獣害対策の専門家・山本麻希先生に聞く、 人間と野生動物の「共存」の可能性

この数年、野生動物の生息数や生息地域の変化により、里山では住宅のすぐ近くや田畑にまで、イノシシやシカ、クマなどが現れるという事態が起きています。今回は、長岡技術科学大学で准教授として野生動物に関する研究を重ね、獣害対策の専門家としても多方面で活躍されている山本麻希さんに、全国的にも、また長岡市でも深刻になっているという鳥獣被害について、お話をうかがいました。

 

無駄な死を生みたくないから、

生態を知って管理

—まずは、山本先生のことをお聞きしたいのですが、長岡技術科学大学で獣害対策についての研究をしながら、同時に集落の獣害対策をサポートする会社をされているんですよね?

はい、大学での研究は「野生動物管理工学」というものをテーマに、動物の個体数を管理するなど、獣害対策に関わるデータを取りながら野生動物を管理するための工学技術をつくるということを目的にやっています。動物の生態系を把握した上で、どこにどのくらいの動物が生息しているのかを管理することで、どんな動物が増えすぎてしまっているかがわかるんです。

 

—野生動物のデータを取るって、想像しただけで大変そうなのですが……。

もちろん大変ですが、そういうデータに基づいた捕獲をしていかないと、動物の数って全然減らないんですよ。捕獲に効果のある時期というのも存在しますから、それは生態系を理解していないと効率が悪くなってしまうんです。例えば、イノシシは数が多すぎるので加害個体から捕獲した方がいいですし、シカは冬に40㎞以上移動するので、エリアを広く見て越冬地で捕獲しないと効率が悪い。サルなら、群れを見ながら間引くべき個体を選んで捕獲した方が獣害対策としては効果的。動物によって捕獲のやり方が違うんです。

 

—なるほど。でも、このところ本当に全国各地で獣害の話が耳に入ってきますよね

そうですね。特に深刻化しているのは、イノシシ、シカ、クマ、サル、カワウあたりですかね。もちろん、行政でも対策をやっているのですが、こういうことは専門的な知識が不可欠な分野。行政の職員さんが突然鳥獣被害の部署に配属されても、とても対応できるものではありません。そこで、県や市町村、また集落での獣害対策をプロとしてバックアップするという目的で、2年前に「株式会社うぃるこhttp://furusato-kemono.net/)」という会社を立ち上げました。ちなみに、この会社名は、Wildlife (野生動物)とのco-existence(共存)を合わせた造語。私の会社のミッションは、この名前の通り、人間と野生動物との共存なんです。

 

—共存するために、動物の数を管理していかなくてはならない?

はい、そういうことですね。動物がたくさん増えてしまうと、その分、人間との軋轢が増え、被害を減らすためにたくさんの動物を殺さなくてはならなくなります。そうではなくて、事前にちゃんとデータを取って、低密度のうちに最低限の動物を「殺させていただく」んです。生態系を知った上できちんと管理しながら、このくらいなら共存できるという数で、彼らを害獣とみなさずに共に生きていける社会を目指したいなと思っています。

 

—なるほど。増えたら増えた分だけ処分しなくてはならない頭数も増えてしまうから、早め早めの対策が必要ということですよね。

今ここで殺していなかったら、10倍に増えて、その時は、10倍も殺さなくてはならない。そういう命を無駄遣いする現場を作りたくないんです。「いい数で、いい共存を」と思っています。

 

—ちなみに、山本先生が生態系の研究を始めた理由は何ですか?

