「長岡生姜醤油ラーメン」の源流、青島食堂へ。名店がつむいだ「淡々とやるだけ」の60年
大衆食堂からラーメン専門店へ
青島食堂が歩んだ歴史
JR宮内駅の正面、徒歩数十秒の場所にある「青島食堂 宮内駅前店」。雁木造りの雪よけ屋根で囲われた建物で、「青島」の看板が目印だ。取材に訪れたのは平日14時頃であったにも関わらず、お客さんが一向に途切れない人気ぶり。聞けば、前日にTBS系のテレビ番組『マツコの知らない世界』の“ご当地ラーメンの世界”で紹介されたとのこと。マツコ・デラックス氏絶賛の味を求め、多くのお客であふれ返っていた。
忙しないラーメン作りの合間を縫って取材に応じてくれたのは「青島食堂 宮内駅前店」スタッフの大塚直美さん。スタッフ歴20年以上のベテランだ。青島食堂は現在8店舗を展開しており、大塚さんは他店舗へのヘルプ要員としても活躍している。
この人気店を率いる社長にぜひ話を伺いたかったのだが、残念ながら出演NGということで、古参スタッフの大塚さんから知り得る限りの情報を教えてもらった。
「青島食堂が誕生したのは、昭和36年(1961年)頃。初めはごく一般的な食堂で、定食や麺類を出していたようです。その中で断トツ人気だったのが『青島ラーメン』で、お客さんのほとんどが注文していました。だったらいっそのこと専門店にしようと、約50年前にラーメン屋に転向したんです」(大塚さん)
青島食堂のラーメンには、他にはない大きな特徴があった。それは“大量のショウガを使うこと”。先代社長はスープの豚骨の臭みを消すために、様々な材料を加えたり、調理法を工夫したりと試行錯誤するなか、最終的にはスープの仕込み時にショウガをたっぷりと加えることで、すっきりとした味わいに仕上げることに成功した。当時の味は変わらず現在へと受け継がれている。
「先代社長の甥っ子である現社長に経営がバトンタッチされたのは20~30年前です。その頃には店舗数が増えて、自家製麺所までつくられました。スタッフも大勢に増えましたね」(大塚さん)
着実に店舗数を増やし、順風満帆で歩んできたように見える青島食堂だが、苦しい時代もあったようだ。今では行列必至の人気店として知られる「青島食堂 秋葉原店」は、開店当初こそ新潟出身のお客が懐かしさを求めて来店したものの、客足が伸びず経営のピンチに陥った。しかしながらSNSの口コミでじわりと人気が広がり、噂が噂を呼んでお客に愛される人気店へと成長していくことができた。
そして、店舗数が増えたことで、予期せぬ状況も生まれた。それは「長岡生姜醤油ラーメン」というカテゴリーの誕生と拡大だ。青島食堂が多店舗展開することで、ラーメン修行を希望する若手も多く集まった。彼らは後に独立し、自らの店の看板メニューとして「生姜醤油ラーメン」と銘打ったラーメンを提供。キリっとショウガを利かせたスープは人気を博し、元祖生姜醤油ラーメン店として、青島食堂がひときわ注目されるようになったのだ。現在、長岡生姜醤油ラーメンを提供するお店は県内に多数あり、ラーメンあおきや(長岡市)、惣右衛門(長岡市)、らーめんヒグマ(小千谷市)などが有名店として名を馳せている。
60年来変わらない
昔ながらの一杯を堪能
さて、それほどの人気を博する青島食堂のラーメンとは、いったいどんな味なのか。実際にオーダーして味わってみることにした。
まずは券売機で注文するラーメンを決める。メニューは「青島ラーメン」「青島チャーシュー」の2択のみと実にシンプルで、これに大盛りやトッピングの追加を選べる。今回は「青島ラーメン」をオーダーすることに。
食券を渡すと、大塚さんが鮮やかな手つきでラーメンを作り始めた。
1人前175グラムの中細麺を計量。生姜醤油スープに合うように20年間改良を重ねたというのだから、期待が高まる。
麺を茹でている間に取りかかったのが、スープづくり。濃口醤油をベースにした醤油ダレに豚骨ベースのスープを合わせる。
スープに使用するのは、豚骨や鶏ガラ、玉ねぎ、りんご、ニンニクなどで、さらに大量の高知産ショウガが味わいの決め手になる。ショウガはカットせず少し潰して煮込み、エキスを抽出するのが青島食堂流。ちなみにこのスープはすべて「青島食堂 曙店」で仕込まれ、毎朝各店舗に届けられる。東京の秋葉原店にも、社長みずから週に二回スープを直接届けに行くというこだわりようだ。
ベストなタイミングで麺が茹で上がったら、鮮やかな湯切りで水気を飛ばす。迷いのない手つきでトッピングを施し、青島ラーメンの完成! 「お客さんを待たせないように」がモットーとのことで、その言葉通りのスピーディーな手さばきが小気味よく、ずっと見ていたくなる。
完成した青島ラーメン(800円)がこちら。醤油のいい香りがする湯気が立ちのぼり、食欲がそそられる。
