子供たちを笑顔に!「精巧すぎるミニSL」に込めた、地域の人々の想い
子どもも大人も、「SL」と聞いて胸をときめかせる人は、きっと少なくはないはず。新潟県長岡市の中心市街地から日本海に向かって車で40分ほど走ったところにある和島地域は、柏崎市と新潟市をつなぐ現在のJR越後線の前身である、「越後鉄道」の創設者久須美秀三郎が生まれ育った地。この地域には、大きな汽笛と蒸気を上げて走り抜けるSLを身近に感じながら過ごしてきた人が多くいます。
最寄駅の与板駅(現小島谷駅)が開設されたのが1913年。今年を105年目の節目として、かつて地域内をSLが行きかった光景を復活させ、地域の賑わいをつくっていきたいと、ミニSLを走らせている団体があります。子どもたちに笑顔を届け、団体メンバーの夢を乗せて走るミニSLの取り組みを紹介します。
大きな平野のど真ん中に“小さなSL”
子どもたちに大人気のミニSLを走らせているのは、地元和島地域を中心とした60歳前後の人たちが集う地域づくり団体「椿の森倶楽部」。活動の拠点となっているのは、熊野神社の境内の「椿の森」です。ここは里山に囲まれた和島地域の中でも田んぼが広がる平野の真ん中にあり、敷地のすぐお隣にはJR越後線が走っています。
この「椿の森」を地域のよりどころとして楽しい場にしようと、2017年1月に発足したのが「椿の森倶楽部」。田植えと稲刈りの田んぼイベントや、90メートルに及ぶミニSLの線路を敷き、運行会を数回行うなど、年間を通して様々なイベントに取り組み、地域内外の子どもたちを楽しませています。
ミニとは言えど侮れない「手作りSL」の底力
椿の森倶楽部で走らせているミニSLは、実物の1/9サイズで、和島地域で暮らす佐藤昭一さんが手作りしたものです。中には20年近くかかって作り上げた力作もあり、地域の宝として多くの人から見てもらおうと椿の森倶楽部が走行イベントを開催しています。
小さな体のミニSLと言えど、スピード感はなかなかのもの。肌をかすめていく風と流れゆく景色を体感し、客席に乗車する子どもたちから歓声が上がるほどです。さらに、馬力も実はかなりあり、大人が20人乗っても走行可能なのだとか。実際のものと同じく石炭を燃料に蒸気を上げて走る、クオリティ、スペック共にハイレベルなミニSLなのです。
経歴は約90年!?
物心付いた時からの“作り鉄”
91歳になった現在でも、自宅の作業所でミニSLを作っている佐藤さん。「私は、作ることが趣味なんです。不思議なことに走らせたり、完成品を人に見せることにはあまり興味がない。言ってみれば孤独な仕事が好きなんでしょうね。自分から積極的にこういうことをしたことはないんです」。椿の森でミニSLを走らせたいという椿の森倶楽部からの申し出を「同じ地域の人だし、断れないよ」と言いつつも快諾し、椿の森倶楽部にお手製のミニSLの管理を一任。「こうしてたくさんの人に見てもらえる機会を椿の森倶楽部が作ってくれることはいいことだと思いますよ」と笑顔で話しながら、イベントを見守っています。
そんな風に今もなおSLへの興味と素直に向き合い続けている佐藤さんは、よちよち歩きの幼い頃から熊野神社側の椿森踏切(つばきのもりふみきり)で蒸気機関車を見ていたといいます。そして小学生の頃には、蒸気機関車の絵を描けば周囲から褒められるほどの腕前で、友達に絵をプレゼントしていました。中学生になると、模型づくりにチャレンジ。当時好きだった旅客用のC-51型をボール紙で試行錯誤しながら作り上げました。そして完成すると、車輪が動くものにも着手し、1年で2台の模型を完成させました。
佐藤さんにとって蒸気機関車は、物心が付くか付かないかというくらい小さい時からそばにあり、通学でも毎日利用したとても身近な存在。生活の大切な足であり、黒光りしながら疾駆する車体は大きな憧れでもありました。
