熊の問題は、人の問題。大学の枠を飛び出して健全な森づくりに挑む未来里山技術機構「NEST」
2025年の「今年の漢字」にも選ばれ、連日ニュースで耳にした「熊」問題。新潟県でも熊の出没が相次ぎ、かつては山間地のみの課題とされていた熊被害は、いまや市街地を巻き込み、より多くの人の暮らしと干渉しあう問題になっています。その背景には、単なる“エサ不足”では語れない、森と人との関係の変化があります。
長岡技術科学大学准教授として野生動物管理工学を研究し、長年にわたり獣害対策の最前線に立ってきた山本麻希さんは、「問題の根は、熊ではなく、人間の側にある」と語ります。
熊、森、過疎高齢化、そして地域の未来。
これらにまたがるさまざまな課題の解決に向けて、山本さんは大学の枠を飛び出し、次のステージとして株式会社未来里山技術機構「NEST」を本拠地にいろいろと目論んでいる様子。日々変わりゆく自然環境と動物との共生のかたちにどう向き合い、どんな変化を起こそうとしているのか伺いました。
熊問題の根っこには
「ナラ枯れ」があった
新潟県でも熊の出没が相次ぎ、テレビや新聞で連日のように報じられるようになった2025年。野生動物管理の専門家である山本さんのもとには、全国から取材が舞い込みました。

「本当に異常でした。テレビや新聞から、何十件も取材を受けました。しかし、もう最初からストーリーができあがっているメディアも多かったですね。『熊がかわいそう』とか『人間が悪い』とか。なぜこのような事態になっているか、現時点の選択肢で冷静に何ができるかといった建設的な話になりづらいのが、動物との共生を語るうえでの熊問題の特徴です」
熊問題は、いつの間にか感情論に回収されやすいテーマになっているのが現状です。しかし、山本さんが見つめているのは、もっと長い時間軸の中で起きている、構造的な変化です。一般的にはブナの実が凶作になったために熊が里に下りてくると説明されることが多いですが、山本さんは、そのさらに奥にある原因を指摘します。
「ブナが凶作なのは確かです。でも、その前に“ナラ枯れ”があるんです。ブナもナラも実らないときは、熊は里に下りるしかないんですよ。ナラの木は、昔は炭を作るためにたくさん切られていたんです。でも、1955年くらいから電気の時代になって、山の木を切らなくなった。そうすると、森はどんどん太って、やがて老木化していくんです」
ナラ枯れとは、害虫が媒介した病原菌によってナラ類の木が大量に枯れていく現象です。新潟県では、平成10年代にこのナラ枯れが県内全域に広がり、ミズナラの約7割、コナラの約2〜3割が失われました。老木の割合が増えたことが、このナラ枯れの蔓延に大きく影響したのだそうです。
「老木の方が、虫に好まれるんです。免疫力も落ちているから、一気にやられる。それで、森がごそっと変わってしまったんです。森の中に食べるものがない中で、里には栗や柿、胡桃、人の作った作物がある。そりゃ、下りてきますよね」
森の変化は、すぐに人の暮らしに跳ね返ります。ナラが減っているうえ、さらに凶作となると熊は山にとどまれなくなり、人の生活圏と日常的に交差する存在へと変わっていったのです。
たくさん駆除しても
熊は減らなかった
新潟県では、熊の大量出没がこれまでに何度も起きてきました。とくに近年の大きな転換点となったのが、2006(平成18)年と2010(平成22)年です。2006年は521頭、2010年は425頭。その間の年も合わせると、5年で1000頭近く駆除を進めました。当時、新潟県内の熊の推定個体数は約1500頭と言われていたので、単純計算すれば、5年で3分の2を捕獲したことになります。
「さすがに、こんなに駆除して大丈夫なの?と思いましたが、その後に調査をすると、意外な結果が出たんです。熊の数は減っていなかったんですよ。1500頭くらい普通にいるじゃん、って」
なぜ、あれだけ捕獲しても、熊は減らなかったのか。その理由は、熊の繁殖力と、森の状態にありました。
「熊って、2年に1回、だいたい2頭の子どもを産むんです。つまり、年に1頭ずつ増える計算で、条件がいいと年16%くらい増えるんです。さらに、2010年から2019年までは小凶作はあったものの大凶作の年がなく、山にエサがあったので、熊は安定して繁殖を続けていた可能性があるのです」
熊の数が増え、かつ小凶作があったその間に、熊は“里に下りれば食べ物がある”ことを学習しました。
「熊って、すごく学習能力が高いんです。ちょっと悪い年は下りればいい、っていうのを覚えちゃった。そのうち、“食べるものがない山にわざわざ戻らなくていいじゃん”っていうグループも出てくるようになったんです。そして2019年、2020年の大凶作が追い打ちとなって、里山付近に居座る熊が増えました」
一度、下りてきて人里で食べ物を覚えると、熊はその行動を繰り返します。こうして、一部の熊は “山と里を行き来する存在”から、“里に定着する存在”へと変わっていきました。

