蔵書3000冊の「お寺+図書館」。地域に新たな縁をつなぐ「ののさま文庫」を訪ねた
開架はなんと早朝7時!
バラエティ豊かな選書が魅力
長岡市の市街地から車で約20分、のどかな田園風景の中に照覺寺は静かに佇んでいます。出迎えてくれたのは、住職の竹内清史さんと妻の美穂さん、そして清史さんの母・幸子さん。ののさま文庫は幸子さんを中心に、3人で運営しています。
オープン日は毎週日曜と月曜。開館は午前7時からで日曜は午後3時、月曜は正午12時まで。「朝7時から開く図書館」はかなり珍しいですが、朝活として読書に没頭したい方に喜ばれているそうです。
「中へどうぞ」と案内され、寺内に入ってみると驚くのはその本の数! 2000冊以上の本が並んでおり、小説・実用書・図鑑・絵本・マンガ・写真集・コミックエッセイ・レシピ本などあらゆるジャンルがそろっています。お寺の蔵書と聞くとどこか古めかしいイメージが漂いますが、こちらは往年のベストセラーから新刊まで取り扱いのセンスが良く、本好きがうなるラインナップです。
棚ごとにテーマがあり、大人向けの小説や絵本、長岡の歴史・文化、仏教、幸子さんの思い入れが深い「京都」など、どれも興味深いセレクトです。本を借りられるのは一人3冊まで、貸出期間は1カ月間あるので、自宅でゆっくりと読書を楽しめます。
若い人がお参りに来ない……
存続危機からの再生をめざして
照覺寺内にののさま文庫が誕生したのは、2022年8月のこと。取り組みを始めたきっかけは、お寺へお参りする若い世代が激減したことへの危機感でした。
「お寺の行事といえば、年4回の法要です。お経や説法を聞き、おとき(法事の後の食事)をいただくという形式は長年変わらずに行っています。かつては地域の女性たちの間でその役割が定められ、引き継がれていましたが、共働きが当たり前となったいま、平日に開催されることも多い法要に参加できない若い方がほとんどです」(幸子さん)
数十年前であれば、年間の主要行事である「お取り越し」は2日間にわたり80名ほどが集まったそう。しかし現在は1日開催に縮小され、参加者は20名ほど。しかもその年代は70代や80代で、若い人はほとんどいません。さらに、おときづくりの担当は地域の女性たちが交代で担っていますが、ここでも若手が不足しています。
ライフスタイルや価値観が多様化しているから仕方がない……。そう思いつつも、何か行動しなければと考えた幸子さん。そこで思いついたのが、趣味である「本」をテーマに人を集める方法でした。「お寺のなかに小さな図書館をつくろう」そんなアイデアがひらめいたのです。
幸子さんは長年の読書家です。本が好きでヒマさえあれば読んではいましたが、収集はしていなかったため、「図書館」にするには手持ちの本では全然足りませんでした。そこで古本を買い集めて三段カラーボックスに100冊ほどを詰め込み、見切り発車で私設図書館「ののさま文庫」をスタートさせました。
ちなみに「ののさま」とはご本尊である阿弥陀様のこと。その由来は、かつて小さい子どもでも親しみやすいようにとお参りをするときに唱える「なむなむ」という言葉が生まれ、しだいにそれが「のんのん」と訛り、阿弥陀様自体が「ののさま」と呼ばれるようになったそうです。
「ののさま文庫の開設時は、図書館と呼べないくらいこぢんまりとしていましたね。お盆の墓参り対応で忙しいことから、周囲にオープンの告知すらしませんでした。でも、お寺に訪れた人たちが、棚にある本を手に取って眺める姿があり、手ごたえを感じられました」(幸子さん)
そして、お盆の忙しい時期を乗り越え、ようやく手が空くようになってきた秋ごろ、町内の人たちにののさま文庫を知ってもらおうとチラシ300枚を作り、一軒一軒にポスティングをしました。そして、そんな地道な努力の甲斐あってか、ぽつりぽつりと来館者が増えていきました。
さらにこの時期、より多くの人にののさま文庫を知ってもらおうと始めたInstagramの情報発信をきっかけに、予想外の注目を集めることになります。
「小さな子連れのお母さんたちや、30~50代の本好きな方たちが来てくれるようになったんです。その割合は半々で、しかも地域外から来る方がほとんど。もともとは近所に住む年配者が歩いて気軽に遊びに来られるような場所になればと考えていたので、この反響はまったくの想定外でした」(幸子さん)
こう語る幸子さん。開館当初に考えていたのとは違う結果となっていますが、「多くの方が来てくれるのは喜ばしいことです」とうれしそうです。
また、最近ではInstagramにて紹介する境内の庭に並べたフローティングフラワーが注目を集めています。色とりどりの花がガラスボウルの水面に浮かぶ姿は美しく、まるでアート作品のよう。なかには花を撮影するためだけに、寺院へ訪れる人もいるそうです。
仕入れる本は全部読む!
