小倉ヒラク、星野概念、ドミニク・チェンが長岡に集結!「発酵するまち」を考えた
2019/12/21
2019年11月9日、新潟県長岡市で開催された発酵イベント「HAKKO Trip」。発酵フードマルシェや体験ワークショップ、発酵について研究をする大学生のアイデアポスター発表など、多角的な視点で発酵文化を楽しめるコンテンツが一堂に会し、まち中が「発酵」一色となりました。なかでも目玉の一つとなった企画が、発酵ムーブメントを担うゲストによる「発酵トーク」です。
ゲストは、発酵デザイナーの小倉ヒラクさん、情報学研究者のドミニク・チェンさん、精神科医の星野概念さん、そして進行役を務めるのは「な!ナガオカ」のディレクターである編集者の安東嵩史さん。あえて事前の打ち合わせなしでぶっつけ本番としたトークは、ゲストによるお酌あり、即興ライブありの自由すぎる展開に!会場中が笑いに包まれ、思考もぶくぶく発酵したトークイベントの様子をご紹介します。
日常を支える「普通酒」が
地元の人の営みを映す
今回、参加者に心地良い時間を過ごしてほしいとふるまわれたのは、老舗蔵元・吉乃川の日本酒の数々、そして柳醸造のピクルスとクリームチーズの味噌漬け。おいしいものに囲まれて和やかな雰囲気が生まれます。ゲストのみなさんはトーク開始前から、長岡の地酒に酔いしれ、すでにリラックスムードの様子。開口一番、小倉さんが発した言葉は「吉乃川の普通酒がヤバい!」でした。
小倉「実はですね、僕は個人的に『全国普通酒ヤバい蔵リスト』を作っているんですよ。その中でも屈指のレベルにあるのが、長岡市の『吉乃川』です!」
会場(「おお!」と嬉しそうな表情の観客たち)
小倉「吉乃川の普通酒は、冷やしてもうまいし、レンジでチンしても味が崩れない。食べ合わせが良いうえに、甘みもうまみも酸味もある。まさに魔法のようなお酒です」
安東「なるほど。普通は大吟醸のようなお酒がいいのでは?と思いがちですが、あくまで『普通酒』に着目するんですね。それはどんな理由ですか?」
小倉「普通酒には『地元の人の顔が表れるから』です。日本酒って基本的には『地酒』で、もとはその土地で造ったお酒を地元の人が消費していたんです。つまり、1次産業や2次産業で肉体労働をする人たちが働いた後に飲むわけですけど、これがもし大吟醸だったら『薄いわっ!』て感じるはず(笑)。酸とうまみが立って濃厚な普通酒をグビグビ飲む、これがおいしい。一日頑張って働いた後に地酒を飲んだら『俺は長岡の人間だなぁ』ってしみじみ思えるんじゃないかな」
安東「地元の人たちの営みが、普通酒には詰まっているということですね。そこまでヒラクさんに絶賛されるとみなさん飲みたくなってきたのでは?」
星野「そりゃ、飲みたくなるわ―!観客のみなさんにも回しましょうかね」
(星野さん、観客席側に銘酒「厳選辛口 吉乃川」を手渡す。“ヤバい日本酒”に観客のみなさん舌鼓……!)