その後、理科の高校教師の職に就いた佐藤さんは、仕事の傍ら暇をみてはコツコツと模型づくりに励みます。そして7年掛かりで完成させたのが、1/17サイズのD-52という型で、大人3人を乗せて走ることができました。この車両は「ライブスチーム」といって、実際に石炭で火を焚き、蒸気で走行するものです。
そして、ライブスチームの2代目として制作したのが、このC-62の1/9サイズのミニSL。図面を見ながら、必要な部品を工作機で工夫しながら作り上げました。
「C-62という車両は、SLのなかでは一番大きくて、東海道線をメインに走っていました。スピードもあったし、ボイラーが太いという特徴があります。もともとは、戦時中に貨物用として走っていたD-52という機関車を、戦後貨物があまり要らなくなって旅客用に改造したものなんです。なのでボイラーが太くて力がある。蒸気を発生させるのには都合が良くて、模型としても強力なものができるというわけです。本当はね、他に作りたい車両があったんですが、それは古い形式で車輪が難しいんですよ。あと、ボイラーも細い。実際に模型として走らせるには、格好だけでなく、作りやすさも重要なポイント。そんな理由でC-62を模型にしました」。
このレポートの中で、佐藤さんはミニSLづくりの楽しさについて、「ある時には技師になり、機関士になり、乗客になり、またある時には鉄道会社の社長にもなることができ、これが最高!と考えているよ」。と話しています。
おじいちゃんになっても、好きなものと向き合い続けている佐藤さんの姿が伝えられている1冊です。
「ミニSL」を走らせるわけ
佐藤さんの手作りのミニSLを地域の宝として、昨年からスポットライトを当てているのは、椿の森倶楽部の発起人で事務局を務める、小林公司さんです。「越後線創設者、久須美秀三郎の出身地でSLのある景色を見たい、多世代交流の場を作りたい!」という思いで日々活動に取り組んでいます。
「私は未来を創る子や孫に何を遺せるのだろうか」と考え、生まれ育った和島地域で、自宅裏を整備し桜の植栽活動を行ったり、熊野神社の草刈・剪定活動をスタート。そこから地域内外で共感の輪が広がり、現在は40名以上のメンバーと共に、椿の森倶楽部を運営しています。
昨年7月にはSL塾も開設。佐藤さんに教えを仰ぎながら自分たちでもミニSLを制作し、活動の幅を広げていきたいと意気込んでいます。工場も整備していきたいと構想中なのだとか。他にも、ピザ釜を作ったり、地域の人が椿の森に足を運びやすいように地域のお母さんたちがコーヒーを振る舞ったりと、メンバーからの声で様々な活動を展開させています。
小林さんは、「なるべく多くの人が関わってくれるように、どんどん周囲を巻き込んでいきたいです。異なる経験や考えを持つ人と交流すると、多くの発見や学びを得られるし、広くて深い交流が交わされる地域には、おのずと笑顔や活力があふれるはず」と話していました。
ふるさと和島が何十年、何百年後も元気であり続けることを願い、汗を流しつつも、楽しんでいる小林さんの周りには、たくさんの笑顔があります。
蒸気機関車への情熱を持っている人と、地域への思いを持っている人の、幸福な接点がこの「椿の森」にあることが、メンバーの楽しそうに活動する姿から感じられます。本気になって楽しむ大人がいるからこそ、子どもたちを笑顔にさせることができるのかもしれません。
自然豊かな和島地域へ夏の日差しを感じにドライブに出かけてみてはいかがでしょうか。風になびく田んぼの稲とロマン、そして温かな笑顔がきっと待っていますよ。
Text & Photos: Naoko Iwafuchi Main Photo : Hirokuni Iketo
椿の森俱楽部
[問い合わせ] 090-4097-1718(椿の森倶楽部事務局・小林公司)