「打ち上げ、開始でございまーす!」──知れば楽しさ倍増、長岡花火の“七不思議”
2017.10.22
毎年8月2日と3日に新潟県長岡市で開催されている長岡まつり大花火大会。大迫力のスペクタクルと共に、「打ち上げ、開始でございまーす!」という、ふんわりしたイントネーションのアナウンスも印象的です。しかし、見ているうちに「誰がどこでアナウンスしているの?」「花火やスポンサーを紹介する原稿は誰が作っているの?」「お金を払えば花火のスポンサーになれるの?」など、次々に疑問が湧いてきました。
そこで、そんな数々の謎を解明すべく、裏方として奔走する方々──アナウンサー、放送担当者、長岡花火財団のみなさんに取材を敢行しました。華やかな花火大会の舞台裏を知れば、来年がもっと楽しみになるはず。長岡花火のトリビアあふれる座談会の様子をお届けします。
謎1
アナウンスはどこで放送しているの?
安藤さん(花火財団)「右岸(川東・長岡駅側)の大手大橋と長生橋の間にある『右岸警備本部』です」
二ツ家さん(放送担当)「やぐらを組んだ上にコンテナハウスを置いて。そのプレハブの建物の中に警備と放送、主催の長岡花火財団という中枢機能が集まっているんです。花火大会の1週間ほど前に建物ができて、終わったら直ちに撤去します」
長岡まつり大花火大会アナウンスの様子はこちらの動画をご覧ください。出典:「長岡まつり2017」DVD(長岡花火財団)8月2日大花火大会
謎2
「打ち上げ、開始でございまーす!」
小林さん(アナウンサー)「このフレーズはいつからなのか……。私がアナウンスを担当するようになったのが2001年なので16年目になりますが、私が子供のころからこれを聞いているんですよ」
小林さんによる「打ち上げ開始でございます」の音声はこちらをどうぞ。
小林さん「だいぶ前ですが、『開始でございます』と『開始です』が混在していた時代もあったんです。『ございます』は独特のフレーズですから、『です』のほうがストレートでシティ派な感じもして(笑)。だけど、花火のスポンサーさんにしてみたら、『ございます』と『です』でなにか区別しているのかなと思われたかもしれませんね」
二ツ家さん「『です』が耳に残らないという人がけっこういて、『です? ございますじゃないの?』と訊かれたりもしました」
小林さん「それで、長岡独特の『ございます』がいいねということで統一したんですよね。昔は左岸に放送席があり、ラジオDJのように掛け合いで花火を紹介していたこともあったんです。テレビの中継だと成り立つのですが、長岡花火のトランペットスピーカーでそれをやると聞きづらいということもあり、いまのように読み上げるスタイルになりました」
安藤さん「ただ、『打ち上げ開始でございます』というフレーズについては、いつ始まったのか、どれだけ調べてもわからないんですよね。どなたに訊いても『子供のころからあった』という回答しか得られなくて。放送開始当初からあったようです」
小林さん「私は小学校6年生から長岡で暮らしていて、ずっと花火大会を見てきました。前任の方のころは私もアナウンサーをしていたので、すごいなーと思ってアナウンスを聞いていて。まさか自分が携わるなんて想像していませんでしたから、最初はものすごいプレッシャーでした。噛まずに言えるんだろうかと。初年度は緊張して現場に行きたくなくなってしまって(笑)。始まってしまえば、あっという間なんですけど、やり始めて3、4年くらいは、もう7月くらいからブルーになってきて……」
二ツ家さん「しかも、アナウンス原稿に誤りがないか直前まで何度もチェックするから、台本がなかなか上がってこないしね(笑)」
謎3
その台本は誰が書くの?
