住職はアーティスト!紙芝居・絵本作家の諸橋精光さんが伝える「表現の楽しさ」
お寺の住職にして絵本と紙芝居の作家、長岡にそんなユニークな人がいると聞き、柏町にある千手観音 千蔵院(せんじゅかんのん せんぞういん)を訪ねました。
観音さまに由来し、千手村と呼ばれたこの界隈。やがて門前町が形成されて千手町と名付けられ、江戸時代には長岡藩主・牧野家の祈願寺となり、中越地区の信仰の中心に。しかし長岡大空襲で町は一変。戦後の区画整理で町名も変わりましたが、越後三十三観音霊場15番札所でもある千蔵院には、いまも日々絶え間なくお参りの人々がやってきます。
そんな由緒正しき千蔵院ですが、住職の諸橋精光さんは絵の具だらけのエプロン姿で登場。さっそくその活動について語っていただきました。
始まりは参拝者向け仏教説話の手作り絵本
301冊を作り上げ、体力と表現力を培う
——今日のスタイルは画家そのものですね。お寺で絵を描き始めたのはいつごろからでしょう。
諸橋「いつもこんな格好なんですよ。お寺の人間なのに自覚が足りないって女房に叱られるんだけど(笑)。紙芝居や絵本を作っていて、来客があると対応して、終わると戻って続きに取り掛かる。さっと気持ちを切り替えて、短時間で集中して描けるようになりました。
子供のころから絵や漫画を描くのが大好きで、東京で美術を学び油絵を描いていましたが、長岡に戻りお寺の仕事をするようになって、参拝する人たちのために仏教説話の絵本を作り始めたんです」
諸橋「言葉だけで伝えられないもの、絵だけで伝えられないものも、言葉と絵が響き合うことで伝えられます。ネタが尽きてきたころ、40巻くらいある『仏教説話大系』に出合い、仏教がお話の宝庫だとわかって。大鉱脈を発見した気分で興奮しました(笑)。
いいお話がいっぱいで、これを月に一度出していくことは意味があるんじゃないかって。最初はコピーをホッチキスで留めた50部ほどの手作り絵本でした。絵本制作はけっこう大変な作業で、やってるうちにどんどん体力がついて表現力が養われ、ますますおもしろくなってきて、27年間で301号になりました」
地域の子供たちのために始めた大型紙芝居
ライブの手応えが作り続ける原動力に
——紙芝居はどんなきっかけで始まったのでしょう。
諸橋「紙芝居もほぼ同時並行ですね。もっと親しみのあるお寺になればと、子供好きだったこともあって、1982年に『こども祭』を始めました。ゲームとお菓子があるから来てねとチラシを配ったら、200人以上集まってびっくり!
翌年、せっかくだからメインイベントが欲しいなと考え、子供たちが地獄極楽図に見入っていたのを思い出して、それを発展させて紙芝居を作ったらどうだろうと。お寺で絵が描ける口実を探してたんですよ(笑)。たくさんの観客に見せるために大きなものにしようと、畳1畳分(90cm x 130cm)のダンボールに2ヶ月ほどかけて18場面を描き、最初の紙芝居『地獄へ行った五平』が完成しました」
諸橋「女房も美大出身なので、ふたりで相談しながら作っていました。私が忙しいときには代わりに描いてもらったこともあるし、最初はほとんど合作です。紙芝居は生の語りが入ることで物語が立体的になります。お寺の太鼓や銅鑼を使ったらもっと盛り上がるかなと、鳴り物を入れてリハーサルをやったら、絵に命が吹き込まれて動き出すようで、これはおもしろい! たぶん私がいちばん楽しんだと思う(笑)。
実際に子供たちの前でやってみたら、みんなピタッと固まって釘付け。観客の生の手応えをひしひしと感じて、一度やったらやめられない魅力があり、毎年のように新作を作ってきました。お寺という舞台で私も遊ばせてもらっています」
——紙芝居にする物語は仏教と関わりのあるものとないもの、両方ありますね。
諸橋「最初は仏教説話や民話で作っていましたが、紙芝居の語りをさせたら当代一という声優の右手和子さんと出会い、その繊細で深い語りによって絵の浅さに気付かされました。そこで方向転換し、それ以降は児童文学を紙芝居の素材として選ぶようになったんです。言葉が深くてデリケートで、描くのがすごく難しいんだけど、どんどん描き込んで、私の絵もまったく異なるものになっていきました。
児童文学が内包しているものはとても大きくて、伏流水のような仏教的要素もあり、それを私が掘り起こすというか。仏教と重ね合わせながら創作するのがいちばんおもしろいんです」
表現したいのはワクワクする身体感覚
日常のちょっとした延長がおもしろい
——出版された絵本『はしれ!チビ電』と『とべ!カーピー』の物語は実話ですか?
