建築マニア必見! 長岡が誇る名建造物「機那サフラン酒本舗」とは?
かつて、「機那サフラン酒」という名の酒が一世を風靡したのをご存じだろうか。サフラン、蜂蜜、桂皮、丁子、甘草など十種類ほどの植物等で調製した、とある「家伝の酒」が一時は海外に販路を広げるほどの人気を誇ったという。その栄華を今に伝えるのが、長岡市摂田屋(せったや)に現存する「機那サフラン酒本舗」の土蔵の建物だ。
ひと目見て、一私企業の建物とは思えないほどの緻密な細工と、何より各所に配された極彩色の鏝絵(こてえ)に心を奪われる。しかし、実はこれ、創業者・吉澤仁太郎が築いた“夢の館”の一端に過ぎない。明治から昭和初期にかけて、次々と建てられた主屋、衣装蔵、鏝絵蔵、離れ座敷。浅間山から運んだ大量の溶岩や名石を配した庭園もある。長い長い時を経て今、この見事な蔵屋敷の一部が、土・日曜日と祝日限定で一般に公開されている。
夢の館を築いたサフラン酒王・吉澤仁太郎
初代吉澤仁太郎(よしざわにたろう)は文久3(1863)年、摂田屋の隣・古志郡定明村の農家の生まれ。明治17(1884)年、21歳にして家伝の薬酒「サフラン酒」の製造を始め、明治27(1894)年には摂田屋に移り住み、屋敷を構えたという。
新潟、山形、秋田、北海道と販路を広げ、昭和初期にはハワイにまで進出。一代で巨万の富を築いた仁太郎は、その栄華を誇示するように明治の終わりから機那サフラン酒本舗の普請を重ねる。
48歳。精緻な彫刻が全面を覆う高さ10m超の「大看板」を建立 <明治44(1911)年>
50歳。巨大な鬼瓦を載せた大屋根などをしつらえ主屋を増築 <大正2(1913)年>
53歳。内外に鏝絵を施した土蔵「衣装蔵」を建築 <大正5(1916)年>
63歳。なまこ壁と極彩色の鏝絵を施した土蔵「鏝絵蔵」を建築 <大正15(1926)年>
68歳。庭園に面して「離れ座敷」を建築 <昭和6年(1931)年>
「日本一の鏝絵蔵」を創った
盟友・河上伊吉
機那サフラン酒本舗で最も目を引く土蔵の鏝絵は、近所に暮らしていた左官・河上伊吉(かわかみいきち)の作と伝わる。元は酒や薪炭の商いを生業としていたが、なぜか富山に修業に出て、日本の伝統的な左官表現である鏝絵を習得。摂田屋に戻って大正5(1926)年、30歳で機那サフラン酒本舗の衣装蔵の鏝絵を制作する。だがこれは習作。
吉澤仁太郎とは年がかなり離れていたが親友だったという。仁太郎の世界観に共鳴したのか、伊吉が次に手掛ける鏝絵は格段にバージョンアップする。
漆喰(しっくい)と鏝で図柄を立体的に描き出す鏝絵は、多くは建物の「一部」装飾として制作される。それが機那サフラン酒本舗の鏝絵蔵では、恵比寿大黒をはじめ各種の動植物や霊獣の鏝絵が満載。しかも色漆喰を用いて極彩色。瓦と漆喰で作る黒白格子柄の「なまこ壁」によく映えて、華やかさを極める。後世に「日本一」とたたえられる鏝絵蔵の片隅には、誇らしげな「佐伊」(左官伊吉の略)のサインが残されている。
唯一無二の「仁太郎ワールド」
城のような石垣。巨大な鬼瓦や鯱鉾(しゃちほこ)を戴く蔵や屋敷。土蔵に鏝絵を施すなら内に外にみっしりと。往時の機那サフラン酒本舗は、存在自体が優れた広告棟だった。まとめて言うと「モリモリで、こってり」。贅を尽くし、流儀にこだわらず、感性の赴くままに築き上げた唯一無二の「仁太郎ワールド」の表出だった。
