自宅の裏で掘り当てた、源泉「かけ捨て」極上ぬる湯。寺宝温泉が抱く、地域の「湯治場」の矜持
身体の表面を覆う微細な泡。少しとろみのある黄金色のお湯。温泉マニアからも高く評価される稀有なお湯を、惜しみなく「かけ流し」ならぬ「かけ捨て」している温泉があります。
その名も「寺宝温泉」。新潟県内でも温泉地というイメージの薄い長岡市の、さらに他には温泉宿など一軒もない農村地帯に……? と思いきや、実はこの温泉、とある家族が約 25 年前に自宅の敷地内で温泉を掘り当てたことから始まっています。
「現代湯治スタイル」を掲げ、自炊しながら長期滞在ができるシンプルな宿泊施設も営む寺宝温泉。どうして温泉を掘ろうと思ったのか。どうやって掘ったのか。なぜお湯の質や湯治にこだわるのか。温泉を運営している王寺川開発の代表、青柳良孝さんにお話を聞きました。
二十代の記憶を頼りに
温泉を掘り当てた父親
——寺宝温泉を始めたのは青柳さんのお父さんなんですよね。
青柳さん 父親が自分で温泉を掘ったんですよ。といっても手で掘った訳ではなくて、父親の代からボーリング業(さく井業)を営んでいて。ボーリング業というのは、簡単に言うと井戸屋です。うちは最初、井戸掘りから始まって、水道管や消雪パイプの工事もやっていました。技術や機械の発達で、だんだんと深いところまで掘れるようになり、温泉も掘れるようになっていきました。ちょうど温泉掘りに事業を広げていた頃、父親は 55、56 歳で胃がんを患ってしまって。幸いにも転移はなく、胃の半分くらいを切除する手術をして、医者には順調な回復だと言われていたのですが、本人は弱気になっていました。それで父は仕事をリタイアして、全国の湯治場を巡っていました。

——なるほど。湯治場がなくてはならないお父さんと、家業の温泉掘り。これは近くに温泉を掘らない訳にはいきませんね。
青柳さん 自宅の裏がずっと空き家と田んぼになっていて。それに、父親が二十歳そこらの頃、大手石油会社がその空き地で石油や天然ガスの試掘をやっていて、親父は気になって見に行ったりしていたのですが、そこで「1000 メートルくらい掘るといいお湯が出るぞ」と聞いたそうです。その記憶がずっと父親の頭のなかに残っていたんでしょうね。じゃあ家の裏に温泉を掘ろうということになって。井戸屋は公共工事の少ない春先に時間が空くのですが、2年かけて春の間に 800 メートルを掘ったら、温泉が出てきました。
——一発で温泉を掘り当てるなんて、ラッキーすぎます。
青柳さん 温泉が出て2、3年は小さな湯船を置いて、プレハブのほったて小屋をつくり脱衣所にして、自分が入ったり、近所の人が来て入ったりしていました。無料で温泉を提供していたのですが、あるとき保健所からクレームがきて。「お金をとらなくても殺菌など衛生上の問題があるから第三者を浴槽に入れるのをやめてくれ」と。そんなとき、父親の友だちから、まぁ近所の方たちばっかりなんですけど、「出資するから日帰り温泉の施設をつくってくれ」と要望がありました。それで、いっそ温泉施設として営業することにしたんです。

——まず 1999 年に日帰り入浴施設がオープンして、さらに 2007 年には宿泊施設もオープンしていますよね。宿のほうはどういう流れでやることになったんですか?
青柳さん 泉質を気に入ったお客さんのなかには、長期で泊まって療養したいという方が結構おられて。ちょうど、最初につくった入浴施設や温泉を汲み上げるパイプが古くなってきて、立て替えようかという時期でもあり、今の建物を新築しました。でも、果たして需要がどれくらいあるものか、最初はわからないなかで始めたんですよ。
ただ、この辺りは農家が多かったから、昔から湯治に行く人がたくさんいて。子どもの頃の記憶ですが、昔は稲刈りなど農繁期の作業が終わると、農家は米や野菜をもって、1〜2週間くらい灰下温泉などの湯治場に行ってたんです。自炊しながら安価で泊まれて、ゆっくり温泉に浸かって病気や不調を療養するっていうのが湯治場。今はそういう場所が年々少なくなってきているから、作ろうということになって。そもそも長岡には温泉が少ないですしね。



