映画カクテル100種以上、店員全員テンガロン。個性派バー・フォーティーナイナーズの「正統派の信念」
気分はまるで荒野のガンマン…?
作り込まれたウエスタンな内装
JR長岡駅大手口から徒歩5分、メインストリートである大手通りから一本入ったすずらん通りを歩いていると突然現れる、西部劇の雰囲気漂うファサード。看板中央にはリアルな雄鹿の頭骨オブジェが突き出しており、訪れる者を出迎える。こちらが噂のウェスタンバー「Forty-Niners(フォーティーナイナーズ)」だ。
ついついお尋ね者のガンマンのような仕草で扉を開けると、店内は開拓時代のアメリカを感じさせるような世界観の内装。西部劇でおなじみのオイルランタン調の照明が、薄暗い店内をムーディーに灯す。
出迎えてくれたのは「フォーティーナイナーズ」オーナーの大橋元木さん。バーテンダー歴30年以上のベテランだ。テンガロンハットと赤いバンダナが似合うスマートな風貌で、爽やかな笑顔がまぶしい。
レパートリーは無限!
噂の“映画カクテル”をオーダーしてみた
まずは、さっそく気になる噂を検証してみよう。大橋さんに「どんなカクテルがあるのですか?」と尋ねると、分厚いメニューを手渡された。
『風と共に去りぬ』『エクソシスト』『タイタニック』『パイレーツオブカリビアン』etc……。 年代ごとにずらりと並んだ名作映画のタイトルにしばし圧倒されるが、これがすべて、オリジナルカクテルなのだという。いわゆる名画をテーマにしたカクテルはしばしば見かけるが、ハリウッド大作や邦画エンターテインメント、アニメなどのメニューも豊富なのがこの店の特徴。『踊る大捜査線』『テルマエ・ロマエ』『シン・仮面ライダー』などが揃うほか、『千と千尋の神隠し』から『鬼滅の刃』まで、幅広いというだけでは収まらないレパートリーなのだ。
「全部で100種類以上はあるでしょうか。メニューにない映画も、言ってもらえれば作品をイメージしてカクテルを作れますよ」と大橋さん。何を選ぼうか散々迷った末に、まずは大橋さんおすすめの3つをオーダーしてみた。
サーブされたのがこちら。さて、何がどの作品だかおわかりだろうか?
「思わず『バルス!』と叫びたくなるこちらは、青く光る飛行石をイメージした『天空の城ラピュタ』です。グラスの中には、企業秘密の光る氷を入れています」
「こちらは深い暗闇をイメージした『2001年宇宙の旅』。グラスの底にはコンピュータの目をイメージしたチェリーが沈んでいます。ハーブ風味のシャンパンカクテルです」
「『新世紀エヴァンゲリオン』は初号機のパープル、零号機のイエロー、2号機のレッドの色あいを表現しています。甘酸っぱいフルーツテイストです」
解説を聞くと、なるほどと思わず膝を打つアイディアに感心する。映画をイメージしたカクテルは、様々な視点でレシピを決めているそうだ。例えば、『レオン』は主人公の殺し屋・レオンが作中でよく飲んでいた牛乳がベース。『美女と野獣』は華やかなバラの香りがするシャンパンベース。『老人と海』はキューバの海が舞台であることからキューバ産ラムベースなど、作中に登場するモチーフやのカクテルとなっている。
「基本的にメニュー表では、カクテルの詳細な説明をしていません。だから、提供されるまでどんな色かも味かも分からないんです。意外性とワクワクを体感してほしいですね」
最後に「これはびっくりしますよ!」と運ばれたのは、なんと青い炎が上がったメジャーカップ。
橙色のカクテルが入ったグラスに炎を移すと、たちまち緑色に変化!こちらは消防士が主役の映画『バックドラフト』のカクテル。火災から連想した炎をイメージした演出は意外性があり、思わずテンションが上がってしまった。
「フォーティーナイナーズ」で提供するカクテルのモチーフになっている映画作品は、1950年代のものから2020年代のものまで幅広い。最近の作品のオーダーが多いのかと思いきや、時代が古い名作映画カクテルも根強く愛されている。映画カクテルをきっかけに、お客さん同士で「この作品のイメージは確かにこんな色だ」「もうちょっとこういう味のほうがイメージだな」」とそれぞれの解釈を披露し合う姿も見られ、カウンター席で隣り合った者同士で自然発生的に会話が生まれている。
オーセンティックな正統派から
個性派バーに転向した理由
大橋さんはいつ頃から、映画を冠したカクテルを提供していたのか? そのはじまりは25年以上前にさかのぼる。
大橋さんは当時、東京・渋谷の名物バー「八月の鯨」でバーテンダーとして働いていた。映画好きの間で有名な店で、映画をモチーフとしたオリジナルカクテルを提供している。このコンセプトはオーナーが決めたものだったが、週2~3本は映画を観賞する大橋さんにとって、映画の世界観を表現するカクテルづくりは楽しかったそうだ。
