ワイン造りはまちづくり。長岡・栃尾産日本ワイン「T100K」の先にある「まちの未来像」
2021.10.21
市内に16の蔵を有する酒どころ、新潟県長岡市。個性豊かな酒蔵が勢ぞろいする“発酵・醸造のまち”だが、注目すべきは日本酒だけではない。ここ数年、市内で栽培したぶどうで醸造する「日本ワイン」がじわじわと人気を集めている。
実は、「日本ワイン」と「国産ワイン」はまったくの別もので、前者は国内で栽培されたぶどう100%を使用するのに対し、後者は海外から輸入した濃縮果汁などを国内でブレンドして醸造するワインを指す。日本ワインの認定条件は厳しく、全国で出回っているワインのうちわずか数%に過ぎないといわれているが、なぜ長岡市でそれほど希少価値の高いワインをつくっているのだろうか? 製造者のもとを訪ねてみた。
栃尾産ぶどう100%を使用!
希少な日本ワインの生まれるところ
長岡市中心部から東へ18km、車を30分間走らせた位置にある栃尾地域。一面に広がる田園風景を眺めながら山間を進んでいき、目的地であるぶどう畑に到着した。
迎えてくれたのは、「栃尾農園株式会社」の代表・大竹幸輔さんと、地域おこし協力隊の奈良場晃大さん。現在、二人が中心となって、ワインの生産・販売の管理を担当している。「育てている品種は、ドイツ生まれの白ぶどう『ケルナー』です。この畑で収穫したぶどう100%でワインをつくっています」と大竹さん。普段の栽培管理は専任担当者一人が中心に行い、草取りやわき芽摘みなどの作業は、有志の地域住民や農家が協力している。毎年9月中旬には、市内外からボランティアが集まって、力を合わせて収穫を行うという恒例イベントがあり、その後すぐにワインの仕込みに専念するのだという。
「おひとつ、食べてみますか?」差し出されたぶどうの粒を口に含んでみると、みずみずしく甘い果汁がジュワッと弾け、続いて皮に含まれるタンニンの渋みが押し寄せる。この渋みこそが、白ワインの味わいを深くする要素の一つのようだ。 この栃尾の畑で育ったぶどうを100%使用したのが、日本ワイン「T100K(ティーヒャクケー)」。香りが良くフルーティーで、キリっと爽快な味わいをもつバランスの良さが秀逸なワインだ。その年に収穫される1種類のぶどうだけで仕込むため、毎年味に変化があるのが特徴。2018年産は柑橘のように爽やか、2019年産はりんごのようにフルーティーなど、基本筋はスッキリとしていながらその年ごとに個性がある。「『T100K』は料理にも合わせやすいワインです。一般的に白ワインに合うと言われる魚はもちろん、肉料理やスパイス料理にもよく合います。ぜひ試してもらいたいのが、ケンタッキーフライドチキンとのペアリングですね(笑)」と大竹さん。やわらかな酸味でスッキリとしたワイン「T100K」は、脂っこい料理との相性が抜群だ。
まちの有志が20年間続ける
ワイン造り事業を継承
栃尾でワイン造りのためのぶどう栽培が始まったのは、今から約20年前のこと。栃尾住民の有志が集まって、「地元産ぶどうでワインを製造したい」と活動がスタートした。市内にワイナリーがないことから、醸造は縁があった南魚沼市の「越後ワイナリー」に依頼。毎年持ち回りでまちの誰かが会社の代表を務めていたが、気付けばメンバーのほとんどが60~70代の高齢世代に……。そのような事情を背景に、2016年、大竹さんに代表を務めてほしいと依頼が舞い込んできた。
「頼みを断れなかったもので、仕方なく代表の任務を引き受けました(苦笑)。そして、山積みの課題に直面しました。一番の問題は、毎年2,500本のワインを生産販売しながら、年間1,000本もの在庫を抱えていたことです。それもそのはず、当時は販売戦略の指揮をとる人が皆無だったんです」(大竹さん)それまで販売は少数の地元の酒店に卸すのみだったが、このピンチを乗り越えるため、直接お客さんへ売る必要性があると直感した大竹さん。そこで、酒類販売管理者などの資格を取得して、販売の拠点としてのワインカフェをオープンし、誰もが気軽に購入できる場を作り上げた。そのカフェは、畑から車で10分ほどの栃尾の市街地にあるとのことで、案内してもらった。
