水族館を“裏から”堪能できる貴重な機会! 寺泊水族博物館「大人のバックヤードツアー」体験記
「魚のまち 寺泊」を象徴する
地域密着型の水族館
長岡市の北端・寺泊地域の沿岸部にあり、ユニークな八角形の外観が目を引く、寺泊水族博物館。コンパクトな建物ながら300種類以上の生き物を鑑賞することができる、見ごたえ十分の水族館です。車で5分走ると通称「魚のアメ横」と呼ばれる「寺泊魚の市場通り」がある好立地なことから、県内外問わず観光客が押し寄せ、特にGWや夏休み期間はたくさんの人々でにぎわいます。
「大人のバックヤードツアー」が始まったのは、今から5年前。それ以前から例年、親子向けのバックヤードツアーを開催してはいたものの、「もっとマニアックな解説をしてほしい!」と熱いラブコールを受けたことから大人向け企画が持ち上がりました。
開催日は毎月第3日曜日(2023年度は8月の開催なし)。参加できるのは高校生以上限定で先着5名まで(要予約)。通常の入館料を支払えば、ツアー参加費は無料で楽しめます。
今回、案内を務めてくれたのは、館長の青柳彰さん。1983年から寺泊水族博物館の学芸員を務める、水生生物の知識に長けたベテランです。
まず説明をしてくれたのは、寺泊水族博物館のシンボルであり人気者のウミガメについてです。
「寺泊の海岸には、初冬から晩冬にかけてウミガメが打ち上げられることがよくあります。この時期は海水温が低いため弱っていますので、水族館ではウミガメを保護し、大きく育てて展示しているんですよ。そしてウミガメが海に還せる状態になったら、水族館から沖合1kmのところへ放流してあげます」(青柳さん)
漂着するのはウミガメだけではなく、アミダコやオウムガイなどさまざまな生物が海岸で発見されるそうです。そのほかヤシの実や木片、大量の人工物など、漂着ゴミが深刻な問題となっていることも教えてくれました。
こちらの水槽は、約1200匹ものサケの稚魚たち。「寺泊の漁業協同組合では、サケの人工ふ化をして稚魚を放流する取り組みを行っています。その赤ちゃんをいただいて、水族館で育てているんですよ」と青柳さん。これだけ多くのサケの稚魚を展示している水族館はめずらしく、冬になると信濃川でサケ漁が盛んになる寺泊の地域性を感じられます。
こちらの茶色の縞模様をもつトラザメは、寺泊周辺の深い海にも生息する軟骨魚類です。ある冬、病気でもないのに急に元気がなくなるトラブルがあったそうですが、その原因は自然環境を取り入れたこの水族館ならではともいえる現象でした。
「飼育員が調査したところ、水槽内の塩分濃度が低いことがわかりました。実は水槽内の水は、水族館裏から引いてきた海水を使用しています。調べた結果、冬は塩分濃度が極端に下がっていたんです。ですので、冬季はトラザメの水槽にあら塩を入れて調節するようになりました」(青柳さん)
生き物にとって心地良い環境をととのえることは、日々神経をつかう作業です。飼育員のみなさんの大変さやプレッシャーがヒシヒシと伝わってきました。
水族館の「裏側」にはどんな世界が?
いよいよバックヤードツアーへ
さて、ここからはいよいよ、お楽しみのバックヤードへ。飼育水槽や網やバケツ、巨大な冷蔵庫や電子設備などが並んでおり、ふだんは見られない裏側の世界を知ることができるとあって、ワクワクしてしまいます。
「先ほど展示水槽で解説したトラザメです。バックヤードの水槽でも育てているんですよ」と間近の距離で見せてくれたこちらは、水槽内で見るよりもずっと色鮮やかに感じられました。
電気設備は水族館の生命線です。水温の管理や酸素の供給の役割を担うため、24時間正常に作動するように気を付けているそう。災害などによる一時的な停電などはなかなか避け難いものですが、そういう場合でも最低限の生き物を生かすために自家発電装置を用意しているとのことです。
大きなエサ専用冷凍庫を前に「毎日水族館で消費するエサ代はいくらでしょうか?」と突然クイズが出されました。まったく見当がつきません……。正解は一日15,000円程。一カ月で50~60万円ものエサ代がかかるそうです。
「エサの7割は冷凍魚、3割は配合飼料です。生魚は寄生虫のリスクがあるので与えないんですよ。主に青魚やイカをエサにしていて、皮や内臓を除いて食べさせます。草食動物であるリクガメのエサはリンゴや青菜、ニンジンなどで、農家さんから廃棄野菜を調達しています」(青柳さん)
こちらはポンプ室。展示水槽の水を透明にするため、有害物質であるアンモニアの濃度を下げるためにろ過を行っています。私たちが透明できれいな展示水槽を鑑賞できるように、なんと1日のうちに水槽の水が24回もろ過されるそうです。
バックヤードの裏手口から外に出ると、目の前は日本海! この海水を汲み上げて水槽の水に使用しています。
華麗なる変身にびっくり!