小倉「長岡のお酒を飲めば、この地の人たちがどう生きて喜びを得ているのか、イメージができる。地酒にはそれぞれ民族性が表れているんです。おもしろいですよね」
お酒好きが高じて見えてきた
「精神医療」と「発酵」の共通点
安東「お次は精神科医の星野概念さんにお話を伺ってみましょう。専門分野としては関係のないように見える発酵の世界に興味を持ったのは、なぜだったのでしょうか?」
星野「僕、お酒を飲むのが大好きなんですよ。自分で造り方を調べるだけでは物足りず蔵元へも足を運ぶようになって、どんどん発酵の世界にのめり込んでいきました。
心の病気を抱える患者さんが回復していく過程って、発酵と似ているんですよ。数ヶ月入院している間、患者さんに表面的な変化はあまり感じられないのですが、ある時『散歩に行ってみようかな』『働いてみたいです』と現象として変化が表れるんです。酒造りでいえば、『ぶくぶく湧く』という現象の前でも、実は微生物たちはひそやかに活動を続けているんですよね。こんな感じで話してますけど、大丈夫……!?」
小倉「大丈夫だよ、おもしろいー!」
会場「おもしろい!」
星野「良かった、では続けます。それで、蔵人が(麹の)発酵しやすい環境を整えてあげて、そこからは彼らに任せることに徹するように、僕たち精神科医も患者さんを信じて待つしかない――そう心から思えるようになったのは発酵を知ったおかげなんです。発酵の魅力にとりつかれてからは、精神医学の専門誌への寄稿文でも、強引に発酵に紐づけるようになったんですよね(笑)。それで『発酵に詳しい精神科医』と認識されて、こうして発酵トークイベントへも出演するようになった次第です」
「食べておいしい」という体感こそ
発酵がもつ独特の魅力
安東「ここで、発酵とまちについても語っていきましょう。長岡市は『発酵・醸造のまち』を掲げていますが、例えばふるさと納税で発酵食品を出して一時的な消費で終わらせるだけではなく、『発酵』という概念を通してまちがおもしろくなることを目指しています。
今回の発酵トークのようなイベントを地道に続けて、その基盤ができてくればいいなと。長岡の発酵食品がおいしいのは分かった、ではどうしたらその先に行けるか。つまり『発酵』の考え方を通じてみんなが幸せになれるのか、そんなことを話していきたいなと……あれ? ヒラクさん!?」
(小倉さん、観客席側にあるお酒コーナーへそろりと移動)
小倉「ここのアングル(観客席後方)が一番イベント感あるんで!よければ、みなさんにお酒サーブしますよ。いま『ひやおろし原酒』飲んでます。めっちゃおいしいです」
安東「……そうですか。では、ヒラクさんは後方から参加するとのことで」
ドミニク「発酵を概念として理解しようとすると、食と切り分けて考える人もいるかもしれません。ですが、僕は切り分けなくて良いと思うんです。絶対的な“正解”があるわけではない。例えば『登壇者は前列にいるべき』という前提も疑ってもいいのではと」
小倉「後ろにあるお酒たちが飲んでもらいたがってるんで、移動しちゃいました」
安東「それじゃあ、ヒラクさんには副音声で菌の声をお届けしてもらいましょうか(笑)」
ドミニク「そう、こんなふうに価値観を倒置させていかないと。食べて分かるというのは、発酵ならではの特性。おいしいお酒を飲んだ瞬間、まちの人々の営みや歴史が想像できる。直感的な食の感覚と、そこから広がる過去の想像、そしてまだ見ぬ未来――それが今ここにある発酵食でつながっている。想像のトリガーとなる発酵における食は、切り離せないものです」
星野「その考え方、精神医学の立場からも同感です。『登壇者は前列にいるべき』のような頭でっかちな判断は、人間が進化して言葉で考えすぎるようになってしまったから。その結果、動物的な本能と乖離して神経症が生まれたといわれています。
だから、理屈なしに『食べてうまい』と体が反応するのは、人が健全に活動するのに大切なことなんです。ドミニクさんの話に共感してビビッときました! ……いや、『ビビッと』ってボキャブラリーなさすぎですかね」
ドミニク「いえいえ、ビビッとくるって大事な感覚ですよ!」
微生物たちが教えてくれた
「常識は変化する」という真実
安東「発酵とは現象であり、微生物たちの営みのこと。そこには、人間が生きていくうえでのヒントが隠されていると思うんです。
