デジタルだけど、人と人とのつながりを築く場所。新潟県初の「eスポーツクラブ」を訪ねた

ここ数年、一段と盛り上がりを見せている「eスポーツ」。ゲームの対戦を「競技」としてプレイすることの認知が広がり、中学生の将来なりたい職業ランキングではeスポーツ選手が常に上位にランクインする“子供たちの憧れの職業”となっています。しかしながら、若い世代のeスポーツ人気が加速する一方で、プレイヤーがリアルにeスポーツ仲間と集える機会や場所は、まだまだ限られています。

そんな中、新潟県長岡市では2021年8月に県内初の「長岡eスポーツクラブ」が誕生。ゲーム好きな人たちの間でひそかに話題となっています。今回はまったくの初心者である筆者が、eスポーツクラブとはどんな場所なのか、eスポーツはどのような可能性を秘めているのかを調査するため潜入してみました。

学生が集まるアクセスの良い場所にある長岡eスポーツクラブ。

JR長岡駅東口から徒歩5分。専門学校や予備校が立ち並び、自転車に乗って移動する学生の姿を多く見かけるこのエリアに「長岡eスポーツクラブ」はあります。入口には「FREE PLAY」の看板が掲げられており、現在は誰でも無料で利用できるようです。とはいえ、ゲーム初心者としてはなんだか入りづらい……としばし悩みつつも、思いきって中へ入ってみることに。

大型65インチのモニターに映し出されるゲーム画面が大迫力!

 

落ち着いた照明の室内には、高性能ゲーミングパソコンが全部で10台並んでいます。

訪れたのは平日の午後2時30分頃。放課後に遊びに来たという小学生や中学生、近くの予備校に通う浪人生などがパソコン画面に向かい、ゲームの世界に没頭していました。平日の日中は学生の利用がほとんどですが、夕方から夜にかけての時間帯や土曜・日曜は社会人の利用も多いようです。

小学生の初回来店時は保護者同伴ですが、2回目以降は一人で来てもOK!

長岡eスポーツクラブの利用方法は簡単で、初回来店時に会員登録をするだけで自由にゲームをプレイすることができます。2回目以降はメンバーカードを提示して、利用開始時間を記入するだけでOKです。2022年4月現在、利用料金はいっさいかからず、パソコンに空きがあればいつでも好きなだけゲームをプレイすることができます(混雑時のみプレイ時間は90分)。

クラブ内でプレイできるゲームは様々ありますが、例えば『FORTNITE(フォートナイト)』『Minecraft(Java版)(マインクラフト)』『Apex Legends(エーペックスレジェンズ)』『Valorant(ヴァロラント)』といった人気タイトルは標準搭載で、それ以外のタイトルもインストール可能。利用者は事前にアカウントを取得しておく必要がありますが、まったくの初心者の場合は体験版でプレイ可能のようです。

快適にプレイできる高性能スペックのPCと周辺機器。

驚いたのは、ゲームをプレイするための周辺機器がどれも高性能なこと。1台30万円超えのゲーミングパソコンをはじめ、モニター、キーボード、マウスに至るまで快適さにこだわったセレクト!一脚数万円もするゲーミングチェアは、思わずうたた寝してしまいそうになるほど座り心地のよさでした。新潟県内初のeスポーツクラブは、想像以上にアットホームで落ち着く空間であることがわかりました。

「予備校の休憩時間中、30分間だけ遊びに来ました」と訪れた常連さん。いつもフラッと一人で来ているのだとか。

 

子育て中に復活したゲーム愛から
無料のeスポーツクラブを立ち上げ

長岡eスポーツクラブオーナーのみつるさん。

本業ではお米の販売事業を行う会社の代表をしており、ゲームの楽しさやeスポーツの可能性を長岡にもっと広めたいという想いから、このジムの立ち上げに至っています。県内初のeスポーツ施設はどのような経緯で誕生したのでしょうか?みつるさんにお話を伺いました。

「僕は20年以上前からずっとオンラインゲームをプレイしている、いわゆるゲームオタクです。初期の頃は『カウンターストライク』というサバイバルゲームをよくプレイしていたんですが、プレイヤー人口はまだ300人ほどだったかな。2005年頃は『サドンアタック』というタイトルでeスポーツ大会にも出場したくらい熱中していました。この頃は競技人口が6,000人程に増えて盛り上がりが高まっていくのを感じていましたね」

みつるさんは『サドンアタック』のゲーム内で仲間を集め、一緒にプレイを楽しみ、オンラインでの交流を深めることに没頭。全国のゲーム仲間は学生から社会人まで30人程となり、その中から選抜5人でみつるさんを代表としたチームを結成して、たびたびeスポーツ大会に出場していたそうです。ところが、みつるさんは2011年頃から、徐々にゲームの世界から離れるようになったといいます。