人懐っこいミズダコのエサやり体験
最後は展示スペースに戻って、ミズダコのエサやり体験にチャレンジです。「ミズダコはとても賢い生き物なんですよ。今は水底でおとなしくしていますが、人間の声や足音が聞こえるとエサをおねだりしてくれるんです」と青柳さん。ミズダコにそんな可愛らしい一面があるなんて……! なんだかワクワクしてきます。
最初は淡いピンク色をしていたミズダコですが、青柳さんが水槽の上部から「ごはんだよ~!」とエサの青魚・アジをゆらゆらと揺らすと……
みるみるうちに真っ赤に変色して、腕を伸ばし、エサを求めてのぼり始めました。あっという間の出来事に驚きです。ちなみに、タコの腕は8本というのは広く知られていることですが、実は腕にある吸盤は物に吸い付くことはもちろんですが、触覚や味覚の器官としての役割もしています。
編集部スタッフもミズダコのエサやりに挑戦! 腕の吸盤近くにエサのアジを近づけると、強力な力で巻き取ろうとしてきます。「すぐにエサをあげずに、ミズダコとエサの引っ張りっこをしてみてください」という青柳さんの声がけがあったことから、なんとか踏みとどまりましたが、想像以上にミズダコの吸着力は強く、圧倒されてしまいました。
これにて「大人のバックヤードツアー」は終了です。一緒に参加した方たちからは「ふだん見られない水族館の裏側がおもしろかったです」「水族館を違う角度から楽しめました」と興奮と喜びの声が聞かれました。寺泊水族博物館オリジナルバッジのおみやげ付きで、大満足のツアーでした!
90年以上の時間とともに
この地に根付いてきた水族館
寺泊水族博物館には、実に90年以上の歴史があります。初代の水族館が誕生したのは1931年で、国鉄(現JR)上越線の全線開通を記念して当時の長岡市で行われた「上越線全通博覧会」の第二会場として建設されました。当時は寺泊実業会が中心となって運営が行われていましたが、戦争の影響によりわずか11年で閉鎖されてしまいます。まちに水族館が戻ってくるのは、戦後7年が経過した1952年まで待たなければならなければなりませんでした。現在の寺泊郵便局のあたりに復活した二代目の水族館は、やがて寺泊町(当時)の運営する町立水族館となり、戦争を乗り越えた市民に長く愛されたそうです。
それが建物の老朽化などに伴い、三代目として現在の場所に新築移転したのは1983年のこと。2006年の長岡市との合併によって運営母体も長岡市教育委員会(長岡市立科学博物館所管)に変わり、「漁師のまち・寺泊」のシンボルとなるスポットとして水生生物の展示はもちろん、教育普及活動や研究調査の場としても活用されています。
小規模だからこそ可能な
固有種や里山生物の展示も
全国各地にはさまざまな水族館がありますが、それぞれコンセプトや見どころは異なるものです。寺泊水族博物館ならではの特徴について青柳さんに尋ねてみました。
「寺泊水族博物館の特徴は、小規模なので気軽に鑑賞しやすいことです。コンパクトではありますが、魚やクラゲ、ウミガメ、ペンギンなど、300種類・1万点以上の生き物を展示しています。
寺泊の地域性を感じてもらうため、そのうち2割ほどは地域に関わりが深い生物です。バックヤードツアーで解説したウミガメやサケの稚魚のほか、ぜひ注目してほしい生物がたくさんいるんですよ」(青柳さん)
そう、見どころは1階だけではありません。2階には「長岡・里山の水中生物」コーナーを常設しており、長岡の里山に生息する生き物や希少生物などを紹介しています。
たとえば、ホトケドジョウという淡水魚は学名に「エチゴニア」と名が付くほどの日本の固有種。全国各地に生息するもののその数は急減しており、絶滅危惧種とされています。長岡市で1996年に90年ぶりに発見され、長岡市の保護動物に指定されました。
ヤマアカガエルは、長岡市東山付近などに生息する両生類です。今回の訪問時で生体のカエルは見られなかったものの、オタマジャクシを観察することができました。
身近な森や川にはたくさんの生き物が生息しており、じっくりと観察したり、その生態を調べたりするのは楽しいものです。その名前や特徴がわかれば、理解はさらに深まることでしょう。彼らの生息する環境をどう保全するかといった、さらなる関心の広がりも生むかもしれません。水族館はこのように、私たちの周りにある自然や生き物たちに目を向けるきっかけの一つとなっています。
