“欲張らず、足るを知る”長岡の歴史とマインドを伝えるからくり酒器「十分杯」

2016.10.6

実りの秋到来。日本酒が恋しくなる季節の始まりです。酒どころ新潟県内で最多の16蔵元を誇り、「日本酒乾杯条例」が施行されて2年が経過した長岡では、「とりあえず日本酒!」で盃を酌み交わしたいところ。わかっていてもついつい飲み過ぎる……、そんな日本酒フリークたちを「ほどほどに」と戒めてくれる盃があります。

8分目を超えて注いだ瞬間、底の穴から情け容赦なく一気に流れ出てしまう「十分杯・十分盃(じゅうぶんはい)」。盃の中の水圧が気圧を上回ると重力のバランスが崩れるという、灯油ポンプなどにも利用されている「サイホンの原理」によるもので、この物理マジックについては、いまなお研究が進んでいるとか。300余年の時間を遡り長岡藩に由来する、摩訶不思議なからくり酒器を紹介します。

1⁻升の「十分杯」大と小

大森木工が手掛けた枡の十分杯。左は女性のために新たに製作中の小ぶりなタイプ。底に焼印を入れ、10/8(土)開催の「越後長岡酒の陣」でお目見えとなります。

 

1687年、長岡藩三代藩主
牧野忠辰の目に留まる

まずは十分杯のルーツを探るべく、長岡歯車製作所前社長で長岡歯車資料館館長、内山弘さんを訪ねました。郷土史研究家でもあり、十分杯のリサーチを重ね、実際に十分杯を作ってきた内山さん。十分杯研究におけるパイオニアです。

2⁻歯車資料館の館長、内山さん

長岡歯車資料館館長の内山弘さん。郷土史に造詣が深く、歯車を内蔵した時計、工業製品、農具、民具などのコレクターでもある。手にしているのは自ら手掛けた初代の十分杯。歴史が好き、歯車のように内側に秘められたからくりが好き、自分で作ってみるのが大好きとお見受けしました。

「長岡では十分杯として伝えられましたが、似たような器はあちこちにあるんですよ。発祥はギリシャといわれ、中国では『欹器(いき)』という、空のときには傾いていて、ちょうどよく注ぐと直立し、なみなみ注ぐとひっくり返る仕掛けの器があって、『世の中の万事はこれと同じ。満ちて転覆しないものはない』と、孔子が弟子たちを戒めたそうです」と内山さん。

3⁻中国の十分杯

「欹器」のレプリカ。工学部出身の内山さんは、なんでも自ら作ってしまいます。からくりを説明するときの笑顔は少年のよう。

「日本では、サイホンの原理を利用した器が江戸時代に広まりました。長岡では貞享4年(1687年)、長岡藩三代藩主の牧野忠辰(ただとき)が22歳のとき、十分杯が伝える『満つれば欠く』というメッセージに感銘を受け、自分自身の戒めにして、家臣たちに倹約の精神を説いたそうです。石垣島に『教訓茶碗』、山形に『八分杯』という、同じサイホン式の器がありますが、足るを知る、欲張らない、贅沢をしないというのは、現代にも通じる示唆に富んでいますね」

4⁻十分杯の断面

岡崎宗男作十分杯の断面。管の入り口と出口にわずかな高低差があり、水が8分目を超えると水圧が気圧を上回って重力のバランスが崩れ、出口からすべて流れ出るサイホンの原理を利用している。

 

学校や企業の記念品、
お土産として広まる

牧野家15代目忠篤が初代長岡市長の職を退任してから、当時の日本を代表する陶芸家、宮川香山に依頼して作ったという十分杯。その後も1930年に蒼紫神社が県社になった記念や、小学校、高校、企業でも記念品として作られ、お土産としても長岡市内で流通するようになりました。「そういえば、うちにもあるよ」という長岡市民も多いかもしれません。
こうやって活用され、現代に受け継がれてきた、それが長岡の十分杯の特徴的なところ。十分杯のコンセプトが市民のマインドに合っていたのかなと想像が膨らみますね。

6⁻十分杯(陶器、鳩)

阪之上小学校100周年の記念品として作られ、配られた陶器の十分杯。

7⁻十分杯(升、初代)

内山さんが企画・製作した木升の十分杯。長岡歯車資料館で購入できます。

内山さんの歯車と十分杯のコレクションを見学できる歯車資料館は、月・水・金曜の午前中は館長が在館。事前に電話をしてからお出かけください(Tel. 0258-22-0696)。

 

さらなる普及を目指し
大学の先生と学生たちがPR

十分杯の魅力に取り憑かれた人がもうひとり、長岡大学にいます。経済経営学部の准教授、權五景(グォン・オーギョン)先生。歯車資料館を訪ねて内山さんと十分杯に出会い、ゼミの学生たちと一緒に十分杯の普及活動に取り組んでいます。

8-長岡大学権先生

長岡大学の權五景先生。学生食堂前のショーケースに、太刀川喜三さんから寄贈された十分杯コレクションがずらり!

