職人とデザイナー。回り道のすえ「手漉き和紙」を天職とした2人の物語
日本が誇る伝統工芸のひとつ、手漉き和紙。日本における紙づくりの始まりは、経路には諸説あるものの約1500年前には大陸から伝来したとされ、そこから独自の進化を遂げた。2014年にはユネスコ無形文化遺産に「和紙 日本の手漉(てすき)和紙技術」が登録されている。ライフスタイルの変化で市場が縮小する中、現在も和紙の産地は全国に点在するが、知る人ぞ知るメッカが新潟県。長岡市小国地域では、国と県の無形文化財に指定された「小国紙(おぐにがみ)」が、いまも雪国ならではの知恵を結集した古式製法でつくられている。
越後 門出(かどいで)和紙と小国和紙生産組合で修業し、長岡市栃尾地域で伝統的な手漉き和紙を手がける佐藤徹哉さんと、小国地域で手漉き和紙を使ったオリジナル製品を制作する池山崇宏さんは、共に長岡の市街地で生まれ、海外に出て長岡に戻り、紆余曲折を経て和紙に出会い独立起業した。それぞれの工房を訪ね、和紙と共に過ごす日々について伺った。
原料の栽培から紙漉き、納品まで
全工程を夫婦ふたりで
まずは栃尾地域の「紙漉(かみすき)サトウ工房」へ。代表は自らを“紙屋”と名乗る佐藤徹哉さん。丁寧な仕事ぶりと仕上がりの紙のクオリティに定評があり、美術・工芸作家からの難易度の高いオーダーに応える。
「和紙作家ではなく、和紙を必要とする人のためにつくる技術者で材料屋です。ギャラリーでのグループ展で和紙を展示したこともありますが、作家扱いしてもらうと居心地が悪くて…(笑)」(佐藤さん)
サトウ工房では、原料の楮(こうぞ)の栽培から紙漉き、納品まで、佐藤さんと妻の亜里(あさと)さんが手がけている。
最初に、和紙づくりの工程を見せてもらった。
「新潟の和紙屋さんは原料も作っているところが多いです。門出和紙も小国和紙もそう。大産地ではなく農閑期の副業だった、その名残でしょうか。国内の栽培業者が減って確保しづらくなっているので、うちも自家栽培を始めています」(佐藤さん)
楮を刈り取り、蒸して外皮を剥き、皮の表面を剥ぐ。
皮を煮て、叩いてほぐし、細かい繊維状にしていく。
「白い紙をつくるには楮を白くなるまで剥いで、水や天日に晒して。布と同様、雪の上に楮の皮を並べて白く晒す『雪晒し』は雪国ならではの作業です」(佐藤さん)
サトウ工房ではトロロアオイも栽培している。根をつぶして水に入れると、とろみが出て、和紙づくりに欠かせない“ネリ”となる。
水を張った「漉き舟」と呼ばれる水槽に、ほぐした楮とネリを入れて混ぜる。
「ネリは接着剤ではなくオイルのようなもの。水中に均等に原料を散らし、分散させて繊維1本1本を独立した状態にします。紙は接着剤でつながっているのではなく、元々の性質を利用したものなんです。つくりたい紙に合わせて『漉き舟』の中を調整して。どんどん継ぎ足していく中で均質なものが出来上がるかどうか、それが腕の見せどころです」(佐藤さん)
さて、次はいよいよ紙漉きだ。
「重ねた紙に重石をして一晩おき、翌日ジャッキで5〜6トンの重さをかけて水気を切り、温めた鉄板に1枚ずつ貼り付けて乾燥させれば完成です」(佐藤さん)
鉄板に貼り付け、乾いたら重さを量り、規格外のものをはねる工程は亜里さんが担当。納品はふたりが手分けをして行う。
農業への憧憬とタンザニアでの2年間
佐藤さんは1967年に長岡市の中心部で生まれた。長岡高校を卒業後、信州大学に進学。この世界に入って20年弱だが、和紙に至る道のりは山あり谷ありだった。
農業・林業に関心があり、農学部森林工学科に進んだ佐藤さんだが、卒業後なぜかアフリカに行くことになる。
「農学部には農業をやりながら脱原発運動をしているヒッピーのような人や世界を放浪するバックパッカー、青年海外協力隊に応募する人も多く、自分も海外を見てみたいという気持ちが湧いてきました。協力隊で募集していた仕事で森林関係はシンガポールの研究職だけで、近くていいかと応募したら不採用になり、代わりに紹介されたのがタンザニアでの仕事でした」(佐藤さん)
