春の訪れを告げるサクラマス。「魚のまち」寺泊のマス漁を追う
「サクラマス」という魚をご存じでしょうか? 川で生まれ、海に下り、三年目に産卵のため生まれた川に戻ってくる、サケ科の魚です。春の訪れと時期が重なることや、またその身の色からこの名で呼ばれるこの時期のマスは脂が乗っていて大変な美味として知られ、古くから日本各地で愛されてきた魚であり、富山県の「マス寿司」に使われる食材としても全国的に有名です。
しかし、近年は環境の変化から数が減り、年間漁獲量は全国で毎年約1000tほど。全国各地の市場では毎年、高値で取引されています。希少価値の高さゆえに、「幻の高級魚」とも言われるとか。一般に出回ることは少なく、多くは料亭などに卸されるといいます。
いったい、その漁はどのようなものなのでしょう? 新潟県長岡市の漁港、寺泊で行われているサクラマス漁を追いました。
海の漁だけでなく、川の漁もある寺泊
日本海に面する、長岡市寺泊地区。全国各地の新鮮な魚介類が集まる「寺泊魚の市場通り」は別名「魚のアメ横」とも呼ばれ、全国から多くの観光客を集めています。
そんな魚のまち・寺泊は、4月から6月が漁の最盛期。ちょうどその頃に行われるのが「マス漁」です。海の漁の印象が強いかもしれませんが、寺泊には信濃川の分流である大河津分水が日本海に流れ込む河口があり、川の漁も行われるのです。
大河津分水路は、水産資源保護の観点から、基本的に一般の釣り客の立ち入りは禁止になっています。県の厳格な管理のもと、定められた漁場で、特別な許可を受けた人しか漁を行うことができません。
サクラマス漁の期間も毎年3月16日から6月15日までと決められています。
「寺泊を訪れる一般のお客さんには知られていないかもしれないけれど、『寺泊のマス』というと、少なくとも料理人の間では有名だったと思う」とは、ある漁師さんの言葉。
現在でも春になると、長岡市の割烹・日本料理店などでお目にかかることができます。
漁場・大河津分水路へ
マス漁が行われるのは、町の東部にある「大河津分水路」の河口付近。良好な漁場が点在する信濃川の恩恵を受け、分水路にも豊かな漁場が存在しています。
今回、マス漁に同行させていただいたのは、寺泊で40年以上にわたり漁業を営むKさん。
いつもは沿岸部を中心に活動する「海漁師」として活動しています。夏にはサザエや岩ガキ、冬にはタコ。そして春にはワタリガニ、スズキやヒラメ、そして、3~6月の定められた期間だけ、大河津分水路の漁場で川マスを獲ります。
河口付近にある係留場から、エンジン付きの小型船を繰り出すKさん。
2018年は年明け早々から悪天候が続きました。そのことは、少なからず漁にも影響しているといいます。
「いやー、どうでしょうね。今日は、まったくわからんですね」
取材日は5月中旬。本来なら気候のよい時期ですが、このときは前日まで降り続いた豪雨によって、大河津分水路の水位は通常よりも上がり、いつもより濁っている様子でした。
サクラマスは、サケ科の遡河性魚(さくかせいぎょ)類に分類されます。「河を遡る魚」の名の通り、産卵に伴い、海から河を遡っていく習性をもっているため、それを利用して、川に入ってきたところを狙います。
マス漁にはいくつか漁法がありますが、今回は「刺し網漁」という漁法を用います。狙う魚の大きさに応じて網目の大きさを決めるため、あたかも網に魚が突き刺さるような状態で獲れることからその名がついたこの漁法が、日本海側のマス漁ではもっとも普及しているのだそうです。
自分の漁場に設置していた網を手際よく手繰り寄せ、網にかかっているかどうかを確認していくKさん。網を仕掛ける場所と、網の操り方こそ、まさしく長年の経験がモノをいう世界です。
川の流れ、魚の習性などを読み取り、狙う魚の先回りをし、きびきびとした動きで網を巻き上げていきます。
「(川マスを獲る漁師は)今ではすっかりいなくなっちゃった。寺泊では、私を含め4〜6名くらいかな」
「かつては『流し網』で(漁を)やってたんだけど、もう、すっかりやらなくなってしまったね。今じゃあ刺し網で一点集中さ」とKさん。
流し網とは、その名の通り川の流れに合わせて網を流し、一気に魚を獲る漁法です。かつては今と比較にならないほどのマスがいたため、ときにはびっくりするほどの量が一度に揚がることもあったのだとか。
