「あったてんがの」を今につむぐ。越後のことばで土地の記憶と暮らしを語り継ぐ「長岡民話の会」
「あったてんがの……」
こんな語り⼝を聞いたことがある⼈は、どれくらいいるでしょうか。
⼦どもからお年寄りまで幅広い世代に親しまれている、昔話。2025 年後期のNHK 朝ドラ『ばけばけ』では、主人公が⺠話を聞き取って採集し、ゆらめく蝋燭の炎の前で怪談を語るシーンが印象的でした。
新潟県にも先⼈たちが採集した⺠話がたくさんあり、語り部たちが「あったてんがの(昔々、あるところに)」という定番の語り出しでお話の世界へ誘います。この「あったてんがの」を旗印に掲げる「⻑岡⺠話の会」は設⽴23年⽬。地域に伝わる⺠話、昔話や伝説をこよなく愛し、語るのも聞くのも⼤好きな会員たちが、語りについて学んだり、依頼に応じて⼩学校や⾼齢者施設などで語ったり、ホールで公演したり、⽣き⽣きと活動しています。
⺠話の会が出演するイベントと例会に⾜を運び、地域の物語をじっくり味わうこと、豊かな⽅⾔で語り継ぐこと、分かち合うことの楽しさと意味について取材しました。記事の後半にはベテラン会員による語りの動画を掲載したので、ぜひ聞いてみてください。
個性あふれる語りを堪能できる
バラエティ豊かな活動の数々
「長岡民話の会」誕生のきっかけは、2003年に開催された「昔話語り部養成講座」。長岡市芸術文化振興財団の市民企画公募型事業に、瞽女唄(ごぜうた)の公演や情報発信をする「瞽女唄ネットワーク」が応募して実現した企画で、その受講生たちが中心となって「せっかく勉強したのだから、会を立ち上げましょう」と同年12月に結成しました。発起人は、瞽女唄ネットワーク事務局長であり、郷土史家で小説家の高橋実さん。その後も仲間が増え、現在の会員は31名ですが、意外にも長岡が地元という人は10人ほどで、他県出身の人もいるそうです。月2回の例会のほか、小学校や図書館、高齢者施設などに出向いて語る年間50回ほどの「出前語り」、そしてホールやお寺、コミュニティセンターなどオープンな場所で発表する機会が年5回ほどあります。
「中でも最大のイベントは『長岡民話百物語』です」と会長を務める青柳保子さん。「20年以上も開催している伝統行事で、1年かけて準備し、1人3話から4話を選んで語りを練り上げるんです。かつては3日間の公演でしたが、ここ数年は夜の部も入れて2日間で百話を語ります。2023年からは民話劇も上演し、観るほうも演じるほうも昔話の世界を楽しんでいます。順調に語りの場を広げてきたのですが、新型コロナ感染症の流行のため語る場が一斉に閉じられ、当時は例会さえ開催を遠慮するかと悩む日々でした。しかし悩んでばかりいられない。この局面を打開するには、と小さな語りの会『聞いてくらっしゃい昔話』を開催しました。喜んでいただき、感染予防に気を遣いながら年に3、4回開催し、今も続いています」
3月1日にアオーレ長岡1階のシアターで開催された『聞いてくらっしゃい昔話』に出かけました。方言の「聞いてくらっしゃい」は「聞いてください/聞いてみて」という意味です。

シアター入口では「どうぞお入りください。1話だけでも大丈夫ですよ」と呼びかけていて、気軽に楽しめそうな雰囲気です。中に入ると、小さな子どもを連れたお母さんから、おじいちゃん、おばあちゃん世代まで、たくさんの人で賑わい、49席が埋まって立ち見も出るほどの大盛況でした。
「みなさん、こんにちは。ここは花火シアターといって、いつもは長岡花火の映像を上映しているのですが、今日は昔話の大花火を打ち上げたいと思います。楽しんでくださいね」という挨拶ではじまり、はじまり。この日は前半5人、休憩を挟んで後半4人、合計9人が昔話を語りました。


