昭和から令和へ、プロレスと共に歩んだ長岡のまち。激アツ市民がプロレスの歴史と愛を語る
新潟県長岡市の玄関口、JR長岡駅の改札口から徒歩3分の好立地にあるシティホールプラザ「アオーレ長岡」。ここが今、プロレスファンから熱いまなざしを注がれる注目会場となっているのをご存じでしょうか。近年は特に、その年を代表するビッグマッチの開催地に選ばれて多くの観客を集めており、試合のたびに大変な盛り上がりを見せているのです。
実は、昭和の時代から、長岡はプロレスの開催が多かった街。その歴史が、いま実を結んでいるといっても過言ではありません。今回は、プロレス好きのご夫妻が営む居酒屋「のみくい処みや」で、長岡におけるプロレス興行の歴史や、長岡在住のファン視点でのプロレス&アオーレ長岡会場の魅力を紐解いていきます。
ジャイアント馬場一色だった
昭和の長岡プロレス事情

今回の長岡プロレス談義、ご登場いただくのは、ひとつ前の記事に引き続き、プロレス推し居酒屋「のみくい処みや」のマスター宮本茂さんと女将の宮本望さん。そして、長岡のプロレスに詳しく、「みや」とも縁が深い、長岡市役所の桜井秀樹さんに来ていただきました。
桜井秀樹さんは元々、望さんのお兄さんの友人として、「みや」に初来店。その日のうちにプロレス談義で大盛り上がりし、以来ご夫妻とは20年の付き合いがあるそう。そして、ただのプロレス好きの公務員というわけではなく、実は、アオーレ長岡でのプロレス興行の実現の立役者なのですが、その話は後ほど。まずは、昭和から平成にかけての長岡のプロレスの思い出を語っていただきましょう。

「みや」には迫力あるプロレスの興行ポスターが何枚も貼られています。いつも同じものというわけではなく、宮本家のポスターコレクションから、マスターや女将、息子さんたちが折々にセレクトしているのだそうです。
桜井「みやでポスター見ると、子どもの頃を思い出すんですよ。自分が小さかった頃、プロレスの興行のポスターが街中の電信柱に貼られるのを見ると、もう、たまらなくてね。プロレスのポスターは自分にとって宝物でした」
——昔は、あちこちにプロレスのポスター貼られていましたよね。それに、テレビの地上波で毎週プロレスの試合中継があって、プロレスが好きな人はかなり多かった印象です。桜井さんは初めてプロレスを見に行ったのはいつですか?
桜井さん「私は今55歳なのですが、小学4年生の頃、友人のお姉さんが友人と私を長岡市厚生会館のプロレスに連れて行ってくれたんですよ。初めてプロレスを見て、こんなにすごい、おもしろいものがあるのか!と夢中になり、小学校5年生からはベースボールマガジン社の月刊誌『プロレス』(『週刊プロレス』の前身)を買うようになりました」

——1980年頃のお話ですね。長岡市厚生会館はプロレスの会場として名を馳せていたと聞きますし、調べてみると3000~4000人規模の観客を集めての超満員の試合が毎年のように開催されていたようですね。
桜井さん「全日本プロレス(以下、全日)の興行が年に1~2回長岡で行われていたんです。特に “春の本場所”と呼ばれる大会、チャンピオン・カーニバルが長岡に来てくれていまして」
望さん「新潟県は全日のジャイアント馬場さん(新潟県三条市出身)のおひざ元で、かつ長岡は立地が良いこともあってか、長岡市厚生会館には、東京に行かないと見られないような好カードが来ていたんですよ」
桜井さん「三沢光晴さん、川田利明さん、小橋建太さんといった錚々たるプロレスラーが厚生会館で試合をしていましたよね」
茂さん「まだ長野に住んでいたとき、長岡まで試合を見に行きましたよ」
望さん「特に、1997年だったかな、『地方でこのカードやるの?』というような対戦があったんですよ!長岡で三沢VS小橋の試合があるなんて!(※)」
※1997年3月28日(金)97’チャンピオン・カーニバル 長岡市厚生会館 観客3200人(超満員)
桜井「日本武道館でやるようなカードですよね」
——超有名選手たちの大一番が長岡で生観戦できたんですね。他の団体はどうだったんですか。アントニオ猪木さん率いる、新日本プロレスの試合も長岡には来ていたんでしょうか。
桜井「新日本プロレス(以下、新日)の興行も来ていましたよ。ただ諸事情あったようで、長岡にはあまり来なかった時期もありまして……」
茂さん「1999年に長野から長岡に来て一番びっくりしたことが、長野は新日ファンがメインなのに、新潟では圧倒的に全日ファンばかりだったことです」
望さん「当時は新日と全日が人気を二分していたのですが、新潟は馬場さんの影響で全日ファンが多く、新日のファンだとは言いづらい雰囲気もあったくらい。猪木のいの字も出なかったですね」
桜井「馬場さん一色でしたものね、長岡は」
——ちなみに、厚生会館って、プロレスを見る会場としてはよかったんですか?
桜井さん「よかったです。試合が見やすいんですよ」
望さん「2階席が低くていいんです」
桜井さん「そう。2階席からジャンプしたら1階に飛び降りられるくらいでした」
——かなりリングと観客との距離が近い会場だったんですね。


