川を挟んで隣町と争う「ケンカ凧あげ」。今町・中之島大凧合戦、4年ぶりの開催準備の舞台裏に密着
初夏の長岡の空に舞うのは、なんと巨大な凧。新潟県長岡市では、毎年6月の第一土曜日から三日にわたって「今町・中之島大凧合戦」というお祭りが開催されます。凧あげをするお祭りは数あれど、この祭りの一風変わっている点は、長岡市の中之島地域と、お隣・見附市の今町地域という、現在では異なる自治体に属するふたつの地域が競う「合戦」であること。地元では初夏の風物詩として親しまれており、合戦当日は市内外から多くの人々が訪れて盛り上がります。新型コロナウイルス感染症によって無観客開催を余儀なくされていたものの、2023年はついに4年ぶりとなる有観客での開催となります。今回は、本番を約1カ月半後に控え、中之島地域の方々が凧作りに勤しむ作業現場を訪れました。中之島大凧組合の組長さんたちにもお会いし、大凧づくりのこだわりや凧あげの魅力について熱く語っていただきました。
越後の初夏を告げる
「大凧合戦」とは?
大凧合戦とは、巨大な凧と凧の糸を絡ませ、相手の糸を切った方が勝者となる戦いです。新潟県には新潟市の白根、三条市の三条、見附(今町)・長岡(中之島)という三つの大凧合戦が残っており、県の無形民俗文化財に指定されています。起源やルールは細かく異なり、三条では「凧」と書いてタコならぬ「イカ」と読むなどそれぞれにユニークな特徴もありますが、開催時期はすべて6月第一週と共通しています。
今町・中之島大凧合戦の特徴は、ふたつの地域の境界線となっている川を挟んで、広場などではなく狭い堤防の上で凧をあげること。中之島大橋の下流にある刈谷田川堤防上で、川の両岸から凧をあげて糸を絡ませて戦います。三日間、会場周囲のエリアに屋台がずらりと並ぶのも恒例。地域の人たちにとって、大凧合戦はまち全体が盛り上がる、ワクワクするイベントとして定着しています。 その起源は、300年以上前、この地を訪れた信州の商人が端午の節句に大凧を作り、刈谷田川堤防であげたことだと伝えられています。その後、氾濫しやすかった刈谷田川では土手の改修工事が進められ、その土手を踏み固めるために「大凧合戦」という形になり、いつしか年中行事になったということです。
一枚一枚手描きの芸術品!
大凧の絵付け現場に潜入
2023年4月某日、中之島地区のコミュニティセンターで合戦に使用する凧の制作が行われると聞きつけ、現場を訪れました。時刻は19時半。会場をのぞくと、色とりどりに着色された大凧で埋め尽くされており、地域のみなさんは真剣なまなざしで、ときには冗談を言い合いながら、楽しそうに絵付け作業に勤しんでいます。
中之島には大凧合戦に参加する組が全部で3つ(勇(いさみ)組・五郎組・達摩(だるま)組)あります。町単位で組が分かれており、準備段階では中之島地域の組が一つの会場に集まり、大凧作りを行うのが恒例です。合戦本番は各組ごとに分かれて、今町地域の組と戦います。
現在、今町・中之島大凧合戦に参加する全メンバーが男性です。女人禁制という掟はないようですが、過去にも女性メンバーはいなかったそう。ちなみに、新潟市白根や三条市の凧合戦では女性も合戦の場で活躍しており、なかには女性のみで編成されたチームもあるようです。
大凧合戦で使用される凧の大きさは、縦4.3メートル、横3.3メートル、畳約8枚分のビッグサイズ。 武者絵や美人絵、スポンサーの企業ロゴ、キャラクターなど、その絵柄もバラエティーに富んでいます。目を引く鮮やかな色合いが美しく、思わず見とれてしまいます。 大凧に絵付けをするにあたっては、まず下絵を描く必要があります。どんな方法で描くのか気になっていたところ、「下絵を描くときにはプロジェクターを使います。壁に白凧を立てかけて下絵を投影し、白いチョークでなぞり描きするんですよ」と教えてくれました。 それにしても、幅4メートル以上の白凧に描くのはかなり骨が折れる作業に違いありません。特に、企業名などの文字は、一番緊張する箇所なのだとか。文字の周りを丁寧に縁どり、はみ出さないように丁寧に着色していきます。 約二カ月の間に60枚以上の大凧を制作するそうで、「まだ半分も終わってないよ!」とやや焦りムードの組員さんたち。基本的に作業時間は平日の夜2時間程度しかとれないため、ゆっくりと少しずつ絵付けを進めています。取材に訪れた当日は15人ほどが集まっており、みなさん和気あいあいと作業を行っていました。
