小学生が地域農家に米づくりと郷土愛を学ぶ半年間。長岡名物「田んぼ授業」に密着!
自然と親しみ、農業と近づく
約半年間のお米作り体験
地域農家が集まり、小学生に「田んぼ授業」を行う取り組みは、今年で14年目。毎年、初めての米作り体験に心を躍らせる子どもたちの姿を見られることが、活動を続ける農家たちの原動力となってきました。
稲刈り当日は約20名の農家が応援にかけつけましたが、そのなかでも子どもたちの田んぼの管理をメインで行ってきたのが、米農家の金井宏晃さんです。
「お米を育てる方法は教科書で習わないことなので、米どころの長岡市民としてぜひ知っておいてほしいですね。そして将来、彼ら彼女らがほかの地域で暮らしたとしても、『田んぼ授業』の記憶から長岡の良さを思い出してもらえたら嬉しいです」こんな思いをもって活動に臨んでいる金井さん。子どもたちとの「田んぼ授業」は春から始まりますが、長い時間をかけて大切に育て上げ、稲刈りの日を迎えられたそう。収穫を迎えるまでにも、子どもたちにさまざまな体験の場を用意してきました。
稲刈りの日からさかのぼること5カ月前。第一回目の「田んぼ授業」は4月下旬の筋まきと田起こし体験でした。筋まきとは、お米作りの最初の工程で、種に土をかぶせて苗を育てること。さらに田起こしでは、乾いた土に肥料をまぜ込み、元気な土をつくります。 そして5月下旬に行ったのが、昔ながらの手作業による田植え。泥の中に足を踏み入れてみると、ズブズブと沈んでいくから大変です。身動きしづらい状態に悪戦苦闘しながらも、子どもたちは一束ずつていねいに稲苗を植えていきました。田んぼの半分は機械を使ってスピーディーに田植え。「昔の人たちは広い田んぼすべてに手植えしていたなんて……」と子どもたち。自分たちで作業することで、身をもって先人たちの苦労を体感できたようです。
6月は生き物調査。田んぼは、生き物たちにとって心地良い環境です。お日さまがたっぷり降りそそぎ、水は温かくて土は栄養満点。植物プランクトンや動物プランクトンが増えることで、たくさんの水生昆虫が住み着きます。田んぼの水の中にはアメンボ、オタマジャクシ、ヤゴなどがいっぱい。虫が好きな子も苦手な子も、網を持って捕獲して、どんな特徴があるのかよく観察してみました。 7月中旬は生育調査。約2カ月前に植えた稲が、どれくらい大きくなっているか調べました。この時点で、元々3~4本だった稲が20本以上に増えてびっくり!しっかりといい稲に育っている証拠で、葉や茎の色ツヤが良く、健康なのがわかります。 その他、子どもたちはお米について「不思議に思うこと」「気になること」を本やインターネットで調べてまとめる活動もしました。お米の歴史、栽培方法の違い、品種による食感や味の違いなど、お米について深く知ることで、より身近に感じるようになったようです。 8月の夏休み中は、子どもたちの田んぼ作業はお休み。その代わりに行ったのが「バケツ稲」の水やりです。実はこれ、5月の田植え時期に仕込んだもの。子どもたち一人ひとりがバケツに土を入れて稲一株を植え、毎日校舎の前を通るたびに生長を見守ってきました。このバケツ1杯の稲でご飯茶碗三分の一ほど。手間をかけて育てる体験をすることで、農家の苦労を肌で感じる機会となったようです。 そして迎えた9月下旬の稲刈り。はじめはたった3~4本だった稲が、こんなに太く立派に生長しました。たわわに実った稲の穂が、風に揺れて何とも気持ち良さそう。黄金色の田んぼを目の前に、子どもたちの「わぁ 」という歓声が響き渡り、集まった地域の農家たちも頬が緩んでいました。子どもたちの笑顔に触れて
農業の苦労が楽しみに変わった
