小学校の中に美術館!? 子ども学芸員が活躍する上組小のアート教育に迫る

小学校時代の「図工」の授業といえば、絵や工作などに取り組み、夢中になった記憶がある方も多いはず。しかし、大人になるとつい「芸術」あるいは「アート」というものを縁遠いものだと感じてしまいがちで、向き合い方がわからないとか、どう鑑賞すればいいのかわからないという方も、また多いのではないでしょうか。
造形美術教育とは、創作物を生みだすことはもちろん、じっくりと鑑賞して自分の感じた気持ちを表現する力を育てること——。そんな「アートの世界を楽しむ力を育てる」に注力した教育活動を行っているのが、新潟県長岡市・上組小学校です。独自の造形美術教育プログラムがあるだけでなく、なんと校内には、小さな美術館まであるとのこと。いったいどんな取り組みを行っているのか、取材しました。

2018年に改修を終えた上組小学校は、モダンな雰囲気。校内の至るところに子どもたちが制作した絵や作品が展示されています。
校内には「こだま美術館」と呼ばれる美術館専用の特別な部屋があり、年に数回、6年生の児童が企画展を行うのが恒例。コンパクトなスペースではありますが、展示物を美しく見せるスポット照明や展示用ワイヤーを備える本格的なつくりです。令和4年度は、長岡市出身28歳の日本画家・本田貴哉さんの絵を借りて企画展を3日間行い、子どもたちが学芸員として活躍しました。企画展開催までには、長岡の魅力に興味を持ち、アートで自ら発信できるようになるため、様々な大人たちと出会ってきたのだとか。今年度の6年生の取り組みについて、1組担任の富樫亜紀先生、2組担任の松井寛明先生に詳しくお話を伺いました。
芸術家や学芸員との交流も…
上組小独自の造形美術教育とは?

(右)1組担任の富樫亜紀先生と(左)2組担任の松井寛明先生。
造形美術教育のスタートである4月の授業では、日本画家の本田貴哉さんがいらっしゃいました。日本画の原画は、岩絵具のマットな質感が独特。描かれているのは長岡市内の道路など日常の風景が中心で、子どもたちにとって見覚えのある場所も多くありました。どこか現代風な本田さんの作品に、子どもたちはすっかり心を掴まれていましたね」(富樫先生)

長岡在住の日本画家・本田貴哉さんが来校して作品を解説してくれました。子どもたちは絵だけでなく、穏やかな中に熱い情熱を秘めた本田さんの人柄にも魅かれたようです。

長岡市内・悠久山近くの風景を描いた作品「ひなた」。温かくどこか懐かしい雰囲気が伝わってきます。

新潟県立近代美術館・学芸員講師による「対話型鑑賞」講座。「作品を媒介に他者とコミュニケーションを取る」というアート鑑賞の楽しみ方を学ぶことができました。
さらにここでは、企画展を運営するまでの方法も教えてもらったそう。企画展テーマを決める、作品を選ぶ、作品を設置してキャプションを書くなど、やることは盛りだくさん。子どもたちは「僕たち、私たちも『こだま美術館』で本田さんの日本画展をやってみたい!」とやる気をふくらませていきました。
作品を見て感じた「素敵」を言葉に!
自分の思いをのせて魅力を伝える
企画展開催のために子どもたちが最初に取り掛かったのは、企画展のテーマ決めです。「誰に見てほしい?」「どんな気持ちになってほしい?」「どんな雰囲気の企画展がいい?」と考えていく中で、子どもたちから共通のキーワードが浮かび上がってきました。みんなの意見をまとめて決定したテーマは「いってみよう!楽しい!最幸・日本画の世界~きぼうのまほうをかけましょう~」。たくさんの人に本田さんの絵の素晴らしさを知ってほしいという願いが込められています。

本田さんの作品は穏やかで優しかったり、カリッとシャープな印象だったり、緻密でリアルな描写にハッとさせられたり……作品ごとに異なる多彩な表現に思わず魅了されます。
「子どもたちは自分が選んだ一枚の絵と、徹底的に向き合うこととなります。そして学芸員としてお客さんに解説するために、自分が感じた素敵な部分を伝える練習をします。作品解説では一方的に伝えるのではなく、お客さんがどう感じたかも尋ねる『対話型』がポイントです。練習を重ねるうちにどんどん上達していく姿には、目を見張るものがありましたね」(富樫先生)

フリーアナウンサー・水島知子さんを招いての「伝え方講座」。作品の解説や自分の感じたことを相手に伝えるための大切なポイントを学びました。

企画展案内ポスター。タブレットのアプリを使用して制作したオリジナルデザインです。

在校生たちにも絵の魅力が伝わるように、やさしい言葉で作品を解説する子ども学芸員たち。回を重ねるごとにどんどん案内が上達していきました。
子どもたちは交代制で、自らが選んだ「特別な一枚」の日本画を解説。流ちょうに話す子もいれば、緊張して声が小さくなってしまう子も……。それでも、自分が絵から感じた気持ちを言葉にのせて「お客さんに絵の魅力を伝えたい」という想いを精一杯届けました。

企画展オープニングでは上組小オリジナルレンジャー・ハートレンジャーレインボーファイブが登場!お祭りのように大にぎわい!