絵柄の考案に「竹付け」「紐付け」…
制作作業は地域一丸で進む
300年以上の伝統を受け継いできた大凧合戦は、現在どのように準備を進めて、本番を迎えているのでしょうか? 中之島大凧組合「勇組」の浅野辰哉さん、「五郎組」の皆川和宏さん、「達摩組」の栗原修さんにお話を伺いました。
「大凧作りは、毎年2月頃からスタートします。最初は『白凧(和紙と骨組みだけの凧)』を今町中之島大凧協会に作ってもらうんです。4月に入った頃に、組員が集まって白凧に絵付けを始めます。毎年、組ごとに集めたスポンサーの数だけ大凧を作るんですけど、平均すると各組20枚くらいですかね」(浅野さん)大凧合戦は、企業などのスポンサーが支援することで成り立っています。基本的に一社のスポンサーにつき一枚の大凧を作っており、絵柄や文字などのデザインについては打ち合わせて決定するそうです。
「絵柄の定番は、武者絵や美人絵です。とはいっても、特に決まりはないから、会社ロゴやキャラクターを描くこともあります。ときには無茶な依頼もありまして、芸能人の写真を持ってきて『似顔絵を書いてほしい』と言われることも。なんとか希望に応えられるように頑張りますが、難しいです(笑)」(皆川)
約2カ月間をかけて絵付けをした後、各組ごとに完成した大凧を事務所へ運びます。そしてここからが大凧作りの要所、「竹付け」と「紐付け」の作業です。 六角形の凧は、中心となる太い縦骨1本、細い横骨2本のシンプルな構造です。白凧にはあらかじめ横骨となる竹が付けられており、絵付けが完成した後は、縦骨となる竹を付けます。この際、糊は使用せず、白凧に設置された糸の輪に竹を通します。続いては糸付けです。横骨の竹をしならせて、適度に湾曲させた状態で糸を張ります。この横骨の竹のしなり具合が、揚力をアップさせるポイントなのだとか。
「上の横骨はゆるやかに曲げ、下の横骨はやや大きく曲げるように糸を張るんです。そうすることで、凧の支点が中央よりやや上になって風を受けやすくなります」と浅野さん。竹の太さやしなり具合は一つ一つ微妙に異なることから、揚力や安定性に個体差が出るそう。その特性を見極めた凧あげができるかどうかが、合戦での腕の見せ所となりそうです。
風を読み、熱く戦い、最後はノーサイド。
組員たちが語る大凧合戦の魅力
6月第一週土曜から月曜の三日間は、いよいよ大凧合戦の本番です。組員たちがめざすのは、もちろん相手の凧に勝つこと。これまでの経験から、組員のみなさんは凧をうまくあげるやり方をイメージできているそうです。
「凧あげは最初が肝心!上昇気流にのせるのが大事なんです。でも、風は目に見えないから、実際にあげてみないと塩梅が分からないんですよ。それに凧の糸の付け方やバランスによっても動き方が変わってくるから、一気に風に乗せようとするのではなく、少しずつ様子を見ながらあげないとダメになっちゃいます」(皆川さん)
「最初に凧があがったときの感触と揺れ方。これを見ながら、上へあげたり、下ろしたりと調整していくんです。いい風待ちをしながらタイミングを見はからえば、高く安定します」(栗原さん)
「本当は自分が凧をあげる前に、誰かが凧をあげる様子を観察した方がいいんです。どこまで高くあがっていくのか、風の強さはどうかといった情報がわかりますから。でも、風が強い日だったら様子見しなくても凧はグングンあがっていきますよ」(浅野さん)
三者三様で、それぞれ凧あげの長い経験と深いこだわりがあることがわかります。みなさんに共通していたのは、風の具合を注意深く観察することと、状況に応じてあげ方を細かく微調整すること。毎年天候や大凧の出来が違うため、試行錯誤しながら行うのもまたやりがいがありそうです。