獣害対策の本質は
「人がいない」こと
山本さんは、長岡技術科学大学に着任してから約19年間、熊をはじめとする野生動物の被害対策に取り組んできました。しかし、長年現場に立ち続ける中で、ある結論にたどり着きます。
「根本の問題は、獣害じゃなかったんです。20年前からずっと、日本の地方では“過疎・高齢化が進んでいる”と言われてきました。頭ではわかってはいてもそこまで実感がなかったものが、ここ15年くらいで、誰しも現実の問題として感じるようになったんです。当時60歳だった人が75歳、70歳だった人が85歳。あらゆる地域で、人がいなくなってきました」
獣害対策は、人が現場に立って初めて機能するもの。柵を張り、草を刈り、見回りをし、手を入れ続ける必要があります。
「私はプロなので、予算がちゃんとあって、人がいれば、獣害をゼロにする自信はあります。でも、人がいないんです。もはや最大の問題は、獣がいることではなくて、人がいないことなんですよ。根本を変えないとダメだと思い始めました」
山本さんは、10年ほど前から薄々そのことに気づきつつも、目の前の被害に対応するため、対症療法を続けてきました。しかし、獣害対策だけを続けても、地域そのものが維持できなければ、いずれ対策をする人もいなくなってしまいます。
「当時、私は男女共同参画推進室の業務や学長補佐など、大学の中でも責任ある立場にありました。このままいけば、たぶん教授になって、ちゃんとしたキャリアを歩んでいく人生が見えていました。でもそれって、私が本当にやりたいことなのかなという思いが湧いてきて……。山という現場は良くならない。一方で、大学の仕事はどんどん増えていく。どっちも中途半端になって、首が締まっていました。月300時間くらい働いていたときもあったほどです」
そんなとき、転機になったのが、岡山県の西粟倉村などで里山を中心にした地域再生に取り組む社会起業家・牧大介さんとの会話でした。
「『そんなに悩んでるなら、大学辞めちゃいなよ』って、さらっと言われたんです。大学を辞めるという発想が当時はなかったので、衝撃を受けました」

しかし、よく考えると、自分が本当にやりたいのは、大学の中で研究を続けることではなく、地域を変えることだったと気づきます。学生の存在が気がかりでしたが、「受け持っている学生全員をきっちり卒業させる」という条件で、大学と話をつけました。こうして山本さんは、大学を離れ、地域の現場に本格的に関わる道を選びました。
NESTのはじまりと
頼もしい仲間たち
大学を離れる決断と同時に、山本さんは新しい組織づくりに動き出しました。それが、株式会社未来里山技術機構、通称NESTです。
「一人じゃ無理だな、と思っていたのでまずは仲間集めから始めました。長岡技術科学大学で学んだ後、地域おこし協力隊として長岡で活動し、その後中山間地域の耕作放棄地を活用した養蜂等に取り組んでいた服部祥吾さんに声をかけたら、『俺も一緒に本気でやります』と言ってくれたんですよ。それが大きかったですね」
さらに、長岡高等工業専門学校で国際交流や留学生支援に関わっている原洋介さんなど少しずつ仲間が集まり、2024年2月、NESTは法人としてスタートしました。
「最初の1年は、正直、全然うまくいかなかったです。大きな予算を取って、スノーバイクを5台買うなんてこともやっちゃって、空回りしてる感じでしたね。今思えば、なかなかの暴挙でした」

