金髪&アフロに雪崩を学ぶ!? 雪国ならではの「雪氷防災研究所」一般公開レポート

2018.7.6

「雪害」という言葉をご存じですか。雪崩、吹雪、除雪中の転落事故を始め、路面凍結などによる交通事故、歩行中の転倒事故なども「雪害」にあたります。雪の降る地域に住む人たちはもちろん、冬山登山やスキーに訪れる人が被害にあうこともあります。

こうした雪害を専門に研究する研究所が、新潟県長岡市にあります。その名も「雪氷防災研究センター」。どんな研究がなされているのか、気になるこの施設、実は年に一度、一般公開が行われており、ふだんは入ることのできない研究センター内を知る貴重な機会となっています。

2018年6月8日、9日の2日間、長岡市の雪氷防災研究センターで公開イベントが開催されました。

子どもから大人まで、楽しみながら防災について学べるイベントの模様をお伝えします。

雪氷防災研究センター。広大な敷地内に複数の庁舎と、観測機器が点在している。

長岡の市街地から車でおよそ15分ほど走った先にある、緑あふれる丘陵地。

ここにある「雪氷防災研究センター(以下、雪氷研)」は、茨城県つくば市に本部を置く国立の研究機関「国立研究開発法人防災科学技術研究所」に所属する研究施設のひとつです。

国立研究開発法人防災科学技術研究所は、地震、火山などの自然災害を研究し、防災技術を高めていくことを目的に設立された研究機関で、長岡にある雪氷研は雪崩や吹雪、着雪(ちゃくせつ)などの「雪氷被害」を防ぐための研究を行なっています。

だ、誰だ!

研究所の入り口に進むと、金髪のドレッドヘア、ピンクのアフロヘアという、カラフルなヘアスタイルをした謎の2人組が出迎えてくれました。

存在感抜群のビジュアルをしたふたり。「雪氷研にようこそ!」と高らかに告げると、正体も明かさずに消えて行きました。一体何者なのか……。気になるところですが、彼らの活躍はまた後程レポートすることにして先に進みましょう。

 

雪崩のメカニズムと救助機器の使い方を学ぶ

過去から現在まで現場の積雪観測に使用されている機器などを展示。

研究センターに足を踏み入れると、職員の皆さんが温かく迎え入れてくれました。

建物内部のいたるところが展示スペースになっており、雪に関する知識や、見慣れない機器などが並んでいます。

1階の展示スペースで学ぶのは「雪崩」について。

もっとも気になる「どのようにして雪崩が発生するのか」といったことから、雪崩になりやすい雪の形状などを職員の方がレクチャーしてくれました。

1階ブース内の目立つ場所には「三種の神器」なる展示が行われていました。

ここでいう三種の神器とは、雪山における雪崩遭難者の人命救助のために欠かすことのできない道具のこと。
「ビーコン」「ゾンデ棒」「スコップ」の3つがそれにあたります。

これらは雪山登山で携帯することが推奨されている機器。とくに「ビーコン(※)」は特に重要な道具で、持っているか持っていないかによって、生存率が大きく変わってくるといいます。

まずは「ビーコン」を使って大まかな場所を割り出し、金属製のゾンデ棒を雪に突き刺して捜索を行い、最終的にはスコップを使って遭難者を掘り起こすのです。

このブースでは、ビーコンを使って「雪崩に埋まってしまった人をどのように救助するのか」を、実際に道具を使って体験するコーナーが用意されていました。

※ビーコン…電波を送受信することのできる機器。送信モード、受信モードに分けて使う。通常は「送信モード」に設定をして使用し、遭難者が出た場合は「受信モード」に切り替えることで、発見を早くする役割が期待できる。

部屋の中には小さな箱が置かれていました。そのうちのひとつに、探し当てる目標のビーコンが入っています。

ビーコンの受信機を手に取り、目標に近づくと大きくなる信号音を頼りに探していきます。

発見!全員一致で目標のビーコンを発見しました。

参加者の男性は「ビーコンを触ったのは初めて。まったく知らないのと、一度でも動かしたことがあるのとでは全く違うと思いました。万が一の場合は、率先して動きたい」と話していました。

