーター発注しといたから!』って、有無を言わさず代金を取り立てられるんだよ。ひどいだろ?(笑)」と言いながら、よしパパさんは実に楽しそうに眼を細める。そのファンキーなエピソードも相まって、大らかで皆に慕われたというみどりさんの人柄が想像できる。

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「キャラママ組」のセーター。店名と電話番号が入っているのもアメリカっぽい。

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当時作ったステッカーも、雰囲気を今に伝える。

 

実家より先に顔を出す店

同じく30年来の元常連客で、高3の夏にこの店でアルバイトをしたこともある通称「つぶ」さんは、そんな「キャラママ組」よりひと世代下にあたる。現在は長岡を離れ、広島在住だ。

「長岡は地方都市だから、やっぱりみんな外に夢を見るんですよね。高校を卒業すると多くの人が進学や就職で東京や、他の街に出て行ってしまうんです。でも、このお店に来る大人の人たちは、誰も“地元に残ってくすぶってる”という感じじゃなかった。カッコよく地元で暮らしてる、憧れるような人たちの溜まり場という感じでした。学校では教えてくれないような大人の社会のことや、人間関係の機微も、このお店でずいぶん学ばせてもらいましたね。

みどりさんは仕事に対しては絶対に妥協をしない人でしたが、そんな中にも優しさがあって、“人として大事なことを、次の世代にちゃんと伝えよう”という思いを持って接してくれていたと思います。ここは私にとって、自分を育ててくれた場所なんです」

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レモンに砂糖をふってから焼くレモントースト(450円)もロングヒットのメニュー。甘酸っぱさに青春の日々がフラッシュバックする。

つぶさんも高校卒業とともに長岡を出たが、店には帰省のたびに通っていたという。

「そのたびにみどりさんが“お帰りなさい”と迎えてくれて、“行ってらっしゃい”と送り出してくれる。もう、自分の家みたいに思っていました。実際、帰省したときは必ず実家より先に顔を出していましたね(笑)」

そんな関係性を物語るのが、つぶさんの成人式の時にふたりで撮った写真だ。成人式が5月に行われる長岡の初夏、爽やかな日差しの中でふたりの笑顔もきらめく。

「振袖を着てお店に行ったら、自分のことみたいに喜んでくれて。“ふたりで写真撮ろうよ!”と言って聞かないんです(笑)。本当に情の深い人でしたねえ。社会に出てからは東京を経て広島に引っ越してしまったのでそんなに頻繁には通えませんでしたけど、やっぱり帰省すると必ず寄っていました。話の内容は大人になっても、いつだって私を高校生の頃に戻してくれるお店でしたね。新しい方になってからはお邪魔できていませんが、今度帰った際には顔を出してみたいです」

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つぶさんにご提供いただいた当時の写真。右がみどりさん。お店の塗装が少し今より鮮やかな以外は、26年の時を経ても何も変わらない。

 

存続の危機を乗り越えて

「キャラメルママ」には一度、存続の危機があった。2013年8月24日、みどりさんが急逝したのだ。享年60。体がガンに侵されていることを知りながら、亡くなる3か月前まで笑顔で店に立っていた。そのため、事情を知っていた少数の人を別にして、残された客には寝耳に水。みどりさんのほうも、店を誰かに引き継ぐのかどうするのか、決めおかずに逝ってしまった。あまりに若く、あまりに突然だった。

そんなときに「私が引き継ぎます」と手を挙げたのが、当時スタッフとして入っていた現オーナーママの浅井由実子さん。濃い常連メンバーが作り上げた店の文化を継承することは一筋縄ではいかないが、それをみどりさんの間近で見て吸収してきた由実子さんが引き受けたことにより、奇跡的にオープン時からの空気感をまったく損なうことなく、現在に至っている。

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サイフォンでコーヒーを淹れる由実子さん。昔ながらのガスバーナーでお湯を沸かすクラシックなスタイルも、みどりさんの頃からの伝統。

「あのとき由実ちゃんが継いでくれて、本当によかったよ!」と語るのは、20年前からこの店に通う関花代さん。まだ30代ながら現在、長岡で飲食店やフラワーショップなどを複数経営し、街をもっとおもしろくしていこうとしているエネルギッシュな女性だ。