無事に大凧があがったら、続いては相手との対戦です。今町・中之島大凧合戦では、合計11組(中之島3組、今町8組)が参加し、組対抗で勝負が行われます。相手の凧に糸を絡ませて勝負を挑むわけですが「凧をあげるよりも糸を絡ませる方が難しい」とみなさん口をそろえます。お互いの糸が絡んだら勝負開始で、糸を「キャラ」と呼ばれる滑車に通して、糸がちぎれるまで引き合います。
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糸を引き合う様子はこちら。風が弱くて空中でお互いの糸を絡められない場合は、地上で糸を絡める「地絡め」を行って引き合います。
綱引きのように力の限り引っぱり、相手の糸がちぎれたときは、勝利のおたけびが鳴り響く大興奮状態に! 「空高く凧を飛ばすだけでも気持ちがいいけど、いざ勝負となると熱くなって、これまた楽しいんですよ」という組員のみなさんの言葉が印象的でした。
この勝負を皆川さんは「正々堂々のケンカ」と表現して、こう語ります。「ひと昔前は、中之島は田舎で、今町は都会っ子というイメージがありました。別に何か嫌なことをされるわけじゃないけど、なんとなくずっとお互いを意識しているような感じがあって……だから、大凧のケンカも正々堂々とできるんじゃないかなと思います」
そんな“ケンカ”相手の今町凧組合ですが、ひとたび勝負を終えると、地域の垣根を超えて仲良くやっているようです。今町・中之島大凧合戦は伝統として、負けた組は勝った組に日本酒一升瓶を贈ることになっているそう。凧を一枚落とすごとに一升瓶をゲットできるとあって、事務所がお酒であふれかえる年もあるのだとか。対戦相手の事務所へ顔を出し、一杯交わすことで親睦を深めていることもあるようで、勝負は勝負として遺恨を残さないというのは粋の一言に尽きます。
https://fb.watch/k9MQfn3s2k/
今町・中之島大凧合戦の準備から本番までを記録したダイジェスト映像。大凧にかける組員さんたちの情熱が伝わってきます。
凧あげの奥深さを次世代に教える
「地域の宝」としての交流事業
「凧あげは見ているだけより、実際にやってみる方が絶対におもしろい!」と組合員のみなさん。若い世代にも凧あげの魅力を伝えるべく、2014年に長岡市が行う「地域の宝磨き上げ事業」の対象事業となって以降、小学生や中学生に凧とふれあう機会を提供しています。
現在、地域の子どもたちとの交流事業は、今町中之島大凧協会メンバーや中之島凧組合OBがメインとなって行っています。たとえば、小学生による大凧の絵付けでは、信濃川や笹だんごなど、ふるさと愛が詰まったオリジナルな絵柄の大凧を完成させました。中学生の大凧あげ体験会では、生徒たちが運動会の応援用にオリジナル大凧を作り、グラウンドでの凧あげに挑戦。心を一つにして挑み、大凧が空に舞い上がった瞬間、多くの児童・生徒たちが感激の表情を見せていたそうです。 300年以上続く伝統の大凧を作ったり、実際に空に飛ばしたりする経験は、子どもたちの記憶に深く刻まれたのではないでしょうか。「10年後、20年後、大凧合戦に参加してみたいと思う子がいたらうれしいですね」と組員のみなさんは語ります。
コロナ禍を乗り越えいよいよ本格再開!
熱い戦いを目に焼きつける3日間
2023年の今町・中之島大凧合戦は、6月3日(土)から5日(月)、13~17時(※雨天時中止)に行われます。地元の人たちにとって待ちに待った4年ぶりの有観客開催に向けて中之島では、そしてきっとお向かいの今町でも、町の人たちは静かに期待と高揚感、そして闘志を日に日に募らせています。青空に色とりどりの大凧が舞う光景は、さぞ圧巻でしょう。地元の誇りを風に乗せて大凧バトルに燃える、男たちの熱い戦いにぜひご注目ください。
当日は、会場周辺に臨時駐車場が用意され、無料シャトルバスが運行されます。詳しくは下記の会場周辺マップをご覧ください。
●Information
今町・中之島大凧合戦
日時:2023年6月3日(土)から5日(月)、13:00~17:00(※雨天時中止)
場所:中之島大橋下流 刈谷田川堤防上
無料シャトルバス: 「(株)外林」隣 臨時駐車場⇔猫興野橋付近(土・日のみ 12:00~17:00 随時運行)
Text&Photo:渡辺まりこ