人間は言葉で意味づけをすることで進歩してきましたが、同時にそれは固定観念にとらわれやすい生き物でもあるということです。言葉や意味は生きていくための標でありながら、ときにはネガティブな意味づけが先行し、行動することに萎縮したり、人間関係を遠ざけたりしてしまうこともあります。
一方、発酵というプロセスでは微生物たちが複雑に関わり合い、必ずしも一般的に“正解”と思われる方向へ向かうわけじゃない。発酵には“変化していく”ことへのヒントが詰まっていると思うんです」
小倉「僕が後方でトークを聞いているのも変容の一つですよね」
安東「物事の原因と結果は必ずしも最初から最後まで全てが直線的に決まっているというわけではないということですね。でも、トークには戻ってきて(笑)」
小倉「では、後方から話させていただきます。安東さん、先ほどの仮説は実証できますよ!」
安東「発酵に“変化していくこと”へのヒントが詰まっているという仮説ですね」
小倉「そうです。『お酒やパンを作る酵母は、なぜ空気がある環境でもアルコールを作り続けるの?』。これ、僕が最近一番しびれた質問です。ここに生物進化のおもしろさと変容へのヒントが潜んでいます。
ちなみに酵母はカビの仲間です。微生物って生きるエネルギーを作るために酸素が必要な好気性生物と、酸素が不要な嫌気性生物がいるんですが、酵母の場合、通性嫌気性といって、酸素があるときはブドウ糖をきれいに分解してエネルギーを作る。ないときはアルコール発酵といって、エタノール(アルコール)を排出しながらエネルギーを作ります。
このように酵母はどっちの条件でも生きられるんですが、酸素がある環境ではエネルギー効率のよい好気性呼吸をするのが普通です。しかし、不思議なことに数ある酵母の中でもパン酵母や清酒酵母は、なぜか非効率にアルコールを作り続けるのです。
3億年以上前には、こういうパンやお酒の酵母はマイノリティで変なやつらでした。でも、人間が発酵という概念を発見し、人間と共生することで、人間の暮らしの中でものすごく発展した。正攻法じゃない、まったく違う形でのポピュラリティを獲得したんです。今現在、彼らは酵母のなかで最も多く存在していると思います」
小倉「非効率なことをしていながら、パンやお酒の酵母は結果として普遍性を獲得しました。そのポイントは『先読みしていないこと』。つまり、人類との共生を予測してアルコール回路を鍛えたのではなく、まったくの偶然によって第三の道が切り拓かれたといえます。生物の進化は“正解”から離れて自分のもっている変な能力と向かい合った末に起こることがよくあるんです」
安東「なるほど。ヒラクさん専門の、生物学的領域からの視点ですね」
小倉「発酵領域から見解をもう一つ。島根県に『王祿(おうろく)』という超個性的な日本酒があるのですが、確信犯的に『苦み』があるんです。本来日本酒は苦み、えぐみ、酸味を出さないのが正解とされているなか、技術力のある蔵元がなぜこんな酒を?と思いますよね。仮説ですが、日本人がクラフトビールを飲むようになり、苦い酒もOKの素地ができてきたからじゃないかと。
さらに、秋田県にかほ市の『飛良泉』の酒は、シャルドネの白ワインくらい酸っぱい。これは明らかに狙って味を出しているんですが、その背景には日本人がワインに慣れてきたという事実があるからだと思います。
つまり、人間の美意識や感覚って“生モノ”なんです。そこにはダイナミズムがあって、これまでの常識とはかけ離れた価値観が受け入れられる。味覚は変容するもので数十年後には“正解”が変わっている可能性もあり、それは誰も先読みできないんですよね」
正解を決めないまちづくりは
“グッとくる”感覚がポイント
小倉「だいぶ飲んだので、そろそろ席に戻ります」
安東「それでは、まちの話もしていきましょうか。ヒラクさんが長岡市に来たのは初めてですよね、どんな感想をもちましたか?」
小倉「第一印象は『大きい!』です。それでね、正直なところ長岡市の再開発はどうかと思うんです! 僕の地元の山梨県甲府市の二の舞になるんじゃないかと……。駅前に大きい商業施設をつくるだけでは、うまくいかない気がします」
