【教えて!ご主人】腕利きのコーヒー焙煎人が「地方の商店街」を選んだ理由
新潟県のほぼ中央に位置する与板は、長岡駅から車で30分のところにある、東西を信濃川と三島丘陵に挟まれた水と緑のまち。戦国時代には大河ドラマ『天地人』の主人公・直江兼続が城主を務めた城下町で、現在は6,500人が暮らしています。敵の侵入を食い止めるために作られた鍵型の曲がり道が現在も残り、歴史を今に伝える風情たっぷりの商店街は、どこかゆったりと時間が流れるような雰囲気。
この通りの一角に、真っ青な外観が目を引く一軒のお店があります。店の名は「ナカムラコーヒーロースターs」。コーヒーの焙煎所と小さなカフェを併設したお店です。一歩中に入ると、真っ白な店内にずらっと並ぶ10種類以上の豆。そして、ドーンと黒光りしながら存在感を放つ、大きな焙煎機。これだけでも、このお店のこだわりが伝わってきます。
この「ナカムラコーヒーロースターs」は、コーヒーの銘柄それぞれに特有の個性を楽しめると評判ですが、それもそのはず。店主の中村一輝さんは、業界でも名高いコーヒー専門店「丸山珈琲」で焙煎を任されていた、日本トップクラスの焙煎人なのです。焙煎技術を競う国内大会でも上位入賞を果たす腕の持ち主で、2年前に独立してこの与板にお店をオープン。常に最前線であり続けるために、焙煎機の前に立ち続けるストイックな毎日です。
中村さんは同じ新潟でもお隣の三条市出身。お店を出すまで、与板はおろか長岡とも縁はありませんでした。全国に名の通った腕利きの焙煎職人が、関東でもなく、ましてや長岡の中心市街地でもなく、与板を選んだのは、いったいどうしてなのでしょうか? 気温30度超えの暑い日に、どっしりしつつもまろやかな味わいのアイスコーヒーをいただきながら、店主で焙煎人の一輝さんと、奥様でバリスタの綾子さんにそのわけをうかがいました。
大学4年になってからコーヒーのおいしさに開眼
大学を卒業後、一旦は他の業界へ就職するもコーヒー熱は冷めず、転職。縁あって、長野県の軽井沢町にある株式会社丸山珈琲の焙煎人としてコーヒーの世界に足を踏み入れました。「焙煎人になりたかった私にとってはど真ん中の焙煎人募集の求人だったので、すぐに応募しました。丸山社長も、僕がサービスに向かない人間だと見抜いていたと思います(笑)」
こうして、一輝さんの焙煎道が幕開け。「はじめは独立することをそんなに意識していませんでした。その時がきたら考えよう、とにかく今は、ここで頑張りきろう。それだけでした」
「たまたま見つけた」与板のスローな雰囲気に惹かれた
7年働いた後、一輝さんが33歳の時に独立。開業の地として選んだのは、出身地の三条でもなく、喫茶文化が色濃い東京でもない、縁もゆかりもない与板でした。この地を選んだ理由を尋ねると、「正直に言うと、これといった大きな理由はありません。しいて挙げるなら、気持ちよく焙煎が出来そうな印象を持ったからですね」
開業の地選びの条件は、とにかくお店も暮らしもゆっくりできること、そして駐車スペースが取れることくらいで、長野県、東京都、神奈川県、そして新潟県内でも村上市から上越市まで候補として考えていたそう。「これだ!」という理由はなくとも、「僕の実家が商店街の裏で、もともと与板のような商店街や小さなコミュニティが好きだった」「ここは、商店街から一歩入るとすぐ山で、緑が近くてのびのびしていた」「まちなかとは言っても、車の往来が少なく、繁華街でもなく落ち着いた感じがよかった」そうそう、それとね……という調子で、どんどん与板の好きなところが挙げられていきます。「すごい決め手があったわけではないんです。たまたま見つけちゃったの」と綾子さん。ふたりが想い描く新天地での穏やかな暮らしが、このまちのいたるところにありました。
地元の人に愛される店
