物体がワープ!? 驚異の「すくい上げマシン」に見る、求められるものづくりの真髄
魔法のような技術。その仕組みは?
まずはこちらの動画をご覧いただきたい。
板状のモノがゲル状の物体の下に入り込んだかと思うと、物体をすくい上げてしまった。すくい上げられた物体は、振動で少しだけプルプルと揺れつつも、形はまったく変わっていない。
元あった場所には、ほとんど痕跡が残っていないようにも見える。その様子は、まるで物体がワープ移動してしまったかのようだ。
この機械こそが「SWITL」。正式名称「すくい上げ移載機」とも呼ばれる。
お話を伺ったのは、開発者の古川機工株式会社会長の古川寛康さん、社長の古川高志さんのおふたりだ。
「実際に、目の前で見てみますか? ちょっと待っていてください」
そう切り出す高志さん。隣室から小型のダンボールほどの大きさの箱を持ち込んだ。
取り出したのは、片手で持つことができるほどの大きさの、その名も「ハンドタイプSWITL」だ。
まさに動画で紹介されていた、あのマシンである。
今回はこちらを手に、目の前でその仕組みを解説していただくことになった。
物体の下に入り込むのは、先端にある白い板状のパーツだ。薄いとはいえそれなりの厚さがあるように見える。これがそのまま入り込むと、引きずられてしまうのではないかと思うのだが…?
「薄いシートを取り付ける仕組みになっているんです。そのシートを一定のスピードで動かすことによって、崩れることなく移載に入ることができます」と高志さん。
この仕組みを使えば、薄いモノであっても難なく移載できるのだという。
おもむろにマヨネーズをならし、膜状になるまで伸ばし始める高志さん。さすがにそれは動かせないでしょう、と心配になるほど薄くしてしまった。
ほとんど透明になるほど薄くならしたマヨネーズ。このような膜状のモノも…
サッ!と瞬く間に難なく載せてしまった。形はそのままである。跡をみると、まるで布巾で綺麗に拭き取ってしまったかのように、ほとんど痕跡が残っていなかった。
何度も物体が元あった場所を覗き込む筆者に「残っているのは、0.4ミクロンくらいかな」と発案者の古川会長。
ピンとこない数字だが、髪の毛1本の太さはおよそ50ミクロンといわれている。ほとんど目に見えないレベルしか残っていないということだ。
「よーくシートを見ていてくださいね」
再び機械を作動する高志さん。
実際に目の前で見なければわからないほどだが、表面と裏面で微妙にシートの動くスピードが違っているのだ。
「SWITLを起動すると、板に取り付けられたシートが裏から表にわき上がるように動くんです。その状態でワーク(移載対象の物体)の下に滑り込ませると、捲り上げるような形になるんです。ただ、それだけでは簡単に崩れてしまいます。SWITLを挿し込むときのスピードは速く、載せてからはゆっくりめに、という調整を行なうことで、形を崩さない移載を可能にしているのです」
SWITLの核心部分である。それを公開してしまって大丈夫なのか?。
「ご覧の通り単純な構造ですからねえ……それに、特許も取っていますし、掲載していただいて全然大丈夫ですよ(笑)」と高志さん。
ちなみに、具体的なスピードについては、企業秘密だった。この絶妙なスピード加減を得るまでには、相当な試行錯誤があったことが推察される。
「実は、機能を言葉で説明するのが難しいので、これ(ハンディタイプ)を作っちゃったんですよ。実際にお客様のところへ持ち込んで、目の前で動かすのが一番わかりやすいかなと」と高志さん。
このハンディタイプ、なんと実演用のSWITLだったのだ。続けて、衝撃的な言葉が飛び出した。
「本来のSWITLは、この板の部分が2mあるので(笑)」
活躍の主なフィールドは食品産業
マヨネーズなどのゲル状の物体を動かすことができるのはよくわかった。しかし、果たしてどのようなところにニーズがあるのだろうか。しかも、2mもの幅を持つSWITLを求める「お客様」とは、果たしてどのような人たちなのだろうか。
答えは、食品製造工場にあった。とくに冷凍食品の製造工場だ。
たとえば冷凍ピザ。野菜、肉類など、異なるトッピングを生地に載せ、ひとつの製品を製造していく。
