今年で10周年!「自ら学ぶ」市民を増やす「まちなかキャンパス長岡」のユニークな仕組み

6月下旬のとある月曜日。JR長岡駅にほど近い「まちなかキャンパス長岡」で、ある講座が行われていた。講座名は「まっすぐに醸し伝える新潟の味——みそからピクルスまで——」。長岡市内に蔵を構える老舗味噌屋の代表が、会社の軌跡とともに県内の味噌消費の変遷などを語り、そして最後には「みそ玉」の作り方を伝授するという内容だった。

参加者は23名で、男性が5名と女性が18名。20代から70代くらいまでの幅広い年代の人たちが、講師の話に聞き入っている。トークと実演で約1時間が経過し、あと30分ほど残っているというタイミングで質疑応答に入る。その瞬間、たくさんの手が挙がったことに驚いた。そして、質問はひっきりなしに続いていく。「味噌をつくる機械はどんなものか?」「味噌漬けにあえて長岡野菜を使っている理由は?」「杉樽の味噌が好きだが、なぜおたくは杉樽ではないのか?」などなど。

講座風景。栁醸造は長岡市三島の地で、明治20年に米穀商と麹屋として始まった。その後、大正からは醤油と味噌を製造し、現在の主力製品は味噌と浅漬けやピクルスなどの漬物。

上・左下/この日作り方を実演した「みそ玉」は、味噌・出汁・具を丸く成形した即席味噌汁。冷凍庫で保存でき、お湯を注ぐだけで味噌汁が完成する。右下/本来ならその場で受講生も実践する予定だったが、新型コロナウイルス感染症の対策として各自持ち帰って作ることに。こうじみそと玄米味噌の2種類がお土産として配られた。

中には十数年来、毎年自分で味噌を仕込んでいるというツワモノもいて、「味噌にする米は古米のほうが美味しいと聞いたが本当か?」といったかなりマニアックな質問も飛んでくる。講師の方も「難しい質問ですね……」とたじたじになりながらも、知る限りのことを真摯に答えていた。時間いっぱいまで講師と参加者の活発なラリーは続き、終了後も質問する人を何人か見かけた。

上/「いま海外に行けないからこそ、日本のこと、そして長岡のことを知りたいと思って参加しました」と話してくれた30歳前後の2人。左下/長岡市から毎月送られる広報誌を見て参加した60歳の栁文枝さん。中之島に住んでおり、普段地域のイベントなどに参加するタイプではないが、広報誌に書いてあった「みそ玉」というキーワードに惹かれて参加した。右下/講師を担当した栁醸造株式会社代表取締役の栁和子さん(左)と、社員の櫻井恵さん(右)。「普段人前で話す機会は多くありません。受講生が積極的で、深い質問もしてくれたのでドキドキしましたが、よい刺激になりました」と栁さん。

全国的にもユニークな
「まちキャン」の運営方針

この講座が行われた「まちなかキャンパス長岡」(通称:まちキャン)は、長岡市と長岡市内の*四大学一高専、そして市民が協働で運営している、全国的に見てもユニークな学びの場だ。実際に講座に参加してみると分かるのだが、スキルを身につけるためのセミナーや、カルチャーセンターのような趣味のためのクラス、大学が主催する社会人向け講座とはちょっと違う雰囲気。一体、何が違うのだろう?

*長岡技術科学大学、長岡造形大学、長岡大学、長岡崇徳大学、長岡工業高等専門学校のこと。

「まちキャンは教育機関と連携しているため、講座のテーマはアカデミックですが、それを『わかりやすく伝える』ということを大事にしています。また、市民と講師の双方が主体的に学び、成長できるような仕組みになっています」と答えてくれたのは、「まちなかキャンパス長岡」の学長である羽賀友信氏だ。まちキャンの講座は、前述の味噌の講座のように民間から専門性をもつ人を講師に迎えることもあるが、半数は大学や専門学校の教授などが教える。しかもテーマは、医療、航空学、経済学、看護・福祉、文化遺産、伝統工芸、まちづくり、防災、気象、ビジネスなどかなり幅広い。令和3年度講座一覧の冊子をめくると、一年でゆうに100近くの講座が開催されていることがわかる。

「まちなかキャンパス長岡」の学長であり、NPO法人市民協働ネットワーク長岡代表理事、長岡市国際交流センター「地球広場」センター長など様々な肩書を持つ羽賀友信氏。海外で難民救援医療プロジェクトに参画するなど国際的に活躍した経験を持ち、まちキャンでも世界の国々や地域をテーマにした講座をもつ。