2001年に地元長岡へUターン後、駅前の繁華街・殿町に10席のこぢんまりとしたバーをオープン。その当時も、映画をイメージしたカクテルを提供していたが、店構えは現在とは異なり、正統派のオーセンティックバーだったという。ところが、4年ほど経つうちに、自身が理想とする店のイメージとは違うと感じるようになった。
「オーセンティックな店構えでカウンターだけだとどうしても静かに飲むお客さんが多いんですが、実は、そういう店はなんだか性に合わなくて……。もっとにぎやかなお店にしたいと考えたことから、思いきって移転を決めました」
それで移転してきたのが、現在の場所。席数は5倍の50席となり、広々とした店内での営業となった。店名は「アクア・ヴィタエ(ラテン語で“生命の水”)」。移転前の店と同様、オーセンティックな雰囲気が漂う本格的なバーだった。大橋さんはじめスタッフは、蝶ネクタイとベストのシックな出で立ちで、お客を出迎えた。しかし、ここでもやはり大橋さんは「イメージが違う」と感じてしまう……。テーブル席が増えただけでは、静かなムードは変わらなかったのだ。
「本格的なお酒を飲める場でありながら、ワイワイした雰囲気をつくりたい」。そこで思いついたコンセプトが「ウエスタン」だ。もともと西部劇の世界観が好きだったという大橋さんは「これだ!」と確信して、大胆なイメージチェンジを図る。まず、店名を現在の「フォーティーナイナーズ」に改名。この名は、19世紀にアメリカのカリフォルニア一帯で砂金が採掘されたことを発端に起こった「ゴールドラッシュ」にちなんでいる。全米、そして世界から一攫千金を求めた人々が殺到し、アメリカ西部開拓のひとつの原動力ともなった出来事だ。1849年に採掘者が急増したことから、夢を追う人々のことを“forty-niner(49er/49年組)“と呼ぶようになった。大橋さんは新たな出発にあたってこの名前を店名に冠し、そして店を法人化した。西部開拓のイメージで、制服はテンガロンハットとバンダナ、Tシャツに。BGMには軽快なカントリー音楽が流れる親しみやすい店に生まれ変わった。
看板商品は「バッファローウィング」
お酒好きの胃袋を掴むアメリカ料理
もっとわいわい楽しんでもらう店にするため、フードメニューも大幅に増強することにした。「ウエスタン」がテーマである以上、フードメニューの中心はアメリカ料理となった。店のリニューアル時に以前からの常連のお客と共に作り上げたのが、看板商品「バッファローチキンウィング」だ。
「このレシピ開発をした日々は思い出深いです。私は料理が得意ではないのですが、お客さんで料理が好きな方たちがレシピ作りや改良を手伝ってくれたんです。試作しては味見をしてもらっての繰り返しで、時間をかけて納得いくレシピが完成しました」
バッファローチキンウィングとは、ニューヨーク州のバッファロー地区発祥の鶏肉料理で、アメリカでは定番のファストフード。素揚げした鶏手羽を辛味と酸味のあるホットソースで和えたパンチのある味付けで、ビールとの相性が抜群だ。「フォーティーナイナーズ」では、カレーやバーベキューなど6種類のフレーバーから選べる。供されるサワークリームをディップして味変するのも楽しい。ヤミツキになる美味しさで、食べる手が止まらなくなる。
自家製スイーツも豊富だが、このまちならではの交流が生んだのが、こちらの「ピズーキー」だ。ピッツア×クッキーの造語(pizookie)で、ピッツアのように薄く広げて焼いたチョコチップクッキーの上に、アイスクリームとチョコレートソースをトッピングしたもので、10年ほど前からニューヨークで大人気となっているスイーツ。背徳感あふれる……と言って差し支えないほど濃厚な甘さは、一口で幸福な気持ちにしてくれる。
「実は、このピズーキーをメニューに考案してくれたのは、2019年までBリーグの新潟アルビレックスBBに所属していたバスケット選手のダバンテ・ガードナーさん(現在はシーホース三河所属。アルビレックスBB時代には2017-18年、18-19年の2シーズン連続でリーグ得点王)なんです。彼は店の常連で、アメリカ出身ということもあって『ぜひ作ってくれ』と言われてメニューに加えたんです。他のお店では、なかなか味わえないですよ!」
