【教えて!ご主人】地酒愛あふれる「くずしフレンチの日本酒バル カネセ商店」
4年にわたる酒造り修業を経て
父から「カネセ商店」を受け継ぐ
11月22日に1周年を迎えた日本酒バル。オーナーの菊口さんは全国の日本酒フリークから、“グッさん”と呼ばれリスペクトされている。ここで飲める日本酒は、そんなグッさん選りすぐりの“情熱の地酒”ばかりだ。季節によって入れ替わるが、常時30種類ほどで、そのうち新潟県産の酒が2〜3種類と聞いて驚く。
「県外の銘柄が多いのはなぜ?」という質問に、「新潟の主流は淡麗辛口なので、けっこうバリエーションが狭いんですよ。県外の地酒は、甘みがあるとか香りがあるとか、特徴がはっきりしていてわかりやすい。そんな中から、味や個性を重視するのはもちろん、考え方や方向性が自分と似ているなと共感を覚えた蔵元とお付き合いがスタートします」と菊口さん。
そもそも菊口さんは、長岡市与板町にある地酒専門店「カネセ商店」の社長でもある。「カネセはうちの屋号ですが、祖父や親父の代は米屋だったんです。親父は酒屋だと言い張ってたけど(笑)、ボリューム的には米のほうが扱っている量が多くて。農家から米を買って自家精米して、ちょっとだけ酒も置いているという店でした」
店を継ぐことを意識し始めたのは高校時代。「久保田」で知られる朝日酒造の営業担当が、「君はいずれ酒屋を継ぐだろうから、うちに勉強に来ないか」と声をかけてくれたという。卒業後の1年間を関東で過ごしてから、20歳のころに朝日酒造の門を叩いた。
「2年契約で、最初は嫌々だったけど、酒造りの流れがわかってきたら少しずつ楽しくなってきたんです。酒造技能士の資格を取ってから辞めたらどうかと社長に言われて、2年延長して4年間。資格も取りました。『酒造りは人づくり』と言いますが、そこには同年代の仲間がいて、みんな仕事も遊びも常に全力。いいチームでした」
朝日酒造から戻ったころ、カネセ商店で扱っていたのは新潟の地酒が中心だった。だが、友人が出張先で買ってくる各地の地酒に出会い、県外におもしろい銘柄がたくさんあることに菊口さんは気付く。
「当時は30歳の少し手前でしたが、小さな蔵元では同世代の人たちが杜氏として酒を仕込み、PRもしていたんです。酒造りを学んで大変さを知っていたし、売れなかったら収入ゼロですよ。それを同世代がやっているなんて信じられなかった。すごいなと感心して、それ以来、売れ筋商品でなく『こいつの酒を売りたい!』と感じた銘柄を選ぶようになりました。最終的には人と人の付き合いなんです。まったく売れなくて、心が折れそうになることもありましたけどね(笑)」
米と酒を売っていた商店はその後コンビニになり、なんでも買える店は賑わっていた。大手チェーンのコンビニやスーパーが台頭する中、どのように店を続けていくか、父と息子の間ではちょっとしたバトルもあったという。
「親父とまったく意見が合わなくて、いつも喧嘩でした。僕は地酒専門店にしたいと思っていたけれど、親父は『売上や近隣との付き合いも大事。ご近所のためにほかの商品も置いてあげたほうがいいんじゃないの』と。当時はまだ売上がないというのに、やる気ばかりが先走っていたんです」
11年前に先代が亡くなり、菊口さんが代表取締役に着任してから、本格的に地酒専門店にシフト。店のホームページを作ってネット販売を始めたところ、少しずつ売上が伸びて、菊口さんの地酒への愛と情熱が実を結び始めたのだった。
大海に漕ぎ出し
醸造家の思いを届ける
しかし、国内外に誇るべき蔵元が身近にある新潟の人々に、新潟県外の酒はすんなり受け入れられたのだろうか?