「ここがワインと料理を提供するお店『葡萄の杜』です。週3回の営業で、オープン当初は私ともう一人、東京から移住した地域おこし協力隊メンバーの小野寺淳さんで切り盛りしていました」と大竹さん。現在は任期を終え栃尾を離れたそうだが、実にこの小野寺さんこそが、栃尾のワインの知名度をぐっと引き上げるのに重要な役割を果たすキーマンとなる。 「栃尾のワインを多くの人に知ってもらうには戦略が必要です。そこで狙いを定めたのが、テレビやラジオなどのメディア露出。東京から移住した地域おこし協力隊の青年が地元産ワインのPRに奮闘している様子は、きっとメディア関係者に響くんじゃないかなと思い、各社にプレスリリースを送りました。狙いは的中して、いろんな媒体で取材してもらえました」(大竹さん)小野寺さんの活動内容はカフェの運営、地域イベントの手伝い、イベントの出店販売などがメインで、ひたすら地域密着を貫いた。「ワインを通して地域を元気にしたい」と一生懸命なその姿とあいまって、栃尾ワインの認知度はぐんぐん高まっていった。そして栃尾地域内はもちろん市外からの問い合わせが急増。あわせて大竹さんは、販売店舗を増やすべく市内外のお土産ショップや酒店へ営業を行い、居酒屋やレストランでも提供してもらえるように掛け合った。その結果、翌年2017年産は前年より1,000本近く多い約2,600本を売り上げた。
まるで記号のような名前のワイン
「T100K」の意味と狙いとは
ワインの売れ行きが右肩上がりになったのには、もう一つ理由がある。実はこれまで十数年間、栃尾で栽培したぶどうでつくる日本ワインを「栃尾ワイン」の名称で売っていた。それを、「T100K」というまるで記号のような商品名に変更したのだ。
「2016年にワインに関する法律が改正され、地元で醸造したワインでなければ商品に地域名をつけられなくなったんです。『栃尾ワイン』はぶどうの栽培地こそ長岡市栃尾ですが、醸造場所は南魚沼市。つまり、商品名を変える必要性に迫られました」(大竹さん)
地域ブランドを推せなくなることは一見ピンチのように見えるが、大竹さんは「ワインの知名度を上げるチャンス」と前向きにとらえる。これまで主流のワインの商品名といえば、産地名を主張していたり、雰囲気はあるが言葉の意味がわからない人にとっては似たり寄ったりな長いカタカナ名だったり。それらとはまったく違う発想の“記号的な名称”にすることで、「何これ!?」と目を引くような商品名「T100K」を採用したのだ。
「『T』は栃尾、『100』は100%、『K』はケルナー(ぶどうの品種)。これらを組み合わせて『T100K』です。ラベルも一新して、モノトーンのシンプルなデザインにしました。白黒印刷だとコストが安いという裏事情もありますが(笑)」(大竹さん)また、「T100K」は栃尾で収穫したケルナー種のみを使用しているため、毎年収穫されるぶどうの品質によって、味や風味にブレが生じる。実は、市販ワインのほとんどが味を均質化させるためにブレンドしており、それは安定性があると同時に“おもしろみがない”とも言える。これまで「栃尾ワイン」は、味わいのブレを弱点と捉えてきたが、「T100K」に生まれ変わったことから「毎年違う味わいを楽しめる」と視点の異なるプロモーションに切り替えた。
これらのさまざまな努力が功を奏し、着々と売り上げを伸ばすことに成功。昨年発売された2019年産(ぶどうの生産年。ワインとして発売されるのは翌年以降になる)はすでに完売しており、折り悪く購入できなかったワイン愛好家たちが、この秋に販売される2020年産を心待ちにしている。
次なる目標はワイナリー設立、そして…
「その先の理想」に共鳴した仲間との出会い
じわじわと人気を高めてきた「T100K」。大竹さんが代表を務めて早5年が経過したころ、次なる目標が設定された。それは、「栃尾にワイナリーをつくること」。これは大竹さん個人の意志というより、十数年間にわたってぶどう畑での栽培に関わってきた住民たちの夢であり、その思いを託されたといえる。
「私一人でワイナリー設立は難しいと思ったので、運営者を募集する求人チラシを作ったんですが、全然人が集まりませんでした。それで、インパクト重視でうちわに求人要項をプリントして、イベントで配ったんです」と大竹さん。
