着物カルチャーを発信する「縁‒enishi‒」で温故知新を体感する
2017.2.14
長岡駅裏手から徒歩約10分、交差点の角にたたずむビルの3階。ここにあるのは、「アンティーク着物」を中心に取り扱い、形式にとらわれない大胆なコーディネートを提案するレンタル着物店「縁-enishi-」。レトロな柄の花嫁振り袖から白無垢、色打ち掛けなど個性的な花嫁衣装やアンティークなデザインがそろい、今では新潟県内だけではなく県外にも多くのファンを持つ。
成人式や卒業式、七五三や結婚式など、人生の節目で着ることが多い着物だが、「着物ってちょっと敷居が高い」「これだ!という自分に合う柄がなかなか見つからない」と思っている人にこそ訪れていただきたいお店だ。
そんな「縁-enishi-」代表の鳥島悦子さんに、なぜあえてアンティーク着物を取り扱うのか、着物が持つ魅力も含めて話を聞いてみた。
アンティーク着物が放つ
“艶”と“迫力”の虜に
代表の鳥島悦子さんは、「縁-Enishi-」のオーナーとして店頭に立つほか、「髪結いアーティスト」としてパリのイベントに出演するなど、ワールドワイドに多方面で活躍する人物でもある。
そんな鳥島さんがお店を開いたのは2006年6月。アンティーク着物と出会ったのはそのほんの少し前だ。
「私はもともと美容に関わる仕事に興味があり、美容師として数年働いていました。勤めていたサロンを退職した後、着付けに興味があったのでもっと学びたくて教室へ行ったところ、そこの先生がアンティーク着物の魅力を私に教えてくださったんです。あっという間に着物の美しさと奥深さに感銘を受け、自らアンティーク着物をコレクションし始めたのがきっかけですね。
学んだ着付けの技術とコレクションした着物の数々を生かして何かできないかと考え、着付けを習い始めて1年後にこのお店をオープンさせました。我ながらスピーディーですよね(笑)。着物屋としての知識もバックアップも何もない状態でしたが、誠実にお仕事をしていればいずれたくさんの人たちと『縁』で結ばれるはず、そう思って店名を決めたんです。そしてもちろん、着物が持つ不思議な魅力は皆様にもきっと伝わる、そう信じていました」
お店をオープンするにあたって、場所は地元・長岡を選んだ。
「アンティーク着物を通じて、私は日本文化の美しい部分をたくさん知ることができました。自分が住んでいる街の人たちに、同じようにこの魅力を伝えたくて。今でも、この店が日本文化を発見する入口になればと思っています。和装レンタルだけでなく着付け、ヘアメイク、撮影なども承っていますので、結婚式や卒業式、成人式はもちろん、ご夫婦の記念日やご自分のポートレート用などに当店を利用してくださる方もいらっしゃいます」
そもそも、「アンティーク着物」とはどんなものだろうか。鳥島さんによれば、「縁-Enishi-」が所有する着物は、アンティークとそうでないものに分けられるという。
「アンティーク着物は、よくリサイクル着物と一緒にされがちですが、厳密には違います。戦前に作られた約70年以上前のものをアンティ-ク着物、それ以降に作られたものをリサイクル着物と呼ぶのが一般的です。
まだ大量生産の技術がない戦前のものは刺繍や染めの方法に大変手間がかかっていますし、今より細い繭糸としなやかな生地を使うので体の曲線が美しく出るんです。しっとりとした色気のあるライン、時間の経過で柔らかく変化した色合いはアンティーク着物にしか出せないものです。
戦後は着物を着る機会が極端に減り、個性的なデザインよりも販売しやすい無難なデザインが多く作られるようになっていきましたが、まだ着物が日常的に着られていた戦前は緻密で個性的な図柄や意外性のある“攻めた”パターンが世の中にあふれていました。なかなか伝わりづらいところもありますが、一度その良さを体感すればハマってしまうと思います。
また、『いつかアンティークの良さを取り入れたうちオリジナルの着物を作りたい』という思いがあり、昨年ついにその願いがかないました。時代を超えて愛される屏風の柄を、職人さんによる手書きデザインで手間暇かけて作る。コストはとてもかかりましたが、作り手の気持ちがこもった満足のいく作品が完成しました。それぞれパターンの違う3着を作り、今では花嫁衣装として大人気です」
着物はもっと「自由」でいい!
