【公開取材レポートvol.2】「生きやすいまち」のヒントはシェアハウスにあり?「普通」が揺らぐ時代のコミュニティについて考えた
2021.7.2
[編集部より]
この記事は「な!ナガオカ」の新たな試みであるオンライン公開取材の内容をもとに作成しています。本企画は取材と同時に、長岡市に拠点やゆかりを持ちながら普段なかなか出会うことのない人たちや視聴者をオンラインでつなぎ、それぞれの「点」が「線」や「面」になるような、長岡ならではのユニークな広がりとなっていくきっかけを作るため、「な!」編集部をホストに不定期で開催していきます。
「な!ナガオカ」オンライン公開取材シリーズの第二回は、誰もにとって必要不可欠な「住まい」がテーマ。この10年で一般的になってきた「シェアハウス」という形態を通して、「誰もが生きやすいまち」について考えてみた。
一口に「住まい」といっても、そのバリエーションはさまざま。特に単身者は、アパートやマンションでの一人暮らしの他、友達と一緒に住んでいる人や、見ず知らずの人たちと暮らしの空間を共有するシェアハウスを選ぶ人も多い。今回注目するのは、都心では以前から多く見られるが、東日本大震災あたりからより一層注目を集めている、この「シェア」という暮らし方。人はなぜ、シェアという方法であえてプライベートな住まいにまで人との関わりを求めるのだろう。
今回は、長岡市内でシェアハウスを複数経営する池戸煕邦さんと、長岡市で移住者や訪問者と地元をつなぐ活動を行う「にいがたイナカレッジ」の井上有紀さんに「住まいの多様性」についてお話をお聞きし、生きやすいまちに必要な住まい方のヒントを探った。
社会との接続感を求めて立ち上げた
「シェアハウス」というプロジェクト
今回お話をお聞きした池戸煕邦さんは、北海道札幌市のご出身で、2016年から就職を機に長岡に移住。最初の1年間はアパートで一人暮らしをしていたが、2017年に友人数名で「ジーエスシェアハウス」を立ち上げ、そこの運営や管理業務を行いながら、自らもそこに暮らしている。また、それが発展する形でシェアハウスの運営・管理を行うashita株式会社を設立し、市内で4軒の運営を行っている。
最初に聞いてみたくなったのは、なぜ自分でシェアハウスを作ることにしたのか、という素朴な疑問。池戸さんは、当時を思い出すようにこう話し始めた。
「一人暮らしが苦手だったんですよね(笑)。社会人になって最初の年は一人でアパートに暮らしていたんですが、一人だと生活がいろいろ杜撰になってしまう部分も多くて、キッチンも気づいたら汚れていたりして。このままではまずい!精神衛生上よくない!という焦りを感じて、シェアハウスを作ることにしたんです」(池戸)
ここで興味深いのは、友人を誘って同居するのではなく、シェアハウスの立ち上げに踏み切ったというところ。一人暮らしに対して「寂しさみたいなものがあったのかもしれない」と話す池戸さんだが、その寂しさの理由は、単にいわゆる「孤独」ということではなかった。
「シェアハウスの立ち上げの際、最初に声をかけたのは、以前から市民活動を一緒にやっていた女性の友人でした。みんなで住む家を作るぞ!というより、みんなでプロジェクトをはじめたい!みんなで達成感を得たい!という気持ちだったんです。会社で働いてはいるけれど、そこではなかなか充足感を感じることができなくて、そこにある種の寂しさを感じてました。社会の中で達成感を得たいと願い、他者や街と関わることを求めた結果として市民活動に参加しはじめたわけですが、シェアハウスを作ったことも、その延長線上にある気がします」(池戸)
池戸さんが立ち上げた「ジーエスシェアハウス」の初期メンバーの一人だったのが、外部からやってきた若者たちと長岡の暮らしを結びつける活動を行う「にいがたイナカレッジ」にコーディネーターとして勤務する井上有紀さんだ。彼女も、出身は県内ではなく東京都。大学時代に1年間休学をして新潟で暮らしたことがきっかけで長岡での就職を決め、休学中に知り合っていた池戸さんがシェアハウスを作ると聞いて参加を決めたという。「都内でなく、新卒で長岡で働くと決めた理由のひとつに、生活を重視したかったという気持ちがありました。仕事の内容や福利厚生よりも、いかに楽しく暮らせるかの方が私にとっては大事で、それがここなら叶えられる気がしたんです。その生活がより楽しくなりそうだと思ったから、池戸くんの誘いを受けてシェアハウスに参加しました。建物の壁を壊している途中くらいから一緒にやらせてもらって、一晩目は屋内なのにテントで寝ましたね(笑)」(井上)
井上さんもまた、「参加する」という気持ちでシェアハウスへの入居を決めた。都心では様々な形のシェアハウスが存在し、生活費の負担を軽くすることを目的に入居する人が多い物件もあれば、家賃は一人暮らしをするのとは変わりなく、コミュニティとしての価値を求めて入居する人が多い物件もあるが、池戸さんが経営する「ジーエスシェアハウス」は、家賃も良心的でありながら、入居者が求めているのは完全に後者であることが、井上さんのお話でもよくわかる。