しかも面白いのが、「まちなかカフェ」「まちなか大学」「まちなか大学院」と段階が分かれているところ。「カフェ」は比較的カジュアルなテーマの単発講座で、「大学」はテーマごとに学びを深められる全5回講座、そして「大学院」は最後に研究発表もあるガチな全10回講座!だ。 ちなみに先の味噌の講座は「カフェ」に分類される単発講座で、さらに学びを深めたければ「発酵を科学する——発酵を理解し、Inner Beauty ライフへ——」という、フィールドワークを含む全5回の「大学」の連続講座を受講することができる。間口の広いカフェから、大学、大学院へとステップアップしていけるよう設計されているのだ。

「アンダーグラウンドの世界 ——長岡の下水道をのぞく——」「Do you 脳(know)? ——こころの仕組み——」「大雪と台風のメカニズムを知る」……講座一覧を開くと、知的好奇心をくすぐる講座名が飛び込んできて、圧倒的なテーマの幅広さ、多様な講師陣に惹かれて、参加したくなる講座が見つかるように思う。どれも「難しそう」という印象は抱かず、絶妙な気軽さと知的さのバランスを保っている。一体、まちキャンの講座はどのように作られているのだろう?

上/まちキャン創設以降、10年分の講座一覧冊子。表紙や講座名には独自の伝統が受け継がれており、運営側にとって来年分の冊子を作り終わって配布する達成感がたまらないのだとか。左下/まちキャンのレコード観賞コーナー。長岡市民だけでなく全国からレコードの寄贈が集まり、なんと1万枚超え!現在は受付を停止している。右下/3階にある多目的スペース。まちキャンには小窓がついている部屋が多く、活動している人の様子を垣間見ることができて楽しい。

市民の知的好奇心を重視して
プログラムを組んでいく

たとえば「まちなかカフェ」の講座であれば、毎年200以上の案があるなかから、最終的に40くらいに絞られる。講座企画は、連携する四大学一高専の教員や職員、長岡市のまちキャンを担当する職員、長岡市とNPOの市民協働ネットワーク長岡が運営する「ながおか市民協働センター」の職員、また過去にまちキャンに在籍していたOB・OGなどから募るが、もっとも重きを置くのは前年度の講座を受けた市民のアンケートだ。

まちキャンの室長を務める長岡市市民協働課の近藤典子さんは、「方針はシンプルに市民の要望に答えるということですね。いま、みなさんが何に興味があるか。受講後には必ずアンケートを実施するのですが、そこには今後受けてみたい講座内容を記入してもらっています。そのアンケート結果と、あとはいち市民としての(自分の)体感をふまえて企画しています」と言う。

長岡市市民協働課まちなかキャンパス長岡室長の近藤典子さん(右)と主事の荒木茜さん(左)。「講座の企画だけでなく進行や受付も担当し、市民のみなさんと触れ合う機会があるのですが、講座終了後に『今回すごくよかったよ』『こういう講座を待ってたよ』と言われると本当に嬉しいです」と荒木さん。

講師は新潟県外から呼ぶことも多々あり、なかにはまったく関係性がないなか「当たって砕けろ」でお願いすることもあるという。こんな人を呼びたい!という市民の要望が事務局に届き、実現されるという可能性もある。

さらに、まちキャンに熱意を持って参加する市民のなかには講座を受けるというだけでなく、ボランティアとして裏方に回ったり、「市民プロデュース講座」といわれる市民主体で進める講座の企画に関わる人もいる。あるボランティアの高校生は、自らの企画を市民プロデュース講座に応募し、羽賀さんをはじめ数人の委員の審査会を通過して、無事今年度に講座を開催することになった。また、長岡技術科学大学や長岡工業高等専門学校を退職した先生などが、ボランティアとして学生ではない一般の人や子どもたちに理科の楽しさを広めるために企画する講座もあるという。審査にあたって羽賀さんや委員が重視するポイントは「まちキャンらしい講座かどうか。また、講師自身が進化・成長できるか」。審査会からは応募者へ様々なフィードバックがされ、市民の企画者や講師も育っている。

まちキャン10年の歴史は
長岡の「米百俵の精神」から

まちキャンの構想は14年前に生まれ、4年の準備期間を経てスタートし、今年で10周年を迎える。

「まちキャンには、他県の行政の人たちも視察に来ることがあります。この仕組みは、市民の思いと行政の理解、そして大学の協力がないと絶対にできないんです」と羽賀さんは言う。そのバックボーンとなっているのが、「米百俵の町・長岡」という、長岡の歴史を踏まえた考え方だ。長岡には戊辰戦争で新政府軍と戦って破れ、町の八割近くが焼け野原になったという歴史がある。「米百俵」とは当時の長岡藩大参事・小林虎三郎が町を復興する際に、目先の食糧の確保だけでなく教育を重んじようと、他藩から贈られた米百俵を学校建設などの教育に投資したというエピソードをからくる言葉だ。