「田んぼ授業」のキーマンはもう一人、米農家の吉田隆夫さんです。この活動を始めた中心人物ではありますが、最近は「もう年だからね、引退だよ」とのこと。若い金井さんに「田んぼ授業」を託すといいつつも、やっぱり子どもたちの笑顔に会いたくて、積極的に活動に顔を出しています。
「農業は苦労が多いけどね、14年前に『田んぼ授業』が始まってからは楽しみに変わったんだよ。子どもたちが米作りを楽しんでくれることが嬉しくて、それで続けているようなもんだね」
子どもたちの喜ぶ姿にやりがいを感じているという吉田さん。稲刈り当日に20人もの農家が集まったのは、吉田さんの地道な声かけあってこそ。「収穫後は、稲苗の泥をキレイに落として標本をつくるんだよ」と声を弾ませ、子どもたちが瞳をキラキラ輝かせる姿を思い浮かべます。「田んぼ授業」は子どもたちだけの学びの場であると同時に、農家の皆さんにとっても、自分の仕事を新鮮な目で見つめ直す場になっているのかもしれません。はじめてのお米作りを終えて
子どもたちの感想は?
地域農家たちの思いが込められた「田んぼ授業」。約半年間にわたる活動の中で、子どもたちはどんなことがおもしろいと感じたのでしょうか? そして、お米作りを通してどんなことを学んだのでしょうか? 実際にインタビューをしてみました。
子どもたちの第一声は、共通して「楽しかった!」でした。昔ながらの方法である手植えや手刈りは、大人たちにとって大変な作業ですが、子どもたちにとっては新鮮そのもの。作業の一つひとつが、まるで自然遊びのようにおもしろかったようです。
その一方で、普段食べているお米は、農家の苦労のもとにあることも学びとなりました。ベテラン農家である「田んぼ先生」たちとの交流も楽しい時間となり、この地域をますます好きになったようです。
“地域の良さ”を語れる大人にーー
「田んぼ授業」に込めた願い
担任の加藤先生は、地域と協同しての学びの場「田んぼ授業」についてどう考えているのでしょうか?
「岡南小学校の子どもたちは、毎日の登下校で田んぼ道を通っていますが、農業に関わる機会はなかなかありません。『長岡市は米どころ』という意識はもっているようですが、身近ではないんですよね。ですから、子どもたちに田植えや稲刈り体験をさせてもらえて本当にありがたいです」米どころといえど、普段は田んぼを目にするだけの子どもたち。「田んぼ授業」がなければ、お米を作る大変やおもしろさ、農家たちの苦労をこの先も知ることはなかったかもしれません。ですが、それ以外にも、「田んぼ授業」にはもう一つの狙いがあるようです。
「子どもたちにとって、『田んぼ授業』が地元をもっと好きになるきっかけになればと思っています。数年後、この地域から旅立つ子もいるでしょう。そんな時に、長岡のお米作りについて思い出してほしいんです。『おいしいお米をつくるまち』として地域の良さを感じる、そして自分の生まれ育った地域を語る――そんな地元に愛着や誇りをもつ大人になってもらえたら嬉しいですね」 「田んぼ授業」は、地域農家たちの熱意があってこそ成立する試み。子どもたちを“地域の宝もの”と捉えているからこそ、その笑顔が嬉しくて、米どころ長岡の魅力を知ってほしくて、14年間続いてきました。子どもたちにとって、お米と向き合い続けた半年間は、“地域の良さ”を発見する貴重な時間となったはず。もし将来、彼ら彼女らがほかの地へ旅立ったとしても、「田んぼ先生」たちとの交流は忘れられない体験として記憶に刻み込まれていることでしょう。「郷土に誇りをもつ大人になってほしい」という願いを込めて、十年先も二十年先もずっと「田んぼ授業」は続いていきます。
Text:渡辺まりこ Photo: 池田哲郎