長岡の名湯を煮詰めた“究極の塩”!温泉水から手づくりされる「与板越乃塩」の誕生秘話

ここ数年、“こだわり塩”が静かなブームを巻き起こしています。全国各地に塩専門店がオープンしたり、塩選びのスペシャリスト資格「ソルトコーディネーター」が話題になったり。伝統的な製法でつくられる自然塩は、ただ塩辛いだけではないまろやかな旨みが、料理をワンランクアップしてくれると注目を浴びています。

海に囲まれた日本では塩といえば海水でつくるのが一般的ですが、新潟県長岡市の与板地域では、一風変わった塩がつくられています。その原料は、なんと温泉水。つまり、海ではなく「山の塩」なのです。いったい、どのようにつくられているのでしょうか。気になる現場を訪ねました。

目指す目的地は、与板の商店街から車で約10分。信濃川沿いを進み、木々が豊かな山里に入ると「越乃湯」と書かれた看板を発見。細い道路を心もとなく進んでいくと、小さな温泉旅館に到着しました。

山間にひっそりと佇む越乃湯旅館。

こちらが、塩の原料となる温泉が湧き出る馬越(まごし)温泉「越乃湯旅館」。温泉愛好家に評判の隠れた名湯です。泉質はナトリウム-塩化物強塩冷鉱泉、湧出量は0.6リットルと少量ながらも超濃厚。全国屈指の成分量の多さで、ナトリウムイオン、塩素イオン、アンモニウムイオン、臭素イオンなど、いずれも最高レベルの濃度を誇る名湯です。

2021年5月の取材時点では、日帰り温泉は営業しているものの完全予約制となっています。

透明感がある淡い黄色のお湯。軽くツルスベ感があり、無臭でややしょっぱい。

時代を超えて重宝される塩水は
良寛の歌にも登場

「越乃湯」が開湯した時期は定かではありませんが、明治33年に長岡病院がその効能を示した記録が残っていることから、100年以上の歴史の歩みが証されています。さらに時を戻した江戸末期、この辺りは「塩之入(しおのり)」と呼ばれ、約8km先にある島崎地域へとつながる険しい峠は「塩之入峠」と呼ばれていました。

長岡市島崎にある隆泉寺の良寛像。

越後出雲崎に生まれた名僧にして名歌人・良寛の歌にも塩之入峠は登場しており、『塩之入の 坂も恨めし 此度は 近きわたりを 隔つと思へば』と詠われています。峠を越えた島崎に暮らしていた良寛は、弟が住む与板を訪れるには標高110メートルの険しい坂を行き来しなければならず、『坂も恨めし』とその苦労の気持ちを歌に込めたようです。

塩野入塩井戸の由来が記された看板。現在も塩井戸は保存されています(画像提供:ながおか市民協働センター)。

それでは、山のふもとにある地域なのに「塩之入」と呼ばれるのはなぜでしょうか? 理由は諸説あるようですが、「弘法大使が、この里に住む貧しいおばあさんに“塩水がでる井戸”を授けた」という逸話から名付けられた説が有力のようです。戦前頃までこの塩水は重宝され、与板町民はもとより遠方からも塩水を求めて人々が集い、食用や療養のために利用されてきました。

海水並みの塩泉を有効活用し
独学で塩づくりに挑戦

「越乃会」代表の真島邦夫さん。

この歴史ある強塩泉を温泉から昇華させ、温泉塩「与板越乃塩」をつくりあげたのが、地元住民4人による団体「越乃会」代表の真島邦夫さんです。与板の市街地で焼肉店「焼肉かっぱ」を40年以上経営しながら、塩の製造に力を入れてきました。

「昔から馬越温泉のお湯には注目していました。海水とほぼ同じ3%も塩分量があるんなら、有効活用しないともったいないと思ったんです」

こう語る邦夫さん。知人が温泉を経営しており、源泉を引かせてもらうことで何か新しい事業を始められないかと模索していました。

塩づくりのきっかけとなったのは、お子さんが学校の宿題で温泉水を煮詰めて塩をつくる様子を見たことで、「もしかすると商品化できるのでは!?」とひらめいたのだそうです。しかしながら、塩づくりの設備には多額の費用がかかります。どうしようかと頭を悩ませているとき、渡りに船とばかりに市の補助金が活用できる機会に恵まれました。さらに2009年、研究機関の分析で、馬越温泉のお湯に重金属など有害な成分が含まれないことが判明したことで、製塩事業に本腰を入れることになったそうです。

