伝統を守り、時代に寄り添う。しめ縄職人・原田悠歩さんが模索する「ともに生きる藁細工」

田んぼが一面に広がり、まさに米どころ・新潟といった景観を見ることができる長岡市中之島地域。この地区で10代続く「原田甚助農園」の原田悠歩さんは、家業のコメ農家を支えながら、藁細工の職人としても活動しています。毎年初夏に専用の稲を植え、7月の青刈りから翌年春まで、しめ縄やしめ飾りを作り続ける日々。御年70を超える師匠から学んだ伝統的な「新潟大黒締め」の技術を継承する一方で、神棚のない家でも飾れる雑貨感覚の藁細工も手がけ、現代の暮らしに寄り添う作品づくりに取り組んでいます。製造業出身の職人気質と純粋なものづくりへの愛をあわせ持つ原田さんに、しめ縄作りにかける想いを伺いました。
小さな工房でコツコツ作る
伝統のしめ縄「新潟大黒締め」

残暑の続く8月末、原田さんのしめ縄制作の現場を見たいと中之島を訪れました。あたり一面に広がる田園では、青々とした稲が穂を垂らし始め、間もなく収穫の時期を迎えようとしています。住所を頼りに農道を進むと、ほかとは一風異なる三角屋根のモダンで個性的な外観のお家を発見。この奥にある小さな建物の前で、原田さんが出迎えてくれました。
「ここが私の工房です。もともとは農作業小屋だった場所を改築したんですよ。さあ、中へどうぞ」と誘われ扉を開けると、ふわりと漂う藁の香りが鼻をくすぐります。薄暗い室内には、丁寧に編み上げられたしめ縄や藁細工が所狭しと並んでいました。

「しめ縄の色が褪せないように、わざと室内を暗くしているんです。外の光で藁の色が変わってしまうんですよ」と原田さん。工房の中は、作業場というよりはアトリエのような印象です。壁には様々なサイズのしめ縄や藁飾りが吊り下げられ、作業スペースの周りにはその材料となる青い稲藁が整然と積み上げられています。

「しめ縄って、神域との境界を示すものなんです。清浄な空間を作る役割があって、神棚や玄関に飾ることで、そこに住む人を守ってもらうという意味があります」(原田さん)
実は、しめ縄にも様々な種類があります。原田さんが作るのは「新潟大黒締め」と呼ばれる新潟の伝統的なデザイン。中央が太く、両端に向かって細くなる美しいフォルムが特徴です。その他にも、長岡締め、中越鳥居締め、上越大根締めなど県内でもいくつかの形がありますが、師匠から習ったこの新潟大黒締めを選んだ理由を尋ねると、「上部に付ける稲飾りがかっこいいなと思って」とのこと。

手にとって見せてもらったしめ縄は、想像以上にしっかりと編まれ、美しい左右対称の形を保っています。これが全て手作業で作られているとは驚きです。
田植えから始めて数カ月がかり。
原田甚助農園のしめ縄ができるまで
こうしたしめ縄は、どうやって作られるのでしょうか。実は、原田さんのしめ縄作りは、ただ稲藁を編むだけではありません。材料に使う稲藁を育てるところから始まります。栽培するのは藁細工用の特殊な品種の稲「みとらず」です。
「普通の食用米の稲と違って、実を取らずに茎を長く育てる品種なんです。4年ほど前に、知り合いから、みとらずの種を譲ってもらったのが始まりでした。最初は2畝のみでの栽培でしたが、今は面積を広げて5畝分を作っています」(原田さん)

しめ縄作りがスタートするのは初夏。5月のゴールデンウィークに手植えで田植えをし、7月下旬から青刈りが始まります。青刈りとは、稲が実をつける前のまだ青い状態で刈り取る作業のこと。これが一年で最も重要な作業だと原田さんは言います。
「穂が出る前に刈らないと硬くなってしまうので、タイミングが重要なんです。6回ぐらいに分けて、手作業と機械を使い分けながら刈り取ります。最初に刈ったものは短くて、だんだん長くなっていくので段階的に進めるんです」
刈り取った稲藁は、一般的には乾燥機で処理します。しかし、最初の2年間、原田さんは昔ながらの製法にこだわり、自然の力を使う天日干しにチャレンジしました。残念ながら、それは失敗に終わってしまいます。「せっかく苦労して刈った藁が全てカビてしまって、使い物にならなかったんです。さすがにショックでした……」と当時を振り返り、悔しさをにじませる原田さん。その教訓から3年目からは乾燥機で処理を行い、無事に加工できる稲藁ができるようになったそうです。