価値を生まなくても、役割がなくても、
「そこにいてもいい」と肯定してくれる場所
「運営者ではなく一人の入居者として、シェアハウスでの暮らしはどうですか?」そう池戸さんに訊ねると、「めちゃめちゃ変わりましたね!すごく楽しくて!」と清々しいほどのシンプルなお答え。住んでみてあらためて感じた良さを、彼はこう話す。
「自分一人で暮らしていると、生活の中には自分ごとしかないですよね。でも、シェアハウスに住むと、自分の生活の中に誰かの日常も入り込んできて、 それを垣間見られる感じが楽しい。あと、例えば仕事で何かあってテンションが下がっているときほど、無性にシェアハウスのリビングに帰りたくなるんです。それは、そこに行けば、落ち込んでいる自分の事情を知らない人が普通にご飯を食べていたりするから。自分だけの沼にハマらずにすむというか、あの環境はある種の癒しだと思うんです」(池戸)
池戸さんの後半の発言には、井上さんも大きく頷いた。
四六時中親密に関わり合うわけでもなく、ある程度の距離感を保ちながら、ただただ共にある。家族の中にも友達同士にもない、そんな不思議な心地よさがシェアハウスには存在している。その感覚は、現在入居している人たちだけでなく、以前住んでいた人なども含め、この場所に関わってきたそれぞれの中に息づいているようだ。
「ジーエスシェアハウスには、現在入居している人の他に、以前住んでいた人が今でも半分住民みたいな形で関わり続けています。ある卒業生の一人が、半年に1度シェアハウスに遊びに来るのですが、その人が『ここのリビングは、いつでもいることが許されている感じがある』と言っていたんです。リビングがみんなで掃除やメンテナンスをしている、いわば誰のものでもない場所だからかもしれません」(池戸)
そして、元住人の一人である井上さんはこう加える。
「シェアハウスって、コミュニケーション力が高い人ばかりが入居しているんじゃないかと思われがちですけど、実際はそんなことはないんです。趣味が合わない人も話が合わない人もいて、一方で予定を合わせなくても一緒にいられる人がいて。私はそういう、色々な人がいる感じがよかったですね。
私は仕事上、都会の大学生や地方に興味のある若い人と接することが多いんですけど、彼らに共通することとして、〝繋がり欠乏症だけど繋がり恐怖症〟みたいなところがあると思います。SNSではない繋がりを求めているけれど、リアルでの繋がりの中では人と比べてしまったり、目に見える成果を求められる重圧を感じていたり。それがインターンシップで農村に連れて行くと、いるだけで喜んでもらえて、役割の有無に関わらず受け入れてもらえる。彼らは、そういう無条件の愛みたいなものを潜在的に求めていたのかな、と思うことがあります」(井上)
用がなくてもそこにいる。役割を担わなくても、存在することを肯定してもらえる。それが誰かの癒しや救いになることがある。誰がいてもいい、ただいるだけでいい。それは、家族という濃い間柄の中にあるものとも、特定の深く関わり合うことで生まれるものとも少しだけ違う、友達以上家族未満の入居者の中だけに存在する、ひとつの「生きやすい社会」の形かもしれない。そして、人はそれを普段は意識することなく、潜在的に求めているのかもしれない。
フラットでニュートラルな風通しのよさが
暮らしにも街にも生きやすさをもたらす
お二人のお話をお聞きしていると、シェアハウスに住んでいる人たちは、住んでいる場所や一緒に暮らすメンバーに対して、あまり執着がなさそうな軽やかさを感じる。もちろん自分の意思で入居するわけではあるが、他者のあり方もみな受け入れた上で何事にも期待しすぎないという印象だ。友達のグループでも会社でも、ここにしがみつかないと行くところがない!となってしまうと、強迫観念となって生きづらさを感じる要因にもなり得るが、シェアコミュニティにはそれがあまり感じられない。この独特の風通しの良さは、どうやって生まれるのだろう。
「ジーエスシェアハウスが大事にしている価値観として『みんなで頑張る』ということがあるかなと思います。運営者がお金を出してメンテナンスをして、ユーザーがまたそれをお金を出して利用する……という構造ではなくて、みんなでみんなのためにやる。リーダーもいなくて、みんなで決めてみんなでやる、みたいな感じで最初からやってきましたから、その“非営利感”みたいなものがひとつの価値観として根付いているんだと思います」(池戸)
そして、池戸さんは風通しのいいコミュニティの条件として大事なことを、こう語る。