幸子さんこだわりの選書プロセス
たった100冊の本から始まり、現在では所蔵本を含めると3000冊を保有するまでになったののさま文庫。気になるのは、どのように本を選書し、仕入れているのかです。
実は幸子さんは図書館司書の資格はなく、本屋で働いた経験もありません。どのような本を仕入れれば来る人に喜んでもらえるのか、地道にリサーチをしながら選書をしているそうです。
「たとえば絵本というジャンル一つとっても、大人向けや子供向けなどさまざまな種類があります。王道の絵本だけでなく、大人向けや読み聞かせに向くものなど、多様な本をそろえるようにしているんです。情報収集の方法は、ネットの読書レビューサイトで調べたり、来館者に意見を聞いたり。常にアンテナを張るようにしていますね」(幸子さん)
幸子さんが意識しているのは、自分だけの好みで本を選ばないこと。「喜ばれる本」を基準に選書をしています。たとえば、幸子さんは人気小説家の小川糸氏や瀬尾まいこ氏の作品をほとんど読んだことがありませんでしたが、来館者のおすすめで読むきっかけを得られました。「図書館を運営する中で、自分の中で本の好きなジャンルの幅がどんどん広がっているのを感じます」と話します。
選書におけるこだわりは、必ず自分で本の内容を確認してから仕入れること。仕入れ候補の本が決まったら、図書館で本を借りてくるなどして必ず読むようにしています。そして「この本はおすすめできる」と判断したものだけを仕入れているのです。
仕入れる本は新品もありますが古本がメイン。ネットオークションやメルカリなどの情報をチェックしているそう。すでに本の数は十分すぎるほどですが、いい本の情報が入れば、まだまだラインナップを増やしていきたいといいます。
そんなののさま文庫には、今年3月に強力な仲間が加わりました。清史さんの妻である美穂さんです。九州から嫁いできた美穂さんは、偶然にも元図書館司書で、大の読書好き。レーベルに詳しく、選書の際の相談相手になってくれるそう。現在、美穂さんは本業である会社員として働いているため、ののさま文庫は手伝いをする程度ですが、幸子さんにとっては心強い味方となっています。
「本のワクワク感」を伝えるうち
思いもよらなかった縁が次々と
ののさま文庫は、ただお寺に本を並べているだけではありません。「本のワクワク感を伝えたい」という思いから、遊び心あふれるさまざまな工夫が施されています。
「本のあみだくじ」は、子どもたちに人気の定番企画。くじで数字を引き当て、対応する番号のバッグの中身を取り出すとおすすめの4冊の絵本が入っています。ふだん自分では選ばないような絵本でも、こんなワクワクする仕掛けがあれば「読んでみたい」と思えるものです。新しい一冊と出会うきっかけとなっています。
こちらは季節限定企画、薬の処方箋に見立てた「よみぐすり」。秋バテしやすい季節だからこそ、心も体も癒してほしいと元気になれる本を詰め込んでいます。効能は、ほっこりする・楽になる・元気になるなど。袋の中身を取り出すまで、どんな本が入っているのかはお楽しみです。このような期間限定のイベントがあると、訪れる楽しみが増します。
じっくり読書時間に浸ってほしいとの思いから、毎月第1土曜は大人限定の「夜部」を開催。夕方から夜にかけて大人だけが集えるという企画で、静かなお寺で本と向き合うことができます。本が好きな者同士が出会えば話題が尽きず、和やかな交流のひとときも醍醐味です。