人も少なく、資金も限られるなかで試行錯誤が続きましたが、2025年には、元西会津町職員の山口則夫さんが加わりました。山口さんは農林業の補助金や行政の仕組みにとても詳しく、まさにNESTが求めていたポジションの人。それぞれが専門性を持つ仲間の力によって、NESTの動きは一気に加速していったそうです。
それならその方々にも話を聞かなければと向かったのは、朝かられんこん農家のみなさんが作業する姿を見ることができる大口地区。作業が終わったであろう午後にも関わらず何やら人影が見えるのですが……なんとそこには、雪の中のれんこん畑に下半身が埋まった服部さんと山口さんの姿が。

長岡市の特産品である「大口れんこん」。10月から春先にかけて収穫の最盛期を迎えますが、農家を悩ませているのがカモによる食害です。これまで、夜間にれんこんを食べに来るカモに対しては、レーザーを照射して追い払う対策が取られてきました。一定の効果はあったものの、追い払われたカモが別の田んぼへ移動し、そこでまた被害が出るという「被害の拡散」が新たな課題となっていました。
そこでNESTが現在取り組んでいるのが、おとり場を作って加害個体を一網打尽にするという検証実験です。 まずれんこんを掘り終えた田んぼに餌となる米をまき、カモのデコイ(模型)を設置し、スピーカーからカモの鳴き声を流し、「ここは安心な餌場だよ」と周囲のカモを誘導します。 ここが餌場だとカモが認識し数が集まったタイミングで、遠隔操作により網を放って一斉に捕獲する作戦です。果たして、その首尾は?

「いろいろと試している段階ですが、実はまだ一回も捕れてないんですよ。カモは本当に賢いんです」
昨年の試作機の作動速度ではカモに逃げられてしまいそうだという意見もあり、今年は支柱の素材を金属からカーボンファイバーに変更し作動速度を高めるなど、着実にアップデートを重ねています。

NESTの活動の根底にあるのは、中山間地域の資源有効活用。 捕獲されたカモは、適切な精肉加工施設を経由することで、高級食材としての活用も視野に入れています。今後はデコイだけでなく、捕獲したカモを来年の漁のための囮として飼育し、より精度高く他のカモを餌場に誘導する構想もあります。現場でのトライ&エラーを重ねながら、さまざまなフィールドの活用方法を模索しています。
農業の人手がなくなった集落・菅沼との出会い
NESTの活動には人と、そして場所が必要です。が、その場所探しが難航しました。山間部なら土地は余っているだろうと思うかもしれませんが、そうはいかないのもまた山間部です。知り合いの多い地域でさえ「集落全員の同意が取れない」という理由で断られ続けました。
「拠点となる場所を探して、市内のさまざまな地域にアプローチしていたのですが、どこに行っても農地を借りられなかったんです。私はかなり知り合いが多いほうだと思いますが、それでも難しくて……。若い地域おこし協力隊がなかなか地域に残れない理由が、よくわかりました」
そんなとき、紹介されたのが人口わずか数人の菅沼地区。高齢者だけで暮らしており、当時の区長も80代と、存続すら難しい地域でした。
「農業をやっているのは、区長一人だけ。祭りもやめる、神社も閉じる……と、まさに集落じまいが進行中だったので、『好きなだけ使っていいよ』と言ってくれました」
山本さんはこの場所で、農業モデルを作ることを決めました。しかし、菅沼での活動もまた、最初から順調だったわけではありません。大学の仕事や研究も兼ねながら山間地で農業をすることは、少し考えただけでも難しいものがあります。
しかし、地域おこし協力隊として長岡にやってきた佐藤健人さんが「農業をやります」と名乗りを上げ、無農薬・無施肥で、田んぼを耕し手植えを行うことができました。佐藤さんは現在、NESTのツアー事業や菅沼の田んぼ事業をメインで担当しています。


「私たちが借りていた農地の持ち主である区長さんが亡くなってしまい、全部放棄されそうだったんです。そこを復活させてお米をつくって、11月23日に新嘗祭(にいなめさい=その年の収穫に感謝し、翌年の豊作を祈願する神事)を行い、皆さんに新米とお餅を食べてもらったんです。やっと、地域に少し恩返しできたな、と思いました」