私は、もともと動物が大好きなんです。母も動物が好きだったので、実家では猫を40匹くらい飼っていたくらいで。だから、獣医を目指していたんですけど、動物が好きすぎて難しいところもあって。それで、生態学の道に進みました。

研究室には動物を愛する山本先生らしいコレクションも並ぶ。

コレクションの中でも鮎をくわえた群馬のカワウの埴輪レプリカは先生のお気に入り。

 

—もともと動物がお好きというところからのスタートなんですね。

はい、それでどうして獣害対策の方に進んだかというと、正しい対策の道が存在しているのに、啓発がされないために無駄な命が税金を使って殺されているのを見過ごせなかった、という感じでしょうか。例えば、サルは銃で撃っても減らないのに銃殺され続けていて、結果、被害は減っていないんです。先程申し上げたように、生態を知っていれば適切な管理方法があります。でも、それをしていないから、成果が出ない。この現実を変えたかったんです。

 

—獣害対策というと、害獣駆除をするという印象が強くあったのですが、正しく管理するということは、むしろ動物への愛情に基づく行為でもありますね。無駄な死がなくなる、という意味でも。

 

 

相手が生き物だからこそ、

対策は時間との戦いでもある

—現在、日本における鳥獣被害って、どういう状況なのでしょうか?

全国的にとても多いですね。深刻化している証としてわかりやすいのは、東日本の状態だと思います。もともと東北は、鳥獣被害があまりない地域でした。新潟、山形、秋田もサルによる被害くらい。イノシシも昔はいたのですが、明治から大正にかけて、雪のある地域は、一度シカとイノシシを絶滅させているので近年までほとんどいませんでした。絶滅した理由は、明治に入って銃が一般の人も使えるようになって、雪がある地域は足跡が残るので捕獲圧をかけやすいというのもありますし、ちょうどこの頃に豚コレラが流行ったというのもあります。ところが、最近になって新潟や東北の日本海側にシカやイノシシが戻ってきているんです。

 

—それはなぜですか?

九州などの雪のない地域には残っていましたから、その個体からどんどん増えて、その分布が広がってきているんです。今は全国各地、いないところはない、というくらいに増えています。これからも、もっと増えていくと思いますね。

新潟も下越を中心にサルの群れがたくさんいましたし、今年はクマもたくさん出ました。あとは、糸魚川、上越、妙高、柏崎あたりは、県外から拡大しているイノシシとシカの被害も増えています。長岡は、西からはイノシシに攻められて、東からは昔から生息しているサルとクマがいます。そして、川にはカワウがいるので、山古志や川口あたりでは錦鯉の捕食被害が問題になっていますね。

 

—新潟もかなりの被害があるということですね。全国的にも、そして新潟でも、イノシシがたくさん出てきているというお話がありましたが、主にどんな被害があるのでしょうか?

新潟県のイノシシの被害は、94%が水稲被害です。イノシシが稲を食べてしまうというのもあるのですが、最も問題なのが、「ぬたうち」と呼ばれるイノシシの習慣。彼らは、体の寄生虫を取るために泥を浴びる性質があるのですが、それを田んぼでやってしまうんです。中には120Kgくらいある大きなものもいますから、それらが家族を連れてきて田んぼの中でゴロゴロとされると、一晩で1反分(約300坪)くらいがあっという間にダメになってしまいます。米は実っても、動物の臭いがしてしまうので、商品としては価値がなくなってしまうんです。その被害額は、新潟県だけで3000万円くらい。年によっては、4000万円を優に超えることもありました。

 

—苦労して工夫を凝らしながら、米どころとして成長してきた新潟としては、とても痛いですよね。

江戸時代までは新潟や東北にもイノシシはいて、イノシシが原因で米が取れずに飢饉になってしまう天災の一種、「猪飢渇(けがち)」も経験しているんです。でも、そこから100年単位でイノシシがいない時代があったので、イノシシへの対策について人間が忘れてしまっていたということもあると思います。

