長岡の子どもと一緒に 育つ場所
年間17万人が訪れる子育て支援施設。
長岡駅から車で約10分、市街地を抜けると信濃川の豊かな自然が広がります。河川敷に沿って老人ホーム、病院、専門学校や大学が建ち並ぶこの一画に、年間約17万人が訪れる子育て支援施設があります。長岡市が全国に先駆けて手がけた、屋根付きの広場と保育士のいる公園、子育ての駅千秋「てくてく」です。約2ヘクタールの市民公園内にある施設は、屋根付き広場と呼ぶにふさわしい広々とした場所。屋内にも関わらず、まるで外にいるかのように、子どもたちが元気に走り回っています。「雨や雪の日でも、子どもをのびのび遊ばせたい、というお父さん、お母さんのためにつくった場所です」。森民夫長岡市長のビジョンの元、地元の設計事務所とともに設計を手がけたのは、山下秀之教授(54歳)。2009年のオープンから6年以上が経過した今でも、来場者数は変わることなく、1日平均500人以上。絵本の読み聞かせや、花植え、野菜栽培など、子育ての駅の運営に協力してくれるサポーターの登録者数も100人を越えました。「ひいおじいさんからお孫さんまで、4世代御家族がいっぺんに来てくれたこともあるのです。西洋で言えば、教会のようでしょう?」。
仕切りのない空間。
日本建築家協会賞、医療福祉建築賞、日本公園緑地協会会長賞、グッドデザイン賞など数々の賞を受賞している「てくてく」。建築におけるこだわりは「たくさんありますが、一つあげるとしたら空間にゆるやかなつながりを持たせたことではないでしょうか」。あたかも外にいるかのように、内と外を視覚的につなげる大きな窓は子どもたちが外で遊んでいても、お母さんが目で追えるように、という狙いがあるそう。施設内には、あえて仕切りをつくらず、丸、三角、四角のカタチをつなげています。「丸、三角、四角は、子どもたちがよく知っているカタチです。丸のスペースは、乳幼児も安心して遊べる場所、三角のスペースは、食事をしたり会話を楽しめる場所、四角のスペースは、運動できる場所。実は丸のスペースは、ミュージカルやコンサートをするときに円形劇場になります」。空間が劇場になることを、当初は想定していなかった山下教授。「園長先生や職員のみなさんのアイデアで、可能性が次々生まれていますね」。
地域の子どもは、地域が育てる。
三代目園長の西山知美さん(44歳)は、初めて「てくてく」に赴任したときのことを今でも覚えています。「自分がこれまで副園長をしていた保育園とは、あまりにもかけ離れていたのでびっくりしてしまって」。空間の広さ、利用者の多さ、ユニークな北欧の遊具やインテリア。すべて目新しいことばかり。「こんなに大きな施設を、少人数で運営していることにも驚きました」。職員らと一緒に、運営をサポートしてくれているのが、子育ての駅サポーターのみなさんです。「中には設立当初から、サポーターに登録して、てくてくの運営に協力してくださっている方もいて。赴任したてで、右も左も分からなかった私に、いろいろ教えてくださったんです。サポーターさんあっての、てくてくなんだと思います」。地域の子育ては、行政に任せるのではなく、地域の一人ひとりがみんなで協力しあうもの。そんな意識づくりにも「てくてく」は一役買っています。
直径10mのアイデア。
「てくてく」の公園内、いたるところにある小さな丸いスペース。円形造園ユニット「えんえん」は、市民のみなさんの声から生まれました。「みなさん想いが強いからでしょう。設計当初はいろいろな対立意見が出て、はたと困りました」。山下教授が覚えているだけでも、水場が欲しいという意見や、木がたくさん欲しいという意見、逆に水場をつくること、木を多く植えることによるデメリットを指摘する意見など。「しばらく、頭を抱えました。でも考えに考えて、気づきました。森はつくれないけれど、直径10mの円の中にはジャングルをつくれる。どれか一つではなく、いただいたご要望をすべて小さな円い庭にして、実現すればいいのではないか」と。こうして、公園内に点在する「えんえん」が生まれました。砂場もあれば、水場もある。花畑もあれば、野菜畑もある。敷地内のそこかしこに、円い庭のアイデアが活かされています。「円は縁でもあるのです。ここから人々のご縁も生まれています」。
成長する空間。
「子育て世代はもちろんですが、いろんな世代の方を対象にした講座や会議も行われています。スターバックスがコーヒーの講座をしに来てくれたこともあります」。今や「てくてく」は、子どもだけでなく、大人も楽しめる場所になっています。「ここで友だちになったんです、という声を聞いたり、ここで知り合った仲間同士で立ち上げたサークルがあったりと、人と人とのつながりが生まれる場所にもなっています」と西山さん。事実、「てくてく」は長岡市内の子育て支援団体の会合場所としても使われ、子育て支援団体をつなぐハブにもなっています。「子どもたちに喜んでもらいたい、という一心でつくった場所に、いろんな世代の人が集まって、新しい出会いが生まれるなんて、思ってもいませんでした」と話してくれた山下教授。建築家の手を離れたあと、施設を育てるのは、地域の人の力。長岡の元気な子どもたちとともに、「てくてく」もまた、日々成長を続けています。
子育ての駅「てくてく」に携わるおふたりの志
場づくりは、元気づくり。
隣のおじいちゃん元気がないから、声をかけてみよう、何かつくってあげよう。そんなつながりのある場所っていいですね。みんなが触れ合える、知り合える、そんな場をこれからもつくっていきたいです。長岡市全体が、「てくてく」のようにつながりを生む街になることが私の夢です。
(長岡造形大学教授 山下秀之)
つなぐ。
ここに来て遊んでいる子どもたちが、いつか結婚して親になったとき、その子どもを連れてきてくれたらいいなと思っています。人と人をつないでいくことはもちろん、世代と世代をつないでいく。「てくてく」がそんな場所になれたら、すごく嬉しいですね。
(子育ての駅千秋「てくてく」園長)