伝統の建具技術をデザインとアイディアで蘇らせる三代目! 野村木工所「IKSKI」の挑戦
創業90年の老舗建具店を襲った
「時代の流れ」
JR長岡駅から車で5分ほど走ると差し掛かる日赤町。かつては大工町と呼ばれ、周辺は工務店や材木店、建具店でひしめき合っていましたが、時代の移り変わりとともにその数は減少し、現在残っているのは数軒のみです。この地で1927年に創業した「野村建具店」は、長岡空襲で被災したあと「(有)野村木工所」に改称。現在は7名の職人を抱え、日々木工製品を製造しています。
工房のお隣にある事務所へ伺うと、迎えてくれたのは三代目社長の野村泰司さん。大学卒業後、東京の東証一部上場メーカーでの営業職を経て、2011年に社長に就任しました。
「私は3兄姉の末っ子でね、もともと家業を継ぐつもりはなかったんですよ。東京で就職して数年後に転職を考え始めたので、そのタイミングで長岡へ戻ってきたんです」
兄姉は異業種に就職し、当時は後継ぎがいなかった野村木工所。野村社長は家業を手伝いながら転職活動をしようと、軽い気持ちで仕事をスタートしました。職人さんに手ほどきを受けながら機械で木を削るなど簡単な作業から始めましたが、次第に取引先開拓にも奔走していったといいます。
「当時の状況は非常に厳しかったですね。総合建設業のゼネコンからの下請けがほとんどの中、新規開拓には限界がありました。後にリーマンショックの影響で不景気真っ只中になり、社長に就任した2011年頃は、正直なところお先真っ暗でした」
このように当時を明かす野村社長。「むしろ建具会社を一切辞めて、工場を改修したカフェを始めようかと思ってね。カフェ開業本を読み漁りましたよ」と真面目な顔で語ります。
そんな折、友人にカフェの計画を打ち明けたところ「ゼロからカフェをはじめるなんて甘い!それより、今ある木工技術で新しいことを考えた方が絶対楽しいし、可能性がある!」と叱責された
とのこと。その助言をきっかけに、野村社長は木工技術を活かしたものづくりの可能性について考えるようになったそうです。
迷走する中で転機が訪れたのは2012年、にいがた産業創造機構NICOが企画する「百年物語」との出会いが大きく運命を変えました。「100年後も継承したい道具」をコンセプトに、海外発信を意識したものづくりを支援するこのプログラムは、これまでに漆製持ち柄のナイフ、印半纏生地の帽子、和紙とコットンで編み上げた枕カバーなど、数々の名品を生み出しています。有名デザイナーが新商品開発の手助けをしてくれる絶好の機会、建具屋のピンチを救うきっかけになるかもしれないと直感した野村社長はすぐに応募を決めました。
「木工の実力」を確信した
新商品開発の日々
選考の末に採用が決まったのは2012年7月。そこから約半年間で新商品を生み出し、翌年2月にはドイツの展示会に出品しなくてはなりません。これまでは受注生産のみだった野村木工所ですが、急ピッチで初めての商品開発が始まりました。
「まず頭に浮かんだのは『建具屋にしか作れない家具』という抽象的なコンセプト。建具技術を使って、これまでにない全く新しい家具を作ろうと思ったんです」
木材を組んで模様を生み出す「組子」、格子戸の格子を動かなく固定するための加工技術「貫」など、建具職人には長年の経験による熟練の技術があります。さらに、木は湿度の影響で変形しやすいため、良質な木材を見極められる眼力も大きな強みです。
「木製品の魅力は、年月を経て使い込むほどに味わいが増すこと。使い捨てではない本物の道具を作る技術は十分に持っている」と野村社長は自信が湧いてきたそう。
さっそく工場長とアイディアを出し合ってラフ画を作成。担当職員やデザイナーと10回以上の企画会議を行い、気が遠くなるほどのブラッシュアップを重ねていきました。新しいチャレンジに納得しきれていない様子の職人たちをなだめながら試作を幾度も繰り返し、半年間かけてようやく完成したのが、繊細な縦格子を活かした家具ブランド「IKSKI(イクスキ)」でした。
技術の粋を集めた第一弾
ネストテーブル
ブランド名の「IKSKI」は様々な意味合いを持たせた造語です。木が「extend(=のびる)」するように、息を吸って吐く深呼吸のようなリラックス感を意識して名付けられました。
「IKSKI」シリーズ第一弾は、大中小のテーブルが一つになった入れ子式のネストテーブル「Nesting Table」。細長い木材を組み合わせた縦格子は、日本の建築文化ともいえる障子を連想させる風情。和室だけでなく洋室にも合うデザインで、シンプルな美しさを備えています。
見た目が美しいだけでなく、機能美にも注目。
3つのテーブルをコンパクトに重ねることが可能なのは先ほど述べましたが、さらに、一つひとつ形と大きさを変えることもできます。材料の選別や組み立て、仕上げ調整などていねいな職人技術が注がれてこそ、なめらかで心地良く伸縮させることができるのです。
いざ、世界へ発信!