そのほかにも、石庭づくり、父の日のメッセージカードづくり、本の読み聞かせなど、これまでにさまざまな企画を開催してきました。
「初めての企画はいつもドキドキです。人が集まるかな、みんなに喜んでもらえるかなって心配しちゃうんです」と幸子さん。このような試行錯誤により、ののさま文庫の認知は少しずつ広がっていきました。そしてしだいに、お客さんからも「お寺でこんなことをしてみたい!」という声が上がるようになってきたのです。
たとえば2024年初夏に、ハンドメイド作家さんの希望で開催したのが、お寺を舞台にしたハンドメイドマルシェ。手づくりのフェルト雑貨やビーズ雑貨、布ぞうりなどが並び、幅広い年代の人たちでにぎわいました。
さらに、東京・神保町発の移動書店「ハリ書房」と縁がつながり、照覺寺での出張書店も実現しました。「図書館を始めた当初はこんなことになるとは思っていませんでした」と幸子さん。見切り発車でスタートしたものの、人と人がつながる場所として着実に形になってきているようです。単に本を借りるだけの場ではなく、誰かと話をしに来たい人が集まる場所としても機能しており、「幸子さんと話をしたい」と訪れる方も少なくないのだとか。信徒さんでなくとも気軽に立ち寄れる、心のよりどころとしての役割を果たしています。
お寺をもっと身近に思ってほしい!
本以外にも参加型企画が充実
ののさま文庫は、本だけではなく「お寺ならではの体験」ができることも魅力です。たとえば読経の際に使用される金属製の打楽器「鏧(キン)」は、通常は触ってはいけない神聖なものです。しかしここでは「気軽に打ってみてくださいね」と伝えており、子供たちは大喜びで打ってはその音色を楽しんでいます。さらに、希望があれば浄土真宗のお焼香の仕方も教えてくれるそう。焼香は「香りをお供えする」という意味があり、お寺の文化に触れるよい機会となっています。
また、照覺寺では、ののさま文庫以外にも、誰でも気軽に参加できる企画を用意しています。特に人気なのが毎年11月の恒例企画「おみがき会」。仏具をピカピカに磨く体験型ワークショップで、意外にも若い人たちからの人気を得ているそうです。「これを機に自宅にある仏具に興味を持ち、磨いてみてほしいですね。磨き道具がなければ貸しますのでお気軽に声をかけてください」と、清史さんは話します。
お寺と地域の人たちが関わる機会が減少する中、これまでとは違う関わり方の可能性を探るため、ののさま文庫をはじめとした試みを続けてきた照覺寺。檀家さんや信徒さんの高齢化という課題は簡単には解決しませんが、それでも、これまで出会えなかった地域の人や、遠方の人との新しいご縁はつながっています。もしかしたら、これからのお寺の姿はそういうところにあるのかもしれません。清史さんや幸子さんは「いまはまだ種まき段階。いつか花咲く日をめざして、地道につながりをつくっていきたいです」と話します。地域の人もそうでない人も、さまざまな人が気軽に通い交流できる「開かれたお寺」をめざして、これからも挑戦は続きます。
照覺寺(ののさま文庫)
住 所
新潟県長岡市与板町広野507
電話番号
0258-72-3656
営業時間
日曜 7:00~15:00
月曜 7:00~12:00
公式SNS
Text&Photo:渡辺まりこ