二ツ家さん「打ち上げ前に読み上げる原稿は、スポンサーである企業の方と長岡花火財団とで相談して決めています。以前は、スポンサーさんの想いや打ち上げたい花火についてお話を伺う中で、ストーリーを作り、タイトルを作るということを私の父がやってきました。現在はスポンサーさんが『こういうものにしてほしい』という原稿を、当日の放送に適した言い方や内容、長さになるよう相談し、最終的に調整していきます」
安藤さん「極端に長いとか、そういうことがなければ、基本的にはスポンサーさんの想いを伝えるものになればと。しかし、スポンサーさんの想いがたくさんあって、なかなか決まらず、けっこうギリギリまでかかってしまうことも……」
二ツ家さん「会社のPRの機会にしたい、想いを伝えたい、ただ花火の紹介をしたいなど、いろいろな考え方があると思うんです。どれが正解ということはないので、スポンサーさんが考える柱の部分を大事にしています。目的は原稿を読むことではなく、花火を上げることという共通の理解がありますね。
ずっと昔から変わらない紹介文の企業もあるし、周年を迎えられたり、追悼であるとか、テレビのCMを取り入れたり、その時々の新しい話題を入れていくこともあります。台本に関して、いちばん苦労しているのは小林さんですね。当日の進行上、『巻いて、巻いて!』と短時間で読んでもらっている場面もあるので。だんだん放送ブースの雰囲気がギスギスしたりもして(笑)」
二ツ家さん「私が放送担当として全体を管理して、会場の様子や煙の状態などを見ながら小林さんにキューを出しているのですが、時間が押してお客さんが帰りの新幹線に乗り遅れちゃいけないとか、そういうことも含めて、いろんな要素がありまして。秒単位で時間を計り、進行を見ていきます」
謎4
アナウンサーの小林さんはどんな人?
小林さん「元々モデルをしていたのですが、イベントで出会った人に勧められて東京でナレーションの勉強をしたんです。その後は会社に所属し、モーターショーなど展示会のナレーターコンパニオンなどをやっていました。その後長岡に戻り、いまはフリーランスのアナウンサーとしてイベントのMCなどをしています。この夏も、各地のお祭りに行っていましたよ。
花火大会のアナウンスは、前任の方がオメデタで、ちょうど花火大会のときに臨月を迎えるということで、二ツ家さんのお父さんが私に声をかけてくださって。前の方と声が似ているということだったんですけど、けっこう急なお話でした」
謎5
当日の放送現場の様子は?
二ツ家さん「私は朝8時30分くらいから現場に入って、事前の注意喚起放送などの管理をしています」
小林さん「私はお昼くらいに入ります。16時ごろから台本の読み合わせをしながら、『○時になったので○席を開放します』といったアナウンスをします」
二ツ家さん「こうした花火開始前のアナウンスの量もけっこうあるので、そちらは録音したものを使う場合もあります」
小林さん「前はすべてお昼からアナウンスしていたんですけど、本番が始まる前にヘトヘトになってしまって。緊張以上に疲れが……。なので、事前アナウンスについては、だいたい言うことは決まっていますから、収録できるものはお願いして、いまの形になってきました」
二ツ家さん「だけど、少しはしゃベってないと本番でいきなりしゃベれないということもあるし。喉がうるおってないとダメなので、少し慣らしておかないといけない。なので、花火開始前のアナウンスは、録音と生で読んでいる分とが混ざっているんです。あまり知られていない話なので、すべて生で読んでいると思っていらっしゃる方も多いかもしれませんね」
安藤さん「平原綾香さんの『Jupiter』もそうですね。ご本人がそこで歌っていると思われている方もいらして。『今年も歌ってくださってありがとうございます』って、たまにお手紙をいただきますよ」
二ツ家さん「えーと、あの、ただボタンを押しただけなんです(笑)。夢を裏切ってしまって申し訳ないですが」
小林さん「台本のほうに話を戻すと、今年は花火大会前日の8月1日に台本が出来上がったので、ほぼ初見で読むことになりましたね(笑)」
二ツ家さん「なのに、『ここは抑揚をつけてね』とか『この間(ま)を忘れるな』とか、当日の現場で私が言うんです(笑)」
二ツ家さん「打ち上げ前のジングルは、オリジナルじゃないんです。これも夢を裏切るかもしれませんね(笑)」
小林さん「一時的に変えたりしたこともあったと思いますが、やっぱりこれが落ち着くと、元に戻したんですよね」
謎6
誰でもスポンサーになれるの?