そして、乾燥を終えた後には、これもまた大変な「藁すぐり」の工程が待っています。
「茶色い藁や短い藁を手作業で取り除いて、きれいな藁だけにする作業です。藁ぼこりが舞うので、ひどい時は体中がかゆくなります。この作業だけで1ヶ月半かかって、8月末にやっと『縄ない』の作業を進められる状態になります」
「縄ない」というのは、束にした藁を撚り合わせ、縄を作る工程。ただし、その前に必要なのは、まずは芯作りです。芯は藁すぐりで取り除かれた茶色い藁や短い藁を使った、しめ縄の土台です。8月末から翌年3月頃まで、農作業の合間を縫って進める長期間の作業となります。

「1本のしめ縄につき3本の芯が必要なので、500本のしめ縄を作るなら1500本の芯を1月から7月の間に作らなければなりません。9月の組み立て開始までに必要な分を完成させて、残りは来年の田植えが始まる前までには終わらせたいんですが、これがなかなか骨の折れる作業で……」
この芯作りは原田さんが特にこだわりを持つ工程の一つです。
「以前は内職さんにお願いしていたんですが、微妙な形の違いを伝えるのが本当に難しいんですよね。結局自分で作るのが一番だという結論になりました。芯がしめ縄の骨格になるので、妥協できないんです」
そして11月頃から本格的な組み立てに入ります。芯を中心にして「縄ない」をしたら、しめ縄本体の上下に稲飾りを付け、最後に白い紙「紙垂(しで)」を挟めばようやく完成です。

そして、12月に入ると一年で最も重要な販売期間が始まります。しめ縄の需要があるのは実質的に12月のたった一ヶ月間だけ。手間暇かけて準備してきたすべてを、この短期間に賭ける休みなしの日々が続きます。「ハロウィンが終わって、やっと年末らしさが出てきた頃から本格的に販売を始めます。それまではお正月飾りを買い求める人はほとんどいませんから」と原田さんは笑います。
原田さんのしめ縄は、長岡市の中之島ふれあい市や見附市のパティオ新潟、三条市のただいまーとなどの直売所に並びます。年末に向けて駆け抜けるような怒涛の販売期間を終えて、ようやく一息つけるのが年明け。これがしめ縄職人・原田さんの主な一年のサイクルです。
「師匠との出会いで運命が変わった」
導かれるようにしめ縄職人の道へ
原田さんがしめ縄を作るようになったのは、偶然が重なった運命的な出会いがあったからでした。
小さい頃からものづくりが好きだった原田さんは、新卒で紙の加工会社に入社して製造部門で7年間勤務。離職した後は様々な仕事を経験しましたが、再びものづくりへの想いが強くなり、さまざまな「作る仕事」に携わるようになりました。結婚を機に十代続く米農家「原田甚助農園」に嫁ぎ、家業を支えながら働く日々が始まります。2020年には長岡市の農園で農業を手伝うようになり、サトイモの植え付けや草刈り、除草剤まきなどあらゆる作業を行っていました。ところが、この仕事を続けるには悩ましいこともあったそうです。それは、冬場の収入源。「冬場の農閑期は仕事がほとんどないため、複数のバイトを掛け持ちしなければならない状況でした」と、原田さんは振り返ります。

そんな折、トラクターの免許取得についての知識を得ようと訪れた地域振興局で、何気なく口にした一言が全てを変えました。
「本当に何気なくなんですけど『冬の間に藁細工やるのもいいかなと思っているんですよね』と地域振興局の職員さんに言ってみたんです。するとその場で、『しめ縄づくりの達人がいるから紹介するよ!』と言われて、気付くと話がトントン進んでいました」
紹介されたのは、長岡市栃尾地域在住の70歳を超えるベテラン職人です。しめ縄専門の藁細工職人で、自分で稲藁も育てる本格派でした。原田さんはこの方を「師匠」と呼び、教えを請うことになりますが、最初の出会いは少し気おくれするものだったようです。
「師匠は問屋に出荷をしていて、外注先である内職さんもたくさんいました。初めて仕事場を見せてもらった時は、あまりに本格的すぎて私には無理だなと思ってしまって。その後はしばらくしめ縄のことは頭から離れていたんですが、農協のバイトをしている時に師匠と偶然再会して、『縄ないの練習会をするから来い』って誘われたんです。これも何かの縁だろうと、しめ縄作りを本格的に始めてみることを決めました」