「まずは塩のつくり方を知らなければと、村上市の笹川流れにある塩工房を訪ねたんです。そこでの塩のつくり方はかなりシンプルで、海水をただひたすら煮詰めるだけ。『これは簡単だな』と思って温泉水で再現してみたら、泥が混じって見事に失敗しちゃった。海の塩と山の塩じゃ、つくり方が違うってことがわかりました」

山と田んぼに囲まれた場所にある塩工房。温泉旅館の隣に建っています。

 

塩工房に並ぶ大きな平釜。薪を焚いた熱で塩水を濃縮させます。

失敗をふまえ、当時塩づくりをしようと誘っていた仲間数人と試行錯誤しながら、邦夫さんは温泉塩づくりの経験を積み重ねていきました。そして何度も試作を重ねるうちに、ようやく現在のスタイルが確立したといいます。

「すべて手作業」にこだわる
温泉塩づくりの現場を拝見

現在、「与板越乃塩」の製造を任されているのは、邦夫さんのご近所仲間でもある「越乃会」メンバー・真島正栄さんです。取材の当日は、残念ながら塩づくりの作業はお休みとのことで、普段どのように塩づくりをしているのか教えてもらいました。

製造を担当する真島正栄さん。

「工房には3つの平釜があってね。まず源泉を釜に入れて3日間くらい煮詰めて、25%くらいの濃い塩水をつくる。温泉水の引き込み工事をしているから、バルブを開けるだけで温泉水が出てくるよ」

水面の高さを計る棒を使って、塩水の煮詰まり具合をチェック。

 

最終確認では塩分計を使用。中央の窪みに塩水を入れて測定します。

「釜いっぱいに温泉水を入れて煮詰めていって、この棒で大体どれくらいに詰まったか平釜の底に当てて水面の高さチェックをする。いい感じだなと思ったら、塩分計で塩分値をチェックして、最終的に25%前後になるまで煮詰める。これが第一段階だね」

平釜に濃縮塩水を入れた寸胴を3~4つ並べて湯煎にかけ、塩を結晶化させる。

「次は、出来上がった濃縮塩水を寸胴に入るだけ注ぐ。下に沈んだ泥が入らないように、上澄みだけをていねいに入れるんだ。そして、湯煎にゆっくりとかけて1日くらいすると、塩の結晶が浮き上がってくる。これで第二段階終了」

これが越乃塩の結晶。幾何学的な形状が美しい。

 

作業場にて結晶を乾燥させたら、温泉塩の完成!

「塩の結晶は作業場に広げて乾燥させる。ここでは1年中、エアコンがまわっていて乾燥状態をつくっているんです。カラカラに乾いたら完成。結晶の粒は自然と細かくなるよ」

完成するまでに最短でも5日はかかる貴重な塩です。

こうして、出来上がった塩がこちら。粗い粒は、キラキラと光ってまるで宝石のように美しい! 温泉のお湯が食べられる塩に変身するなんて、なんとも不思議ですよね。

2018年、長岡造形大学教授のデザインしたパッケージに一新。この他、細かく挽くことができるミル付き塩もあります。

ちなみにこちらで製造する塩は、「一番塩(100g・500円)」「上級塩(150g・500円)」「漬物塩(1kg・1,300円)」の3種類があります。温泉水を濃縮した際の上澄み液でつくるのが「一番塩」、中間層からつくるのが「上級塩」、そして一番下に残った液体からつくるのが「漬物塩」です。

それぞれ成分が異なりますが、「最もまろやかで味わい深いのが『一番塩』」と邦夫さん。丹精込めてつくる塩の中でも、最上級と胸を張ります。

温泉ミネラルがぎゅっと詰まった
まろやかで豊かな風味

それでは、温泉塩「与板越乃塩」の一番塩はどんな味なのでしょうか? まずは塩単体で試食してみます。

見た目はかなり粒が大きい印象。

口に含んでまず感じるのはうま味と甘み。まろやかさの後から、じんわりと塩気を感じます。大きめの粒の塩なので、舌の上にのせるとゆっくりと溶けていくのも特徴的。ただキリっと塩気を感じるだけではない複雑な要素が絡み合った、やさしい深みのあるお味です。

それもそのはず、越乃塩は温泉水からつくられただけあってミネラルが豊富で、塩の主成分である塩化ナトリウムだけでなく、カリウム、カルシウム、マグネシウムなどがバランスよく含まれています。これらのミネラルが、甘みやうま味、酸味、苦みなどをプラスし、味わい深さを増してくれるのです。

せっかくなので、邦夫さんおすすめの“つけ塩”としても試してみることに。

まずは、シンプルにトマトときゅうりにトライ。

「与板越乃塩」を少量つけるだけで、野菜単体よりもかなりイケてる味にレベルアップ!塩気が野菜の味の輪郭をはっきりさせて、うま味を底上げしてくれるイメージ。これなら生野菜をパクパク食べられちゃいます。