——寺宝温泉は部屋ごとに小さなキッチンがあり、炊飯器など調理道具も充実しています。しかも、長く宿泊するほどお得に。必要最低限のものがそろっているシンプルで清潔なお部屋は、料理やサービスが豪華な温泉旅館とはまた違う、「滞在して療養する」ことに特化した宿泊施設になっていると思います。
青柳さん 「いい温泉を提供する」というのが大前提です。そのためには、やっぱり清掃ですね。一番怖いのはレジオネラ菌とか大腸菌とか。お年寄りで免疫力が低下している人も多いですから、清掃は徹底しています。湯船も毎日洗浄しています。寺宝温泉は、毎分 600リットル、大きなドラム缶3本くらいのお湯が自噴していて、1〜2 時間で湯船のお湯が入れ替わるくらい湯量が豊富です。実は「かけ流し」と言っている温泉でも、湯船から溢れたお湯を回収してろ過して戻す場合があるのですが、うちは一度湯船に入ったお湯は捨てるので「かけ捨て」です。たぶん「かけ捨て」をしているところは全国を見ても多くないと思います。
ボーリング業者だからなしえた
「温泉の掘り直し」とパイプ増強
——どこを掘っても温泉が必ず出てくるわけではないのにも関わらず、見事一発で温泉を掘り当てられたそうですが、事前に地下調査などされたのでしょうか。
青柳さん ヘリを飛ばす航空探査や、ガンマ線(放射線の一種)を利用した湯脈調査など、温泉の有無を調べる手法はいくつかあります。でも、温泉を掘ってきた経験から言うと、まったく当てにならないです。お湯や石油が必ずあるとわかれば、私たちも苦労しませんよ。結局は試掘、実際に掘ってみてそこに脈があるか確かめないと。地表から見たってまったくわからないです。

——昭和末期〜平成初期に当時の竹下内閣が打ち出した「ふるさと創生事業」では全国各地の自治体が温泉施設をつくったり、温泉の掘削や調査を試みましたが、失敗したものもありました。掘るのも、そして維持するのも並大抵のことではないんでしょうね。ちなみに、温泉を掘るのはどれくらい費用がかかるものなのでしょうか。
青柳さん 場所によりますが、一般的に地表に近い地下の温度は約 13 度で、100 メートル深くなるごとに約 2.5 度上がると言われています。1000 メートルだと 25 度上がるので、そこにお湯があれば 38 度くらいのお湯が出るということになります。温泉の掘削は、深さと穴の大きさ、そしてパイプの種類によって費用が変わるのですが、一番安価な場合でも 1メートル 5万円以上ですかね。1000 メートルであれば 5000 万円以上。いい素材のパイプで、穴の口径が大きいもので掘る場合は一億円以上かかります。質のよくないパイプだと、泉質によっては 10 年程度で錆びて穴が空いてしまうものもあります。