「牛を放牧している国営の酪農公社で防風林を育てる森林経営のプロジェクトを任されました。任期は2年、いい経験でした。農業をやりたい気持ちが次第に募り、帰国して山形や岩手に行き、畑や田んぼ、養鶏をやっている人の家に住み込みで働かせてもらいました。
長岡に戻った後、新潟県の津南町で有機農業を営む高波敏日子(としひこ)さんに巡り合い、影響を受けて松之山(現在の十日町市)で家と田んぼを借り、建設会社で仕事をしつつ4回くらい無農薬米を作りました。しかし、田んぼに雑草が生えて惨憺たる有り様に(笑)。最初は『農業やるんだ!それしかないんだ』くらいの勢いだったんですけどね」(佐藤さん)
銘酒「久保田」が育ててくれた
農業に魅せられつつも、思うようにいかず苦戦した佐藤さん。これからどうしようと逡巡していた矢先、松之山から車で20分のところにある、地場産業として和紙をつくっている高柳町(現在の柏崎市)の門出和紙のことが頭に浮かび、訪ねたという。
「雇ってもらおうなんて甘いだろうなと思いつつ行ってみたら、代表の小林康生さんが『スタッフ募集してるよ』と言ってくださって。楽しそうだったし、ぜひやってみたいと思い、雇っていただきました。32歳のときです。そこから修業がスタートしますが、門出和紙では長岡市内にある朝日酒造の『久保田』のラベルになる和紙をつくっていて、仕事を覚える中でそれにも関わらせてもらうようになりました」(佐藤さん)
30年ほど前、朝日酒造4代目社長の平澤亨さん(故人)が新潟の風土の良さをアピールしようと“創業者たちの覚悟や精神に立ち返る”と掲げて、地元の材料にこだわり、創業時の屋号を冠した「久保田」のラベルに手漉き和紙を採用。“和紙のような紙”ではなく、手間もコストも嵩む本物の和紙をあえて選択するという挑戦、そこに関わった人たちの地道な努力と情熱が「久保田」ブランドを確立した。尽力したひとりである門出和紙の小林さんと、リスク覚悟で手漉きを選び、結果として和紙工房を支え続ける朝日酒造に、佐藤さんは並々ならぬ敬意を抱いている。紙屋として「久保田」に育てられた、と。
→銘酒が生まれる蔵と、昭和建築の粋を訪ねて――「朝日酒造」見学体験記
「和紙の世界に入って8年が過ぎたころ、親のことが気になったり、独立も考え始めたりして、親方に辞意を伝えました。退職するまで3年かかりましたが、その3年がとても重要だった。あちこちに行き、いろいろな人に出会い、これからを考える時間となりました」(佐藤さん)
門出和紙に続き、佐藤さんが携わることになったのが長岡市の小国和紙生産組合だ。門出和紙と小国和紙生産組合は人的・技術的な相互交流があり、佐藤さんも以前から小国と付き合いがあった。
「小国和紙の今井さんに独立する話をしたら、『じゃあ、それまでの間バイトに来てもいいですよ』と言ってくださって。貯金もないし、なにか仕事をしながら独立準備をと思っていたので、ありがたくやらせてもらうことにしました。ほかにもいろいろ手助けしていただき、小国和紙には頭が上がりません」(佐藤さん)
2013年に「紙漉 サトウ工房」をオープンし、翌年に小国和紙生産組合で一緒に仕事をしていた亜里さんと結婚。パートナーを得た佐藤さんは新たなスタートラインに立った。
「山間の家で暮らし、畑もやりながら自営の仕事をする。考えてみたら、これがやってみたかったことだったんです。貧乏暇なしですが、いまやっと和紙の道をまっすぐ進んでいて、『もう死んでもいいかな』というくらいのところにいます(笑)」(佐藤さん)
サトウ工房の和紙に惹かれる作家のひとり、新潟市で活版印刷を手がける工房「KOULE TYPE(コウラタイプ)」主宰の吉沢加也(かな)さんは佐藤さんについてこう語る。