その求人うちわがこちら。だいぶインパクトがあったおかげでSNSでも反響が大きかったそうだ。そして、このうちわPR作戦が、ワイナリー設立を志す奈良場さんを引き寄せることになる。 現在30歳の奈良場さんは長岡市三島地区出身。大学卒業後、東京で青果物を仕入れて販売する仕事を続けるなかで、「食のつくり手になりたい」と夢を抱くようになった。さまざまな選択肢があるなかで興味を惹かれたのがワイン。長野県の千曲川ワインアカデミーに1年間通ったのち、2020年に退職して地元である長岡市にUターンした。「ワインの製造現場で働きたかったので、全国各地のワイナリーに求人募集をしていないか問い合せました。ですが、このご時世ですので、新たに人を雇っていないんですよね……。とはいえ、ワイナリーをゼロから立ち上げるには、リスクが大きすぎます。あきらめて東京に戻ろうと新幹線に乗り込む直前、偶然SNSで流れてきたのが『栃尾のワイナリー設立者募集』という、うちわに描かれた求人広告でした」(奈良場さん)
すぐさま問い合わせたところ、数時間後に長岡市役所で面接することに。その後すぐに、代表者である大竹さんと会うべく栃尾に向かい、数十分話し合った結果、採用が決まった。まさに運命的な一日だったといえる。
「栃尾のワイナリー設立は地域活動でもあるので、奈良場さんにそこはしっかりと伝えました。あと、仕事量の割に手取り報酬は少ないとか、想像以上に働かなきゃいけないかもよとか、とにかく悪条件であることを吹き込みましたね」と大まじめに語る大竹さん。ところが、それに対して奈良場さんは「ワイナリー設立に関する仕事は、たとえ無給でもやりたかったこと。この仕事には、自分が求めていたすべてがある!」と、ワクワクしながら返答したという。
また、奈良場さんが大竹さんのワインに対する価値観に深く共感したことも、ここで働くと決めた理由の一つだという。ワイナリーと一口に言っても千差万別で、それぞれ異なる理念や理想がある。高級感を追い求め、三ツ星レストランで高価な値段で提供するような“敷居の高いワイン”をめざすところも多いそうだ。一方、「T100K」の考えはその真逆で、誰もがカジュアルなシーンで気軽に飲めることをめざしている。「ワインといえば、ラグジュアリーな雰囲気で高級料理と一緒に味わう気取ったイメージがありますよね。そんなステレオタイプなイメージを壊したいんです」と大竹さん。奈良場さんも同じく「普段の料理と一緒に味わえる身近なワインをつくりたいですね」と語る。
現在は、2023年に栃尾にワイナリーを設立することを目標に、土地や醸造機械の選定をしている最中とのこと。栃尾のワインに携わる住民たちの夢であった地元ワイナリー設立に向けて、着実に歩を進めている。
「ワイナリーはただの醸造場ではなく、人を集める場にしていくつもりです」と大竹さん。今のところ場所の候補は、ぶどう畑周辺かまちなかの二択で、前者であれば栃尾の自然を満喫する場となるし、後者であればまちのエリアリノベーションの一手となりうる。いずれにせよ、ただ商品としてのワインを提供するのではなく、ワインの醸造過程やストーリーを伝えて新たな価値を生むことで、栃尾のまちの魅力アップにつなげることを狙いとしているのだ。
「2年後のワイナリー設立に向けて、現在醸造をお願いしている越後ワイナリーさんで勉強させてもらっています。地域おこし協力隊の任期は残り1年半ですので、気合いを入れて醸造スキルを伸ばしていきたいです」と意気込む奈良場さん。さらに数年後には、地元である三島地区でのワイナリー設立も見据えているという。
待望の2020年産ワインは
10月中旬に受付スタート
栃尾産ケルナー種100%ワイン「T100K」が購入できるのは、栃尾地域の酒屋、栃尾のセブンイレブン、「道の駅R290とちお」、「とちパル」、「長岡駅ぽんしゅ館」など。また、大竹さんが手がけるワインバー&カフェ「葡萄の杜」のほか、「EUNPリストランテ」、「Albero(アルベーロ)」「遊心」、「グーステーブル」、「坊」などの居酒屋・レストランでも提供されている。
2020年産の新酒は10月中旬に受付を開始し、11月下旬に出荷を予定中。フルーティーで爽快な白ワイン「T100K」は、どんな料理とも相性が良く、ペアリングすることで食の楽しみを何倍にも増してくれる。おいしいものが勢ぞろいする食欲の秋、栃尾ワインとのペアリングで至福の時間を過ごしてみてはいかがだろうか。
Information
栃尾ワインの店 葡萄の杜
[住所]新潟県長岡市栃尾本町3-11
[電話]0258-89-8960
[営業時間]11:00~22:00
[定休日]月・火・木・日曜
[HP]https://www.tochio-wine.com/
Text & Photo:渡辺まりこ