お次は天ぷら。シンプルに塩を付けて、食べてみます。

うん、これまた最高です!油との相性が良く、素材の味を引き立ててくれます。特に海老や白身魚など、繊細な味の魚介類とぜひ合わせたい味わいです。

最後は塩むすびにして食べてみます。粗い粒なので、指先でひねるように細かくしながらおにぎりにまぶしました。ハイ、これも間違いのないおいしさです。お米の甘みを引き立て、噛み締めるたびに旨みが広がります。

この他にも、サラダや肉のグリル、卵料理など、「与板越乃塩」はあらゆる料理に万能に使えます。まろやかな旨みで素材のおいしさを引き立たせてくれるので、食べる楽しみが倍増すること間違いなしです。

「究極においしい塩”をつくる」
その思いで乗り越えた苦闘の12年

与板では知らない人がいないほど有名となった「与板越乃塩」。今でこそ安定して製造できるようになりましたが、手探り状態だった初期は、作業的にも経営的にも苦労したそうです。

「塩づくりを始めた頃、大変だったことはいっぱいあったけど、一番しんどかったのは薪の確保だね。経費削減のため、裏の山に行って、チェーンソーで木を切って薪にしていたから、相当時間がかかりました。
今では『越乃会』は塩づくりのために薪を必要としていると知れ渡っているからか、町じゅうの不要な木材が続々と運ばれてきます。ただ生木がくることもあって、そうなると1ヶ月以上乾燥させなきゃいけない。無料でもらえてありがたいけど、ちょっと大変だよね」と邦夫さんは尽きない苦労を語ります。

この日、トラックいっぱいに運ばれてきた生木。道路の端に置いておき1ヶ月以上かけて乾燥させて使用します。

「塩づくりを始めて数年間は赤字でした。温泉水を煮詰めるための熱源は薪窯だからコストは低いけど、乾燥させるためにエアコンをつけっぱなしだから電気代がかかる。そして、思った以上に手間暇もかかるんだよね」

苦労の連続ではあったものの、せっかく補助金を活用して設備を整えたのだから、後には引けないと踏ん張り続けた「越乃会」の面々。12年間粘り強く塩をつくり続ける間に、製造も販売も徐々に軌道にのるようになってきました。

前述した通り、「与板越乃塩」は濃縮させた温泉水を3回に分けて結晶化させています。この工程を行うことで、労力は数倍になりますが、それでも妥協しないのは「本当においしい究極の塩をつくりたいから」と邦夫さん。最高級品である「一番塩」の味は、どこにも負けない自慢の味だと胸を張ります。

「東京の高級すし店でも、うちの塩が使われているんですが、板前さんは『魚の旨みを引き立てる塩』と絶賛してくれています。でもね、特別な塩だけど、普段使いにもジャンジャン使える。実際、与板のお母さんたちも家庭で料理をつくるときに『与板越乃塩』を使ってくれています。『この塩じゃなきゃダメなんだよね』って言われると嬉しいものだよね」

温泉塩を毎日の食卓に!
「ぽんしゅ館」や道の駅で購入可能

道の駅 良寛の里わしま。

文字通り努力の結晶である温泉塩「与板越乃塩」。現在、長岡市「道の駅 良寛の里わしま」「ぽんしゅ館 長岡駅店」、新潟市「ぽんしゅ館 新潟驛店」、湯沢市「越後のお酒ミュージアム ぽんしゅ館 越後湯沢店」などの店舗で販売されています。また、越乃湯旅館の隣にある、越乃塩工房で直接購入することもできます(要予約)。

長岡市上除町「やまか飯店」の「やまかラーメン」(750円)。越乃塩を使用したスープは深みのある味わい。

飲食店でも、「与板越乃塩」の味を楽しめます。長岡市上除町の中華料理店「やまか飯店」の人気メニュー「やまかラーメン」は、温泉塩ならではのまろやかな旨みのあるスープが絶品。邦夫さんが経営する「焼肉かっぱ」では、焼肉をシンプルに食べられるようにミル付き越乃塩が提供されており、特に牛タン塩は悶絶級のおいしさなのだとか。

たかが塩、されど塩。どれも同じ味だろうと思っている方は、この温泉塩をぜひ試してみてください。大地の恵みが濃縮された塩は、食べる喜びを何倍にもしてくれるはずです。

 

Information

越乃塩工房
[住所]新潟県長岡市与板町馬越1082-1
[電話]0258-72-4385(※来店前に要予約)

Text:渡辺まりこ

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