「作家の表現を受け取って真っ直ぐに実現してくれる人。和紙はどこにでもありますが、使い手の意向を受け入れ、対話し、最善を共に探してくれる佐藤さんはとても貴重な存在です」
「和紙はもちろん佐藤さんご自身がすばらしい。制作は長時間になるので工房兼ご自宅にお邪魔して夕飯までご馳走になってしまうのですが、和紙の次に私を栃尾に行きたくさせるのが亜里さんの美味しい手料理(笑)。佐藤さんがいなければ私の作品は生まれなかったと思います」(吉沢さん)
佐藤さんは語る。「僕はアートやクラフト、デザインの世界や作家の方々に対してすごく興味と敬意を感じているので、その世界と自分がたまたま持っている技術の間でなにか生まれるなら、それが最高の喜び。裏方として作品に関われたらなによりです」
バックパッカーが折り紙に出会うまで
栃尾を後にして小国へ。どちらも長岡市内だが、車で1時間ほどの距離がある。
和紙を使ったユニークなプロダクトを手がける「オリガミデザイン」を訪ねた。代表の池山崇宏さんは佐藤夫妻とは小国和紙つながりの友人で、一緒に作品をつくり、グループ展を開催したこともある。
1977年長岡市生まれ、長岡造形大学で工業デザインを学び、市内で就職した池山さん。どんな経緯で和紙の世界に入ったのだろう。
「大学にはあまり行ってないんです。いろいろ見てみたいと思い、休学して東南アジア、西アジア、インド、パキスタンとか、8ヶ月くらいアジア横断のひとり旅をしました。卒業後は近場で働こうと、燕三条の地場産業もいいかなと思いましたが、不景気でそんなに求人もなく。長岡市内の金型部品を作る会社に就職し、鉄を砥石で削る『研削盤』を操作していました。
デザインと関係ない仕事を6年間やりましたが、自分がおもしろいと思う形をもうちょっと追究したいと思い、31歳のとき、大学院に進みました。20代のころはいつでもやれるだろうと思っていましたが、次第に気力・体力の衰えも感じて、やるならいましかないと」(池山さん)
そんな池山さんが和紙に出会ったのは、修士1年の終わりだったという。
「同学年の建築の院生が小国和紙を使った建築を考えていて、彼に和紙を分けてもらって折り始めました。和紙を手でぐしゃぐしゃにして、いろいろな形を試し、折り線を整理するためにCADを使って展開図をパソコンで描く。院では折り紙ばっかりやってました(笑)。試行錯誤を繰り返し、最初の試作品として出来上がったのがカードケースです」(池山さん)
「小国和紙生産組合代表の今井さんに試作品を見せたら、『ふーん、まぁまぁだね』という反応。こちらは『大傑作!これしかない!』と思っていたのに(笑)。でも、工業デザインとして地元でなにかをやっていきたいと考えていること、和紙でやれるかもという話をしたら、『やるなら協力できますよ』と言ってくださいました。それが大学院の終わりごろです」(池山さん)
1枚の和紙の折り紙を、切ったり貼ったりせず、折っただけでどう作っているのか、気になる人はぜひ動画を見てほしい。
会社を設立し、生産地・小国に引越し
すっかり魅了された手漉き和紙の折り紙で事業を立ち上げた池山さん。ついに拠点を生産地、小国に移すことに決めた。
「院の途中で『オリガミデザイン』を起業したのですが、先生に『修了したら教務補助職員をやらないか』と声をかけていただき、そのまま大学に残りました。折り紙で儲けていたわけではないので、大学で働きながら手漉き和紙の用途開発、デザイン、製造販売など、実用的な折り紙製品で和紙の強靭さをアピールするようなものをつくっていこうと考えました。オリガミデザインは7年目。そのうち3年間は大学にいたから、辞めてからが本格的なスタートです。
起業当初は市の中心部で部屋を借りていたのですが、やはり生産地の近くがいいなと。こういう手づくりのものは状況が刻一刻と変化するから、現場のことがわからないといけない。そう思って、2011年の冬に小国に引っ越しました」(池山さん)