こうした食品に必須の調味料であるマヨネーズやケチャップなどを、生産ライン場で次から次へと流れてくる商品に形を崩すことなく移載することは、人間の手でも難しいという。当然、作業員への教育などのコストもかかってくる。
一連の流れを機械化することで、製造ラインの効率化を可能にするのが、SWITLなのだ。
「こんな機械があったら」に応え続けてきた
創業者であり現会長の古川寛康さんは、もともと食品関係の職に就いていたが、「機械化することで、もっと効率化できるのでは」という問題意識から古川機工株式会社を創業。「こんな機械があったら……」というアイデアをひとつひとつ実現させてきた。
「ウチは他所がやっているモノはやらない。そして、とにかくユーザーが欲しいと思うものを作り続けるのがモットー」(古川会長)
これまでに製造してきた機械をざっとあげると、「柿の種フライカッター」「豆菓子圧延ロール」など。
かつては「巻き寿司カッタースカットーⅢ」なるマシンも製造。その名の通り、スカッと巻き寿司をカットするカッターマシンなのである(古川機工製品資料より)
キャッチーさと遊び心あふれるネーミングだ。それでいて、なんとなく役割も連想できる。
「ずっと普通のサラリーマンをやっていたんだけど、とにかく機械が好きで。いろいろ作っちゃったんです」ニッコリ笑ってそう話す古川会長の機械愛は、ネーミングにも現れているようだ。
ちなみに「SWITL」の名前の由来は、やはりというべきか「吸い取る」からネーミングされているそうだ。カタカナではなく英語表記にすることで、不思議なスタイリッシュさをも演出している。
SWITLは工場の製造ラインでの稼働を考えているため、基本的には大型のタイプがメイン。
古川機工のホームページにアップされている公式動画を観ると、実際に稼働する大型のSWITLの姿も見ることができる。動画内では、ハンディタイプの動画以上に驚くべき光景が展開されている。複数のゲル状の物体を、2列一緒に素早く動かすという離れワザ。これは、「高速ハンドリングSWITL」と呼ばれるハイグレード版だという。
新潟県は、全国有数の食品生産県。豊富に収穫される米を使った米菓づくりが盛んだが、他にも冷凍食品を製造する企業が数多く存在する。地元・新潟で一定のニーズが常に存在していたのをキャッチアップし、その対象を全国へと拡大。顧客と二人三脚で様々な機械を製造してきた。
そして、それらはすべてがオーダーメイド。ひとつひとつがオリジナルの機械たちなのだ。
新開発のSWITLは、工場でよくみられるロボットアームの先端に取り付けることで、より繊細な作業を可能にした。たとえば、複数の食肉を綺麗にパッキングしていく行程。これまでは人の手を介さなければ不可能な作業だったものを、見事に再現している。
食品産業以外にも広がる可能性
「私たちもまったく想像していなかったような業界の方たちからお声がけいただくことがあります」と語る古川会長。いま、食品産業以外でもSWITLの活躍が期待されているという。
たとえば、医療への応用だ。
東京女子医科大学と大阪大学の技術支援を受け、再生医療用SWITLを開発。再生用細胞シートを患部に貼り付ける作業を、SWITLが行うことが期待され、試験的に開発を行なった。
清潔さと精密さを保つことが厳しく求められる食品産業で培ってきた技術と経験が、医療分野でも可能性を生み出しているのだ。とても夢のある話である。
古川機工のホームページには、「SWITLで夢をすくい上げたいね!」と明るく話す古川会長のインタビュー映像がアップされている。
今後も、あらゆる分野での応用を視野に入れながら、SWITLの製造を続けていく予定だという。
普段我々がなかなか目にしない場所で、静かに日本の食品産業を支えていた驚きのマシン、SWITL。もしかしたら、身近な場所にもその姿を現す日が来るかもしれない。
Text and Photos: Junpei Takeya
古川機工株式会社
[所在地]新潟県長岡市滝谷町1917-7
[電話]0258-22-3501
[HP]http://www.furukawakikou.co.jp/