新作も続々登場
建具職人の技術が詰まったネストテーブルは、出品したドイツの展示会で高い評価を受けました。東京の百貨店での販売も行ったところ、都内の狭い住宅には変幻自在な入れ子式テーブルの需要が多いことが判明。見た目の美しさと斬新さも評判を呼び、「『建具屋が作る家具』には可能性がある」と野村社長は確かな手応えを感じたそうです。
その後も「百年物語」で新作を続々と発表。伸縮自在のラブチェア「ExtendableBench」、コーナースペースで活躍する「Coffee table Z」、折り畳み式テーブル「IKSKI2015 Tea table」「IKSKI2017 Tea table2」を生み出しました(商品の販売場所は百貨店が中心。野村木工所ホームページの問い合わせフォームからの直接購入も可能)。
「商品開発を始めて6年が経ちますが、全然慣れませんね(苦笑)。新しいものを生み出すことは苦しみの連続です」と野村社長。幼い頃は末っ子らしくのんびりマイペースに生きてきたと言いますが、社長として会社を背負う覚悟を決めた途端、意識は変わっていったそう。
「新しいことにはどんどんチャレンジしていきたいです。時代が変化する中、同じことを繰り返していては取り残されてしまいますからね」
人との出会いが引き寄せた転機
唯一無二の家具IKSKIシリーズを生み出した野村木工所。廃業の危機を乗り越え、会社を立て直すことができたのは「人との出会いがあったおかげ」と野村社長は振り返ります。「たくさんの方に支えてもらえたおかげで仕事を続けられています。そして『百年物語』に出会い、信頼できる担当者と巡り合えたのは幸運でした。現在は新たなブランドシリーズを開発中なのですが、これも偶然出会ったデザイナーさんのおかげです。人生の分岐点が訪れる度に素晴らしい出会いがあり、私は本当に運が良いと思います」
さらに、IKSKIシリーズ発表をきっかけとして、建具技術を活かした施工依頼も以前より圧倒的に増えたそう。新規取引先獲得に苦戦していた数年前に比べると状況は大きく異なり、追い風が吹いています。
「事業は順風満帆なのですが、唯一の悩みは職人不足です。今の若い世代はガムシャラに働くという価値観ではないようなので……。職人は日本のものづくり文化を担う素晴らしい仕事です。興味のある方は、ぜひ野村木工所の門を叩いてほしいですね!」
時代の変化に合わせて、これまで培ってきた技術を現代にフィットする形に落とし込む。同じことの連続ではなく、常に新しいことにチャレンジする。未来を見つめフレキシブルに変化を続ける野村木工所は、若者世代にも新鮮に映るはずです。
世界に誇る建具技術は、守り続けるべき貴重な技術。「暮らしになじむ和の形」をどう提案していけるのかが、伝統技術を残していくためのキーポイントかもしれません。確かな技術をもつ野村木工所は、この先、果たしてどんな提案をしていくのでしょうか?今後の活動にも注目です。
Text & Photos : Mariko Watanabe
野村木工所
[住所]新潟県長岡市日赤町1-7-16
[電話番号]0258-33-2014
[HP]http://nomuramo.com/