“泳ぐ宝石”錦鯉に愛を捧げて40年!腕利き養殖家が語る、その魅力とは?
世界中から熱い視線が注がれる「錦鯉」。その発祥地は新潟県長岡市であることをご存知ですか?もともと山古志地域(旧山古志村)などの棚池で飼育していた鯉は、タンパク質補給を目的とした食用でした。しかし、江戸時代初期に突然変異し、色鮮やかな模様が浮かび上がってきたことで鑑賞用へとシフト。今では海外からも注目を集め、クールジャパンの代名詞ともなっています。
ワールドワイドな産業として熱い錦鯉ですが、あまりの美しさと愛情から手塩にかけすぎ、商売という観点を取っ払って育てるブリーダーもいるそう。今回は“愛でるように養鯉している”というとある男性を取材しました。
訪れたのは、長岡駅から10kmほど離れた場所にある滝谷地域。取材場所として指定されたお宅の敷地内には、大きな青い水槽が4つとしっかりとした造りの小屋があります。
出迎えてくれたのは、「長岡市錦鯉養殖組合」理事の細貝雄治さん。現在70歳で養殖歴は42年。養鯉業とは異なる業種のセールスマンとして働きながら趣味で錦鯉を育て始め、徐々に飼育の規模を広げていきました。退職後は品評会出品や、わずかな数の販売もしています。
「自分にとって錦鯉の養殖は、道楽なんですよ」と細貝さん。趣味の範囲を遥かに超えた本格的な養殖方法について教えていただきました。
きめ細やかな世話が決め手
錦鯉の養殖方法とは?
まず、錦鯉を産卵・孵化させるのは毎年5月中旬。山中にある池にネットを張り、オスとメスを放ちます。産まれる稚魚はなんと15万匹!そこから数十日おきに模様や形がきれいな鯉を残す「選別」を行って徐々に数を減らし、最終的には200匹に絞ります。
「通常は稚魚を3~4回選別するもんだけどね。私のこだわりは7回選別すること。だから倍以上の手間がかかるんです」
錦鯉は生後40日もすれば模様がうっすらと浮き上がり、見た目の良し悪しが出てきます。成長するにつれて色も形も変わるため、選別には知識と経験による「勘」が必要です。
現在は、日本各地で養鯉されていますが、新潟ならではの特徴は「多品種少量」。細分化すると100種類以上の品種があり、育て方にもそれぞれコツがあるそう。養鯉場(ようりじょう)ごとに得意な品種があり、丸みを帯びたきれいな体型、鮮やかでバランスがとれた模様など、美しく仕上げるために各社独自の研究がなされています。
42年間通い続ける自慢の「山の池」へ
「実はね、山の池でも錦鯉を育てているんです。見学しますかね?」と細貝さん。お言葉に甘えて軽トラックに同乗させてもらうと、曲がりくねった山道を豪快なハンドルさばきで進んでいきます。
聞けば、会社員時代は毎朝4時頃に起床して山の棚池に通い、鯉たちの世話をしてから出社していたとのこと。台風や大雨の際には、何度も様子を見に行っては池の水を抜くそうです。
車を走らせること約15分。そこには、田園風景を一望できる最高のロケーションが広がっていました。緑に囲まれた山の空気は澄み、池には太陽の光がたっぷりと降り注がれています。
「『よく鯉たちと話をしなさい』って仲間に教えられたんです。エサの食べ方、池水の入り具合や日の当たり方なんかを観察すると、鯉たちが心地良く感じているか分かります。ほら、昨日はちょっと多めにエサをあげたから、今日は喰いつきが悪い」
まるで錦鯉と会話するように、温かなまなざしで池を見つめる細貝さん。42年間続けてきたというエサやりは動作に迷いがありません。鯉たちとの深い信頼関係がそこにはあるようでした。
愛情を込めるほどに輝く
錦鯉養殖のやりがいとは?
まるで我が子のように可愛いと言う錦鯉。その魅力はどこにあるのでしょうか?少し山をくだった所にある小屋へ移動してお話を伺いました。
「錦鯉はおもしろいですよ。愛情をかけた分だけキレイに育つし、手を抜けばすぐに分かる。でもね、専業の商売だったら手をかけるにも限度があるでしょ?だからこそ私の場合は“道楽”なんです。うちの鯉が1番だと思っていなければ、道楽はできないです」
マット替えや水槽の清掃、水量や日当たりの管理など、こまめにチェックして環境を整えるには膨大な手間がかかります。細貝さんの愛情をたっぷり受けて育った錦鯉は、色艶や形が良くバイヤーにも人気です。ですが、せっかく丹精込めて育てただけに、手放すのが惜しくなることも度々あるのだとか。「正直、儲からなくても良いんですよ。エサ代や設備代くらいは稼ぎなさいって女房には叱られるけど」と笑います。
それでは、細貝さんにとって「いい錦鯉の基準」とは何でしょうか?