やや茶色みが強いスープは、濃口醤油が香り、豚骨や鶏ガラの豊かな旨みが感じられる。そこへ追いかけるようにショウガのじんわりとした風味が広がり、すっきりとした心地良い余韻を残す。キラキラと光る油もコクをプラスして全体をバランスよくまとめており、飲むほどにクセになる完璧なスープに、レンゲを動かす手が止まらない。
麺は少しウェーブがかかった自家製中細麺。やや加水率を高めにしているモチモチの食感で、喉ごしの良さが抜群。あっさりスープと油をまとった麺は、無限に食べられるのではないかと思うほど魅惑的だ。ちなみに、前日に放送された『マツコの知らない世界』の中で、マツコ・デラックスは「この麺が正義な気がする」と青島ラーメンを絶賛していた。
具材はチャーシュー、メンマ、ほうれん草、刻みネギ、海苔、ナルト。薄切りのチャーシューは赤身の部位が使われており、ほろっとやわらかく食べ応えがある。ラーメンのトッピングには珍しいほうれん草をのせるのが青島食堂流で、創業当時からの味を変わらずに提供していきたいとの思いから、トッピングの内容は60年間一切変えていない。
長い歴史の中で人々に愛されてきた、完璧なバランスの青島ラーメン。週に何度も訪れる常連客も少なくないそうで、いつ来ても変わらない味わいを楽しめる。
何にもとらわれず“普通にやるだけ”
タフな社長が体現する青島の美学
50年以上という長い歳月にわたって地元民に愛され、ご当地ラーメンとして全国から注目を集めるようになった青島ラーメン。そこでがぜん気になるのは、長岡生姜醤油ラーメンを広めるきっかけをつくった社長がどのような人物なのかということだ。スタッフの矢島さん(ご本人の希望で顔写真はなし)に謎めく社長の人物像について尋ねたところ、意外な一面が垣間見えた。
「一言であらわすと、“バイタリティがある方”でしょうか。人一倍働いている気がします。例えば、冬の長岡は毎日大量の雪が降りますが、社長は誰よりも早くお店にかけつけ、率先して雪かきをしています。それに思いついたら即行動、まずは挑戦してみるという心意気もすごいです。全8店舗にまで拡大したのは現社長の功績ですし、今もなお新しいことへの挑戦を考えているみたいですよ」(矢島さん)
現在60代後半だという社長は、スタッフの間でも“タフな人物”として知られている。10年ほど前までは現場で毎日ラーメンを作っていたそうだが現在は一線を退き、代わりにスープの仕込みを手伝ったり、各店舗へ完成したスープを配送したりといったサポートや経営に専念している。
ところで、「長岡生姜醤油ラーメン」という言葉は、青島食堂の元スタッフたちが独立して自らの店で提供したことで県内に広がったという経緯がある。青島食堂では実際のところ「青島ラーメン」として提供しており、“生姜醤油”という文言はいっさい入れていない。特にのれん分けのような制度も設けなかったが、独立したスタッフたちがこのラーメンの特徴である大量のショウガを使ったスープにインスパイアされ、「生姜醤油ラーメン」と名付けて提供を始めたというのが現在に至る経緯。
彼らが生姜醤油ラーメンを提供し始め、それがひとつのカテゴリーとして世の中に認知されたことについて、社長はどう捉えているのだろうか。
「社長は、特になんとも思わなかったようです。『彼らには腕や才能があったのだな』と言っていました。もちろん敵視しているわけでもありません」(矢島さん)
生姜醤油ラーメンがいつしかソウルフードとして定着したのは、この味に深く親しみ、自分の力で多くの人たちに伝えたいという思いをもって開業した元スタッフたちと、技術を独占せず温かく見守った青島ラーメン社長の双方がいたからに他ならない。
最後に、今もなお人気が高まる生姜醤油ラーメンのパイオニアとして、取り組んでいきたいことについて聞いた。
「社長いわく『今まで通りのことを普通にやっていくだけです』とのこと。『私もまだ修行中の身ですので、偉そうなことは言えません。ラーメン作りを普通にこなしていく、ただそれだけです』と言っていました」(矢島さん)
日々淡々と昔から変わらぬラーメンを作り続け、お客さんにホッとする味を提供する青島食堂。お客の支持にも「元祖」のような扱われ方にもあぐらをかかず、ひたすら自らの使命であるラーメン作りに専念してきたストイックな姿勢は、とても潔い。人気の理由など分析せずとも食べればわかる確かな味わいを、ぜひ一度は試してみてほしい。キリリと生姜が利いた極上スープをまとったモチモチ麺をすすれば、きっと頬がゆるむことだろう。
Text:渡辺まりこ
青島食堂 宮内駅前店
住 所
新潟県長岡市宮内3-5-3
電話番号
0258-34-1186
営業時間
11時~19時
定休日
第3水曜日