【長岡蔵人めぐり 第12回】「きれいな酒」の秘密は米の扱いにあり!伝統を守りつなぐ諸橋酒造
酒どころ新潟県長岡市の16蔵を巡る本企画。今回訪れたのは、山間地・栃尾地域にある「諸橋酒造」です。170年以上の伝統を誇る老舗酒造が、その酒質を変化させないために努めていることとは何でしょうか? 伝統を守り続けるだけでなく、新たな可能性を追求するための挑戦についても伺いました。
おいしい水に恵まれた
山間地で醸す伝統の酒
県内有数の豪雪地帯として知られる栃尾地域。四方を山に囲まれた立地のため豊かな水に恵まれ、棚田でのお米作りが盛んな地です。
諸橋酒造は、創業1847(弘化四)年。歴史を感じる堂々とした蔵構えが、脈々とこの地で名酒を醸し続けてきたことを物語っています。
蔵の中を案内してくれたのは、杜氏に就任して4年目の浅井勝さん。「うちの蔵は導線が複雑なんですよ」との言葉通り、木造2階建ての建物は迷子になってしまいそうなほど広く、内部はいくつもの部屋に分かれています。あたりは甘いお米や麹の香りが漂っており、この蔵のあちこちにお酒を醸す微生物たちが住み着いていると考えるだけでワクワクしてきます。
蔵の中は清潔に保たれており、仕事道具が美しく整理整頓されているのが印象的。蔵人のための休憩室や食堂、冬季の泊まり込み部屋も用意されているのだそうです。泊まり込みで作業をするというのは昔の話かと思いきや、今も吟醸酒を仕込む12~1月には真夜中であっても2時間おきに麹の状態をチェックし、温度管理をしているのだとか。1年間かけて造るお酒の味は仕込みで決まるとあって、一つひとつの工程を丁寧にこなす蔵人たちからはピシッとした緊張感が伝わってきました。
目指すのは料理に寄り添う
「黒子」のような酒
諸橋酒造の代表銘柄は「越乃景虎(こしのかげとら)」。名の由来は、戦国武将・上杉謙信の元服名「長尾景虎」からきています。上杉謙信は栃尾の地で青年期を過ごした後、内乱が長く続いた越後を平定し、繫栄のために力を尽くしました。その偉業が後世まで伝えられていることから「上杉謙信のように、後世まで愛されるお酒になりますように」との願いを込めて「越乃景虎」と命名したそうです。
端麗辛口ながら辛みを感じすぎず、すっきりした後味が特徴。爽快なキレの“きれいなお酒”は、全国の日本酒ファンに愛されています。7代目社長の諸橋麻貴さんは、その酒質について「先代から伝えられたのは、越乃景虎は脇役で良いということ。料理を引き立て、寄り添う黒子のようなお酒なのです」と語ります。
「高級酒がおいしいのはもちろんのこと、日々の晩酌で気軽に飲んでいただくお酒こそ大切にしなければならない。代々変わらないこの思いを受け継ぎ、蔵人たちもお酒造りに励んでいます」(諸橋さん)
繊細な米の扱いが
味わいを左右する
取材に訪れた当日、蔵は蒸米作業の真っ最中でした。杜氏の浅井さんは、この工程こそが酒造りの味を決める最も重要なポイントだと言います。
「酒造りは『一麹、二酛(もと)、三造り』と言われるように麹造りが重要です。その中でも、米の原料処理(精米・洗米・浸漬・蒸米)は慎重に行っています。難しいのが、米に吸水させる水分の量です。お米のできは毎年違いますし、仕込み序盤の10月と終盤の4月では、米が含む水分量が全く異なります。経験と勘で、ちょうどいい吸水を見極める必要があるんです」(浅井さん)酒造りのマニュアルは、あってないようなもの。浅井さんが杜氏になってから今年で4年目になりますが「毎年、初造りのような気持ちで臨んでいます」と、その仕事の難しさを語ります。
「越乃景虎の特徴は、すっきりした端麗辛口です。水分を吸わせすぎると旨みがのりすぎてしまうので、適量の水分調節をすることでめざす味に近づけます。毎年試行錯誤するのは大変ですが、その分やりがいを感じますね」(浅井さん)
よい酒をつくる
杜氏の資質とは?