「最初はダメでしたね。『県外の酒? いらないよ』って、県外の銘柄はひとくくりにされることが多くて。地産地消はいいことですが、情報が入ってこないし、県外にも情報が出ていかない。まるで鎖国のように閉じている印象でした。井の中の蛙じゃないですが、もしかしたら知らない大海があるんじゃないのかなと思っていました」
そんな思いを抱えつつ、いち早く井戸から出て、大海原へ漕ぎ出した菊口さん。様々な地域の蔵元と出会う機会が増え、扱う銘柄も少しずつ増えていった。個性的な地酒と造り手の熱い気持ちを伝えたい——それがいつも彼の原動力となってきたのだ。
全国各地の個性的な地酒の肴は
お箸で気軽に食す「くずしフレンチ」
長岡でも少しずつ県外の地酒を置く飲食店が増えていく中、菊口さんが酒販店として「こんな人がこんな気持ちで作ってる酒だから、置いてやってください」と頼み込んだ結果1回は扱ってくれる飲食店も、思ったように売れないため2回目がない——ということが続いた。「やっぱり久保田がいいや。八海山でも」と、県内の酒に戻ってしまうのだとか。
「もっと知ってもらうためのイベントが必要かな」と考えていたとき、付き合いのある飲食店から「県外の酒をPRするモデル店をカネセさんがやれば?」と言われた菊口さん。「え? うちが?」と戸惑いつつも、飲食店を開くことを意識し始めたという。
「たまたまこのビルのオーナーと知り合いだったけれど、当初ここは飲食店NGとのことでした。しかしずっと空けておくのものどうなのかと管理組合の縛りが緩くなったので、日本酒バルのコンセプトを話して出店が決定。タイミングがよかったんです」
長岡駅前、アオーレ長岡の隣という一等地だが、「そんなところに店があったっけ?」と誰もが言う場所に「カネセ商店 長岡店」は誕生した。「隠れ家ですね、よく言えば」と菊口さんは笑う。
店のオープンが決まり、料理人を探し始めた菊口さんだったが、なかなかいい出会いがなく、熱海にいる知人の “ハイパー干物クリエイター”、藤間さんが作る干物を肴にちょい飲みで始めようと考えていた。
「県外の酒の認知に1、2年はかかりそうだし、その間に料理人が見つかればいいな、和食より洋食かなと漠然と思っていて。そうしたらオープン後に飲みに来てくれたフレンチのシェフが、料理を担当してくれることになったんです」
強力な助っ人が登場したことで、店名が現在の「くずしフレンチの日本酒バル カネセ商店」となった。
2016年の春に店に加わったそのシェフとは、ホテルやレストランで10年ほど修業した後、新潟に戻り、長岡市内の「和島トゥー・ル・モンド」のレストラン「Bague」で副料理長を務めていた星野薫さん。野菜や果物のアレンジが斬新で、素材の味を活かした料理が並ぶのも納得だ。
(「和島トゥー・ル・モンド」については、こちらの記事 を参照。)
気になる「くずしフレンチ」とは?「いきなり肴はフランス料理ですと言っても、やはり田舎ですからね。敷居をちょっと下げて、お箸で気軽に食べるフレンチということで『くずし』てみました(笑)。日本酒も、飲むのにちょっとかしこまったり、難しいと思われたりすることもあるけれど、そういう壁はできるだけなくしていきたいんです」と菊口さん。
「県外の銘柄をいろいろ試してみて、やっぱり新潟の酒が美味しいと言っていただけたらスマートだし、僕にとっても、それはとてもうれしいことです。いろいろな入り口を用意しているので、ぜひ開けやすい扉を開けて、各地の地酒を飲み比べていただけたらと思います」
今年の新米で作られた新酒が出揃う季節、忘年会や新年会を計画して、全国の若手醸造家が醸したフレッシュな地酒をゆっくりと味わってみるのはどうだろう。
日本酒に詳しくなくても、好みを伝えればスタッフがおすすめを出してくれる。菊口さんが不在のときは、実家が山形の酒屋だというスタッフの大内誠さんになんでも聞いてみよう。もしも多忙な菊口さんにバルで会えたら、その日はラッキー。雪をも溶かすグッさんの情熱的な地酒談義に耳を傾けるうちに、どんどん杯が進むはずだ。
Text: Akiko Matsumaru
Photos : Tsubasa Onozuka (PEOPLE ISLAND PHOTO STUDIO)
くずしフレンチの日本酒バル カネセ商店
[住所] 長岡市大手通1-4-9 メゾン大手1F
[電話番号] 0258-37-3137
[営業時間] 火曜〜木曜17:00~23:00(LO22:30)、金・土曜と祝前日17:00~24:00(LO23:30)、日曜15:00~22:00(LO21:30)
[定休日] 月曜 ※12/31(土)〜1/3(火)は休業、1/4(水)から通常営業。市場の関係上、1/4(水)は“ハイパー干物クリエイター”藤間さんの干物中心での営業となります。
[駐車場] なし
[HP] http://r.gnavi.co.jp/502w9tk50000/(ぐるなび)