圧倒的情報量&超絶技巧の手描き文字ッ!サービスエリアの神ポスターの作者は誰?
関越自動車道の越後川口サービスエリア(SA)。
関東地方と新潟県とを結ぶ交通の要衝にあり、多くの高速道路利用客が足を休める。東京と新潟を往復する高速バスの休憩所としても利用されている。
そんな越後川口SAに、その圧倒的完成度から見る人を惹きつけてやまない、ある名物ポスターが存在する。
越後川口SAは、中規模程度のなんの変哲も無いサービスエリア。果たしてこんなところに……? と思いつつ、そのポスターがあるという、インフォメーション横の掲示スペースに近づく。
どうやらこれらしい。
もう少し近づいてみよう。
これは……
これは……すごい!
まず目に入ってくるのが、その圧倒的な情報量だ。
文字による観光情報の案内がびっしりと敷き詰められている。
そして、それだけでなく字面に雪だるまの模様があしらわれているなど、遊び心も十分。
近づいて見てみると、文字と文字の間が白く塗り分けられており、これによって、雪だるまが浮かび上がっているように見える。
さらに、大胆に文字を色分けしているにもかかわらず、不思議と可読性は損なわれていない気がするという妙技……できる。
さらに拡大してみると、驚くべきことに気がつく。
「雪」の字の中に、なんと雪だるまがあしらわれているのだ!
なんという芸の細かさ……。
見れば見るほど、発見がある。
尋常ではないこだわりぶりの、このポスター。
いったい、どのような方が制作しているのだろうか。
制作者にお話を伺ってみることにした。
なんとスタッフによる手づくり!
ポスターを制作しているのは、越後川口SAインフォメーションに勤務する水落裕子さん。特にアーティストというわけでもなく、通常業務を行う職員さんだ。
ご好意でポスターの制作現場を見せていただけることになった。
まずは、もっとも聞きたかった「圧倒的な文字量」のことからお聞きした。
「新潟県内各地では、毎月とても多くのイベントが開催されていますからね。できるだけ多くの方の目に触れ、足を運んでいただけるきっかけになればいいなと思っているんです」
取り上げる題材は、県内各地のイベント情報が中心。毎月、県内の情報を可能な限り調べ上げ、できるだけ多くの情報を載せるようにしていたところ、自然とこのような形になっていったのだという。
文字情報が増えることで、デザインにも工夫が生まれていった。
「たとえば、同じ色が続いたり、蛍光色だけだと、どうしても目が疲れてしまいますよね。グラデーションをつけたり、微妙な違いをつけるなどすることで、ご覧になるお客様の目がチカチカしないように、ということはいつも心がけています」
それにしても、一つの文字の中でも細かくグラデーションがつけられたりと、やはりところどころに常人離れした技巧を感じざるをえない……。
読みやすさを追求する姿勢は、文字の大きさにもあらわれている。
「漢字は大きく、カナは中くらい、ひらがなは小さく。ルールを統一しているんです」
さらに、グラデーションをつけただけでは、文字がのっぺりしてしまうこともある。そこで、水落さんは文字の端を塗り分けて際立たせたり、全体に陰影をつけることで、適度に立体感を生み出しているのだ。
こうした技術の積み重ねによって、文字情報の多さと読みやすさを両立しているのである。
何せ地域のカレンダーなので、毎年の決められた時期に行なわれるイベントも多く、書く内容自体は毎年それほど変わらない。
そこで、どうしても似通ってしまう内容を、デザインによる工夫でカバーしているのだという。
「ひとつは何かしら新しいことを入れないと、と思っています。毎回毎回同じでは、新鮮味がないですからね。まずお客様の目を引くこと!そして、いつも楽しみにしてくださるお客様には、もっと楽しんでいただきたくて。毎回、何かしら工夫できるようにと、常にアンテナを張っています」
制作には、その時々の水落さんの気分や好みが反映されている。
テレビを観ていて思いつくこともあれば、外出先で面白いポスターを発見しては、そこで使われているテクニックを取り入れることもある。日常の何気ない出来事から、興味を膨らませていくのだという。
「すぐに閃く時期があるかと思えば、逆に全く思いつかない時期もあったりします。いつもすぐ閃いてくれたらいいのですけれど、なかなかそうはいかないですね。ときには何も思い浮かばず、時間ばかりが経ってしまうこともあります」
制作に使用するのは、市販の画材だけではない。「これは使える!」と思えば、包装紙でも何でも使っているそうだ。
月ごとにテーマカラーを決めるのがポイント
水落さんが文字以上にこだわっているのは、配色だ。春なら春らしく、秋なら秋らしく。月ごとにテーマカラーを設定して、それに合わせて制作している。
使うのは、水落さんが「私の全財産」と話す道具箱だ。中には絵の具、サインペンから絵の具筆、カッター、スティックのり、ハサミ、定規なども完備されている。
「たとえば12月だったらクリスマスをイメージして赤と緑、1月ならお正月のイメージで赤・金・黒・紫。3月だったら、菜の花をイメージさせる黄色と黄緑など、中心となる色を考えます。その色と調和させようとすると、配色が決まっていくんです」
独特の配色を生み出すテクニックを大解剖!