諸橋「どちらも表面的には仏教と関係のない物語で、ベースは実体験。手作り絵本が書店に置かれる出版物になるというハードルを越えられたのは、仏教説話の絵本で培った基礎体力のおかげですね。
ガタガタッと体に伝わる路面の凸凹や、犬や猫の目線で町を眺めるおもしろさなど、五感で感じるワクワクするような身体感覚を表現したい。言葉では言えない、1枚の絵でも表現できないものが絵本では伝えられます。遥か彼方のファンタジーではなく、日常のちょっとした延長がおもしろい。そういう物語によって日常を少し違う視点で見られるのかなと。仏教もそう、視点を変えると世界の見え方が変わってくる。こんな物語も仏教も、私の中では同じ延長線上にあります」
20年にわたり千手小学校で紙芝居を指導
混沌から湧き上がるエネルギーを引き出す
——千手小の授業では、どのように指導されているのでしょう。何年くらい取り組んでいらっしゃるんですか?
諸橋「私と息子たちの母校でもあるのですが、息子が在学していたときからだから、もう20年くらいになります。3人ほどのグループで1枚の絵を担当し、まずは下書きの鉛筆画から。ここはこうしたほうがいいよと私が指導して、描き直した絵をダンボールにトレースして、一気に仕上げる色塗りがクライマックス。汚れてもいい格好でドロドロになって、みんな絵の具と格闘です。
失敗しても重ねられる画材だから、あえて子供たちを訳わからない状態に持っていく。ぐちゃぐちゃの中からおもしろいものが生まれます。子供たちの困った状態を作り出すと、どうしよう? というところから絵の力が湧き上がってくる。上手に描ける子より、描けない子のほうが、なぜか結果的におもしろくなっちゃうんです」
お経の本当の意味はなんだろう?
描きながら思考し、初めて見えてくる
——いま取り組んでいらっしゃるご活動について教えてください。
諸橋「2005年に小学館から『般若心経絵本』を出版して、そういった仏教の経典を絵本にすることです。毎日唱えているお経の本当の意味はなんだろうと、絵本を作りながら探ってみたい。
紙芝居は宮沢賢治の『注文の多い料理店』を作っていますが、描いてみてこの話のものすごさがわかってきました。細かいところまでよくできていて、そうか、こういうことだったのか! と、それがわかってくるのが創作の原動力。国語は苦手だったけれど、絵を描くとトロい回転だった頭が急に高速回転し始めるんです(笑)。
絵本も紙芝居も描いてみるとわかる。描かないとわからない。描きながら思考することで初めて掴めるんだけど、場面が25あったとして、23番目くらいでやっとわかってくるので、それ以前の絵をぜんぶ描き直すこともあります。描きながら奥にあるものを探しに分け入って行く、それが武器でもあり、その場所へ連れて行ってくれる船でもあるんです」
11月26日には千蔵院で新作の紙芝居『月夜とめがね』のお披露目があります。また、2017年3月には見附市のギャラリーみつけで個展も。紙芝居『ごんぎつね』の原画のほか、絵本の原画展示も予定されています。2017年の手帳を買ったら、さっそく書き留めなくては。いつも以上に待ち遠しい春になりそうです。
Text: Akiko Matsumaru
超大型紙芝居鑑賞会『月夜とめがね』
[日時]11月26日(土)14:00〜15:00ごろ(13:30開場)
[会場]千手観音 千蔵院 長岡市柏町1-5-12
[HP]http://senzouin.jp
[料金]大人500円(お茶代、当日持参)、子どもは無料
[主催]柏シニア倶楽部
[共催]柏町2・1町内会
[連絡先]090-2981-3810(小熊)
*予約不要なので直接会場へ
諸橋精光 大型紙芝居原画展
[会期]2017年3月15日(水)〜31日(金)
[会場]ギャラリーみつけ 見附市昭和町2-4-1
[HP]https://www.gallery-mitsuke.com
[料金]無料
[電話]0258-84-7755
*3/25(土)に見附市中央公民館で大型紙芝居上演会が予定されています。