小学校の中に美術館!? 子ども学芸員が活躍する上組小のアート教育に迫る
小学校時代の「図工」の授業といえば、絵や工作などに取り組み、夢中になった記憶がある方も多いはず。しかし、大人になるとつい「芸術」あるいは「アート」というものを縁遠いものだと感じてしまいがちで、向き合い方がわからないとか、どう鑑賞すればいいのかわからないという方も、また多いのではないでしょうか。
造形美術教育とは、創作物を生みだすことはもちろん、じっくりと鑑賞して自分の感じた気持ちを表現する力を育てること——。そんな「アートの世界を楽しむ力を育てる」に注力した教育活動を行っているのが、新潟県長岡市・上組小学校です。独自の造形美術教育プログラムがあるだけでなく、なんと校内には、小さな美術館まであるとのこと。いったいどんな取り組みを行っているのか、取材しました。
長岡の発酵・醸造の一大拠点、摂田屋と程近いエリアにある上組小学校。中越美術教育研究会の推進校で、50年間以上に渡って造形美術教育に力を入れています。校内には「こだま美術館」と呼ばれる美術館専用の特別な部屋があり、年に数回、6年生の児童が企画展を行うのが恒例。コンパクトなスペースではありますが、展示物を美しく見せるスポット照明や展示用ワイヤーを備える本格的なつくりです。令和4年度は、長岡市出身28歳の日本画家・本田貴哉さんの絵を借りて企画展を3日間行い、子どもたちが学芸員として活躍しました。企画展開催までには、長岡の魅力に興味を持ち、アートで自ら発信できるようになるため、様々な大人たちと出会ってきたのだとか。今年度の6年生の取り組みについて、1組担任の富樫亜紀先生、2組担任の松井寛明先生に詳しくお話を伺いました。
芸術家や学芸員との交流も…
上組小独自の造形美術教育とは?
「上組小学校6学年の造形美術教育は、年間70時間ある『総合的な学習の時間』を利用して行っています。美術を楽しむこと、そしてアートを通じて地域の方々と出会い、まちの魅力を発信し、長岡上組を活性化させることが目標です。
造形美術教育のスタートである4月の授業では、日本画家の本田貴哉さんがいらっしゃいました。日本画の原画は、岩絵具のマットな質感が独特。描かれているのは長岡市内の道路など日常の風景が中心で、子どもたちにとって見覚えのある場所も多くありました。どこか現代風な本田さんの作品に、子どもたちはすっかり心を掴まれていましたね」(富樫先生)
初めて日本画の原画を前にし、唯一無二の世界観に引き込まれる子どもたち。よく観察してみると、岩絵具の粒で表面がキラキラしていたり、色調の濃淡が絶妙だったり。原画ならではの圧倒的な迫力を肌で感じたようです。さらに本田さんの絵に対する情熱を目の当たりにし、「美術鑑賞は楽しい!もっと知りたい!」と思うようになりました。それならば美術鑑賞のプロに学ぼうと長岡市・新潟県立近代美術館の学芸員を講師に招き、鑑賞のおもしろさを教えてもらうことに。そこで覚えた美術鑑賞のキーワードが「対話型鑑賞」でした。 「対話型鑑賞」とは、アート作品から感じた印象を言葉にして他者と対話を重ねることで、作品に対する世界観を深めていく鑑賞法のこと。ただ作品を眺めて「素敵だな」で終わらせるのではなく、自分は作品のどんな表現技法が印象に残ったのか、なぜこのような絵を描いたと思うのかなど、観たときの素直な感想を大切にしています。プロから美術作品の楽しみ方を教わることで、子どもたちはますますアートの世界にのめり込んでいきました。さらにここでは、企画展を運営するまでの方法も教えてもらったそう。企画展テーマを決める、作品を選ぶ、作品を設置してキャプションを書くなど、やることは盛りだくさん。子どもたちは「僕たち、私たちも『こだま美術館』で本田さんの日本画展をやってみたい!」とやる気をふくらませていきました。
作品を見て感じた「素敵」を言葉に!