2000年頃のプロレス事情と
長岡のプロレス氷河期時代
昭和から平成のはじめにかけて、盛り上がりを見せていたプロレス界。大都市でも地方都市でも、興行で多くの観客を集めていましたが、2000年前後から様相が変わってきます。
桜井「日本のプロレス業界にとって、2000年は節目となる年だったんです」
1999年、ジャイアント馬場の死去をきっかけに、2000年に全日本プロレスから三沢光晴を含む多数の選手が離脱し、新団体プロレスリング・ノアを旗揚げするなど、プロレス界を再編成する動きが表面化します。さらに、長年続いていた全日本プロレスの地上波テレビ中継がなくなり、プロレスの人気に翳りが見られるようになりました。いわば冬の時代。
一方では新興団体が乱立し、のちにドラゴンゲートとなる闘龍門のような、プロレス界に新風を吹き込む躍進を見せる団体も出てきて、業界は群雄割拠の時代に突入します。

長岡市厚生会館での試合も、一時期よりは観客が少なくなり、また前述のように、新日本プロレスの興行も2004年を最後に長岡に来ていなかったこともあり、長岡のプロレス熱もやや盛り下がっていた時代だったそう。そんな中、長岡市厚生会館は老朽化もあって、2009年1月に閉館します。
桜井さん「2008年8月、大仁田厚さんが出場した試合が、厚生会館最後のプロレスの試合でした。私も見に行きました」
その後、長岡のプロレス興行は中心市街地から少し離れた長岡産業交流会館(ハイブ長岡)で行われていたのですが、この時期はどの団体が来ても観客動員数が振るわなかったといいます。
桜井さん「この頃は長岡のプロレス自体が氷河期でしたね」
望さん「でも、そんな中の2012年、厚生会館があった場所にアオーレ長岡がオープンしたんです。2013年3月にはアオーレ長岡で最初のプロレスのこけら落とし興行としてプロレスリング・ノアの試合が来ました」
——風向きが変わるわけですね。
望さん「アオーレで初めてのプロレスの興行が決まって、ノアの営業さんと桜井さんの打ち合わせを、うちでやってくれたんですよ。すごく覚えています」
桜井「私も三沢さん、小橋さん、川田さんが好きだったので、アオーレ長岡に最初のプロレスを呼ぶなら、ノアに声をかけたいな、と思っていて」
——えっ、アオーレ長岡にプロレスを呼んだのは、桜井さん? 好きだったプロレスを仕事につなげたということなのでしょうか?
市役所職員がプロレス関係者へ
アオーレ長岡の「飛び込み営業」

実は長岡に再びプロレスの火を灯した陰の立役者が、ここにいる桜井秀樹さん。長岡市役所にはエンタメ系のイベントを呼んできて、街の活性化を図る部署があるのですが、実は桜井さん、当時、全くそういう部署とは関係ないお仕事をご担当していました。
桜井さん「アオーレ長岡ができたとき、『ここにプロレスを呼びたいよな』っていう思いがありまして。当時の仕事は長岡市の議会事務局の担当だったので、イベントや会場運営とは無縁だったんですけれど、東京のプロレスの関係者に、飛び込みで、アオーレ長岡を売り込みに行ったんですよ。市役所職員の名刺持参で」
——まったく関係ない部署なのに、ですか?
桜井さん「今思い返せばめちゃくちゃだったんですけどね。ただ、アオーレ長岡のアリーナができて、こんないい体育館でプロレスやらないわけにはいかないなと思って」
——議会事務局の名刺を持って。しかも、飛び込み…。
桜井さん「その売り込み先の1つがベースボール・マガジン社の『週刊プロレス』だったんです。飛び込みといっても、事前にアオーレ長岡を記事で取り上げてほしいという手紙は書いて送ってあったんですよ。でも全く反応がなくて。これはもう直接行くしかない、と東京の編集部まで行ったら、その日たまたま当時の佐藤編集長とお会いできたんです。そうしたら、編集長が新潟県のご出身だと聞いて。それならと長岡市厚生会館で1982年にあったNWA世界ヘビー級選手権試合の話を振ったら『俺も行ったよ!』って、話がすごく盛り上がりまして。それで、こちらの本気が伝わったのか、結果、記事になったんですよ。『かつて数々の名試合の舞台となった長岡市厚生会館の跡地に、アオーレ長岡という新会場ができたので、長岡でのプロレスの試合が待たれる』という内容で『週刊プロレス』で取り上げてくださったんです」
——編集部側も、市役所の人に突撃されたら「長岡市はプロレスに本気なんだな」と思っちゃいますよ。
桜井さん「東京では、その足でプロレスリング・ノアにも売り込みに行きました。『アオーレ長岡という大きな会場ができました、ぜひ!』と」
——熱意も行動力もすごいですね。そうした活動が報われて、遂にアオーレ長岡のオープンから約1年後、2013年3月にプロレスリング・ノアの興行が長岡に来たわけですね。
「お客を呼べる会場」として
ビッグマッチが続々実現!