「中小企業論を担当していて、見学で訪ねた歯車製作所でたまたま内山さんに出会いました。十分杯を見て、これはおもしろい! と思って私のゼミで取り組むことにして、調査、広報、提案をしています」と權先生。

「長岡の歴史や精神が込められ、からくりも形もユニークな十分杯。当初は長岡市民の中で2割程度の認知度だったのですが、私たちの活動がメディアで取り上げられるようになったこともあってか、最近は知られてきているようです。結婚式の引き出物にもいいし、価格を下げて、バリエーションを増やして、2020年の東京オリンピックに向けて作ってみるとか、ふるさと納税の返礼品にも採択されましたし、長岡の地域資源としてまだまだ可能性がありますよ」とにっこり。

9-コレクション(牧野忠篤)

初代長岡市長、牧野忠篤の十分杯。右は蒼柴神社県社昇格記念で作られたもの。

10-コレクション(ほくぎん)

北越銀行110周年記念で作られた、松竹梅をモチーフにした十分杯。

11-十分杯の資料

歯車資料館の内山館長が2000年に発行し、2009年に改訂した冊子(左)と權五景ゼミナールが手掛けたパンフレット(右)。十分杯の歴史や魅力がつまった貴重な資料です。

長岡大学の学生食堂前にある十分杯コレクションは、土・日曜、祝日、夏休みなどを除く9:00〜16:00に見ることができます。悠久山公園内の長岡市郷土史料館も近いので、ぜひセットで訪ねてみてください。同館には、現存するものでは日本最古の十分杯のひとつとされるお宝が展示されています。

5⁻郷土資料館の十分杯(竹)

これが日本最古の十分杯のひとつとされる貴重な品。(長岡市郷土史料館蔵)

 

もっと十分杯を知りたいなら
10/8(土)「越後長岡酒の陣」へ

十分杯でお酒を飲んでみたい人は、大手通りの居酒屋「長岡藩」、寿司店「新天街大鮨」、東坂之上町の「新亀寿司」へ。お客さんからの要望があれば、十分杯を出してくれるそうです。

十分杯を買いたい人は、長岡駅ビルCoCoLo長岡1階の「わがんせ」へ。陶器、枡、アルミ製など、様々なタイプが置かれた「十分杯コーナー」があります。大事な人への贈り物やお土産にもよさそうですね。

12⁻わがんせで買える十分杯

わがんせで購入できる商品の一部。左から「枡々十分盃 ほどほど」、高級感たっぷり、桐箱入りの「岡崎宗男 十分盃」、アルミニウム合金製十分盃「ほどほど」。ギフトにいかが?

さらに十分杯について詳しく知りたい人は、10/8(土)にアオーレ長岡で開催される「越後長岡酒の陣」へ。長岡大学權五景ゼミナールのブースで、十分杯を愛してやまない權先生とゼミの学生たちがじっくり教えてくれます。
16蔵元の地酒提供コーナーを始め、利き酒チャレンジ、日本酒講座や酒造り唄が披露されるステージイベントなど見どころたくさん。長岡食材を使った、酒の陣限定おつまみメニューで日本酒を楽しみましょう。

14⁻新作イメージ(鯉)

酒の陣でお目見えする最新の十分杯は、女性向けのミニ枡。パッケージも一新されるそうで楽しみ! ※写真はイメージ

15⁻酒の陣イメージ

16蔵元が集結する「越後長岡酒の陣」。飲み比べして、お気に入りを見つけて。

 

16⁻酒の陣チラシ

日本酒がますます美味しくなり、パーティーシーズンに向かうこの季節。「欲張らず、足るを知る」「なにごともほどほどに」、そんな十分杯のメッセージを肝に銘じて、楽しく乾杯しませんか?

 

Text & Photos : Akiko Matsumaru

 

美味しい酒にアオーレ 越後長岡酒の陣
[日時]10月8日(土)11:30~18:00
[会場]アオーレ長岡ナカドマ
[料金]1000円(チケット10枚、オリジナルおちょこ、和らぎ水付き)
[問い合わせ]長岡市観光企画課 0258-39-2344、長岡観光コンベンション協会 0258-32-1187、長岡商工会議所 0258-32-4500

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