自分の思いをのせて魅力を伝える
企画展開催のために子どもたちが最初に取り掛かったのは、企画展のテーマ決めです。「誰に見てほしい?」「どんな気持ちになってほしい?」「どんな雰囲気の企画展がいい?」と考えていく中で、子どもたちから共通のキーワードが浮かび上がってきました。みんなの意見をまとめて決定したテーマは「いってみよう!楽しい!最幸・日本画の世界~きぼうのまほうをかけましょう~」。たくさんの人に本田さんの絵の素晴らしさを知ってほしいという願いが込められています。
続いて、企画展で紹介したい作品を決めていきます。本田さんが描く作品は、親しみのある長岡の道路風景を題材にしたものが多く、現代的ながらどこかノスタルジックな雰囲気を醸し出しているのが特徴。子どもたちはそれぞれ「自分の心が感じた素敵な部分」を大切にしながら企画展で紹介したい“とっておきの一枚”をセレクトしました。「子どもたちは自分が選んだ一枚の絵と、徹底的に向き合うこととなります。そして学芸員としてお客さんに解説するために、自分が感じた素敵な部分を伝える練習をします。作品解説では一方的に伝えるのではなく、お客さんがどう感じたかも尋ねる『対話型』がポイントです。練習を重ねるうちにどんどん上達していく姿には、目を見張るものがありましたね」(富樫先生)
企画展開催までには、まだまだやることがいっぱい。案内ポスター制作、校内放送での宣伝のほか、オープニングセレモニーや同時開催のワークショップなど、それぞれが希望する係に分かれて準備を進めました。 そして迎えた、2022年7月の企画展当日。昼休みになると、会場の「こだま美術館」には在校生たちが続々と訪れました。新型コロナウイルス流行前であれば地域の方も招待していましたがここ数年は控えており、今年度も主催である6年生の保護者のみが招待されました。子どもたちは交代制で、自らが選んだ「特別な一枚」の日本画を解説。流ちょうに話す子もいれば、緊張して声が小さくなってしまう子も……。それでも、自分が絵から感じた気持ちを言葉にのせて「お客さんに絵の魅力を伝えたい」という想いを精一杯届けました。
企画展を無事に終えた
子どもたちの感想は?
「こだま美術館」企画展に向けて奮闘してきた6年生の子どもたち。本田さんの絵に出会い、プロの学芸員から対話型鑑賞を学び、自ら考え工夫しながら準備をしてきた企画展成功によって達成感でいっぱいになりました。子どもたちはどんなことにやりがいを感じたのでしょうか? 6人の生徒のみなさんにインタビューをしてみました。
「学芸員として日本画家・本田さん自身の生い立ちや魅力について解説しました。本田さんは幼稚園の頃から絵が好きで油絵を習っていたけれど、日本画に出会って『これだ!』という感覚が湧いてきたそうです。僕が感じた『本田さんの良いなと思うところ』もみんなに伝えることができました」(久保惺さん)
「私は企画展オープニングの司会を担当しました。全校のみなさんに楽しんでもらいたくて、ハートレンジャーレインボーファイブ(上組小オリジナル戦隊)を登場させました。盛り上がりましたよ!」(渡辺さくらさん)
「日本画とはどんな絵かを解説するポスターをつくりました。画材の岩絵具や筆、歴史など、初めて日本画を知る人にもわかりやすく伝わるように工夫しました。学校の柱にポスターを貼って、みんなが見てくれたので嬉しかったです」(腰越悠叶さん)
「企画展当日、全校生徒に校内放送で開催のお知らせをしました。緊張しましたが、丁寧にはっきりと話すことを意識しましたし、ワクワクする感じが上手く伝わったのではないかなと思います」(黒崎百香さん)
「僕の担当はワークショップ用のガチャガチャづくりです。卵パックに『大吉』『小吉』などと書いたくじを入れるのは自分たちで考えたアイディア!低学年の子にも喜んでもらえました」(小船井恵太さん)
「私はタブレットのアプリで企画展のお知らせポスターをつくりました。企画展テーマが伝わりやすいように強調して書いたのがポイントです。たくさんの人に来てもらえて良かったです」(五井悠乃さん)
驚いたのは、取材した子どもたち全員が、自分の活動を振り返ってその時のプロセスや企画の狙い、嬉しかった気持ちなどを臆せずに言葉で表現できること。堂々とした姿勢はまさに、子ども学芸員として相手に伝える経験を積んできたからかもしれません。
新潟県ゆかりの芸術家を招いて
毎年オリジナルの企画展を開催
全国でも類を見ない、「校内美術館」をもつ上組小学校。前述した通り、中越美術教育研究会の推進校であるため、歴代の校長は美術にゆかりのある人物が多いのが特徴です。今年4年目となる目黒由美校長もアートを愛する一人。長年、中越美術展の運営に関わり、上組小学校への赴任は念願だったといいます。