小倉「まちづくりや都市開発って“正解”を求められることが多いんですよね。注視すべきは『ストレンジャーの視点』で、外の人がおもしろいと思うポイントを大切にした方がいい。意外と行政側が不要と考えていたものに大きな需要があることも……。
日本酒品評会でも、通が好むお酒なのに“正解”に当てはまらないから賞をとれないことはよくありますよ。絶対的な正解って本来ないはずなんですけどね」
安東「確かに。まちづくりの成功事例やマーケティングの数字といった、根拠が外にあるものに頼ってもいいものはできない。世の中の“正解”というのは現時点であって、十数年後には変わっているかもしれませんし」
星野「理屈だけで計画や構想を練ると、“グッとくる”部分が空虚になりがちですよね。結果、魅力に欠けたものになってしまう気がします」
小倉「お笑いコンビ『笑い飯』の漫才がまちづくりの参考になりますよ。彼らの漫才って、際限なくボケが重なり続けるのが特徴。まちづくりに関しても“高濃度のボケ”つまりツッコミどころが多すぎると、もはや“祭り状態”になって批判どころじゃなくなるんです」
星野「永ちゃん(矢沢永吉)もそんな感じじゃない!?」
小倉「そうですね……って、言いたかったのはそれだけ?(笑)甲府の例でいうと、辺鄙な場所に40~50軒ほど個性的な店が次々とできたんです。そして人が集まりだした。これらの“グッとくる”お店って、行政が作るパンフレットの紹介文では数行で書かれちゃうんだけど、実際はツッコみどころ満載で、足を運べばインスピレーションが広がるんですよね」
星野「それって、そこにしかないもの、ということですよね」
小倉「マイペースに狂っているもの、とも言えます」
安東「長岡市にも、そういうおもしろい人や店が色々とあるんですよ。それを紹介しているのがWebマガジン『な!ナガオカ』なんです」
ドミニク「(2019年11月9日時点で)最新記事の『松田ペット』さんは衝撃的でしたね!ローカル感満載で、この場所にしかないもの。一枚一枚手描きの看板、しかも社長が設置場所を決めて作業までしているとは驚きました。看板が設置されているのは、まちなかの普通の建物ばかりですよね。再開発があったらブルドーザーで潰されてしまうものの一つなのでは?」
安東「看板自体には広告というか周知の効果はあるでしょうが、そのエリアの経済効率を考えると、建物自体には付加価値があるわけではない。だから、経済効率を求める再開発などがあったら、誰かによって壊される可能性はあるかもしれませんね」
ドミニク「本日お集まりのみなさんは、松田ペットの看板に“グッとくる”感覚が分かるんじゃないかな。でも、まちの開発をするにあたってゼネコンへのプレゼンで『グッとくるんです!』と訴えてもおそらくダメでしょう。だから、僕たちはボキャブラリーの開拓、つまり伝わる手段を模索していかなければならない。ヒラクさんでいえば著書『発酵文化人類学』がそのものですよね」
安東「その人によって手段は様々ですね。“グッとくる”感覚も人の数だけあっていい。メディアが発信する情報やマーケティングの数字は参考にはなるけれど、一人ひとりの視点をもつことが大切です」
小倉「“正解”は求めなくて良いんですよ。ビビッときたらやってみる、みたいなことでいいんだと思います」
絶妙なユルさをもつ空気感のなか、リラックスしながら繰り広げられる4人のトーク。はっとするような気付きであふれた言葉の数々に、熱心にメモをとる参加者の姿も見られました。おいしいお酒に舌鼓を打ちながらの時間はあっという間に幕切れを迎え、最後は「口ロロ」などのユニットにも参加するミュージシャンでもある星野さんによる、スペシャルライブを急遽開催!
トークイベント終了後には、この日、長岡市の書店「ブックスはせがわ」さんがヒラクさん、星野さん、ドミニクさんの著書を並べて特別に出展してくれた、いわば「出張発酵書店」で本を購入し、その場で各氏がサインする時間も設けられました。多くの参加者がより深い理解を求めてみなさんの本を購入し、それぞれに対話をする姿が印象的でした。
これからも長岡市では、発酵を通じて「まちをおもしろくするには?」と考える機会を設けていきます。大切なのは、長いスパンで地道に続けていくこと。回を重ねるうちに参加者同士も顔なじみになり、新たなつながりが生まれていくはず。どうぞ、次回もご期待ください。
Text and Photos: 渡辺まりこ