火焔土器の3Dデータが誰でも利用可能に! 縄文文化財のオープンソース化がひらく創造の可能性とは?
2019/5/17
縄文文化財をオープンソース化すると何が起きるのか?
トークセッションに参加したのは写真左から、緒方嘉人さん(デザインファームTakramのディレクター・デザインエンジニア)、ドミニク・チェンさん(早稲田大学文学学術院准教授)、市原えつこさん(メディアアーティスト)、桜井祐さん(編集者)の4人。
緒方さんと市原さんは、実際に火焔土器の3Dデータを使った作品を生み出したアーティスト、チェンさんと桜井さんは縄文オープンソースプロジェクトの企画・監修を行った。
約1時間半にわたるトークの中でも、特に興味深かった内容をピックアップしてみよう。
文化財データのオープン化が新たな創作物を生み出す
「保護や研究の観点から、重要な文化財の3Dデータを作成・保持している自治体は少なくありません。ただ、これらのデータは通常公開されていないため、一般の人が利用したいと考えてもなかなかできないのが実情です。
そうした一般に公開されていない文化財のデータをインターネット経由で誰でもダウンロードして利用できる環境をつくることを目的に、このプロジェクトは始まりました。
文化財を実際に手にする、目にする機会が増えることによって、結果的に美術館に足を運ぶ人も増えるだろうし、新しいものづくりへと発展するかもしれない。そうやって長期的に文化全体を見据えて働きかけているプロジェクトであると言えます。
海外でもこういった文化財のデータ化が進んでいるところもあるし、日本でも個々に対応している美術館はあります。東京国立博物館も徐々に権利を解放していっていますね。規模は大小ありますが、増えていることは確かです」
自治体や美術館、博物館が所有している文化財のデータをオープンにすれば、自然と文化財とのタッチポイントが増え、結果そこから新しい創作物が生まれる可能性が広がるのではないか、という意見だ。
実際に火焔土器の3Dデータは2018年末に公開されて以降、メディアで取り上げられたこともあり、多くの人が火焔土器の3Dデータを利用した作品を実際に作りはじめ、話題になった。
TwitterやInstagramで「#縄文オープンソースプロジェクト」や「火焔土器 データ」で検索してみると、石を投げて火焔土器が粉々になる動画や擬人化したキャラクターなど、多くの人が二次創作作品を制作・発表していることがわかる。
公開されたデータをもとに利用者たちが自由に発想を膨らませることで、それまでは博物館や図録でただ見るものだった縄文文化財が新たなクリエイティビティの「種」となる。こうした生態系の形成を、縄文オープンソースプロジェクトは狙っていたのだ。
火焔土器と3Dプリンターで、ものづくりの今と昔をつなぐ
では、3Dデータ公開に先駆けたパイロットプロジェクトとして事前に火焔土器のデータを受け取り、実際に「つくってみた」緒方さんと市原さんは、制作にあたりどんなことを考え、感じたのだろう。
「火焔『氷』器」と題して、火焔土器型の氷型を制作したデザイン・イノベーション・ファームTakramの緒方嘉人さんはこう話す。
「火焔土器は炎をモチーフにしていると言われていることから、あえて透明の氷でつくることにしました。氷でつくれば、みんなが教科書で知っている土器の印象とは違う、新しい見せ方ができると考えたんです」
火焔「氷」器は客席で実際に手にすることができた。前の座席から順々に回されて、手にしたお客さんからは歓声が上がる。
「まず3Dデータから型をつくることができます。型をつくると、そこからものを大量生産することができるようになるのですが、火焔土器はとにかく複雑で……通常の型では到底表現できない複雑さでした。素材や型の分割などを何度も試行錯誤してつくりました」
試行錯誤は凍らせる水の成分にまでおよび、できるだけ気泡のない透明度の高い氷にするために、わざわざ超軟水を使用しているという。