とはいえ、平成20年以降、農林水産省が毎年100億円近いお金をかけて対策をしてはいます。もう10年以上経つので、1000億円くらいは投入しているのですが、被害は減少傾向にはあるものの、捕獲をやめたらすぐ増えてしまいますので続けるしかありません。狩猟に対して報奨金も出しているのですが、猟銃会の方々も高齢化が進んでいますからね。年間68万頭のイノシシとシカを捕獲目標に掲げていますが、個体数は漸く減少に転じたものの、まだ予断を許さない状況です。イノシシは、1年に4、5頭は子供を産みますから、生息数の7割以上獲らないと減らないといわれています。1年でも捕獲の手を緩めたらまた増えてしまいます。このまま動物が増えるのを放っておいたらシカやイノシシの個体数を制御できなくなって、人間との共存が難しくなるというシミュレーション結果も出てしまっています。なかなか大変なんです。

 

—お話をお聞きして、状況は思ったよりも深刻だということがひしひしと伝わってきました。相手も生き物ですから、悠長に構えている場合ではないですよね。

そうなんですよ、平成26年に鳥獣保護法の改正があって、国が認定事業者というプロの事業者にお金を払ってイノシシとシカを獲ってもらうという事業をスタートしているんですけど、認定事業者も140社くらいで数は頭打ちで、まだ、大きな効果がでていない印象があります。

私は、高い技術を持った捕獲のプロが目標頭数を明確にして、その後の生息密度などをきちんと検証しながら取り組んでいかないと個体数を減らすのは難しいと思いますね。倫理観を持って個体数を減らすという概念のもとでやってもらわないと、野生動物の個体管理というのは難しいんです。どういう手法で獲るのか、どこのエリアで獲るのか、本当にそれだけの数を獲ったら減るのか。そういう調査をしながら管理しないと、効果は見込めないと思うんですよね。

 

 

「自分ごと」にしてもらう努力と

これからの人材育成がカギを握る

—イノシシやシカの被害を減らす方法としては、銃で獲る方法が主流なのでしょうか?

中山間地域での農業被害対策として一番効果が高いのは、イノシシもシカもサルも共通して、電気柵です。西日本だと雪が降らないのでワイヤーメッシュ柵などの物理的な防除柵を張ることが多いのですが、新潟は雪が降るので積雪に耐えられないため、秋に柵を撤去して春に再設置することが必要です。だから、地元の方がご自分で電気柵を張れるように、私ども「うぃるこ」で研修を行なっています。でも、やはりご年配の方が多いので、管理にもかなりの労働力がかかってしまうんですね。電気柵を張ることもそうですが、2週間に1回は草刈りをしないと草が伸びてきて柵が漏電してしまうので、その労力も相当なものです。有効な対策があっても、労働力がなければ中山間地域は獣害に負けてしまいます。だから、できるだけ少ない人数で効率よく維持管理する工学技術が必要です。例えば、捕獲の際に罠に動物がかかったらそのことを自動で発信機が知らせてくれるとか、電気柵の維持として草を刈る自動草刈機があるとか。それが、足場が悪いところだと自動化が難しくて、まだ現実化できていないところなんですけどね。

 

—そういう対策ができなくなると、どんどん動物たちは人の住む街に下りてきますよね。

そこが怖いんですよね。今は、中山間地域がバッファゾーンとなって動物が山から街へ下りてくるのを防いでくれているのですが、それがなくなったら都市にまで動物がやってきてしまいます。都市って、ものすごく獣害に弱いんですよ。中山間地域なら、山も近いし人も都市部よりは少ないから、万が一動物がやってきても山に帰っていってくれますけど、街に来たらパニックです。うちの主人の実家が栃尾にあるんですが、家の玄関から2mくらいのところにある柿の木が、バキバキに折られていたことがありました。夜、クマがやってきて折っているんです。動物って、想像しているよりも近くにいるんですよ。都市が都市として成立していくためにも、農林業を守るためにも、獣害対策ができる集落を中山間地域に残していかなくてはならないと思っています。

 

