大物ミュージシャン御用達!長岡の楽器店「あぽろん」に県外からも客が訪れる理由
楽器不況の中考えた「他店との差別化」
――本日はお時間いただき、ありがとうございます。いろいろ伺いたいことはあるんですが……。まずは本間さんがあぽろんで働くようになったきっかけから教えてください。
本間「新潟で高校を卒業した後、ミュージシャンになろうと思って大学進学を隠れ蓑に、京都に住んでいました。当時(70年代中盤)は、ウエスト・ロード・ブルース・バンドとか近藤房之助のブレイクダウンとか、コマーシャリズムに迎合しないミュージシャンたちが毎日京都でライヴをしていたんです。
そういう“本物”のミュージシャンに影響を受け、私も京都のバンドに入ってプロを目指して活動していたんですが、ある時メンバーが体調を崩して夏休みに新潟へ帰省したんです。その時にあぽろんを創業していた社長の笠原(大仙さん)と会い、これから長岡店を出すから働かないか、とスカウトされたのがきっかけですね」
――それで長岡店が開店したのが1979年ですね。当時の楽器店を取り巻く状況はどんなものだったのでしょうか。
本間「70年代後半ごろってシンセサイザーが一般向けに登場したり、MIDI規格が誕生したり、楽器のイノベーションが起こっていた時期で、新しい楽器が次々と発売されていたんです。それに合わせて音楽のサウンドも変わるので、同じような音を出したい人たちが新しい楽器を買い、80年代後半くらいまで楽器店は結構うるおっていました。
でも90年代に入ったくらいから楽器の進化のスピードが落ちてきて、それに息を合わせるように日本の経済状況も悪化。だんだんと楽器が売れなくなっていきました。まあほかの産業と同じです。
で、気づいたら競合だった周囲の楽器店がなくなっていた。70年代には新潟県下にも大きな楽器店がたくさんあって、あぽろんが一番後発だったんです。それでも生き残れたのは、シンセからコンピューターから、新しく出る楽器を貪欲に学びながら全部取り込んできたのも要因のひとつだと思います。
それで安心したのもつかの間、今度は全国チェーンの業界大手が押し寄せてきた。地方大会に勝ち残ったら全国大会になってしまった、みたいな感じです(笑)。そのころからですね。『どうすれば他の大型店と差別化できるんだろう』と考えるようになったのは」
大事なのは楽器の背景にあるストーリー
――あぽろんでは、普通の楽器店ではあまり扱ってないような海外メーカーの楽器をたくさん取り扱っていますよね。これも差別化の一環なのでしょうか?
本間「80年代から楽器の輸入はやっていたんですが、契機になったのは1988年に扱い出した『Fritz Brothers Guitars』からですね。
アメリカで毎年開催される楽器の見本市に行ったとき、有名なメーカーの片隅で展示している小さい工房を見ていて、自分好みのギターを発見したんです。そのヘッドには『Roy Buchanan(ロイ・ブキャナン)』という文字が入っていて、ロイ・ブキャナンが使っているモデルだということがわかった。ロイ・ブキャナンって日本で一般の方にはほとんど知名度がないですが、『世界最高の無名ギタリスト』とも言われるほど、知る人ぞ知るギタリストです。
自分がファンだったこともあり、資料を日本に持ち帰ったあとにコンタクトを取り、あぽろんが日本で初めて取り扱うことにしました。日本では無名のメーカーでしたが、その後ジョージ・ハリスンもそこのギターを使っているのが分かったこともあって、結構売れました。この経験が、その後の楽器店としての方向性を考えるきっかけになりました。
大手は『何本売れるか』が大事なので、わかる人なら絶対に買うけど2本しか売れないモデルより、ファンのうち何人が買うかはわからないけど、ファン自体の母数が多いから100本売れそうなモデルを買い付けます。でもうちみたいな中小楽器店は、そもそもの資本力の差で、大手みたいな『数の勝負』はできない。また、そういうやり方からはミュージックカルチャーやミュージシャンに対するリスペクトが漏れてしまうと私は思います。
海外の見本市へ行くと、『このミュージシャンが使っていて、こんなに素晴らしいビルダー(楽器を作る人)が作っているのに、なんで日本ではどこも取り扱ってないんだろう?』みたいな楽器がいっぱいあるんです。大手はたくさん売れるモデルを買い付けないといけないから、生産数の少ない小さな工房には目もくれないですが、私はいちファンとして惹かれる、“ストーリー”がある楽器を選んで取り扱ってきました。それが結果として今のような品揃えになったんです。
そうやって自分たちの道を突き進んでいくうちに、県外からわざわざ買いに来てくれる人が増え、プロのミュージシャンの方からもよく注文が入るようになりました。去年の暮れから6、7本は買ってくれているミュージシャンの方もいますよ(笑)。
わざわざうちで買ってくるお客さんは皆、楽器の背景にあるストーリーにちゃんとリスペクトがある人が多いです。音楽好きの人ほど、あぽろんのHPとかを見て『ここはわかってる』というのを感じ取ってくれるんだと思います。
海外のギターを売る側もそういうところをちゃんと見ていて、うちの取り扱いリストを見た上で向こうから『扱ってくれないか』と連絡がくるようになりました。
インターネットの時代になり、競合相手が格段に増えたとも言えますが、うちはむしろ『絶対に買ってくれる、わかっている人』との接点が増えたので、ネットショッピングの普及はまさに僥倖でした」
「楽器屋らしい楽器屋」であり続けたい
――それだけのファンがいれば、地元長岡を飛び出して首都圏に出店するという選択肢もあったのでは?
本間「業界の人やお客さん、海外のパートナーなどから、首都圏で出さないかという話もありますよ。でもすべて断っています。だってこちらから行くよりも、向こうから来てもらうことにチャレンジした方が面白いじゃないですか。
確かに2、30年前とかだと、地方の会社が都会に打って出るのは一つのステータスだったかもしれません。でも今はそんなのナンセンス。都会が上で地方が下、なんてことはないんです。
今の時代ネットもあるし、ちゃんとしたコンテンツがあれば十分都会とも張り合える。『ここでしか買えないもの』といった、本当に付加価値の高いコンテンツを持っていれば人はおのずと来るんです。
よく、さびれた商店街をなんとかするために、自治体がお金を突っ込んでイベントをやったりしますが、それで人が来たとしても一過性のものに過ぎません。イベントが終わってしまえばまた人は来なくなります。そういう意味で、商店街をどうこうするというよりも、まずはそれぞれ頑張っている個店やあぽろんが人を呼び、ひいては長岡がおもしろい街として認知されればいいなと思っています」
――それでは最後に、ローカルで頑張る楽器店として、今後の展望はありますか?
本間「地元との連携をより深めていきたいですね。例えば最近は、近所の高校にある軽音部とつながり、彼らのためにエフェクターメーカーを招いてエフェクターセミナーを開いたりといった支援を行っています。こういう地元の協力関係があるからこそできる試みを増やしていきたいです。
あと、これは楽器屋としての思いですが、今後も『楽器屋らしい楽器屋』であり続けなければならないと、ある種の責務を感じています。
大手は有名どころの楽器を安売りすることでビジネスを成り立たせていますが、それだと電気屋さんが楽器を売るのと変わりないじゃない。私はそんな流れに抵抗していきたいんです。さもなければ、日本にミュージックカルチャーがなくなってしまう――そんな危機感と自負を今後も持ちつつ、やっていきたいと思います」
あぽろん長岡店
[住所] 長岡市城内町3‐2‐3
[電話] 0258‐35‐1289
[営業時間] 11:00~19:00
[定休日] 定休日なし