斬新なコーディネートや着こなしの提案も「縁‒enishi‒」が人気の理由。日本の伝統を大切にしながら、新しいスタイリングを生み出す考えを持ったきっかけとは。
「今私たちが着物として認識している形のスタンダードは、安土桃山時代頃にできたものです。それまでは中国など大陸の文化に影響を受けているものが多いのですが、江戸時代に鎖国が行われ、それからは四季の変化に富んだ日本の風土に即し、時代の気運を受けて発展していきました。そしてもちろん時代ごとに流行もありました。
江戸時代なんかは特にそう。ファッショントレンドの移り変わりがあるように、本来は着物にもブームがあって当然。いろいろな着方を楽しみ、新しい組み合わせがどんどん生まれる、そういうものなんです。今は自分で着物を着られない人がほとんどで、着付けは人任せ。そのため徐々に『着物はこうあるべき』『こういう風に着るべき』と画一的な形が浸透してしまいました。ですが、本来はもっと自由に楽しんで良いんです」
「最近では、幸いにも着物の魅力を発信したいと言う若い方々が増えているようです。彼らは形式にとらわれない感性で新しい着物スタイルを提案しているので、こちらも刺激をもらっているんですよ。モダンなデザインやクールなデザイン、素材も絹だけではなくポリエステルなど多様化している。
あえてパンプスやブーツを合わせたり、ハットやグローブでコーディネートしたり、洋服とのミックスなんかもオシャレ。店のインスタグラムを見て連絡をくださる若い方もいるので、もっともっと若い世代のセンスが磨かれ、文化を発展させていってほしいです」
着物は最後までムダがない
「本当に良くできた服」
伝統を大切にしながら、新しいものを生み出す。まさに温故知新。鳥島さんは現在婚礼衣装を中心に手掛けながら、よりたくさんの人が着物と触れ合う機会を作りたいとの思いを強く持っている。
「着物というのは日本人の知恵が詰まった、本当に良くできた服だと思うんです。例えば、襟が汚れてきたら上下の布を張り替えて縫えばまたキレイに着られますし、身丈直しができるので体型が違う母娘でも代々で着ることができます。うちの商品も古い着物が多いので、刺繍がほつれたり染め直しが必要な時には長岡と京都にそれぞれ1店舗ずつ、お世話になっている悉皆屋(しっかいや)さんに修繕してもらいますよ。
補強したり、ほどいたりして長く着る。もう布が限界だなと思ったら最後は雑巾にしてとことん使い切る。そもそも、着物を作る時には長方形の反物をまっすぐ縫って作るので、端布がほとんど出ません。最初から最後まで本当にムダがないんです。日本人としての精神性や生き方をよく反映していますよね。
時代は変わっても着物を着ると『背筋が伸びる』『気持ちが落ち着く』と感じる方が多いのは、私たち日本人のDNAに訴えかける根本的な何かがあるからではないかと思っています。
私は着物を入り口として、「日本のかたち」の美しいところをたくさん知る事ができました。そういう日本文化の美しさを知る機会が無いというのはもったいない。だから私は、イベントやワークショップを積極的に開催して、幅広い世代の方々に着物の良さを知っていただく機会を作っています。着物は古い時代からあるものだけど、脈々と現代に受け継がれているもの。これからもずっと、形を変えても受け継がれていくことを願います」
鳥島さんは、毎年冬の長岡で行われる、「人間として一回り成長し、本当の大人として一歩を踏み出す節目」ととらえた30歳を祝う「三十路人式(みそじんしき)」に携わるなど、着物を着る機会を増やすための積極的な取り組みでも知られている。
一昨年から始まった「三十路人式」の参加者は年々増加。昨年行われた同イベントでも、30歳になる若者が着物を着て語り合う楽しげな姿が見られた。
鳥島さんの活動は着実に実を結び始めている。
Text and Photos : Sonoko Imaizumi
縁 -enishi-
[住所]新潟県四郎丸4-9-5-3F
[休日]水曜、第2火曜
[営業時間]10時~19時
[HP]http://www.enishi.ne.jp/