雪の種類に関する説明もありました。

雪には細かい分類があります。雪が降る地域に暮らす人以外でも一度は聞いたことがあると思われる「新雪」から、「しもざらめ雪」といった聞きなれない呼び名まで、実にさまざま。

必ずしも「この雪質だと雪崩が起こりやすい」と単純に断定できるわけではありませんが、どんな雪が、どのような条件で積もると起きやすい状態になるのかを把握しておくことで、予測は可能なのだそうです。

 

雪氷がつくりだす、不思議な世界を体験

続いては、雪や氷の形状について学ぶ展示ブースへ。

「チンダルの花」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。氷の中に、まるで花のような形が出現することから名付けられた現象です。

氷に強い光が当たると、光のエネルギーを吸収して、表面だけでなく内部からも溶け出すことがあります。

白熱電球を使い、その状態を人工的に再現してみました。

氷が徐々に溶けていく様子を、OHPを使って観察すると……。

よく目を凝らしてみると、中央にうっすらと花のような形が浮かび上がっています。

19世紀、アイルランドの物理学者ジョン・チンダル(1820-1893)がアルプスのメール・ド・グラス氷河を歩いているとき、氷の中に円盤状に輝くものを発見。さらに目を凝らしてよく見てみると、周りが雪の結晶のようになっており、まるで花のような形をしていたことから「チンダルの花」と名付けられたのです。

このように、ワクワクするような実験が各所に用意されていました。

続いて「降雪粒子観測施設」へ。

「露場」と呼ばれる広大な野外観測場に面した研究室の外側に、四角い煙突状の構造物があり、その内部に向けて高性能カメラが据え付けられています。

ここはその名の通り、降ってくる雪を細かく観察するための施設。降雪速度や粒の大きさを粒子レベルで分析し、雪がどのような性質をしているのかを細かく調査することができます。

高感度の降水量計や、レーザー光で粒子の大きさや落下速度をはかる装置。風の影響を少なくして正確な計測を行うためネットで囲まれています。

積雪観測露場。積雪深、積雪重量、温度、湿度、風向きなど、雪氷防災に必要な観測を行なっている。

年ごとの最大降雪深度を示した建物。

観測地点毎にm(メートル)単位で最大降雪深を表示。雪氷研の2018年最大降雪量は約2m…といったように、県内各地の観測所のデータを表示している。

滅多に入ることのできない場所にも案内していただきました。

氷点下の環境を再現した低温室です。こちらでは「ダイヤモンド・ダスト現象」を再現してくれました。

この箱がダイヤモンド・ダストの再現装置。マイナス20℃もの低温状態の霧の中で、小さな氷の結晶を発生させることで、人工的に現象を再現するというものです。

ダイヤモンド・ダスト現象は、気温が大変低いときにごく稀に見られる現象のひとつで、大気中に浮遊する小さな氷の結晶に、太陽光が降り注ぐことで、キラキラと氷の粒がキラキラと輝いてみえる現象です。

まるでダイヤモンドのように氷の粒が輝く。雪国に暮らす人でもお目にかかることは少ない貴重な現象も、原理を知っていれば再現可能。

厳冬期の早朝、快晴かつ無風であることなど、多くの条件が揃ったときにのみ見ることができる大変珍しい現象ですが、実は人工的に、しかも身近な素材を用いて再現することができるのです。

 

防災を楽しく学ぶ「Dr.ナダレンジャーの防災科学実験ショー」

会場の一角に、子どもたちが続々と集まる場所がありました。

彼らの視線の先には……あっ、入り口で出迎えてくれた2人組の姿が!