多くの民話には冒頭と最後に決まり文句があり、そこには豊かな地域色があるのをご存知でしょうか。例えば宮城県では「あったどっさ」や「ながれきたどっさ」で始まり「えんこつもんこつさけた」で終わるのが一般的です。そして、ここ中越地域では「あったてんがの」で始まり、ラストは「いきがポーンとさけた」で終わるのが定番スタイル。全編がぬくもりある方言のせいか、囲炉裏端でゆったりと親しい人の昔語りに耳を傾けているかのよう。お話の長さは5分から15分ほどで、登場するのはジサ(おじいさん)、バサ(おばあさん)など市井の人々のほか、幽霊、カッパ、和尚さん、ときには歴史上の偉人も。ひとくちに昔話といっても、絵本などで知っている楽しい話もあれば、聞いたことのない切ない話やちょっと怖い話もあり、語り手も落語のように演じる人、身振り手振りを駆使して表情豊かに語る人、しっとり静かに語る人、ダジャレを交えてユーモアたっぷりに語る人など個性にあふれ、それぞれの味わいが冴える語り口に魅了されました。

この日の特別企画として、民話の研究をしている長岡商業高校の生徒による10分弱の発表もありました。民話の会も取材に協力したとのこと。以下は発表からの抜粋です。
「民話は古い時代から人々の間で語られ、伝えられてきた口伝えの話です。昔話も特定の作者がいない、昔から語られてきた話で、民話のカテゴリーの中に昔話、伝説といったものがあります。昔話の絵本は全国で内容がほぼ同じですが、語りは人から人へ言葉で伝えているので、地域によって内容が違います。たとえば『笠地蔵』は、小千谷地域では笠の代わりに小千谷縮の布を巻き付ける話になっていたり。民話のよさは、そういった地域に根付いた物語があること。絵本と違い、語り手により間の取り方、どこを強調するかなど、ニュアンスに違いが出るため、受け取る印象が変わることもあります」

民話採訪に奔走したふたりの先駆者
みなさんが語るお話は、どこからどのように仕入れて自分のものにしていくのでしょう。口から口へ、語りを聞いて覚える昔ながらの口承もありますが、新潟県の民話にとってバイブルとも言うべきものが、民話研究者・水沢謙一さんの著作の数々。長岡市(当時:古志郡栖吉村)出身の水沢さんは小学校で教鞭を執りながら、県内各地で昔話の聞き取りに尽力しました。採集したお話を記録し、まとめた本がたくさん出版されています。

青柳さんいわく「民話は本来、口で語られ、耳で聞いて覚えて、伝えられていくものでしたが、年々それが難しくなっています。下条登美さんや高橋ハナさんなど語り部の方々は亡くなられ、少なくなっていますから。水沢先生の本や、語り部の方が語るお話をまとめた本を読んだり、昔話のCDを聞いたりして覚えています」とのこと。民話の会が2024年3月に発行した二十周年記念誌『私の民話かたり(二)』の編集後記には、こう書かれています。
「今、民話を語ろうとする私達は、大抵書物からその筋を掴みます。こういう世代を〈第二次語り手〉というのだと、亡き高橋先生は言っておられました。この記念誌においては、こうして書物で学んだ民話を、また再度文字に起こすという作業を行なったわけですけれど、けっしてそれは文字から文字への移し替えではなく、私共の心と体を経て、語られ編み直されているものです」

高橋先生とは、長岡民話の会を設立し、長らく顧問を務めた高橋実さんのこと。長岡市小国地域(当時:刈羽郡小国町)出身で、水沢謙一さんに師事し、親交がありました。かつての語り部たちは個々で活動していましたが、民話の会というグループを結成したことで横のつながりが生まれ、活動がぐんと広がったのです。高橋さんは2023年9月に亡くなっており残念ながらお話を伺うことが叶いませんが、2004年9月に発行された会報第1号に、高橋さんが昔話との最初の関わりについて記した文章が掲載されているので、抜粋します。
「高校三年生、(中略)昔話の世界に踏み込んだのも、この年だった。当時、水沢謙一さんが盛んに昔話の採集に県内を回っていた頃だった。NHK新潟放送局で、昔話の語りを女性アナウンサーが語っていたのに耳を傾けた。過去の古い物への興味や関心がこの年、一気にわきあがって、その世界にしゃにむに突き進んでいった年でもあった。それが、昔話、民俗、歴史、古い書物へと繋がっていった。友達が彼女と一緒に歩いて、青春を謳歌していたのに、それをよそに村に住む老人を訪ね歩いた。詰襟学生服のままで。テープレコーダもない、カメラもない。あるのは、ノートと鉛筆だけだった。(中略)昭和30年代初め、学生服の私が、見も知らぬ家に行って、『昔話を聞かせてください』というと、どこの家でも一様に驚かれた。仲間もおらず、孤独な作業が続いた。この頃、昔話へ興味と関心を示す人は、誰もいなかった。あの時、もっとたくさんの人から昔話を聞いていたら、私の昔話の森ももっと豊かなものになっていただろうにと思い、後悔の念が残る」