そのまま荒れ地になりそうだった場所にまたお米が実った風景を見た集落のおばあさんにもとても喜んでもらえたそうで、農業を通して少しずつ信頼が生まれていきました。
どんな生き物も共存できる
豊かな森を目指して
山本さんの最終的な目標は、「熊が下りてこない森」をつくることだと言います。
「熊の被害の根本原因は、森の放置ですから。ナラの森がなくなったことが、熊を山から里に下ろしてるんです」
その対策は、やはり適切な伐採。現在の日本の林業政策では、ナラのような広葉樹はほとんど重視されていません。それはずばり、お金にならないから。材として使いやすい杉やヒノキが優先されていくのです。
「広葉樹は補助金もつかないし、ただ切って放置するか、チップにするかしか選択肢がないんです。しかも切った後は誰も手をつけないので、森がぐちゃぐちゃになってしまう。ちゃんと育てないとナラの森にならないので、このままじゃいけない、と思って。林業は専門性の高い分野なので、まず日本の FSC 認証第一号の尾鷲ヒノキで有名な速水林業が2004年からやっている林業塾に参加しました。そこからのつながりで、三重県がやっている『みえ森林・林業アカデミー』にて、6年前から野生動物管理の講師をしているんです」
林業を担う人材を育てる「林業アカデミー」は全国各地にありますが、ほとんどはプレイヤーコース。しかし、みえ森林・林業アカデミーが一風変わっているのは「プレイヤーコース」「マネージャーコース」「ディレクターコース」に分かれていること。木をどう切るかといったプレイヤーの部分だけではなく、森をどうマネジメントするか、森林を使った関係産業をどう盛り上げていくかも教えています。山本さんは講師として携わりながらも、2024年からはディレクターコースの生徒としてもアカデミーに参加し、長岡から三重県の津市の山中まで、2週間に1度のペースで通ったそうです。
「かなりハードでしたが、林業って幅広い分野なので、みっちり全部学ばないとわからないんです。だからこそアカデミーには広葉樹をやっている人も、バイオマスをやっている人も、経営をやっている人も来るので、面白い経験でした。ディレクターコースの2年目には卒業研究のような取り組みがあり、私は『野生動物と共存を目指した里山活用プロジェクト』をテーマに研究を進めました」

ナラの森は、放っておいても自然に戻るわけではありません。ちゃんと手を入れないと、健全なナラの森にはならないのです。山本さんが目指しているのは、ヨーロッパで進んでいる「近自然林業」です。
「いい木だけを選んで切る“択伐”をして、森を自然に更新させるという考え方です。成長した分だけ切るから、森はずっと生き続けるんです。この方法で『CO₂吸収も高い』『生物多様性も守れる』『経済的にも成り立つ』という”三方よし”の森にしていきたいですね」
農業や林業を事業として継続可能なものにするのは前提ですが、NESTの活動の目的は「それ自体で大きく稼ぐ」ことではないと、山本さんは言います。まずは地域に人の姿を取り戻し、さらには外部からの体験ツアーなども行うなかで、森を歩く時間や人が自然と関わることそのものを価値として事業にしていく。
「効率重視じゃない農業・林業のファンになってもらうんです。100年後にその森を見た人が、『ここ、いいね』と言えるような場所にしたい。どんぐりもあって、花も咲いて、蜂も生きられる森をつくって、ちゃんとナラが育つ森を取り戻す。そうすれば、熊も無闇に里に下りて厄介者にされることもなくなる。熊のためにやってるようなものなんですよ、これは」
また、森を維持するには森の木を適切に使うことも重要です。広葉樹のいい材はきちんと使い、材にならない部分もバイオマスとしてしっかり使う。このように森を活用していくことで、経済を回しつつ昔のような里山の循環を、テクノロジーで取り戻すことがNESTのヴィジョンです。

現実の問題として、新潟県では熊も増えており、特に市街地付近に住み着いた個体はしっかり駆除を行い分布管理をすることも大切だと山本さんは言います。森を作りつつ、中山間地域にいなくなった人を呼び戻し、森と町の緩衝帯としての中山間地域をきちんと残す。さらには、そこで人が食べていける仕組みを作るために、山本さんはNESTをつくりました。
山本さんが見つめているのは“熊の問題”ではなく、“人と自然が、これからどう生きるか”という、みんなの生活そのもの。NESTがこれから長岡のフィールドでそれぞれの生活をどう描くのか、森にはどのような変化が訪れるのか。挑戦はまだ始まったばかりです。
Text&Photo/八木あゆみ(な!ナガオカ編集部)