その頃、義理のお父さんから田んぼ用の敷地を自由に使っていいと言われ、しめ縄用の稲を植えられる絶好の機会が訪れました。さらに妊娠という人生の節目も重なり、2021年は原田さんにとって藁細工の世界へ本格的に踏み出す転機の年となりました。
「当時、内職のおばあちゃんたちと一緒に縄ないの練習をしました。妊娠中だったので大きなお腹で大変でしたが、無心で作業するのは楽しかったですね。その年に作ったしめ縄は150本ほどで、直売所で売ることができました」
師匠から学んだのは技術だけではありません。問屋との信頼関係、内職の方々とのつながり、材料の調達方法など、藁細工を支える業界全体の仕組みを教わったのです。そして現在は年間500本程度を制作するまでになっています。
神棚のない家にも届けたい。
「祈りの心」を込めた稲藁飾り
原田さんの藁細工は、大きく分けて二つのカテゴリーがあります。一つは師匠から習った伝統的なしめ縄やしめ飾り。もう一つは、現代の暮らしに合わせてアレンジを加えた雑貨感覚の藁細工です。
「しめ縄は師匠から教わったやり方を変えずに作っています。これだけで美しいから、変える必要がないんです。太さの微調整ぐらいはしますが、基本的にはアレンジしません」

一方、雑貨感覚で飾れる藁細工には原田さんのセンスや感覚が活かされています。
「『小さな稲わらシリーズ』として、鶴亀や鳥飾り、来年の午年にちなんだ馬の飾りなどを作っています。お正月にのみ飾られるしめ飾りを、気軽に一年中飾れるようにアレンジした『年中飾れる』をコンセプトにしているんです」







これらの藁細工はただの飾りという役割だけではなく、日本人が持ち続けてきた「祈りの心」を形にしたものでもあります。
「この令和の時代、神棚がある新築は減っています。でもみなさん、七五三のお参りには行きますよね。神社で家族の健康や安全を願って、お守りやお札をいただいて帰る。つまり、神様に守ってもらいたいという気持ちは今も昔も変わらないんです。だから、神棚がなくても、そんな純粋な願いを込められる藁細工があってもいいのではないかと思うんです」


年中飾れる作品の魅力の一つは、時間とともに変化する色合いです。「青い藁が時間とともに黄色に変化していく様子も楽しんでほしいです」と原田さんは言います。自然素材ならではの経年変化もまた藁細工の魅力のひとつと捉えています。

理想は「熟練のおじいさん職人」の仕上がり。
キリっと男前な藁細工を目指す
原田さんのしめ縄や藁飾りを見ると、妥協のない仕事への取り組みが伝わってきます。決して手を抜かない真摯な姿勢が、質の高い藁細工を生み出しているのです。原田さんには藁細工における独自の美学があります。
「雑貨としての藁飾りは可愛らしいという印象を持たれがちですが、私としては可愛いというより、キリッとした、凛とした印象を目指しています。近くで見ると締まりがあって、力強さを感じられる作品を作りたいんです。おじいさんが作っていると思われるような、そんな仕上がりを目指しています」

製造工程の中で、原田さんが最も楽しいと感じるのは「縄ない」の工程です。
「つるんとした仕上がりになった時の満足感がたまりません。藁の束の量を感覚で調整するのも楽しい作業で『ちょっと藁が足りない』とか『少し多めに』とか、その微調整ひとつで最終的な仕上がりが大きく変わってくるんです」
完成度へのこだわりも並々ならぬものがあります。「会心の出来になると、手放すのが惜しくなってしまうこともあります」と笑います。
夢は日本民藝館展での受賞。
日々鍛錬、技術を磨き続ける
技術の向上は、人とのつながりから生まれることもあります。農業仲間を通じて知り合った出雲崎の猫ちぐら職人とは、お互いの技術を教え合う関係になりました。原田さんがしめ縄の技術を教える代わりに、猫ちぐらの作り方を学んだのです。さらに品種の異なる稲苗を分け合うなど、今も交流が続いています。

そんな原田さんには、今後の目標があります。
「10年後には、日本民藝館展に出品したいです。毎年作品を作り続けてはいるんですけど、まだ技術が足りないので、手ごたえを感じる時が来たら応募したいと思っています」
藁の香りに包まれながら黙々と手を動かす原田さん。12月の繁忙期まではまだ時間があり、今は来年の準備に集中する静かな時間です。稲を育て、藁をすぐり、芯を作り、縄をなう。一年を通じて続くこの営みは、単なる仕事を超えて、原田さんのライフワークになっています。
時代とともに暮らし方が変わっても、私たちが抱く家族への愛情や日々の平安を願う気持ちは変わりません。原田さんの藁細工は、そんな普遍的な「祈りの心」を美しい形にして、今を生きる人々の暮らしに寄り添い続けています。

原田甚助農園公式SNS:Instagram
Text&Photo/渡辺まりこ