「サドンアタックの世界に『チート』(不正プログラムなどを用いて、ゲームを自分に有利に進める不正行為)が横行していたんです。まじめにゲームをプレイしている側からすると嫌気がさしてしまって……正直、もうゲームは卒業かなと思いました」

その後三人の子供に恵まれ、ゲームとは離れた日々を過ごしていたみつるさん。しかし、長男が5歳になった頃「Nintendo Switchが欲しい」とお願いされたことから再びゲームの世界に舞い戻ることに。「マイクラやフォートナイトを子供と一緒にプレイしてみて、やっぱりゲームは面白いな!と感じました」と声を弾ませます。

サバイバルゲーム「フォートナイト」は年齢問わず遊べる人気のタイトル。オンライン上でチームを組んで戦うことで、ゲームを通じた交友関係が生まれています。

「フォートナイトをプレイして感じたのは、今のオンラインゲームの楽しさは『SNS的な交流』にあるということ。ただゲームをプレイするのではなく、昔よりも人とつながりやすい時代になっているんです。フォートナイトに関していえば、個人大会なら毎日、公式大会も毎週開催されています。それを見て、盛り上がっているeスポーツ業界で『自分も何かやってみたい!』と意欲が湧いてきました」

そうと決まればみつるさんの行動は素早く、本業であるお米販売会社の片腕・ガッテン(プレイヤーネーム)さんに相談することに。実はお二人は仕事仲間であり、ゲーム仲間。eスポーツを普及させたいという想いは共通しています。「正直なところ収益化に関しては課題が残っていましたが、2021年1月にeスポーツクラブの立ち上げを決めて、7カ月後にはオープンすることができました」とみつるさん。現在はひとまずeスポーツの普及を目的としているため、利用料金は完全無料ですが、今後は行政や企業とコラボしながら、事業として作り上げていきたいと語っています。

「たかがゲーム」の考えは大きな間違い!
社会とつながる扉がたくさんある場所

自宅ではパソコンでゲームをしない子でも、Youtube動画で操作方法を覚えたり、感覚的にさわっているうちにマスターしたりと、驚くほどの速さで習得してしまうことが多いそうです。

eスポーツについてほとんど知らない人は、「ゲームなんてやっても将来の役に立たないじゃないか」と、昔ながらのネガティブなイメージを持っている人も多いのではないでしょうか? しかし、みつるさんは「ゲームこそ社会で通用するスキルが身につく」と断言します。

「いまeスポーツ界は驚くほどの広がりを見せています。プレイヤーとして大会で賞金を稼ぐだけではありません。ゲーム実況やスーパーチャットの投げ銭で稼ぐ動画配信者、eスポーツ選手のコーチ、ライバル情報などの分析専門家といった多岐に渡る職業が生まれているんです」

長岡eスポーツクラブでは小学生が初めて来店する場合、親の同伴を必須としています。その際ゲームに関してはまったくわからないという親も多いそうですが、みつるさんは「ゲームに熱中する子のお父さんお母さんにも素晴らしさを知ってほしい」と力説。ただゲームをするだけならそれまでですが、それを通じてどのように外の世界とつながるかということを探求していくことで、あらゆる可能性が広がっていることを伝えたいのだそうです。

お父さんと小学生のお子さんのふたりで長岡eスポーツクラブに通う姿もありました。

「僕も驚いたのですが、長岡eスポーツクラブに遊びにくる小学生で、すでに専用ソフトを使った動画編集ができる子もいるんですよ。今後、ゲーム実況の動画編集を学びたいという学生や社会人向けに、その小学生動画クリエイターを講師に招いて講座を開くというのもおもしろいと考えています。つまりスキルさえあれば、年齢は関係ないんですよね」

また、『フォートナイト』などのサバイバルゲームはチーム戦のため、コミュニケーション力が必須とのこと。報告・連絡を手短に行い、秒単位で時間を有効活用するスキルが求められます。もはやゲームを極めることは、ただの遊びではありません。集団の中でうまく動き、成果を出すために必要なスキル習得の機会だといえるのです。

誰でも安心して通える「第三の居場所」
ゲーム好きを共通項に他者とつながる

「初めての方もお気軽にどうぞ」と看板に掲示されている通り、ゲームについてちょっと気になるというレベルの方でもOK。みつるさんやガッテンさんが優しくゲームの始め方を教えてくれます。

みつるさんがオフラインでつながれる「長岡eスポーツクラブ」を立ち上げたのは、これまでオンラインゲームで様々な境遇の子供たちと出会ってきた経験からという理由も大きいと、みつるさんは語ります。ゲーム配信を行っていると、学校に行かずに日中も参加する中学生、深夜0時を経過しても親が自宅にいないので一人でゲームをしている小学生など、孤独やモヤモヤを抱えた子供たちがたくさんいることに気付きました。そして、ボイスチャット機能を使ってゲーム以外の他愛もない話をするなかで、彼ら彼女らにとって「ゲームが心のよりどころ」になっていることがわかったのです。