——寺宝温泉では、温泉の掘り直しを行ったそうですね。
青柳さん 2012 年に温泉を掘り直して、こちらは 1000 メートルまで掘りました。1999 年に掘ったほうは、パイプに穴が空いてしまって。新しいほうは 5000〜6000 メートルの深さの井戸に使うような丈夫なパイプを使っているので 100 年くらいは持つと思います。前回で懲りているので(笑)。しかも、前のものより口径が大きいので、湯量も多いです。ここまで豪華な井戸とパイプの温泉は周りにないと思います。
ちなみに、土地は私有地でも地下には鉱業権(鉱物のある地層から鉱物を採掘し、取得することができる権利)というものがあって、温泉を掘るには鉱業権をもつ個人や法人の許可が必要です。あとは自治体の許可なども。たとえばガス層など危険な層もあるので、勝手に掘ることはできないんですよ。
——寺宝温泉に着手する前に、新潟県内のよく知られた温泉などいくつもの温泉を掘削されたと伺いました。家業であるボーリング業の知見や技術があってこそ、寺宝温泉が誕生したのですね。
医者お墨付きの療養泉は
時間を超えた自然からの贈り物
——寺宝温泉のお湯の特徴は、きめ細かな泡。温泉に入ると微細な気泡が身体の表面をびっしりと覆い、とても気持ちがいいです。
青柳さん 「泡付きがいい」というのが、温泉マニアの人にも一番評価されているところかと。この泡も「かけ捨て」ならではです。もし温泉をろ過して循環したら、炭酸ガスが抜けてしまいますから。というのも、温泉のすぐそばから源泉を汲み上げていて配湯距離が近いため、炭酸ガスがしっかり残っているんです。とくに露天風呂は浴槽の下からもお湯が出るようにしていて、汲みたての新鮮な泡を楽しめます。
あと、源泉で 40.7 度とぬるめのお湯をそのまま湯船に入れているので、長時間入っていられます。冬場は 37〜38 度だから、ちょうど体温くらいですね。温まることができるよう内風呂の一箇所ずつは加温していて、少し温度が高めです。保温効果もあって、お風呂から上がってもいつまでもポカポカしているとお客さんたちは言ってくれます。温度と湯量と、ここまでバランスのとれたところはあまりないかもしれないです。



——寺宝温泉のある長岡市西部地区は大昔は沼だったそうですね。
青柳さん このあたりは大量の水と雪解け水に恵まれて数十メートルの地下には良質な水があり、さらに 100 メートル前後に埋木や木の実の層があって、さらに深くにガスや石油の層があるとも言われているそうです。「モール泉」といって、かつての湿地帯に埋没した植物起源の腐食質を含んだ黒褐色の温泉でもあるから、ほんのりとべっこう色に色づいているんですよ。
私たちが今汲んでいる地下水や温泉は、何億、何万年前から降り続いた雨水などが浸透してできています。地層を通るごとにその地層の成分を水の中に吸収していく。砂利や砂の層は水を通しやすいんですけど、粘土の層は 1 メートルを通過するのに 1000 年かかるとも言われています。この辺りは粘土層が分厚いところですから、途方もない時間をかけて、この地域の地盤がこの泉質を育み、今それを使わせてもらっているということです。
温泉は限られた天然資源ですから、有効に活用しなくてはいけないです。どこまで「かけ捨て」でやれるかわかりませんが、みなさんに健康になってもらえるようお湯の質にはこだわりたいです。

——豊富なイオンやミネラルが溶け込んでいる寺宝温泉のお湯は「治療の目的に供しうるもの」として「療養泉」に認められています。ナトリウム-塩化物泉として分類され、人間の体液より成分濃度が低く肌に浸透しやすい「低張泉」であり、肌をつるつる・すべすべにする「弱アルカリ性」で、身体がよくあたたまる「高温泉」という特徴があるんですね。みなさん改善したい症状があったり、手術のあとだったり、そういう方もいらっしゃるのでしょうか。
青柳さん あれがよくなったとか、これがよくなったとか、色々と聞きますね。あとは、骨折や怪我をされて、病院の先生に「あとは寺宝温泉に行って、療養しなさい」と言われて来たという人も結構います。
成分としては、神経痛、筋肉痛、関節痛、切り傷、やけど、慢性皮膚病、慢性婦人病、冷え性、あとは不眠症やうつ病など精神的な悩みにも効果があるそうです。以前、複雑骨折して松葉杖をついてやってきたお年寄りが、温泉に入って患部をマッサージして1週間泊まって行ったら、帰りは杖がいらなくなったこともありました。
反対に、お湯が強すぎて、初めて来た人や何度も入る人が湯あたりすることがあるんですよ。脱衣所で注意喚起はしているんですけど、月一回くらいは救急車が来ます。風邪気味など体調の悪い方に多いです。うちの父親も、今まで 2 回くらい運ばれたことがあるんですよ(笑)。
「本当の療養」は長い時間の中に。
地域とともに歩む「ぬる湯」の誇り
——湯治で滞在される方というのは、どれくらい長くいらっしゃるものですか?
青柳さん 長い人では以前、2 年間滞在された方がいらっしゃいましたよ。
——2 年って、もう住んでいるじゃないですか!
青柳さん 新潟市内の方だったんですけど、お連れ合いも亡くなられて、自分一人になって。お子さんも近くにいらっしゃったと思うんですけど、家はありながら 2 年近く泊まっていらっしゃって、一年に一回か二回か帰られていましたね。やはり、毎日温泉に入るというのがよかったんでしょう。最近は、年単位の人はあまりいないですけど、1ヶ月など中期で滞在されるかたはいらっしゃいます。たとえば出張で長岡に来られて、寺宝温泉を気に入り、ビジネスホテルをやめてこちらに滞在する方など。ただ、うちは食事がないので、自分で用意してもらうことになります。車で 5 分くらいでコンビニ、10 分くらいでスーパーがあります。これは当初の予想とは違っていたのですが、自炊をする人は意外と少なく、仕出しや食堂から出前をとる人が多いように思います。