そんなこんなでお店を始めて2年。その間に、ナカムラコーヒーロースターsは、地元の人、近郊のコーヒー好きはもちろん、仕事でコーヒーに携わっている人や、中村さんのようにお店を志している人まで、多くの珈琲愛好家が足を運ぶお店に成長しました。なんと、遠くは北海道から訪れた人もいたそう。「その方はその後、オンラインショップでも豆を買ってくれ、コメントも寄せてくれました。旅の途中や、目的地として来てくれた方と、一度きりで終わらないつながりが続くことも私たちの喜びで、発送時に同封する手紙の筆が進むんです」と嬉しそうな綾子さん。県内外にコーヒー豆の卸先も増えて、それぞれの地域でも愛されているようです。お店が混雑していると「私はいつでも来れるから」と、お庭で採れたトマトだけ置いて去る、なんて常連さんもいるのだとか。さらに、出かけた先の神社で代わりにお店の商売繁盛をお祈りする人がいたり、バレンタインデーに小学生から手作りチョコのプレゼントがあったり、手作りのおかずや甘酒などをもらうこともあるのだそう。「こんなにしてもらっていいのか?と思うくらい、近所の方が親切にしてくれます。なので、安心して店も生活もできています」。おふたりのお話しを聞いていると、周りで応援している地域の人たちの笑顔が頭に浮かんできます。
「与板を選ぶきっかけ」になりたい
与板に移住してお店を開いたのには、周りの人は驚いたのでは?「『もっといい場所もあるんじゃない?』って言ってくれる人もいるけど、コーヒーが売れればいいってわけじゃないんです。暮らしてみてこの場所のよさを改めて感じ、どんどん好きになっているところですね」日々の営みを通してまちの魅力を感じているふたりは、ときどき、地元の人を見ていて複雑な心境になることがあるそう。「このまちの人は、歴史あるまちに誇りをもっている反面、なにもないまちだと謙遜している。もっと自分たちのまちを評価したらいいのにとも思います」
そして、中村さんは、今では与板のまちに暮らす一員としてこんなことも語ってくれました。「私たちがここでお店をやっていることが、移住を考えている人が与板を選ぶきっかけになれたらいいなとも思うんです」与板に根をはり、地元の人とふれあうことで、少しずつこのまちは中村さんにとっての「地元」になりつつあるようです。
これからも向き合い続ける焙煎道
今後の展望を聞いたところ、綾子さんは目を輝かせながら「焙煎工場をつくりたい」と話してくれました。「パッキングの工程では、近所のお母さん方からも力を借りたい。一輝さんは奥の焙煎工場にこもることになるだろうから、会えるのは今のうちだね。ふふふ」。そんな話を、「まったく勝手なこと言ってるなー」と笑いながら聞く一輝さん。本当にいいコンビのおふたりです。
それ以外にも、実際に生産国に足を運び、産地で見たことや聞いたことをお客様に伝えていく活動を計画しているとのこと。ただ味わうだけではなく、その豆がやってきた風土や文化的な背景も知ってもらうことで、より深くコーヒーという文化に入り込んでもらいたいのだそうです。「ゆくゆくは、飲むと世界一周のイメージが湧いてきたり、思い出がよみがえったり、すごい世界が広がるようなコーヒーをつくりたいです。イメージを呼び起こさせるコーヒーを。とくに飲食という形に限ることなく、様々な形でコーヒーの世界を表現していきたいですね」
ぜひ一度、中村さんご夫婦の待つ与板へ、コーヒーの世界をのぞきに行ってみてはいかがでしょうか。
【2021年8月9日 店舗移転】
以下店舗情報は移転後のものになっています。
ナカムラコーヒーロースターs
[住所]新潟県長岡市与板町与板乙3620-43
[電話]050-1336-5393
[営業時間]13:00~18:00
[定休日]毎週火・水曜日
[HP]http://ncrs.theshop.jp/