まちキャンにオブジェとして置いてある米俵。まちキャンのロゴマークはここから。ちなみに、「米百俵」には現在の円貨に換算すると、数百万〜一千万円ほどの価値がある。

「さらに長岡は、戊辰戦争からの復興期に日本で最初に産出した東山油田を開発しながら、工業を主とした人材を育成してきた場所です。また、新潟大学の工学部はもともと長岡にありましたが、新潟市内に移設したのちにそのバックアップとして長岡技術科学大学や、美術・デザインに特化した長岡造形大学が生まれました。そして、2001年には地域志向の私立大学である長岡大学が、2019年には看護・医療系の長岡崇徳大学が誕生。長岡には学びを重んじる気風があり、人材育成に熱心な土地柄があると思います。豊かな生活を送るために市民が生涯学び続ける町であってほしい、そして実践知と主体性を持った市民が育ってほしいという目的で生まれたのが、このまちキャンなのです」(羽賀さん)

本職の先生も気が抜けない!
まちに生まれる「学び」の好循環

まちキャンの講座が行われるスペースは、高校生や大学生が自習をする空間でもあり、施設予約などの受付も近くにあるオープンスペースだ。講座を予約していない通りすがりの人にも、その様子がちらりと見えたり聞かれたりする。まちキャンで10年前から講座を担当する長岡大学経済経営学部の山川智子教授は、大学側からまちキャンに関わる立場として、こんなことを教えてくれた。

歯学博士であり、心理学や医学、経済学、観光など幅広い学問分野で教鞭をとる長岡大学の山川智子さん。今年度のまちキャンでは、「思わず納得!日常あるあると行動経済学」という「まちなかカフェ」の講座を担当する。

「普段は大学の教室で授業をしているので、はじめは”アウェイ感”がすごいなと思いました。でも、受講生は非常にやる気があって真剣に聞いてくれるので、とてもやりがいがある。逆に言うと、手抜きはできないんですよね。アンケートでも詳細に『ここがわかりにくかった』というような率直な感想をいただくので、修業の場だなと感じることもあります。市民のみなさんの関心の持ち方や勉強の仕方を知ることで、大学の授業にも還元できることが見つかりますし、普段の大学の授業ではできないことが色々とできるんです」

まちキャンの講座が開かれるのは、このオープンスペース。

羽賀さんは、大学側がまちキャンに協力してくれる理由を、大学のことを知ってもらう機会になることや地域貢献にもなることに加え、講義力を向上させる試行錯誤の場として、有効に活用してもらえているからではないかと考えている。講座を受け持った先生のなかには「なかなかこういう場所はないですよ」とまちキャンのファンになり、自ら次の講座企画を出してくれる人もいる。

さらには、大学関係者だけでなく、市民プロデュース講座で企画を出して講師を務めた方が、そこで話したテーマをその後数年間かけて深め、専門家として研究実績を積み上げ、最終的には学会発表で賞をとったという人も現れた。

「つまり、その方はまちキャンで話した内容を”持ちネタ”にしたわけですよね。まちキャンの受講生の要求度は高く、下手をすればある部分では自分より詳しい人がいたりもします。私も毎年少なくとも10講座は受講しますし、大学関係者が講座に来ることもよくあるんですよね。そんな環境で講師自身の技量も磨かれていくのです」(山川さん)

羽賀さんは「受講する人の目はどんどん肥えていき、さらには市民を含む講師側のクオリティも上がっていくというのがまちキャンなんです。学びは生きていく上での原動力だなと私は思います。そう感じる人が1人でもまちに増えたらいいなと思います」と言う。

学ぶ人、企画する人、講師をする人、サポートする人。そのすべての人の学びが磨かれ、まちに「自ら学ぶ人」が増えていくのがまちキャンだ。長岡のことを知りたい、大学の先生の話を聞いてみたい、なんとなく何かを学んでみたい。まちキャンはそんな思いを受けとめ、きっとあなたの知的好奇心を満たしてくれるだろう。愉快な表紙の講座一覧の冊子をめくれば、学びたい欲がむくむくと湧いてくること間違いない。

 

Information
長岡市地域交流センターまちなかキャンパス長岡
住所:〒940-0062 長岡市大手通2丁目6番地 フェニックス大手イースト3階~5階
開館時間:午前9時~午後9時(日曜、祝日は午後6時まで)
休館日:毎月第1、3火曜日 *年末年始(12月29日~1月3日)
※9月3日~9月16日休館中

URL:https://www.machicam.jp/

 

Text & Photo:橋本安奈

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