安藤さん「スポンサーさんはとても大切ですが、基本的にはどなたかが『もうやめます』とおっしゃらない限り、残念ながらもう枠がないんです。現状で時間がギリギリなので、これ以上は打ち上げることができなくて。しかし、毎年打ち上げていただいているスポンサーさんは、景気の良し悪しに関係なく、継続して打ち上げることが最も大切であるということを感じていただいているようですね」
二ツ家さん「長岡花火の打ち上げが失敗になることはほとんどありません。『黒玉』といって、上がったはいいけど開かないで落ちるとか、そういうことが極めて少ない。順調に上がって当たり前の世界ですからね。ただ、今年はプログラムの中で、珍しくトラブルがあって、打上げ順を変更せざるを得ない状況となり、少しあせりましたね」
安藤さん「そうですね。トラブルによって順番が変更となった花火を再度打ち上げる時は『おお、再チャレンジ!』『がんばれ!』みたいな感じで、会場内が謎の一体感に包まれました(笑)。長岡花火は、主催者、花火師、そして観客が一体となって打ち上がる、みんなの想いが込められた花火なんだと改めて感じましたね」
小林さん「トラブルが起きるともちろん現場はバタバタですが、今年のケースは最終的に打ち上がったからよかったですね」
安藤さん「花火師からの状況報告を受け、次の花火に行ったんですよね」
二ツ家さん「あのとき、『うわー!』って、私の頭の中はすごいことになってましたよ。その瞬間に台本の原稿をいくつか考えないといけないわけですし、どのタイミングで判断するか。状況がわからないと放送は入れられませんが、タイミングというのがあって。急なシチュエーションにも対応できるようにそういう文面も用意はあるのですが、すべてに合うわけじゃないので、その場でわーっと走り書きをして、小林さんに『これ読んで!』と渡して今回は対応しました」
小林さん「トラブルがあったとしても、現場は最善を尽くすということですね」
安藤さん「これまで延期はありましたけど、中止になったことはないですよね」
小林さん「設営していた観覧席が大雨で流れてしまったことがありましたね。仮設トイレも流されて。しかも7月31日という、長岡まつりの直前に。あのときはピンチでしたね。徹夜で復旧して、決行できましたが」
二ツ家さん「アナウンスでは地震などの災害が起こるかもしれないということも、リスクとして常に頭の片隅に入れておきます。放送の設備が機能し、小林さんのマイクが生きている限りはなにかしらの発信ができて、誘導ができますから。安全は常に担保しておかなければいけないし、そのとき誰に確認するのか、組織系統は事前にレクチャーしてもらって、リスク管理について念入りに準備をしているので、長岡花火は安心して見ていただける花火大会だと思います」
謎7
スポンサーは好きな花火が選べるの?
安藤さん「ご要望はお伺いしますが、みなさんが三尺玉をと言われても困ってしまうので、なるべくご希望に近いものという形でご対応しています。ぜんぶ『フェニックス』というわけにもいきませんので(笑)。協賛すれば必ず上げられるということではないんです。以前は個人がスポンサーになる『メッセージ花火』があったのですが、現在はもうやっていません」
二ツ家さん「しかし、この仕事をしていると、花火をゆっくり見られないですね。ひとつ上がれば次の準備。上がったのを確認したら『はい、次』。原稿をチェックして、次の曲、構成、時間の調整などをやらないといけません。唯一、フェニックスの最初の1分くらいは見に行こうかなという程度です。
語りかけるようにじっくりと花火の紹介文を読む花火大会は、長岡花火くらいではないかと思います。だから、みなさんに聞いていただけるし、伝えたいことも生まれてくる。そこで小林真弓というアナウンサーのスキルが生きてきます。早く読ませても、きちんと相手に伝わる音が出せるというか、しゃべり方をしていただけるのがすごいところ。なので、安心して巻けるというか(笑)。『打ち上げ、開始でございまーす!』という、あの抑揚はなかなかつけられませんよ、普通は」
小林さん「こんなに褒めていただけるなんて……(笑)。長いことやっていますが、明らかに読む原稿量が増えているんですよね。当初に比べたら倍くらい。放送設備も進化しているので、以前はゆっくり言わないと、ウワンウワンと音が流れてしまって、よく聞こえなかったんです。いまはすばらしいスピーカーがありますから、早いスピードでしゃべっても、ちゃんと聞こえる。ナレーションのリズムが早くなると私の気持ちも入るので、スムーズに聞いていただけるかなと思います」
二ツ家さん「技術も進化して、音響さんが心地よく花火を見られるように設定をしてくれているんです。あの会場で、あのミュージック付花火をみんなでじっと見られる環境というのは特別ですよね。
花火大会の放送を担当するアナウンサーというのは、長岡の人にしてみたらすごいポジションで、いつか私もやりたいと思っている人もいるでしょうけど、小林さんが“死ぬまでやる”と言ってますので」
小林さん「そんなこと言ってませんよ(笑)」
二ツ家さん「東京オリンピックに当たる年の長岡花火は、週末にかかってきます(2020年8月2日は日曜日)。外国からの観光客もさらに増えると思うので、いよいよ、放送にも英語を取り入れようかな(笑)」
小林さん「ええー!勝手に決めないで!(笑)」
Text: Akiko Matsumaru
Photos: Hirokuni Iketo
長岡まつり大花火大会
日 時
毎年8月2日・3日 ※雨天決行
問い合わせ
0258-39-0823(一般財団法人 長岡花火財団)