金属から和紙という、まったくの異世界に入った池山さんにとって、手漉き和紙の魅力とはどんなものだろう。
「最初は地元の素材のひとつとしか思っていなかったけれど、耐久性とか、特性がおもしろいんです。現在は工芸品や芸術品のように扱われていますが、昔は日用品。昔からの用途は筆記用具ですが、新しい使われ方が必要な素材だと思います。柿渋やこんにゃくのりで強くしても、化学繊維や石油由来のものを使った強靭な紙には太刀打ちできませんが、使われなくなっている手漉き和紙を生かす方法を探っていきたい」(池山さん)
和紙の温かさとデザイン性を共存させる
折り紙からスタートしたオリガミデザインは、LEDを仕込んだ照明器具など実用的な製品を生み出し、クラフトフェアを中心に展示販売している。
主な製品と活動を紹介しよう。
当初「おうちライト」は無地だったが、まゆみさん自作の消しゴムハンコで絵柄を付け人気商品になった。「オリガミデザインを一緒にやろうと思っていなかったのですが、昔から好きだった消しゴムハンコの絵柄が好評で自信がつきました」と、まゆみさん。「彼女は細かい作業が得意で器用。メルヘンとかファンタジーとは違った世界をもうひとつ、つくってほしいなと思っているんです」と池山さん。
オリガミデザインは全国各地のクラフトフェアに出展。ブースでは、参加者が「おうちライト」にハンコを押して自分だけの作品に仕上げるワークショップなども開催する。
この製品は、三条市在住のイラストレーター、しおたまこさんが佐藤さんと池山さんに声をかけ、3者の共同作業で誕生した。「まこさんが『ちょっと光らせたい』と言って生まれた照明です。すでに『おうちライト』があったので、それを見て『コケシが光ったらおもしろいかな』と思ったのでしょうね」(池山さん)
製品はオリガミデザイン公式サイト内のネットショップでも購入できるので、このページの最後に記載したURLをチェックしてみてほしい。
「どれも大量にはつくれないので、クラフトフェアなどに出して、売れた分をまたつくるというサイクルで手いっぱい。やり方は模索中ですが、これからも日々の生活の中で和紙を使ってもらえる製品をつくり、和紙を漉く技術やそのための道具をつくる技術を守ることにつなげたい」と池山さん。最近は、小国和紙生産組合で原料の楮を加工し、この春からは紙漉きにも挑戦しているそうだ。
「サトウ工房の佐藤さんはこだわりの人なので、仕上がりの紙の質がとてもいいんですよ。私はそうはいかないけど、小国という伝統的な和紙の産地で、自分で漉いた紙を使って製品をつくれるのは楽しいですね。『手漉き和紙のなにがいいの?』ではなく『手漉き和紙は特別感のあるもの。だからいいんです』ということを伝えたい。わかってくれる人が増えていけばいいなと思います」(池山さん)
日本を飛び出し、長岡に戻り、転職もして、回り道の末に地元の伝統文化を再発見した佐藤さんと池山さん。焦らず急がず、それぞれのペースで日々を積み重ねる。悠々と歩む道は平坦ではないかもしれないが、現代の生活の中で手漉き和紙の活路を見出そうとパートナーと二人三脚で仕事に没頭する姿が眩しく映った。
Text: Akiko Matsumaru
Photos: Mi-Yeon, Akiko Matsumaru
紙漉 サトウ工房
[住所]長岡市軽井沢1192
[電話]0258-51-5134
オリガミデザイン
[住所]長岡市小国町横沢2163-1
[電話]090-4018-6817
[URL]http://origamidesign.info
2018年9月29日(土)・30日(日)10:00~16:00、長岡市栃尾美術館アトリエで開催の「とちびまつり」で、ものづくりワークショップやミニカフェコーナーがオープン。紙漉 サトウ工房による和紙づくり、オリガミデザインによる「おうちライト」ワークショップなども。
[問い合わせ]0258-53-6300(長岡市栃尾美術館)