「コミュニティは、①発起と②参加と③卒業がどれも容易にできることが大事だと思います。欲しい場所を、例えばまず自分で作る。その価値観に共感してもらえれば誰が入ってきてもいいし、誰が出て行ってもいい。続けないといけない、みたいなものではなくて、もっと心地よく代謝していくようなコミュニティが健全なのかもしれません。この場所を卒業して、自分でシェアハウスを立ち上げる人や、みんなが集える場所を持つ人も少なくありません。ジーエスシェアハウスにおける卒業は、メンバーがいなくなるのではなくて、大事にしている共通の価値観が外に広がっていくだけ、という感覚です」(池戸)
井上さんは、2年間シェアハウスで暮らして卒業した。そのタイミングも、入るときには決めていなかったのだそう。卒業のタイミングは、入居している一人ひとりが自分の中で静かに決断していく。残る方はそれを受け止め、温かく送り出す。
「入居を決めて参加したときには、いつ出るのかは全く決めていませんでしたね。いざ出るにあたっても明確な理由があったわけではないですが、振り返ると、恐らく新しくやりたいことができたから卒業を決めたのだと思います。いつ参加してもいいし、いつ卒業してもいい。誰が入ってきても、誰が出て行ってもいい。ジーエスシェアハウスに根付いている寛容さみたいなものが、社会や街の中にもあるといいなと思います」(井上)
確かに、そのニュートラルさは、地方の暮らしの中では少し見出しづらいものなのかもしれない。地方の町内会や消防団など、地域の中に昔から根付くコミュニティほど、新しく入った人が関係性の構築や人と人との距離感に苦戦することは多い。シェアハウスに見る風通しの良さを、どうにかこのようなコミュニティにも生かせないものだろうか。井上さんは、自らの経験から自由にアイデアを膨らませる。
「今住んでいるところは、町内会の活動として草むしりとか会合とか、小さな行事がしょっちゅうあるんですけど、東京に住んでいた時にそういうものを経験したことがなかったので、私はそういう活動がおもしろくてしょうがないんです。今の仕事でも、都会から田舎へのインターンシップを求めている人と接していますから、外部から体験したい人を集うのもおもしろいかもしれません。どちらにとっても刺激にはなりますし、当たり前すぎて面倒だと感じていたものが、新鮮に感じられる可能性もあると思います」(井上)
一方で、池戸さんはこう考察する。
「人が集まって暮らしているということ自体は、昔から変わっていないんですよね。今はシェアハウスやSNSなど、様々なコミュニティが存在していますが、以前は地縁や血縁によるコミュニティが中心であって、それが今も多くの地域に残っているわけですよね。その関係性とかソフトの部分をどう捉え直していくかが、これからのまちづくりの鍵になるかもしれません。そして、地縁のコミュニティのアップデートこそ、住まいの多様性に繋がってくるような気がします。その源流には、まちへの愛着やプライドも大事になってくるわけで、それをどう育むかも大切なポイントになると思いますし、地縁に基づいたコミュニティマネージャーがいるとコミュニティの在り方や心地よさは変わってくると思います」(池戸)
今回のテーマは住まいの多様性だったわけだが、最終的には、シェアハウスという暮らしのスタイルから、地域の中に存在するコミュニティのあり方が見えてきた。そして、風通しのいいコミュニティを作るには、リーダーとは違う入居者に近い立ち位置でやわらかく寄り添う池戸さんや、学生と地域を様々な形で繋いでいく井上さんのような存在がいれば、そんな昔ながらのコミュニティも居心地の良さが生まれるだろうな、と希望が膨らむ。
アパートやマンション、あるいは一戸建てといった既存の住まいの形こそが「スタンダードである」という固定概念が、この社会にはまだまだあるかもしれない。だが、一人ひとりが住まいを持ち、個人個人で暮らしを成り立たせるというのも、当たり前のことではなくてスタイルのひとつでしかないはずなのだ。それは住まいの形式だけでなく、この社会そのものをもっと自由に捉える視点を持つことができれば、これまでスタンダードとされていたことが決して絶対に不変のものではないのだということも見えてくるし、では自分がどんな社会で暮らしたいのか、という思考にもつながっていく。シェアハウスや、それが体現する「シェア的」なコミュニティのあり方を考えることで、「生きやすさ」のヒントを見出せるのではないだろうか。
マンネリ化する日常に息苦しさを感じ、自分なりの心地よい暮らしやまちの形を模索している人がいるなら、まずは一度、シェアハウスの門を叩いてみてはどうだろう。誰かの決めた「スタンダード」とは違った景色が見えるかもしれない。
※本イベントのアーカイブ動画は下記Youtubeリンクでご覧になれます。
https://youtu.be/GWhsiJ4HU7g
Text: 内海織加 Photo: 池戸煕邦