「今回の作品をつくる中で『過去から現在にいたるものづくりのプロセス』を網羅的に体験できたのがおもしろかったですね。立体物のつくり方には大きく、材料を付け加えながら製造する “Additive Manufacturing(付加製造)”という方法と、材料のかたまりから削って形をつくっていく“Subtractive Manufacturing(除去製造)”というふたつの方法があります。
そういう意味では、縄文時代につくられた火焔土器も今回使用した3Dプリンターも同じ“Additive Manufacturing”なんです。また複製に関しても、3Dスキャンという最新技術で得たデータを用いる一方、太古から続く“鋳造”のプロセスを踏襲したことで、人類のものづくりの歴史を凝縮したようなプロジェクトになりました」
過去の風習を現代に接続する依り代としての文化財利用
続いては「祝詞をあげながら火焔土器に向かって祈りを捧げるヒューマノイドロボット」という、一見謎とも思える作品を制作したメディアアーティスト市原えつこさん。
「ちょうど、デジタルシャーマンプロジェクト(家庭用ロボットに死者の人格を憑依させて死後の49日間だけ一緒に過ごせるという新しい弔いの形を表現した作品)のロボットが祈りを捧げる位牌が欲しいと思って考えていたんです。
そうしたら今回のお話をいただいて。まず、3Dプリンターを48時間くらい稼動させて火焔土器の造形を生成。生成された土器にLEDをつけ、ロボットの動きに合わせて光るようにプログラミングしました」
映像を見ると、ロボットの動きは祈りに連動していて、だんだんとヒートアップしていく。「制作中、実際に火焔土器の造形を見たり触ったりしていると、やっぱり単純な飲食のための道具ではないんだなあ、と。ただ煮炊きするためだけなら、こんな形にはならない。やはり呪術的な意味が強かったんだろうと感じられます」
シャーマンプロジェクト以外にも、古来の民俗文化・風習を現代にアップデートした作品を生み出している市原さん。今後の作品制作にあたり、文化財のオープンソース化に期待を寄せる。
「次は、祭りをつくりたいと思っているんですよ。でも祭りは一歩間違うとただのイベントになりかねない。祝祭といった面を持たせるためと再現性を考えた時に、文化的史料のオープンデータは使えそうです。新たな縄文文化財が公開されたらぜひ利用してみたいですね」
文化財保護や教育普及――オープンソース化の可能性
文化財のオープン化に望まれる用途は創作物だけではない。
「内戦が激しいシリアでは、重要な世界遺産まで爆撃されたりと大変な状況です。例えばその文化財をそのまま3Dスキャンして保存する。そしてそれを美術館で再現し、それをもって文化財の保護とする、ということは考えられますよね。文化財を過去のものとして見るだけではなく今のため、これからのために活用していく、そういった方向性の想像力が使えるといいなと思います」(チェンさん)
「小学校の美術の時間に実際のものを出力して、『さて縄文人はどうやってこの火焔土器を使っていたのか?』と問いかけ、実際の造形を手にとって、かつての使い方を提案してもらう。その後『じゃあ今の自分たちならどう使う?』と展開できるような授業は利用方法もできますね。
今までは美術館や博物館でガラス越しにしか見えなかった国宝に“触れる”ということは、本当に大きな進歩だと思います。美術教育、歴史教育にどんどん活用してほしいです」(桜井さん)
自治体主導による文化財データ開放の呼び水に
長岡市と縄文文化発信サポーターズが主体となり、推し進められてきた縄文文化オープンソースプロジェクト。
今回公開されたのは火焔土器の3Dデータひとつだけだったにもかかわらず、多く人たちによってポジティブに受け入れられた事実は、今後、自治体に主導による文化財データ開放の呼び水となる可能性を秘めている。
今後も縄文文化財のデータ化・オープンソース化に取り組んでいくという同プロジェクト。その活動から、今後も目が離せない。
Text:篠原繭
Photos:鈴木渉
●Information
縄文オープンソースプロジェクトURL:http://jomon-supporters.jp/open-source/