偉大な先人たちが足で歩いて聞き取り、記録した民話の数々が、長岡民話の会のメンバーによって息を吹き込まれ、語られることで現代に生き続けています。また、民話の会はただお話を語るだけでなく、会員が順番に寄稿して会報を発行したり、本を編集して出版したり、日々の活動や個々の声を記録し、保存することにも注力してきました。

青柳さんいわく「記録したり、本にしたり、こういうことをちゃんとやっておかないと、私たち何やってるんだろうってなっちゃいますから(笑)。言い出しっぺは高橋先生ですね」とのこと。事務局を担当する田島明美さんも「そう。会報も記念誌も県連(新潟県民話語りグループ連絡協議会)設立も、すべて高橋先生の壮大な夢というかビジョンがあって。あの世で『ふっふっふ。俺の思うようにみんなが動いてらぁ』と思っているかも」と笑います。

民話を語りたい人、聞きたい人が
お互いに語り合う例会も大賑わい
例会は第2水曜と第4土曜の月2回、長岡市幸町のさいわいプラザで開催されています。2月11日の例会には20人以上の会員が集いました。
まずは事務連絡。来月に予定されている「出前語り」の語り手を募り、事務局の田島さんが「3月8日の図書館、どなたかおふたり、いかがですか?」などと呼びかけると、「はい、私やります!」と次々に手が挙がってスムーズに決まっていきます。活動報告では、先月の「出前語り」担当者が当日の様子について発表しました。
続いて、4、5人のグループに分かれて「語り合い」の時間です。自分自身が語るのが楽しいだけでなく、語りを聞くのも大好きという会員同士、新しく覚えたお話を語ってみたり、昔の言葉や方言の意味を尋ねてみたり、雑談もまじえてお話に花が咲きます。

この日は、ベテラン会員の倉地祐子さんによる「語りつくし」がありました。民話の会設立から2年後くらいに加わった倉地さん。講座で語りを聞き「大人も楽しめる話があるんだ」と驚いたことが入会のきっかけだったそうです。どのように民話と関わってきたのか、途中にいくつか民話の語りを入れながら1時間ほどお話ししてくださいました。

倉地祐子さんの語り『八百比丘尼』
倉地さんは伝説好きで、こんな経験をされたそうです。 「あるとき、角田山登山の帰りに、寺泊野積で宿を営んでいる高津家を訪ねました。800歳まで生きた『八百比丘尼(やおびくに)』の生家といわれています。中に案内していただくと、お仏壇の隣に比丘尼の祭壇があり、囲炉裏端でおばあさんからお話を聞きました。野積には彌彦神社祭神の天香山命(あめのかごやまのみこと)の奥方、熟穂屋姫命(うましほやひめのみこと)を祀った妻戸神社があって、こういう土地だから伝説が生まれたのだな、おもしろいなと、そこから伝説にハマってしまいました。では、比丘尼の話を聞いてください」
倉地祐子さんの語り『人間の一生』
「長岡に住んでいた昔話の語り手、笠原政雄さんの『雪の夜に語りつぐ』に載っていた話を元に語ります。聞いてください」
倉地祐子さんの語り『松之山鏡』
「入会したころは越路の高橋ハナさん、小国の鈴木ゆりこさんなど、伝説の語り部さんの話を直接聞くことができました。力強さや華やかさはないけれど、訥々とした語りが耳に心地よく、情景が目に浮かぶんです。それが本当の語り部さんで、私はまだまだ“語り手”だなぁと思います。これは、鈴木ゆりこさんの語りを聞いて覚えた話です」
倉地祐子さんの語り『幽霊になった女房』
「語り部さんだけでなく、会の先輩や仲間が語るお話にも、なるほどなと学びたいことがいっぱいあります。語るのが本当に楽しくて、あちこちで語らせてもらっていて、神田のお祭りや郡山市の復興民話祭で語ったこともあるし、貴重なたくさんの思い出が私の宝物になっています。私の語りは昔話集や伝説集、市町村史、お寺に行って聞いた話などを元にしていて、長い話や硬い表現はそのままでは難しいので、場面を思い浮かべながら、自分の言葉で語り直しています。これは、私が初めて語る話です」
倉地祐子さんの語り『長岡甚句の話』
「こういう話を文章で記録するのはとても大事ですが、やっぱり語り継いでほしいなという思いが強いです。そして、民話は語る人と聞く人が一緒になって楽しむことが大事。語った後に手遊びをすることもあるし、最近は一緒に歌いましょうということもあります 。最後に、このお話を聞いてください」
最後はみんなで「ハァヨシタヨシタヨシタヨシタ」と地元の民謡『長岡甚句』を歌って、和やかな雰囲気の中、お開きとなりました。