—なるほど。でも、集落を残していくためには、対策を一緒に取り組んでいける人材を育てる必要もありますよね。

まさにそうなんです。先程お話しした電気柵もそうですが、技術とそれを使える人が揃わないとうまくいきません。ソフトだけでも、ハードだけでもダメということです。そして、それを集落全体で一緒に取り組んでいく必要があります。そうでないと、ひとつの畑がやられて電気柵を張ったら隣の畑に出た、ということになってしまいますから。それに、農家だけの問題ではありません。クマが山から下りてくるようになったら、子供たちが安全に登校できなくなってしまいますよね。だから、ご年配の方には若い方が積極的に手伝うとか、集落ぐるみで安全点検をして、みんなで生きていける村を作らなくてはならないんです。

 

—みんなが「自分ごと」にしていく必要があるっていうことですよね。

私たち「うぃるこ」は、集落のみなさんに今お住いの場所がどういう環境なのか、なぜ今被害が起きているのかなどをお伝えしたくて集落環境診断を行っています。集落環境診断では、私たちプロと一緒に現地の調査をして、どういう対策をするのかを一緒に考えていくんです。実際に対策をしていくのは地元の人たちですから、「これをやれ」と押し付けるのではなくて、地元の人たち自らに「この対策をやる」と納得して選んでもらうことが大切なんです。そうやって、調査、診断、合意形成するのが、私たちが企業として大事に取り組んでいる「集落環境診断事業」。もちろん、時間がかかるケースもありますが、何年も通って手厚いサポートをしている地域もあります。自分たちで鳥獣被害対策に取り組めるようにならなければ、その集落に根付いていきませんから。そのためには、地道にやり続けるしかないんです。

 

—すぐに解決されるような簡単なものではなく、長期戦で取り組んでいかなくてはならないことだからこそ、住民の方の意識改革も必要ということですよね。ちなみに、今後の新潟の鳥獣被害対策としては、いかがお考えですか?

そうですね、私個人としては、新潟県や長岡市という場所は、そういう対策のモデル都市になり得ると思っています。というのも、一度、イノシシを無くしているという歴史もありますし、平地が多くて土地としても恵まれていますしね。あとは、他の地域に比べるとまだそこまで動物の数が増えていないので、取り組みやすいと思います。県としても、きちんと予算を取って、職員に対して鳥獣対策に関する研修を行なっています。そういう県は、他にはなかなかありません。それに、長岡技術科学大学という場所があるんですから、鳥獣対策に限らずいろいろな場面で工学的な技術をどんどん開発して、それを生かしていけたらいいですよね。

 

—データを元に対策を行なって、きちんと成果が出ているモデル都市があると、他の地域も動き方が変わりますよね。相手が生き物ですし、待ったなしの状態ではあると思うので、各地域が一斉に対策をしないと間に合いませんものね。

そうなんですよ。今も、全国各地から相談の連絡があるんですけど、私一人ではもう追いつきません(笑)。だから、若い人たちを育てて活躍の場を作ろうと、千葉、山梨、岐阜、新潟という4つの地域の民間団体で「一般社団法人 ふるさとけものネットワークhttp://furusato-kemono.net/)」という人材育成のための団体を立ち上げていて、獣害対策・野生動物管理業界に特化した求人イベント「ふるけもジョブ活」というのも、ここ3年東京で開催しています。毎年、全国の農学部出身のエースやふるさと協力隊などの若者達が100人以上集まってくれますよ。女性も多くて驚きますが、そういう若い方にこれからどんどん活躍していただきたいですね。

ふるさとけものネットワーク立ち上げ時の記念写真。

 

調査やコンサルティングから、人材育成やリクルート活動のサポートまで。山本先生が取り組まれている活動の幅広さに驚きながらも、深刻な現状を変えていくには、集落の方々や県民が傍観者としてみているだけでなく、「自分ごと」としていくことも大切だということをひしひしと感じました。自然とともに生きていく地方都市にとって今後も大きな課題となるであろう獣害について、皆さんもこの機にぜひ考えてみてください。

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