彩色には主にポスターカラーを使用する。しかし、どうも普通の塗り方をしているようには見えないところがある。エアブラシを使っているようにも見えるが……。
「特殊な道具はほとんど使っていないんですよ。ポスターカラーを水で溶いて、歯ブラシに含ませ、指先でシャシャッと弾くんです。『簡単スパッタリング』ですね。スポンジや消しゴムをカットして簡単なハンコをつくり、ポンポンと押したこともありました」
基本的には、このようなオリジナルの手法で制作していくのだという。
間違えた際はどうするのだろうか。
「もちろん、間違えることもあります。文字の書き間違えは、画用紙の繊維の性質を利用します。カッターで書き損じをした箇所の表面を削り落とし、書き直すんです」
なお、下り線のSAでは、このポスターはケースの中に掲示される。そのことも考慮に入れて、配色も考えているのだという。
こうしたテクニックの数々は、「学校で学んだことではなく、日々の試行錯誤の中で磨かれていったこと」だというから驚きだ。
インフォメーション内の事務所には、過去に掲載されたポスターが山と積まれていた。取材のために、保管場所から一部を取り出してきてくれたのだそうだ。
「変に真面目なものですから……(笑)気がつけば30年以上も続けてきました」
デジタル化の時代に見えた「手描きの意味」
水落さんが手描きポスターを手がけてきたこの30年間は、個人が手がけるデザインにも大きな変化が生まれていた。その最たるものが、デジタル化だ。
デジタル化の波は、ポスター制作にも押し寄せていた。
多くの制作物が、手軽にハイクオリティの作品が生み出せるデジタルに移行していった。
手書きからデジタルへ。時代の流れが目に見えて進む中で、手描きでの制作にこだわる意味について疑問に思うことがあったという。
「何度もやめようと思いました。社内の簡単な掲示物ひとつをとってもパソコンで作るのが当たり前になっているのに、ポスターだけ手書きで作る意味を見出せなくなっていたんです。あるとき『会社から購入していただいている画用紙のストックが無くなったらやめます!』と宣言して、本当にやめてしまう寸前までいきました」
しかし、画用紙が無くなってしまう直前に、「ぜひ続けてほしい」との声が各所から上がったのだという。
「最近とくに『手描きの方が目新しい』などとおっしゃって、注目してくださる方が増えてきました。お客様の中には、ポスターを撮影したり、『これを作ったのはどなたですか』と聞いてくださるお客様もいらっしゃいます。ツイッターに投稿していただいたり、ポスター談義に花が咲いたりすることもあります。」
サービスエリア内に設置してある「お客様の声」コーナーにはたびたび、ポスターに関する投書がある。それをコピーし、手帳に貼り付けて大切に持ち歩いているという。
「これが私のパワーの源、私のお守りです!本当にありがたいと思っています」
「自分がお役に立てると思うと、嬉しくて。ついつい張り切ってしまいます(笑)」と話す水落さん。彼女を突き動かしているのは、「お客様に楽しんでいただきたい」という真心なのだ。
また、同僚、関係者の応援や、利用者からの声など、多くの支えがあったからこそ、長い間続けることができたのだと付け加えてくれた。
ついつい流し見してしまいがちな行事ポスターにも、これだけのストーリーがあるのだ。
大切なのは情報そのものだけでなく、「どのように伝えるか」「どうすれば伝わるか」を考え続けたその研鑽の過程にある。そんなことを、水落さんの仕事は教えてくれた。長岡を訪れた際は、ぜひ一度、越後川口サービスエリアのポスターに目を向けてみていただきたい。
Text and Photos: Junpei Takeya