この他にも、ライトなつまみからケサディヤやチリビーンズなど、ウェスタンには欠かせないテックス=メックス(テキサスとメキシコの国境地帯の料理)、スパイスが後引くソフトシェルシュリンプ、パルメザンチーズたっぷりのフライドポテトなど、お酒がグイグイ進むフードぞろい。N.Y.チーズケーキやビッグマフィンなど別腹のアメリカンスイーツもあり、迷ってしまうほどメニューが豊富なのだ。
「マニアックなオーダーにも応えたい」
常備するボトルは300本以上
迷ってしまうといえば……カクテル以外のドリンクの数も尋常ではない。例えば、ビールはラガーやスタウト、ポーターなど幅広いスタイルで、銘柄も世界のさまざまなブランドをラインナップ。オーセンティック出身の大橋さんが特にこだわるウイスキーに至っては、メニューに掲載されているだけで50以上。メニューに記載されていないマニアックなものもあり、スコッチ、アイリッシュ、アメリカン、カナディアン、日本など、ウイスキー愛好家も納得の品揃えだ。他の種類のお酒も含め、全部で300本以上のボトルを常備している。
長岡にバー多しといえど、これほど豊富にお酒をそろえる店は希少である。「なぜここまで品ぞろえにこだわるのですか?」と大橋さんに聞いたところ、お酒を愛する大橋さんならではのハートフルな答えが返ってきた。
「お酒好きな人が『〇〇のお酒ある?』とマニアックなオーダーをした時、『ありますよ』とサッと提供できたら、絶対に喜んでもらえますよね。『まさかないだろう』と思ってオーダーした時にもちゃんとある、これを目指しています。だからこそ、多種類のお酒を用意しておきたいんです。そういうお客さんに刺激されて若い大学生がウイスキーにハマってしまい、それ以降20年、今でもウイスキーを楽しみに来てくれるということも現実に起こっていますし、会話が生まれる店にして本当によかったと思いますね」
「フォーティーナイナーズ」は飲み会の2軒目・3軒目としても重宝されるという。それもそのはず、深夜3時まで営業する店はこの辺りではめずらしい。「本当は早めの時間帯で閉店にしたかったんですが……」と大橋さんは苦笑しつつ話すが、常連客たちの遅くまで飲みたいという希望を聞くなかで、遅くまで店を開けることとなった。お客を大切にしたいという、大橋さんの強い想いを感じる。
また、「フォーティナイナーズ」は全国の西部劇ファンの間でも名の知れた店となっており、カントリーミュージックのライブやダンスのイベントを開催すると、県内はもとより遠方からもこぞってお客が押し寄せる(残念ながら現在は新型コロナウイルス感染症の余波でイベントを休止中とのことで、再開を待ち望んでいるお客は多い)。大橋さんが「お客さんに楽しんでもらえる店」という極めてまっとうな信念を模索した結果として独自の進化を遂げたこの場所は、お酒や食、カントリーといった文化を媒介に、確かに多くの人の居場所になっているのだ。
また、それは大橋さんと従業員との関係にも表れている。現在5名のスタッフがいるが、お店を法人にして以来、この規模の飲食店にしては珍しく全員を正社員として雇用している。
「一般的には飲食業界で、しかも地方都市で働くということが、やりがいだけじゃなく待遇面でも希望につながるという状況にしていきたいんですよね。そうすることで、ここを単に『雇われている店』じゃなく『自分の場所』だと思ってくれるといい。インスタグラムの投稿なんかは完全にスタッフさんがやってくれていますが、私だけの世界観を守るんじゃなく、みんなが『こういう場所にしたい』と思ったことを自由に試しているのがいいところです。今のところスタッフさんたちが自分で成長してくれるし、お客さんとの関係も自分で築いていってくれていますから、いつかこの場所を誰かに引き継ぐことがあっても、お客さんには安心して来てもらえると思いますよ」
「映画を冠したカクテル」「圧倒的なお酒の品ぞろえ」「癖になるアメリカ料理」「西部劇ファンが集まる」この店を語る言葉はいくつも思い浮かぶ。ただし、単に個性派ポジションを狙った店ではなく、長年バーテンダーとして磨き上げた大橋さんの確かな腕と「みんなに楽しんでもらえる場所を」という信念が加わることで、オンリーワンの存在となっているのだ。今宵は「フォーティーナイナーズ」で新たなお酒の世界に酔いしれてみてはいかがだろうか。
Text&Photo/渡辺まりこ
フォーティーナイナーズ(Western Bar Forty-Niners)
住 所
新潟県長岡市東坂之上町2-3-4 いこいビル1F
電話番号
0258-37-1807
営業時間
18:00~翌3:00(L.O.翌2:30)
定休日
不定休 ※月曜・火曜の休みが多い
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