倉地さんは「私はもう80歳を過ぎましたが、民話は元気の源です。ときどき言葉を忘れることもあるんですけど」と笑います。これからやってみたいこととして「たとえば悠久山公園をつくった令終会とか、努力してくださった人たちの実話も語っていきたいなと思います」と語ってくれました。
民話の会のみなさんは、たくさんのお話をいったいどうやって記憶するのでしょう。青柳さんと田島さんにも聞いてみました。
青柳さん「覚えるといっても、そんなにきっちりではなく、ストーリーは変えずに、その場の雰囲気を感じながら語っています。子どもならわかりやすくなるように工夫しますし、毎回まったく同じじゃないんですよ。本を読んだとしても、自分の好きなように何回か書いてみて覚えますが、書かない人もいますね」
田島さん「入会前はみなさん『私は覚えるのは無理です』とおっしゃいますが、なぜか会に入ると語れるようになるんです。語れなくてやめた人は1人もいません。居続けるとなぜか語れるようになっていくし、語りたくなっていく。『どうやったら覚えられるの?』という人には『まずは入会してください。そして居続けてください』と伝えます(笑)」

青柳さん「やはり、自分の故郷に関係のあるお話に興味を持つ方が多いですね。なんの思い入れもなかったのに『こんな話が伝わっているんだ』と見直す気持ちになる人もいます。新しく入られた方もけっこう積極的に『出前語り』に『はい、やります』と手を挙げてくださって。古い人たちと一緒に行って、1回やってみると『なんだ、こんなもんか。これならできるな』と思うみたいですよ」
田島さん「ベテランさんの中には、その場に行ってお客さんの顔を見て『今日はなんにしようかの』と言いながら、語るお話を決める人もいます。お話の結末を変えるのはいけないけど、途中は飛ばしたり盛り込んだりして変えてもいい。自由なのが民話のいいところです」
ほかの団体と交流し
ふるさとを語る仲間を募集中
長岡民話の会は会独自の活動のほか、他団体とのコラボレーションにも熱心で、あちこちから声がかかります。たとえば、三島地域で2026年6月に開校したばかりの市民大学「かんもす大学」。明治20年創業の味噌蔵、柳醸造内にオープンしたYANAGI MISO MUSEUMで2月28日にプレイベントが開催され、招かれた民話の会が味噌に関連する話や三島にまつわる話をしました。