「うーん……いいなと思ったものとしか言いようがない。結局は、感性ですよね。生後40日から選別をするけど、将来どんな形や模様に育つかその時点では分かりません。でも、長年の経験からかな、“魅力的に成長する錦鯉”というのが感覚的に分かるんです」
まるでスターの卵を見つけるように、将来有望の一匹を見分ける千里眼。長年錦鯉と向き合ってきたからこそ備わった力なのかもしれません。
100種類以上の品種がある錦鯉の中で、細貝さんが育てるのは「紅白」のみ。雪のような白地に緋斑(ひはん)が美しく映え、模様の大小でガラリと印象が変わります。かつては様々な品種を育てていましたが、1種類に絞ることで育てる奥深さがさらに増したそうです。
「要はね、私は錦鯉に惚れ込んでいるんですよ。育て方一つで形や模様に変化が出るっておもしろいでしょ。夢と可能性に満ちた魚だと思います」
若手養殖家を応援
錦鯉ファンを増やしたい
数十年前、日本の多くの家には小さな池があり錦鯉を鑑賞する機会は日常でした。しかし、最近は転落を危惧して池を潰すようになり、さらには愛好家も減少し、錦鯉は以前よりなじみの薄い存在となってしまいました。
そんな状況を打破すべくPR活動をしているのが、細貝さんが理事を務める「長岡市錦鯉養殖組合」です。現在178人が在籍し、錦鯉養殖組合の会員数としては全国ナンバーワン。注目すべきは30~40代の若手が多いことで、青年部として様々な活動をしています。若手養殖家が奮闘する様子は、な!ナガオカの過去記事「『錦鯉』で世界とつながる! 若きブリーダー3兄弟が描く、地域復興の未来図」をご覧ください。
「若い人たちはいろんな企画をして頑張っていますよ。おかげで子どもたちが錦鯉と関わる機会は増えています。私もなるべく参加するようにして、彼らを応援しているんです」
錦鯉はその美しさから「泳ぐ宝石」と言われていますが、ケンカをせずに群れの中にすぐに溶け込む習性から「平和の象徴」としても注目を浴びています。世界各国の大使館や災害に見舞われた地域に寄贈され、新たな価値が見直されているようです。
さらに、2014年には「市の魚」、2017年には「県の鑑賞魚」として制定され、世界へ誇る地域の宝としてますます活躍の場を広げています。
しかし、世界中に錦鯉ファンが増え、価格が高騰していくにつれ、日本人にとっては遠い存在になっていくのではと細貝さんは危惧しているそう。「かつての日本人は錦鯉を鑑賞して、美しさや“わびさび”を楽しむ文化がありました。今はちょっと敷居が高いと感じられているのかな……」
育てるのが大変と思われがちな錦鯉ですが、実は気軽に飼育することができると言います。基本的には水槽や濾過装置があればOK。穏やかな性格で人に慣れやすく、急激な水温変化にさえ気を付ければ病気になりにくい強い魚です。室内はもちろんベランダやバルコニーで育てることもでき、環境適応力が高い魚でもあります。
全国から愛好家が集まる
「長岡市錦鯉品評会」を開催!
錦鯉はその優雅で美しく泳ぐ姿を眺めるのが醍醐味。これまで錦鯉に触れる機会がなかった人でも楽しめる「第66回長岡市錦鯉品評会」が2019年10月20日(日)に開催されます。ブリーダー自慢の錦鯉約500尾が出品され、美しさを競い合う一大イベントで、市内の小学生達が審査員を務める「フリーエントリー審査」などユニークな企画も用意。国内はもちろん海外客も押し寄せ、毎年にぎわいを見せています。
会場では即売会もあり、自分好みの錦鯉を購入することも可能。一級品からお手頃価格の鯉までバリエーション豊かに揃っているので、愛好家のみならず初心者が飼育をスタートするにも絶好の機会です。「錦鯉に興味が出てきたけど、養殖場に行くのはハードルが高い」と思っている方には特におすすめです。
華やかな錦鯉が一堂に集まる光景は、眺めているだけでも壮観なはず。この秋は、長岡市錦鯉品評会に足を運んでみてはいかがでしょうか?
Text and Photos: 渡辺まりこ
●Information
長岡市錦鯉養殖組合
http://ngok-nishikigoi.main.jp/