パワースポット王国をPRするUターンデザイナー。その眼に映る「これからの観光」とは?

2020/11/14

新潟県長岡市の山間地にある栃尾エリア。名物の分厚い油揚げ=“あぶらげ”で有名だが、実は、珍しい寺社の宝庫としてマニアに認知されていることをご存じだろうか?小さなまちのあちこちには多数の神社が鎮座しており、上杉謙信が初陣の頃に拠点にしていたゆかりの地であったり、受験生がご利益を授かるための珍しい作法があったり、はたまた男性器の御神体を祀っていたり……。それぞれが唯一無二の個性で注目を集めているのだ。栃尾の誇る、そんな寺社の数々を紹介する冊子がある……と聞いて、居てもたってもいられず栃尾に向かった。

冊子はその名も「とちおパワースポットガイド」。栃尾商工会が作成を手がけ、その企画とデザインに大きく携わっているのが、デザイナーの大竹幸輔さんだ。聞けば、栃尾の観光事業を大きく変革したキーマンでもあるそう。いったいどんな人物なのか、そしてこのパワースポットガイドにはどのような狙いがあるのか取材した。

地元へゼロからのUターン…
人との縁が仕事につながった

栃尾パワースポットガイドのデザインを担当した大竹幸輔さん。

 

栃尾生まれの大竹さんは現在49歳で、非常にユニークな経歴の持ち主。東京の美術大学に進学し、テレビゲーム会社に就職後、Web・映像・印刷物をマルチにこなすデザインプロダクションに転職。少人数の会社でハードな仕事をしていたことから安定した公務員に憧れ、会社に在籍しながら卒業した大学に戻り、教員資格を得るための単位を取得した。採用試験を受けるものの、バブル崩壊のあおりで倍率が急上昇したため合格できず、教師の夢をあきらめることに。しかし縁があり、取引先の紹介で美術系専門学校の非常勤講師に就任し、やがて正職員の講師として大学や専門学校で10年以上働くこととなった。

「家庭の事情で栃尾に戻ってきたのは43歳の頃です。Uターンしてまもなくハローワークに通ってみて、とりあえず仕事は選ばなければ何とかなると思いましたね。でも、80歳を超えてもなお化粧品店を営み続ける母親の姿を見て、単に就職するよりも自分ができることをしたいと考え直したんです」

だが、地元とはいえ、栃尾にまったくコネクションのない大竹さん。そこで始めたのは、地域のボランティア活動だった。ゴミ拾いや商工会のイベントの手伝いをすることで、徐々に知り合いの輪を広げ、このまちの若者から年配者まで幅広い層の人たちと関係性を深めた。そして、この地域とのつながりが縁となり、デザインの仕事が舞い込んできた。

大竹さんが初めて栃尾で手がけた観光ポスター。中央に人が立つと後光が差しているように見える。

「栃尾で初めて受けたデザインの仕事は、まちをPRする観光ポスターでした。ポスターの前に人が立つと後光が差しているようなデザインなので、畳ほどもある大きさのポスターを提案してみたら、意外にも採用されたんです。これは珍しいだろうとプレスリリースをかけたら新聞に掲載され、狙い通り多くの反響を得ることができました」

高齢化が進む栃尾では、これまでまちの魅力を効果的に発信できる人物が少なかった。東京に長年住んできた大竹さんの「よそ者目線」を活かすことで、栃尾ならではのユニークなポイントを見出し、これまでとは一味違うデザインができたのだ。

しかし、「そもそも栃尾の住民たちの多くは、自らのまちを観光地とは捉えていません」と大竹さんは指摘する。特産品である“あぶらげ”は日々の食卓に上がる当たり前の食材であり、単に生活を営む場としてまちがあると捉える人が大多数のようだ。

大竹さんがまちをPRするために新しい何かを始めること、それは住民にとって穏やかな日常に変化が訪れることを意味する。小さなまちでは変化を嫌って排除されることもよくあるが、栃尾の人たちは新たな試みに好意的で、積極的に協力してくれる人も多いという。地域の人たちとの温かな関係性のおかげで、その後もPR活動は様々な広がりを見せていった。

デザインの仕事から幅を広げ
地場ワインやギャラリーも経営

大竹さんが経営するワイン&コーヒースタンド「葡萄の杜」。

みずみずしいフルーティーな喉ごしの栃尾産ワイン「T100」

大竹さんの活動はデザインだけにとどまらない。取材会場として訪れたこちらは、自身が経営するワインショップ。地域おこし協力隊のアーティストやデザイナー、公益財団法人・山の暮らし再生機構の力を借り、2017年に完成させた店舗だ。栃尾産ワイン「T100K」の販売事業を地域の人々から引き継ぎ、約1000本あった在庫を完売させ、今年度は販売数の見込みがあることから生産数を増やしている。

ギャラリー「白昼堂堂」。もとは民家だった場所を、地域おこし協力隊と共に改装した。

さらに今年9月にオープンした、雁木通りの商店街にあるギャラリー「白昼堂堂」のディレクションも担当。初回は長岡市造形大出身の木工アーティスト・加治聖哉氏の作品を展示し、その後も様々な展示会を行う予定だ。

「以前僕は、東京や神戸でアート作品の個展を開催していたこともあるんです。SNSのおかげで情報が伝わりやすいので、わざわざ海外から足を運んでくれた方もいましたね。その経験から、交通機関さえあれば、どこからでも熱心なファンは来てくれると考えています」と大竹さん。今後は、アーティストがギャラリー会場として使用しながら宿泊もできる施設にする計画もあるそうだ。

神秘的なビジュアルが目を引く
怪しさ満点のパワースポットガイド

そんな多岐に渡る活動を続ける大竹さんが、2015年に作成したのが「とちおパワースポットガイド」。同年に開催された栃尾の神社を巡るバスツアーとトレッキングツアーのために製作された無料冊子で、第一弾には11カ所が掲載されている。

見開きの左ページは神社をデフォルメしたイメージ画、右ページは見所の解説という構成。持ち運びやすいようにとコンパクトなサイズ感で永久保存しておきたくなる冊子に仕上がっている。

「とちおパワースポットガイドで紹介している神社は、有名な観光神社のような派手さはありませんが、どこも土着の信仰を集めて今に至っています。訪れれば神隠しにでもあってしまいそうな雰囲気が、栃尾ならではの特徴ですね」

こう語る大竹さん。第一弾には、比較的有名なスポットをセレクトして掲載したという。この「な!ナガオカ」でも過去に取材をしたところが多い。

例えば「秋葉神社」は、全国に400社ある秋葉信仰の総本社であり、東京・秋葉原の地名の由来ともなっている。東洋のミケランジェロと呼ばれる石川雲蝶の作品で埋め尽くされ、躍動感のある彫刻を眺めることができる。
参考:長岡花火のついでに栃尾巡り!パワースポット、絶景、グルメを楽しむ観光コース

巨大な男根を祀る「ほだれ神社」は、初嫁がほだれ神輿(みこし)にまたがって村中を練り歩くという奇祭が人気を呼んでいる。子宝や縁結びのご利益も見逃せない。
参考:外国人にも大人気! 男根をまつる栃尾の奇祭「ほだれ祭」レポート

受験生に人気なのが「上来伝 菅原神社」。学問の神様が祀られ、石に「ご」「ゴ」「GO」などと書いてお守り代わりにするという作法がとてもユニークだ。
参考:受験生必見!「ごを書く石」で合格間違いなし!? 菅原道真ゆかりの「合格祈願祭」

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