初代吉澤仁太郎は、離れ座敷を建てた10年後の昭和16(1941)年に病没。庭の手入れ中に刺したとげから菌が入り、亡くなったといわれている。仁太郎の夢の館はいつしか門を閉ざし、その威容も人々の記憶から薄れていった。
今、機那サフラン酒本舗の公開日に訪ねてみれば、独特の雰囲気を感じることができるだろう。時の経過とともに痛み傷ついた姿であっても、見る者にグイグイと迫りくるような、独創のきらめきは色あせていない。
圧倒的な存在感で注目再び
本舗の公開は、2013年に発足した「機那サフラン酒本舗保存を願う市民の会」(会長・豊口協長岡造形大学名誉教授)が運営する。市民の会の発起人には、機那サフラン酒本舗を著書で取り上げた作家の荒俣宏さん、建築家で近代建築史が専門の藤森照信さんらも名を連ねる。長岡市内外の多くの人に機那サフラン酒本舗の存在を知ってもらい、保存に向けた支援の輪を広げるのが公開の目的だ。
古くから醸造業で栄えた摂田屋地区では、地元の蔵元が中心となって設立したNPO「醸造の町摂田屋町おこしの会」が、地区に残る歴史的な建造物をはじめとする景観の保護保存活動を、10年ほど前から積極的に進めている。
09年の秋、敷地2,300坪と広大な機那サフラン酒本舗の草取りボランティアが、NPOの声掛けでスタート。以後、有志の手で年2回の草取りのほか、庭園に面した離れ座敷の片付けなどが続けられ、13年秋には地区のイベント「おっここ摂田屋市」で、長く閉ざされていた庭園と離れ座敷の一般公開までこぎ着けた。
昨年から、降雪期以外の時季に週末と祝日の公開を始めた。NPOのフェイスブックのみの告知ながら、通算約40日の公開日に、庭園と離れ座敷の見学だけでも延べ1,300人が訪れた。半数は新潟県外からで、遠く九州から「一目見たい」とやってきた人もいた。
「おいでになる方々が『こんなすごいものは、ほかにない』と素晴らしさを教えてくれるんです。機那サフラン酒本舗は全国に誇れる宝」と事務局を務める平沢政明さんは話す。本舗の建物は新しいものでも築80年を超え、年月が経つにつれて保存への道は険しくなる。「これ以上傷まないように、まずは最低限の手当てをする資金を皆さんの寄付で賄うことができたら」。支援の輪は広がりつつある。今春は寄付金の一部を使って、雨漏りしていた主屋と離れ座敷の屋根を修繕できた。
現在、機那サフラン酒本舗の公開日には、主屋の見学者休憩スペースで摂田屋まち歩きマップを無料で配布。来街者の要望に応え、日本酒、しょうゆ、みそなど、摂田屋土産になる地区内の他の蔵の商品も販売する。サフラン酒王・吉澤仁太郎が夢を託した豪勢な館は、摂田屋観光の拠点としての活用も期待されている。
機那サフラン酒本舗の公開
[公開日時]土曜日・日曜日・祝日の10:00~15:00(2016年は5月~10月の予定)
※詳細情報はFacebook「醸造の町摂田屋町おこしの会」で随時発信中
[会場]機那サフラン酒本舗(新潟県長岡市摂田屋4、JR宮内駅から徒歩10分)
[見学]鏝絵蔵(外観・内観)、庭園、離れ座敷、衣装蔵(外観のみ)
※庭園・離れ座敷・衣装蔵は見学寄付金1人200円
[駐車場]あり(普通車数台分、大型バス駐車不可)
[問い合わせ]機那サフラン酒本舗保存を願う市民の会 事務局 平沢政明さん
[メール]settaya@yosinogawa.co.jp
[電話]080-5936-4093(事務局・平沢さん)
[HP]http://kina-saffron.com/