入り口で出迎えてくれたDr.ナダレンジャーさん(左)とナダレンコさん(右)。研究所は初夏の新緑に囲まれており、一際目立っていた。

「みなさんこんにちは!Dr.ナダレンジャーです!どう?かっこいいでしょ?」

軽妙なトークでお客さんをイジり、一気に心を掴んだかと思うと、テンポよく道具を繰り出し、目の前で実験を繰り広げます。

彼らは、実はつくば市にある防災科学技術研究所の本部から防災を楽しく教えるためにやってきた正真正銘の科学者。名前のとおり「雪崩」を長年研究してきた人たちなのです。


ポケットサイズの雪崩再現装置。

おもむろにポケットから筒状の物体を取り出したかと思うと、ゆっくり傾けるナダレンジャー。

ガラスでできた筒状の物体の中は水で満たされ、小さな黒い粒子が詰められています。

実はこちら、れっきとした雪崩のメカニズム再現装置。傾けることによって、坂を下り落ちる雪崩の動きを再現しているのです。

よく見ると、たしかにテレビなどで見たことのある、雪崩の動きにそっくりです。

こちらは大きいサイズの雪害再現装置。

筒状のビニール袋に発泡スチロールの粒が無数に入ったというだけの、非常にシンプルな構造ですが、Dr.ナダレンジャーによればれっきとした実験道具なのだとか。

これを子どもたち目がけて傾けます。そうすると、まるで雪崩に巻き込まれたような疑似体験ができるのです。

遊んでいるように見えますが、非常に重要な科学的要素をふんだんに盛り込んでいます。

たとえば、雪崩の速度と重さの話。

物質の流れる量が増えると、その先頭の速度が量に応じて速くなるという法則を、わかりやすく説明してくれます。

「例えば、この発泡スチロールを東京ドーム満タンにすると、速度が新幹線の速さにもなっちゃうんだ!いくら軽いと言っても、発泡スチロールは空気の50倍の重さ。そんなのが東京ドーム満タンで来たら、みんな死んじゃうよ!こわいよね」

このように、想像力を掻き立てる話をしながら、実験を進めていくDr.ナダレンジャー。

地震の振動による高層ビルの揺れ(共振現象)を再現した「ゆらゆら」。

「防災科学実験ショー」は、楽しく遊びながら災害のメカニズムを想像させることで、子どもの頃から防災について主体的に考えてもらおうという、楽しくて勉強になるショーでした。

 

雪国だからこそ災害を学ぶ場に

この公開イベントは、雪や氷がどう変化するのか、そして雪崩のメカニズムや備え方を知って、雪氷から身を守ることについて様々な角度から立体的に学ぶことのできる催しでした。

また、日夜こうした防災について研究している人たちがいること、雪国では避けられない雪害を最小限にする努力が続いているということを知り、心強い思いをした参加者の方も多かったはずです。

そして、最も印象的だったのは「防災について深く知ってもらいたい」という、職員の皆さんの熱意。

最先端の防災技術を研究する機関なので、マニアックな世界なのかと思いきや、身近で見ることのできる現象から想像力を膨らませてくれる仕掛けが随所に散りばめられた楽しいイベントでもありました。

なかでも、Dr.ナダレンジャーが子どもたちに優しく語りかけていた次の言葉に、防災の本質的なことが凝縮されていました。

「例えば竜巻の材料は空気でしょ?『竜巻こわいから、空気を吸うのをやめます』なんて人はいるかな?いないよね。(自然現象は)本当は人間の役に立つ、大事なものばかり。でもね、それが巨大になると、こわい災害になるってことなんだよね」

自然は、ときに雪害をはじめ地震や台風といった自然災害をもたらします。それは、豊かな自然環境に恵まれた日本の宿命でもあります。

ふだんは意識することの少ない自然災害ですが、それを正しく理解することこそ、いざという時に冷静に向き合う助けにもなるもの。こうした試みは、そういう意味で私たち誰しもにとって意義のあるものなのではないでしょうか。

 

Text and Photos: Junpei Takeya

 

雪氷防災研究センター
[所在地]新潟県長岡市栖吉町前山187-16
[電話]0258-35-7520

 

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