子どもも大人も楽しめる
体験イベントや学習機会がたくさん
このほか、寺泊水族博物館では、五感を使って楽しめるスペシャルイベントも数多く開催しています。生き物とのふれあいや体験を通してより身近に感じてもらいたいと、さまざまな企画が用意されています。
現在、毎月開催しているのは「ダイバーによる餌付けショー(午前・午後各2回開催)」と「テッポウウオの餌取り射撃ショー(午前2回・午後3回開催)」。そして今回レポートした「大人のバックヤードツアー」。そのほかにも、単発イベントを多数開催しており、お客さんを楽しませています。
夏休み期間中に大人気の企画といえば、親子で楽しめる「水生生物探索会」。水族館脇の浅い海を散策すると、小さな魚やアメフラシ、エビ、貝など、さまざまな種類の生き物を発見できます。なんと体長3cmほどのタツノオトシゴが見つかることもあるのだとか。それらを水族館に持ち帰って学芸員に解説してもらえるので、生き物をより身近に感じられそうです。
同じく海岸探索の人気企画が、秋開催の「ビーチコーミング」。海岸に打ち上がった漂着物を集めて観察します。ユニークな色や模様をもつ貝柄のほか、流木や木の実、シーグラスなど海のお宝がいっぱい。漂着物の中にはペットボトルなどのごみも多く、海の環境問題について学ぶ機会にもなっています。
市内小学校に寺泊水族博物館の水槽と生き物を届ける「移動水族博物館」の試みも。児童たちは、クマノミやハリセンボンなど数十匹の飼育や観察をすることで、命の大切さを学んでいます。さらに、教職員向けの「水族館活用講座」にも力を入れているそうです。
カギは地域とのつながり!
海を知る学びの場を広げたい
90年を超える歴史を積み重ね、時代と共に変化を続けてきた寺泊水族博物館。今後は何をめざし、どんな活動をしていこうと考えているのでしょうか。
「海や水生生物について多くの人に知ってもらうために、他団体との連携をもっと深めていきたいですね。私たちの活動は生き物の展示だけではありません。豊かな海を守るために、海の現状を伝える役割も果たしています。そのためには、私たち水族館スタッフだけが頑張るのではなく、多くの人とつながってアピールしていくことが大切だと思うのです」(青柳さん)
現在、寺泊水族博物館では、さまざまな施設や団体と協力しながら、海や水生生物に親しむ場づくりに力を入れています。たとえば、寺泊の若手が集まる団体「てらどまり若者会議~波音~」では、水生生物探索会やカヤック体験、浜辺のテントサウナ体験などのイベントを開催し、「海」を共通項に親子や若手世代をつなげています。これらは団体が自主開催している試みであり、水族館スタッフは海の生物や漂着物について解説する「海の案内人」の役目を依頼される機会が多いそうです。
そのほか、「長岡市立科学博物館」との共催イベントとして悠久山の生物探索をしたり、「トキと自然の学習館」と共同してお互いの会場で出張教室を行ったり。さまざまな施設や団体とつながりをもつようになったのは、水族館の若手スタッフの貢献も大きいと青柳さん。「いまの時代、まわりとつながりをもちながら活動していかなきゃ。スタッフたちは、よくやってくれています。それに寺泊水族博物館オリジナルグッズを製作したり、事業のアイデア出しにも積極的だったりと、頼もしいんですよ」と語ります。
「県内の水族館『マリンピア日本海』や『うみがたり』、柏崎市立博物館、県内の大学などと共同研究で、これまでのイルカやクジラの漂着データを記録しています。学会発表することで新潟県としての実績をつくることも目標であり、楽しみの一つですね」と目を輝かせる青柳さん。
海の世界は深く広く、尽きせぬ探求心を誘います。このおもしろさを多くの人々に広めたいというスタッフのみなさんの熱い思いがあるからこそ、寺泊水族博物館は日々進化し、人々に愛され続けているのかもしれません。
Text & Photo:渡辺まりこ
寺泊水族博物館
住 所
新潟県長岡市寺泊花立9353-158
電話番号
0258-75-4936
営業時間
9:00~16:30 (最終入館 16:00)
休館日
年10回程度(ウェブサイトに掲載)
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