こだま美術館の展示スペース脇にお楽しみコーナーを用意。おみくじ入りのガチャガチャは低学年に大人気でした。

本田さんの作品をプリントアウトして作った塗り絵のコーナー。本田さんの絵に親しんでもらおうと、子どもたち自身が考案したアイディアです。
企画展を無事に終えた
子どもたちの感想は?
「こだま美術館」企画展に向けて奮闘してきた6年生の子どもたち。本田さんの絵に出会い、プロの学芸員から対話型鑑賞を学び、自ら考え工夫しながら準備をしてきた企画展成功によって達成感でいっぱいになりました。子どもたちはどんなことにやりがいを感じたのでしょうか? 6人の生徒のみなさんにインタビューをしてみました。
「学芸員として日本画家・本田さん自身の生い立ちや魅力について解説しました。本田さんは幼稚園の頃から絵が好きで油絵を習っていたけれど、日本画に出会って『これだ!』という感覚が湧いてきたそうです。僕が感じた『本田さんの良いなと思うところ』もみんなに伝えることができました」(久保惺さん)
「私は企画展オープニングの司会を担当しました。全校のみなさんに楽しんでもらいたくて、ハートレンジャーレインボーファイブ(上組小オリジナル戦隊)を登場させました。盛り上がりましたよ!」(渡辺さくらさん)
「日本画とはどんな絵かを解説するポスターをつくりました。画材の岩絵具や筆、歴史など、初めて日本画を知る人にもわかりやすく伝わるように工夫しました。学校の柱にポスターを貼って、みんなが見てくれたので嬉しかったです」(腰越悠叶さん)
「企画展当日、全校生徒に校内放送で開催のお知らせをしました。緊張しましたが、丁寧にはっきりと話すことを意識しましたし、ワクワクする感じが上手く伝わったのではないかなと思います」(黒崎百香さん)
「僕の担当はワークショップ用のガチャガチャづくりです。卵パックに『大吉』『小吉』などと書いたくじを入れるのは自分たちで考えたアイディア!低学年の子にも喜んでもらえました」(小船井恵太さん)
「私はタブレットのアプリで企画展のお知らせポスターをつくりました。企画展テーマが伝わりやすいように強調して書いたのがポイントです。たくさんの人に来てもらえて良かったです」(五井悠乃さん)
驚いたのは、取材した子どもたち全員が、自分の活動を振り返ってその時のプロセスや企画の狙い、嬉しかった気持ちなどを臆せずに言葉で表現できること。堂々とした姿勢はまさに、子ども学芸員として相手に伝える経験を積んできたからかもしれません。
新潟県ゆかりの芸術家を招いて
毎年オリジナルの企画展を開催
全国でも類を見ない、「校内美術館」をもつ上組小学校。前述した通り、中越美術教育研究会の推進校であるため、歴代の校長は美術にゆかりのある人物が多いのが特徴です。今年4年目となる目黒由美校長もアートを愛する一人。長年、中越美術展の運営に関わり、上組小学校への赴任は念願だったといいます。

アートが大好きだという目黒由美校長。校長室はカラフルなポスターでいっぱいです。

2020年のこだま美術館企画展。栃尾美術館から借りてきた作品は、すべて子どもたち自らがセレクトしたものです。

2021年、創立150周年記念にて廃材アートの作品を展示。
アートはみんな違ってみんないい
ありのままを認めることが多様性を育む
上組小学校の造形美術教育活動は、「こだま美術館」の企画展だけではありません。現在、6年生の子どもたちは、2023年1月にアオーレ長岡で開催予定の「上組の魅力を発信する企画展」に向けて準備中。生まれ育った上組のまちの様子を絵で表現することで、来場するお客さんたちに魅力を伝えたいと意気込んでいます。アートの力でまちを盛り上げることが、子どもたちが目指す目標のひとつです。

指だけで描いた作品たち。絵具の感触を指先で感じるのも、楽しくてワクワクする体験です。

テーマは「進化した未来の生き物」。大人が想像もつかないような独創的な作品には思わず息を呑みます。

6年間で約3冊描く「あのねノート」。少年少女時代の思い出が詰まった小さなノートは、一生の宝物になりそう。
上組小学校の子どもたちにとって、作品鑑賞や絵を描くことは日常の営み。心が動いた瞬間を絵として表現することへの抵抗はいっさいなく、のびのびと思いのままの作品づくりを楽しんでいます。目黒校長は、自分の思いのままに自由な表現活動をする子どもたちを目にするたびに、造形美術教育の良さを日々感じているといいます。
「子どもたちは、ありのままを認められることで『これでいいんだ!』と自信をもてます。美術活動を通して、対象物への鋭い観察力、感じたことを言葉にする力も少しずつ身についていると感じていますね。そしてもう一つ、お互いの作品を鑑賞し合うことは『多様性を認める』ことにもつながっています。絵に正解はなく、それぞれに個性があってみんないいんです」
HAKKOTrip2022に参加決定!
摂田屋のまちの魅力案内人を務める
美術活動によって、堂々と自己表現をして他者へ思いを伝える力を身につけてきた上組小学校の子どもたち。「アート」を合言葉にさまざまな地域の大人たちと出会い、まちの良さを再認識する機会がたくさんありました。「自分たちが感じた地域の良さをみんなにも伝えたい!」そんな思いを叶えるために、2022年10月30日(日)に開催される、長岡の一大イベント「HAKKOTrip2022」に参加します。

摂田屋「発酵ミュージアム」にて館長さんを取材中。
上組小学校の子どもたちが渾身の力を込めて制作したポスターは、10軒のスポット(星六、越のむらさき、星野本店、長谷川酒造、吉乃川、ハレの日タカダヤ、江口だんご、発酵ミュージアム、6SUBI、BUKUBUKU)で鑑賞できます。10月30日(日)10~15時開催の「HAKKOTrip2022」にぜひ足を運んでみてくださいね。
HAKKOtrip2022 ~Hakko×Local×Science~
日時:10月30日(日) 10:00~15:00
会場:宮内~摂田屋、長岡駅前(アオーレ長岡、ながおか市民センター等)
Webサイト:https://hakko.na-nagaoka.jp/trip/
Text&Photo 渡辺まりこ