「上組小学校6年生が主催する『こだま美術館』の企画展は、今年で24年目になります。毎年異なる芸術家の先生をお呼びして展示会をするんです。ここ4年間では本校の元校長でもある日本画家・菊池美秋先生、廃材アーティスト・加治聖哉さん(加治さんの過去記事:長岡・栃尾に現れた「木の魚が泳ぐ」水族館。人の縁が命を吹き込む加治聖哉さんの廃材アート)など、新潟県にゆかりのある作家さんたちにご協力いただきました。長岡市栃尾の『栃尾美術館』から作品をお借りしての展示会を行ったこともあるんですよ」 上組小学校の造形美術教育カリキュラムは年ごとに異なっています。2021年は創立150周年記念として、廃材アーティスト・加治聖哉さんと共に全校生徒が「自分だけの生き物づくり」に挑戦。市内の高田建築事務所から提供された廃材で創作し、長岡駅直結の交流施設・アオーレ長岡に、全児童による401点の作品がずらりと並びました。子どもたちの生き生きとした感性が詰まった作品はいずれも独創的で、「本当に素晴らしかった!」と目黒校長は目を細めながら語ります。
アートはみんな違ってみんないい
ありのままを認めることが多様性を育む
上組小学校の造形美術教育活動は、「こだま美術館」の企画展だけではありません。現在、6年生の子どもたちは、2023年1月にアオーレ長岡で開催予定の「上組の魅力を発信する企画展」に向けて準備中。生まれ育った上組のまちの様子を絵で表現することで、来場するお客さんたちに魅力を伝えたいと意気込んでいます。アートの力でまちを盛り上げることが、子どもたちが目指す目標のひとつです。
また、上組小学校の造形美術教育では、全児童が日ごろアートに触れる機会を設けています。たとえば、2~3カ月に一度行う「造形タイム」では、全校児童がテーマに合わせた絵に取り組み、完成した作品を廊下に掲示します。「指で描いた絵」「進化した未来の生き物」など同じお題でも、子どもたちの感性は実にさまざま。色彩豊かな作品たちがにぎやかに並ぶ廊下は、まるで小さな美術館のようです。 「ぜひ、このノートも見てください」と目黒校長が取り出したのが、表紙に「あのねノート」と記された小さなスケッチブック。約30年前から、上組小学校では全児童に渡すのが伝統のひとつとなっていて、かけがえのない体験の数々をすぐ絵に描けるようにとの思いが込められています。友達とはしゃいで過ごす休み時間、初めてのバス遠足、夏休みの思い出――あのねノートに日々をつづれば6年間で3冊分のノートがぎっしりに。自らが描いた絵と共に思い出を振り返れば、懐かしく豊かな時間となりそうです。上組小学校の子どもたちにとって、作品鑑賞や絵を描くことは日常の営み。心が動いた瞬間を絵として表現することへの抵抗はいっさいなく、のびのびと思いのままの作品づくりを楽しんでいます。目黒校長は、自分の思いのままに自由な表現活動をする子どもたちを目にするたびに、造形美術教育の良さを日々感じているといいます。
「子どもたちは、ありのままを認められることで『これでいいんだ!』と自信をもてます。美術活動を通して、対象物への鋭い観察力、感じたことを言葉にする力も少しずつ身についていると感じていますね。そしてもう一つ、お互いの作品を鑑賞し合うことは『多様性を認める』ことにもつながっています。絵に正解はなく、それぞれに個性があってみんないいんです」
HAKKOTrip2022に参加決定!
摂田屋のまちの魅力案内人を務める
美術活動によって、堂々と自己表現をして他者へ思いを伝える力を身につけてきた上組小学校の子どもたち。「アート」を合言葉にさまざまな地域の大人たちと出会い、まちの良さを再認識する機会がたくさんありました。「自分たちが感じた地域の良さをみんなにも伝えたい!」そんな思いを叶えるために、2022年10月30日(日)に開催される、長岡の一大イベント「HAKKOTrip2022」に参加します。
子どもたちはイベント会場である摂田屋の蔵や交流施設を取材。当日は各スポットの魅力をまとめたポスターを掲示し、市内外の人たちに発酵のまちの魅力を知ってもらおうと考えています。3年生が制作したオリジナル行灯も展示されていますので、ぜひご注目を。上組小学校の子どもたちが渾身の力を込めて制作したポスターは、10軒のスポット(星六、越のむらさき、星野本店、長谷川酒造、吉乃川、ハレの日タカダヤ、江口だんご、発酵ミュージアム、6SUBI、BUKUBUKU)で鑑賞できます。10月30日(日)10~15時開催の「HAKKOTrip2022」にぜひ足を運んでみてくださいね。
HAKKOtrip2022 ~Hakko×Local×Science~
日時:10月30日(日) 10:00~15:00
会場:宮内~摂田屋、長岡駅前(アオーレ長岡、ながおか市民センター等)
Webサイト:https://hakko.na-nagaoka.jp/trip/
Text&Photo 渡辺まりこ