桜井さんの誘致活動が功を奏し、2013年3月20日(水)の春分の日、遂に、アオーレ長岡で初のプロレスの試合「NOAH Spring Navig.2013アオーレ長岡プロレスこけら落とし記念試合」が開催されたのでした。この試合を皮切りにアオーレ長岡には全日本プロレスを始め、さまざまな団体の試合が来るようになります。一方で、2004年を最後に長岡での試合がなかった新日本プロレスの誘致にも光が見え始めました。
桜井「新日にも一度だけアオーレ長岡の売り込みに行ったことがあるのですが、そのときは相手にしてもらえませんでした。ですが、あるとき偶然、アオーレ長岡のナカドマ(広場)の喫煙所で、行き先を探しているらしき人を見かけて案内をしようと声をかけたところ、その方に『ここってプロレスをやっている会場ですよね』と言われたんです。なんと新日の営業担当の方だったんです」
偶然にも、売り込みたい相手だった新日本プロレスの人と知己になった桜井さんは、アオーレ長岡の会場の良さをアピール! ついに2015年2月、新日の試合がアオーレ長岡で開催される運びとなったのでした。
桜井さん「新日のアオーレ長岡での初試合は、2015年2月2日の『Road to THE NEW BEGINNING』。平日の月曜日なのに、いきなり観客が約1900人も入ったんです。普通、月曜日って一番お客さんが入らないのにですよ。それで新日の営業さんが『これ、長岡いける』っておっしゃったんです」
——長岡にいいカードを持ってきたら、もっと集客できるという確信ができたんでしょうね。
桜井さん「長岡にはみやさんみたいなお店もあるし、新日の営業さんは、長岡のプロレスファンの熱気を感じ取ってくれたんだと思いますよ」
1年後、新日本プロレスは長岡に、驚くようなビッグマッチを持ってきます。それが2016年2月14日(日) 開催の「THE NEW BEGINNING in NIIGATA」。メインイベントは新日のエース棚橋弘至VSケニー・オメガ。観衆は3603人(超満員札止め)という結果に!
以降、新日本プロレスは、年に1~2回、アオーレ長岡に注目度の高い試合を持ってきてくれるようになりました。特にファンを喜ばせたのは、3月20日の春分の日に、春の最強選手決定戦『NEW JAPAN CUP』いうトーナメント形式の大会が長岡に来るようになったことです。
——ちなみにアオーレ長岡で見た中で、一番印象に残っている試合は?
桜井さん・望さん「2017年3月の『NEW JAPAN CUP 2017』ですね」
望さん「初めて『決勝戦』が長岡に来たんですよ」
茂さん「そのとき、うちで取り扱ったチケットだけで、販売額が100万円近くいったんです」
このときの動員数は4079人。アオーレ長岡開催のプロレスイベントとしては、過去最大の入りでした。


画像出典 : アオーレ長岡イベント情報
2019年3月のNEW JAPAN CUPも観客数3991人と2017年に負けないほどの動員に。
望さん「2019年のNEW JAPAN CUPは、めっっっちゃ盛り上がりましたよね。新潟県出身のSANADA選手と、当時の大エース、オカダ・カズチカ選手が対戦するという好カード。あの年は、声援が完全に2分していて、うちの家族4人も、応援が2対2に分かれました(笑)」