受付で振る舞われた味噌汁を参加者が楽しむ中、田島さんが『味噌買橋(みそかいばし)』(正直者の若者が夢のお告げに従い、味噌屋の前にある「味噌買橋」へ行き、宝物を見つける話)を語り、ラストをアレンジして「その味噌屋さんの名前は確か、柳醸造といったような気がいたします」と結ぶと、ミュージアムが笑い声で包まれました。
佐藤さんは『猿塚・経塚(さるづか・きょうづか)』、小林さんは『蛇逃(じゃんげ)の滝』を語り、「昔はこんなふうに家で味噌を作っていた」「集落で集まって、みんなで仕込んでいた時代があった」「味噌おにぎりはこんなだった」など、味噌談義に。民話の中に保存されていた昔の暮らしが、参加者一人ひとりが持つ土地の記憶を呼び覚ましていきました。
民話を愛する仲間が集う会は長岡以外にも、県内各地にあり、2007年に「新潟県民話語りグループ連絡協議会」を結成。当時は8グループ、177名でしたが、現在は11グループ、205名に増え、長岡のほかに佐渡、新潟、黒埼、月潟、見附、安塚、柏崎、小千谷、三条、魚沼で、それぞれ活動しています。2025年には佐渡大会が行われ、2027年は小千谷大会が予定されているとのこと。
また、2022年1月に発足した「越後ながおか語り座ネット」では、長岡市内で活動する紙芝居、朗読、瞽女唄、わらべ歌との5つのグループ合同で公演を開催し、会を超えたつながりも生まれました。毎月第2日曜にアオーレ長岡のシアターで2グループずつ輪番で公演しています。
そんな長岡民話の会では、いつでも仲間を募集中です。興味のある方はぜひ一度、語りを聞いて、参加してみてください。会員のみなさんの話を聞くと、多くの方がひょんなきっかけで参加され、民話の奥深さに魅了されているようです。
「市政だよりにお知らせがあって、昔話を聞く会だと思って行ってみたら騙されました(笑)。でも、聞いてるうちに語りたくなるんですよ。本で読んでもつまらない話なのに、倉地さんの語りを聞くと『おもしろい!』と思う。そうすると自分も語りたくなる。私は新潟市出身で長岡弁が話せないけど、そこにこだわらなくても自分の言葉でいいんだなと思っています。民話をやってる人はみんな根性よしですよ」(大貫もとさん)
「私は参加して5年目。コロナ禍で切ない時期がありましたが、民話の会の公演を見に行ったとき、みなさんがとても楽しそうで『これはいいな、私もやってみたい』と思い、参加しました。この会のみなさんは働き者なんです。『12時からイベントの準備をするよ』と言われて、行ってみるともう終わってたりしてね(笑)。現在、男性会員は私だけですが、性別問わず気兼ねなくいられる場だと思いますよ」(島岡浩二さん)
「コンプレックスだった、昔からなじんだ言葉(方言)を使っても良いんだ。それどころか、なつかしがって喜んでくれる人がいるということがとても心地よく、今に至っております。私は伝説が好きです。地域を見わたすと石があり、池があり、地蔵様などがあり、それぞれにいわれがあること、地元の歴史書を見ると、すとんと胸におちます。私達の住む所の昔からの言い伝えを後世に語り継いでいきたいと思っています」(佐藤眞知子さん・アンケートより)
「民話の世界に足を踏み入れたことで、昔の人々の知恵や生活を感じるだけでなく、自分自身の新しい側面にも気づくことができました。民話を語ることは単に昔の物語を伝えるだけでなく、その物語を通じて、私たちが今生きている社会や自分自身についても考える機会を与えてくれます」(和田多紀子さん・会報第42号より)
「言葉だけで場面や人の気持ちを想像していく。今はそういう機会が少ないような気がするから、お話をいっぱい聞くのはいいことではないかしら。ひと昔前の話だからとげとげしくなく、なるほどなという話になっているんですよね。英語もいらない、ピアノのお稽古もいらない、お金もいらない。その気になれば明日からできます。図書館で本を借りて、『これ、おもしろいな』という話を語るだけ。そんな趣味ですから、ぜひ気軽に始めてほしいです」(青柳さん)
民話は事実の記録ではなく、想像の物語。けれど、その中には昔の自然や生活の豊かさと厳しさ、いまほど物も情報も溢れていなかった時代の暮らしの様式や人情の機微など、本当にこの土地に生きていた数えきれない人たちの息吹が残されているものです。ショート動画が氾濫し、AIの進化が加速する現代において、人が語る声を聞いてその時代に思いを馳せ、それぞれがイメージを思い描き、物語の世界に浸る豊かさを感じました。
Text: 松丸亜希子 / Photo: 池戸煕邦、松丸亜希子
長岡民話の会

電話番号
090-5797-5719(事務局)
イベント予定
長岡民話の会最大のイベント「長岡民話百物語」開催! 9月24日(木)10:00〜19:00・25日(金)10:00〜17:00、アオーレ長岡・市民交流ホールA。県内8グループの語りの会も参加し、2日間にわたり100話を語ります。入場無料、入退場自由。