毎年の酒の出来を決める要素は様々ありますが、杜氏の手腕もそのひとつかもしれません。現在、杜氏として蔵人を先導する浅井さんは、以前は精米会社で働いていましたが、お酒造りに興味をもったことから2005年に諸橋酒造へ入社しました。蔵人となってまもなく、「いずれは杜氏になりたい」と夢を描くようになったそうです。
「前社長や前杜氏に頑張りが評価されたのでしょうか、39歳の頃に杜氏に抜擢されました。前杜氏は50代のベテラン です。今でも共に酒造りをし、時にはアドバイスもしてくれます」(浅井さん)杜氏が変わったからといって、その酒質がガラリと変わるわけではありません。しかし「めざす味」は人によって微妙に異なるもので、杜氏の感性が味に影響を与えることは確かでしょう。酒造りは「利き酒で始まって利き酒で終わる」と浅井さんは語ります。いろいろな酒を味わって自分がめざしたい味をイメージし、その年に完成した酒の品質を確かめることで次につなげる。言語化できない酒造り職人の感性は、長年酒造りに真剣に向き合ったからこそ築きあげられた賜物です。
諸橋酒造の蔵人は30~40代の若手が中心となっています。杜氏として全体をまとめるために、浅井さんが重視しているのは「蔵人チーム全体の雰囲気づくり」だと言います。「よいお酒は、蔵人の和がないと造れないんですよ。ギクシャクした雰囲気はお酒の味に影響してしまうんです。杜氏になって4年経ちますが、蔵人たちとの接し方はいまだに試行錯誤ですね。ただ、蔵人たちが自発的に行動し、お互いの考えをシェアし合いながら仕事を進められるのはありがたいなと思っています」(浅井さん)
伝統を守るだけじゃない!
新たな時代の酒づくりに挑戦
170年間に渡る伝統を受け継ぎ、“黒子スタイル”の主役を立てる酒を醸し続けてきた諸橋酒造。しかし、最近は新たなスタイルの日本酒造りにも挑戦しています。
こちらは、低たんぱく米を原料にした越乃景虎シリーズ「春陽(しゅんよう)純米酒」。米の性質がまったく異なるため発酵に苦戦していたそうですが、数年間の試作開発を重ねてこの冬初めて蔵出しを迎えました。その味は、淡く甘酸っぱくフルーティー。ライチのような風味があり、白ワインのような爽やかさを備えています。 「超辛口大吟醸」は浅井さんがどうしても造ってみたかった念願のお酒なのだとか。これまでの越乃景虎は、料理を引き立たせるためにすっきりとした風味に仕上げるのが定番でしたが、こちらは大吟醸というだけあってふくよかな風味をもちながら、どんな料理にもマッチするオールマイティさも兼ね備えています。新商品を世に出すとき、お客さんからの評価は気になるもの。浅井さんは定期的にSNSでお客さんの声をチェックするようにしているそうです。新しい味への新鮮な驚きと感動を示す方もいれば、これまでの越乃景虎のイメージと異なることに戸惑いを感じる方もいるとか……。
「日本酒を飲む方が減っているので、新たな層に届けるためには、これまでと違うコンセプトでお酒を造るのも良いかなと思っています。まずは『越乃景虎』という銘柄を知ってもらい、ぜひ他のシリーズも試してみてほしいですね」(浅井さん)
伝統を守りながら、日本酒の魅力を伝えるために新たな挑戦を始めた諸橋酒造。変わらない部分と変化する部分を見極めることで、古参のファンを大切にしつつ前へ進もうとする強い意志が感じられます。静かに進化を続ける蔵元から目が離せません。
Text&Photo:渡辺まりこ
Information
諸橋酒造
[住所]新潟県長岡市北荷頃408
[電話]0258-52-1151
[URL]http://www.morohashi-shuzo.co.jp/