今回の漁では、Kさんの他に高齢の漁師さんがひとりだけ。Kさんの漁場とは川を挟んで反対側の場所で、黙々と網を繰っています。
まったく無駄のない動きで漁場内の網を次々に回収して回ると、あっという間に1時間以上が経過していました。
「ダメだな。カメラ回しているから(恥ずかしがって)マスが出て来ないんじゃないか」
Kさんの同僚のマス漁師さんが、笑いながら網を回収しはじめます。
残念ながら、この日はマスにお目にかかることはできませんでした。
競りにかけられるサクラマス
取材当日は残念ながらマスの姿を見ることができませんでしたが、後日、競りに出されたサクラマスを見せていただきました。サクラマスは競りでは3kgくらいの大きさのものだと、5月には一尾15,000円~20,000円で落札されることもあるのだそうです。
でっぷりとした立派な体には、脂が蓄えられています。熱を通しても身が硬くなりにくいため、焼き物、煮物など様々な料理でおいしくいただくことができます。
漁師さんの何人かにおすすめの食べ方を伺うと、塩焼きをはじめとする「焼き」という答えだけが返ってきました。
「それだけで美味しい魚だからね。塩をつけるだけで美味しいけれど、そのままでも(塩をしなくても)美味しいんだよ」
そう話す漁師さんの表情は、自分たちもマスを待ち望んでいることをうかがわせるものでした。
「寺泊では、だいたい毎年『三条祭りまでの時期が美味い』というのが(漁師の共通認識として)ありますね」とKさん。
三条祭りとは、毎年5月中旬、長岡市に隣接する三条市で開催される伝統行事。三条祭りを過ぎてから漁獲されるマスは、皮が硬くなり、川魚特有の臭いもでてきてしまうことが多いのだとか。まるで桜の見ごろのように、限られた季節にだけ味わえる魚であり、それゆえに食通たちを魅了してきた魚なのだということがわかります。
魚の味と鮮度を保つ「神経締め」
競りを見に訪れた寺泊漁協で、「魚のまち」ならではの技を見せてもらいました。「神経締め」と呼ばれる技法です。
神経絞めとは、エラを切って血抜きした魚の頭にアイスピック等で穴をあけ、細いワイヤーや針金などを通し、神経を破壊すること。これにより、脳が「死んだ」という信号を体に送るのを阻止することができ、死後硬直を防いで味や鮮度を保つことができます。
価格もさることながら、できるだけ良い状態を保ってあげたいという漁業関係者の思いで、寺泊で水揚げされる魚には可能な限り神経締めを施しています。
「獲れた魚を大切にする」という漁師さんたちの気概が、ここには息づいていました。
海の幸への感謝が根付く土地
町を歩くと、寺泊が「魚のまち」であることを物語る場所があります。
たとえば、「白山媛(しらやまひめ)神社」は、そのひとつ。地元の方からは「白山様(はくさんさま)」とも呼ばれる、寺泊の総鎮守です。
今もなお行われている祭事を見れば、古くから寺泊の漁と密接に関わってきた神社であることを伺わせます。
白山媛神社の末社のひとつ「二面神社」で毎年9月に開催される供養祭「大海供養」は、通称「カニ供養」とも言われており、タコを獲るために生きたまま餌にされるカニを憐れみ、「感謝を忘れるな」という気持ちを新たにする、という内容なのだそう。
豊漁祈願や供養祭では、漁師衆が大勢参加し、神楽舞の奉納を行なうなど、かつては大変な賑わいであったのだとか。
今では人口減少の影響もあって規模が縮小しているそうですが、「神様への感謝」「魚への感謝」は変わらず持ち続けているといいます。
古くからある祭事を守るとともに、現代の技術を使って魚を大切に扱う――。
寺泊には「魚のまち」としての伝統がそこかしこに根付いている印象を受けました。
今回、マス漁を取材して印象的だったことがありました。「マス」の話を聞こうとすると、漁師さんをはじめ、漁協の方、魚市場の方など、漁業関係者の多くが明るい表情になるのです。寺泊における漁の最盛期は春から初夏――。その幕開けを告げるマスは、「魚のまち」寺泊が待望する魚のひとつということが、まちの人々の表情に表れていたように思います。
Text and Photos: Junpei Takeya