望さん「2019年のときは、入場待機の人の列が、アオーレ長岡から美松の前を通って大手通り交差点にまで列になって、そこからさらに折り返すくらいいたんですよ」
桜井さん「会場入りを待っているお客様の待機列が、美松の『サンキューまつり』のときと同じようになってましたね(笑)」


さらに、2017年からは新日本にとって一番メインのリーグ戦『G1 CLIMAX』の公式戦が長岡に来るようになりました。
望さん「長岡のプロレスファンは『やばい!G1がアオーレ長岡に来た!』って大騒ぎです。新日のG1が長岡に来るのは15年ぶりだったので」
春だけでなく、夏にも注目度の高い試合が来るようになったのです。

プロレスと“第0試合”がもたらす
地方都市への経済効果

アオーレ長岡にビッグマッチが来ると、当然遠征してくる県外ファンも多く、駅前にプロレスファンが溢れる様子が見られるそうです。特に新日本プロレスの試合があるときは、駅周辺にプロレスグッズを持ったり、プロレスのTシャツを着た人たちがいっぱいいて、今のプロレスの一番華のある、盛り上がっている雰囲気が体感できるそう。
望さん「春のNEW JAPAN CUP、夏のG1 CLIMAX と新日本プロレスが年に2回、長岡で見られるのはありがたいですね。影響力を持つ大きな団体が、ビッグマッチを地方で開催して、地方を活性化してくれるのはすごくいいことだと思います」
——泊まって観光していかれる方もいるでしょうし、飲食や買い物もしていかれるし。
桜井さん「そのとおりなんです。経済効果抜群なんですよね」
望さん「駅周辺の居酒屋さんも満席になります。ちなみに、プロレスだと若手に経験を積ませるための前座試合をダークマッチとか第0試合と呼ぶんです。そこから、プロレスファンは、興行を見に行く前にアルコールを一杯ひっかけることを通称“第0試合”と勝手に呼んでいまして。2019年3月のNEW JAPAN CUPのときは、“第0試合”のために早い時間から営業している居酒屋さんに行きたいのに、どこも満席で断られているプロレスファンを見ましたね」
——日中からやっている居酒屋さんはそう多くないから、溢れちゃうんですね。そういえば、通常、長岡でプロレスの試合があるときは、宮本家の皆さんはお店の営業と観戦と、どちらをとっているんですか?
望さん「店を休みにしてプロレスを見に行きます! 観戦後は、試合を終えたレスラーの皆さんやプロレス関係者の方々がいらしてくださることも多いので、店に戻って仕事をしています。試合後は関係者の貸し切りになることも多いですね」
——生観戦優先なんですね!
見やすい!来やすい!
アオーレ長岡の魅力

——アオーレ長岡って、会場としてやっぱりいいですか。
望さん「最高です。駅から徒歩数分という立地も最高ですし、プロレスもですが、バスケのbリーグの会場全体でも立地は上位ですね!それに見やすくて、3階席でも十分試合が見えるんですよ」
首都圏から日帰り圏内の新幹線停車駅で、その駅から傘をささずに会場まで来れて、駅前にはホテルがいくつもあり、会場にはコンビニがあり、会場自体が新しくてきれい、とアオーレ長岡のメリットはあげればキリがないほどだと言います。
望さん「Bリーグでは、飲食物の持ち込みを禁止している会場もけっこうあるんですよ。でも、アオーレ長岡ではビンの飲み物以外は、持ち込みOK。私も試合を見ながら、マスターの作ったおにぎりを会場で食べています」
桜井さん「ビッグマッチの日に『あったか横町』(※)みたいなイベントをナカドマで同時開催したら盛り上がるでしょうね」
※アオーレ長岡ナカドマなどで不定期開催される、長岡の発酵食品を使ったおつまみ、日本酒などを楽しめるイベント。令和7年度は6回開催。
——プロレス目当てで来た方に、立ち飲み気分でナカドマで長岡のおいしいものを食べていただけたら、最高ですね!アオーレ長岡の施設内で楽しめる『第0試合』、実現するといいですね。
プロレス愛を語ってください