——寺宝温泉に来る方は、県外と県内だと、県内のほうが多いですか?
青柳さん 日帰りは圧倒的に県内が多いです。長岡市内が半分くらいでしょうか。県外は関東、近畿など全国から。雑誌や温泉マニアのブログで見つけて来てくれる人もいるようです。長岡市内の人は、毎日来る人が一割くらいでしょうか。お年寄りが自転車に乗ってきてくれたり。タクシーの運転手さんで非番明けになると必ず仕事のあとにうちに寄って家に帰る人もいますね。

——近所(寺宝町)の方々との関わりは、どのように続いているんでしょうか?
青柳さん 地元の人は昔ほどは来ないですね。出資してくれたのは父親の代なので、亡くなっている人も多いです。そのお子さんの世代は、興味がある人じゃないとわざわざ近くの温泉には来ないですよね。みなさん、もっと来てくれればいいのに(笑)。
ただ、前の木造の建物のときに中越地震があって、そのときは停電したり水道が止まったりして大変だったのですが、本業のボーリング業のほうには発電機もあったので、温泉をすぐに稼働して、無料で開放しました。水道が止まっても温泉は出ますから。発電機があるので、お湯も沸かすことができました。公共施設が避難所になっていたのですが、みなさん、温泉に入りにこちらに来て。寺宝温泉の前の道路から 100 メートルくらい車が行列になりました。従業員が2名がかりで誘導したりしましたね。

——いざという時に、地域の方からも頼りにされる場所ですね。平日の昼間にもかかわらず駐車場にはたくさんの車が停まっていますし、長岡市内の常連さんも、なくてはならないと感じている人が多いのではないでしょうか。
青柳さん 子供たちが継いでくれたらいいんですけど、後継者問題をどうしようかなと。私が元気なうちはいいんですけど、いつか退きどきが来るので。うちは温泉旅館のように、豪華な食事を用意したり、宴会をしたりっていうのはできないですけど、湯治に特化した施設なので、ほかの温泉とは異なる時間を過ごしていただけるかと。長期で泊まり、ゆっくり温泉に入ることで、本当の療養は叶うと思っています。お部屋ごとに温泉を引いており、バリアフリーにもなっているので、お年寄りや病気・怪我をしている方も、それぞれのペースで寺宝温泉のお湯を楽しんでいただけたらと。不調や悩みを抱えている人もいらっしゃいます。そういう人の身体や心が少しでも楽になるよう、地域の湯治場として役割を果たしていきたいです。
Text & Photo: 橋本安奈
寺宝温泉

住 所
〒940-2057 新潟県長岡市寺宝町 82
電話番号
0258-28-4126
営業時間
(日帰り温泉)
午前 8 時〜午後 8 時
不定休
※年末年始は時短営業予定
12/31 8:00~17:00
1/1 10:00~17:00