「私は高校生の頃からこの店に通い始めたけど、最初はすごく入りづらかったんです。上の世代の濃い常連さんたちがいつもたくさんいたのと、あとはあまりにもお店がおしゃれで、勝手に敷居が高く感じてたの。その分、同年代の子たちにとってここに来ることはステータスでもあったから、いつかは来たくって。そんなある日、お店の前を通りかかったら、ちょうどドアが全開になってて、そこにいたみどりさんと目が合って。『私、入ってもいいですか?』みたいにおずおずと聞いたら、『もちろん!おいでよ!』とすごくオープンに迎えてくれてね」

それから20年。花代さんもまた、仕事で長岡を離れている間も、帰省の際は必ず顔を出していた。しかし、Uターンして自分で事業を始めてからは、また違った意味合いの場所になったという。

「高校生の頃から、いい時も悪い時も、この店はずっと何も変わらずにいてくれた。みどりさんも、時々突拍子もない宇宙の話なんかしながら(笑)、黙って優しく聞いてくれた。だから、こっちで会社を始めてからは、むしろ仕事も肩書も関係なく“素”の自分に戻れる場所としてすごく大事になったんです。
だから、みどりさんが亡くなった時も、このお店が人手に渡ってしまうことでお店の雰囲気が変わってしまったりするのは絶対に嫌だったし、同じ思いのお客さんは多かったと思います。実際、あの時は常連さんの間でも大騒ぎになったもの」

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アメリカンクラシックな雰囲気のケーキは開店当初からのホームメイド主義。チョコレートケーキ(アイスクリームつき500円)とチーズケーキ(350円)。

 

人が交わり、「その先」が生まれる場所

そんな花代さんの言葉を聞きながら笑う由実子さん。当初はみどりさんが作り上げてきたお店とお客さんを継承する重圧も感じたことだろう。

「みどりさんが亡くなる1週間前に、電話をもらったんです。『由実ちゃん、キャラママの後をお願いね』って。『そんな、私には無理ですよ!』と尻込みしていたんですが、『大丈夫、きっとキャラママのみんなが助けてくれるから』と言われて。実際、来ていただく皆さんのおかげで、ここまでやって来られました」

最初は戸惑いもあったかもしれないが、由実子さんは今ではチャーミングな笑顔と明るいキャラクターで、見事にキャラメルママの歴史をつないでいる。古くからの常連客も途絶えないのはもちろん、そんな歴史など知らない10代や20代の若いお客も次々に訪れ、この店の風景を作っていく。キャラメルママは今でも、長岡の若い人たちがこの街のことや将来の夢を語り、他愛ない話にも花を咲かせながら、その先へとつながる何かが生まれる場所として存在しているのだ。

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自分の色を出そうと気負うのではなく、ただ誠実にお店の歴史を受け継ぐことは難しい。由実子さんでなくては、それはできなかった。

「このお店には、本当にいろんな人が来るんです。一時は外国のガイドブックにも載ってたらしくて外国人のお客さんも多くてすごくインターナショナルな雰囲気だったし、今でも長岡にいる英語の先生とか、とにかく外国の人も気楽に来やすいお店なんです。そんな場所、この街には他にないでしょ?
かと思いきや、この店でたまたま隣になって何も知らずに一緒に飲んでた常連のおじさんが、次の日に仕事の会合なんかでバッタリ会ったらすごい重鎮だったりすることもある(笑)。
いろんな人が交わって、混ざり合って、肩書きも年齢も、国や言語だって関係なく飲める場所って、地方では本当に貴重なんですよね。地元にいるとやっぱり外の世界を感じづらいし、特に若い人は夢を持ちにくいようなこともあるけど、キャラママに来れば、“世の中にはこんなに多様な人がいて、いろんな可能性があるんだ”ということを感じられるかもしれない。そういう場所がこの街にあって、本当によかったと思っています」(花代さん)

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往時の雰囲気を伝える写真たち。さまざまな人が作ってきたこの店と街の歴史は、これからも次の世代によって続いていく。

 

この街の風景を作ってきた人、遠くでこの街を想う人、そしてこれからこの街を作っていく人。すべての人々の「ホーム」として、キャラメルママはある。長岡駅から徒歩3分、36年前から変わらないパステルグリーンのドアを、一度開けてみるといい。ここで確かに受け継がれてきたこの街のバトンのようなものを、あなたも手渡されるはずだ。

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キャラメルママ
[住所] 新潟県長岡市城内町2-5-6
[電話]0258-34-5033
[営業時間] 14:00~23:00
[定休日]水曜日

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