——最後に、みなさん、プロレスのどういうところが好きなのかをお聞きしたいと思います。
茂さん「やられても、立ち向かっていくところ。ただ勝つだけじゃなくて、試合のなかにストーリーがあって技の攻防がある。ただ、殴って勝つだけじゃないところですね」
桜井さん「殴り合ったりしているんだけれど、そこに温かさがあるんですよ。相手のことも考えているんだろうな、という人間性が伝わってくるんです」
望さん「相手の強さを引き出し、受けて、受けて、それをさらに上回る強さを見せる運びに、人間ドラマを見るんです」
——試合の流れにドラマがあって、格闘家たちの強靭さを見せる強さ、受ける強さを試合で見るときに引き込まれる部分なんですね。
今の「推し」選手がいたら教えてください。
望さん「私は全日本の宮原健斗選手です。太陽のような、見ている人に多幸感を与える選手です。2023年の三冠大晦日決戦の宮原健斗vs中嶋勝彦の試合で宮原健斗が負けたとき、終わった瞬間、私はウワーッと大号泣してしまいました。そこにまだ小学生だった次男が『おっかぁ!どうした!大丈夫か!』って心配して駆けつけてくれて『大丈夫じゃないーっ!』と言ったら、走ってティッシュボックスを持ってきてくれた」(聞いていた全員、爆笑)
——いい子だなぁ……。
桜井さん「私はもうプロレス全体が好きというか、『プロレス』のファンなんです。マスターが言ったように試合を一生懸命やって、相手の技も受けて、その中で自分の鍛えた体をPRできる選手だったら、誰でも感情移入できるんですよ。でもかつての三沢さん、小橋さんは別格ですかね。小橋さんは東京まで引退の試合も見にいきました。柔道出身で、アマレスの経験がないのに努力で実力をつけてファンの心をつかんだ人。そういう人間性を見せてくれるレスラーにはとことん惹かれるんですよ」

お三方とも、放っておけば無限にプロレス愛を語ってくださいそうです。これほど人を惹きつけるプロレスの奥の深さ、迫力に興味が出てきたら、ぜひ試合を観戦してみませんか。幸いにも、長岡には全国のプロレスファン垂涎の試合がやってきます。昔好きだった方も、初めて興味を持った方も、今が推し始めどきですよ!
選手から見てもアツい長岡のプロレス!
棚橋弘至選手からのコメント



2026年3月20日、21日の両日、アオーレ長岡では新日本プロレス「NEW JAPAN CUP 2026」が開催されたばかり。今年も熱く盛り上がった長岡での試合。特に21日は最終戦とあって、3000人を超える満員の観衆が「春の最強戦士決定トーナメント戦」のラストシーンを見届けました。
主催するプロレス団体や選手たちは、アオーレ長岡会場の盛り上がりをどのように感じているのでしょうか。なんと新日本プロレスの棚橋弘至社長より、コメントをいただきました!
「長岡、愛してます」
新日本プロレス代表取締役社長の棚橋弘至です。
長岡の印象と聞かれて真っ先に思い浮かぶのは、例年3月後半に「NEW JAPAN CUP」というトーナメントの決勝戦を開催させていただいているアオーレ長岡ですね。
2015年当時、リングに近い位置から上層階に向けてひな壇が続く会場は珍しかったのと、試合をした際の会場の熱量や声援が物凄かったのを、今でも鮮明に憶えています。
弊社が初めてアオーレ長岡で開催した大会のメインイベントは、僕が勝利で締めたのですが、試合後に「今後はここで大きな大会を開催しよう!」と、すぐにスタッフと話をしたのを覚えています。
試合後、食事に行ったお店でも、歓迎していただき、長岡は、どんどん思い入れのある場所になっていきました。
残念ながら、僕自身は今年の1月に引退してしまいましたが、表彰式などでリングに上がった際には、これまでと変わらぬ熱いご声援(現役選手を越えない程度(笑))をお待ちしてますね。
じゃあ、最後に…
「長岡の皆さん、愛してまーーす!!」

今回の取材の最後に届いた、まるで答え合わせのような、棚橋社長の言葉。長岡に集まったプロレスファンの熱量、声援は、リングで戦う選手たちにしっかりと伝わっていました。生き様や人間性を見せてくれる選手の戦いを熱く応援したいというファンの気持ちと、ここで大きな大会を開催したい、と思ってくれる団体との相思相愛の結果が、今の長岡のプロレスの盛り上がりにつながっているのです。
棚橋社長、ありがとうございました!
Information
アオーレ長岡でのプロレス興行情報
◆プロレスリング・ノア
メルカリPresents NEO GLOBAL TAG LEAGUE 2026
2026年5月31日(日) 開場16:30 開始17:00
◆ドラゴンゲート 長岡大会
日程 2026年6月9日(火) 開場17:30 開始18:30
◆センダイガールズプロレスリング
2026年7月18日(土) 13:00試合開始(12:15開場)
◆新日本プロレス G1 CLIMAX 36
2026年7月22日(水)
取材協力
新日本プロレスリング株式会社
http://www.njpw.co.jp/
Text: 河内千春 / Photo: 池戸煕邦