「今までオンラインゲームでいろんな子供たちと出会ってきました。学校に行けないひきこもりの子でも、ゲームの世界ではいきいきとしています。でも、そんな子をもつ親は、オンラインでつながる友人の姿が見えないのできっと心配ですよね。だから、オンラインゲームをリアルの場で楽しめる環境が必要だなと思ったんです。実際、不登校気味のお子さんをもつお母さんに『長岡eスポーツクラブに通うようになって、うちの子が明るくなった』と教えてもらったこともありました。嬉しかったですね」

学校や職場と家だけでない「サードプレイス」、つまり第三の居場所があることは人の心に余裕をもたらし、生活を豊かにするといわれますが、ここでもそうした現象が起きているのです。

訪れる子供たちに安心して利用してもらいたいと、みつるさんは明るくフレンドリーに声をかけて「いつでも気軽に来て良いんだよ」という思いを伝えています。

みつるさんは、ゲームを楽しめるオフライン環境、つまり「リアルな場」があることは人間形成上もメリットが多いと考えています。例えば、サバイバルゲームなどでは興奮のあまりチームメイトや相手への言葉づかいが悪くなりがちですが、ゲームの内容がわからない親であればただ「悪い言葉はやめなさい!」と忠告するしかありません。しかし、みつるさんはゲームに熱中するあまり暴言を吐きやすくなる子供たちの気持ちを理解しつつ、みんなが楽しく遊べるにはどうすべきかを考えるための助言ができます。ゲームを長時間続けることで起こる健康被害を防ぐためのプレイ体勢も伝えるようにしているとのこと。モニターとの正しい距離や適度な休憩をとることなど、ゲームによる疲労軽減を意識することも大切だと考えています。

また、オンラインゲームを共通項に、学年や学校が違うさまざまな子供や社会人たちが集まっているので、リアルな友人の輪が広がります。特に休日は『フォートナイト』好きが多く集まり、訪れた人でチーム戦を行うミニ大会が開かれることも。もちろん黙々とゲームに熱中する子もいますが、何度も通って常連になると顔見知りができ、しだいになくてはならない心地良い居場所となっているようです。

行政も注目するeスポーツは
新たなコミュニティ作りの扉になる?

現在は学生の利用がほとんどですが、今後は夜19時以降の営業も検討して仕事帰りの社会人にも利用してほしいと考えているそう。

いま、行政が主体となってeスポーツ事業を運営するケースが少しずつ増え始めています。例えば群馬県では県主催のeスポーツ大会を開催しているし、京都府では産学公連携でeスポーツサミットを開催。北海道旭川市ではeスポーツの拠点施設を整備中で、自治体ぐるみでまちを盛り上げるための起爆剤として期待されているのです。

新潟県については県内初のeスポーツクラブが誕生したとはいえ、まだまだ普及にはほど遠い状態。みつるさんの目標は「まち全体で子供も大人もeスポーツを楽しめる環境をつくること」だといいます。

「長岡市にもeスポーツ部をつくってください!」と大まじめに提案するみつるさん。まだまだ未知の世界と思われているeスポーツを身近なものにしていきたいと語ってくれました。

「子供だけではなく、社会人もeスポーツを部活のように楽しめたらおもしろいと思うんですよね。市役所や各企業にeスポーツ部を設けて、企業対抗戦をしたら絶対に盛り上がりますよ!一種の異業種交流会みたいなものですね。そのためには『eスポーツについて知りたい!』と興味を持っている人にPRしていく必要がありますし、長岡eスポーツクラブが魅力発信の拠点になっていけたらと思います。世代の垣根を超えてeスポーツを楽しめたら、まちはもっと楽しくなるはずです」

eスポーツとはただのゲームではなく、その名の通り、スポーツのように万人が共通して盛り上がれるツール。これまではクローズドな世界にあるマニアックなものと捉えられがちでしたが、いまや誰もが気軽にその世界へ足を踏み入れることができるようになり、そこで出会った人々との間で地縁・血縁とはまた違ったコミュニティも誕生するなど、他者や社会とつながるための重要な扉になっているのです。

長岡市におけるeスポーツの普及活動は、まだ始まったばかり。大人や子供を問わず楽しめる環境を築くべく、みつるさんの奮闘はこれからも続きます。

Information

長岡eスポーツクラブ
[住所]新潟県長岡市台町1-3-13
[電話]なし
[営業時間]13:30~19:30
[定休日]火曜
[利用料金]無料(2022年4月現在)
[Twitter]@nagaoka_esports

 

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