「育てる」から「食べる」まで—— “いのち”の全てと向き合う農業高校生たちの日々
散歩に放牧、飼料の種類……
おいしい豚肉の育て方を実験
9月。農業高校の畜舎がある鷺巣農場に着くと、生徒たちの賑やかな声が。そちらに目をやると、子豚が逃げている! 彼らは子豚を追いかけて捕まえると、リードを付け直し、周囲を「散歩」させ始めた。犬の散歩ならぬ、豚の散歩を見るのは初めてだ。
取材を受けてくれたのは、動物科学コース、養豚専攻の3年生たち。動物科学コースは、牛・豚・鶏の3クラスに分けられ、養豚を専攻する生徒たちは女子5名に男子1名だ。
ここ数年、長岡農業高校では、2頭の母豚が産んだ15~20匹の仔豚たちを3チームに分けて肥育している。1チームはケージの中で、1チームは豚用の広々とした空間で日中「放牧」し、1チームはケージで育てつつ「散歩」を日課にし、育て方を変えてその肉質の違いを調べる。
こうして160~180日ほど肥育し、体重が105~115kgになったら屠場に出荷して部分肉にし、精肉店に卸される。今のところ、「放牧」した豚が一番肉質がよく、続いて、「散歩」をさせた豚がいいそうだ。
生徒たちは、牛や豚を飼育している畜舎のそばの畑で、飼料となる野菜も自分たちで育てている。9月の取材時、畑ではトウモロコシを栽培していた。トウモロコシの実は豚の餌になるが、茎と葉の部分も牛の餌になり、無駄がない。
11月に訪れたときには、カブを収穫中だった。冷たい水で泥を落としながら、作業服が水で濡れたり、季節はずれの蚊に刺されたりと、餌をきれいにする作業も大変そうだ。
どんな餌を与えるかも、おいしい豚を育てるための研究対象だ。トウモロコシ、カブ、サツマイモ、カボチャ……。農業高校では、季節ごとに餌を変えて肉質がどう変わるかを研究している。サツマイモは脂が白く固くなり、カボチャは甘みが出るという。食べたものや、生活のしかたで、肉の味が変わる。当たり前のようだが、餌づくりから、日常管理まで、すべての自分たちの手でやるからこそ、身に染みる学習となるのではないだろうか。
生命の生まれる瞬間——
豚の分娩実習に密着
豚を出荷するまでには、種付け(カテーテルを用いた人工授精)、分娩(自然分娩)、離乳(母豚と子豚を離す)、雄豚の去勢、散歩・放牧・掃除といった日々の世話……とやるべきことは多く、動物科学コースの生徒たちは出荷までのそのすべてを体験する。
そうした多くの実習のなかでも、もっとも貴重な経験といえるのが分娩実習だ。「豚の出産が始まりそうです」と、担任の先生からの連絡を受けて、編集部も鷺巣農場に赴いた。
「動物科学コースの牛・豚・鶏の専攻者20名全員が、一度は牛と豚の分娩実習に立ち会い、交替で介助を経験することになっているんです。今の三年生たちは、すでに2回、分娩に立ち会っていますから、もう介助も任せられますよ」と話してくださったのは、大矢由美先生。自然分娩のため、タイミングは母豚次第。夜な夜な生徒が交替しながら、泊まって分娩を待つこともあるそうだ。
出産が近づいてきた。母豚のおなかはパンパンにはっており、フーフーと苦しそうに息をしている。生徒たちは息をつめて見守っている。
「あっ、出てきた!」
つるっと一匹目の子豚が生まれた。生徒たちは温かく湯気のたつ子豚を取り上げ、糸をくくってへその緒を切る。藁で皮膚のヌルヌルとした膜をふきとり、体重測定。すぐに8本の歯を切る。小さな歯だが、切っておかないと母豚の乳首が傷んでしまうので、必要な処置なのだ。「ごめんね、すぐ終わるからね」と声をかけながら、てきぱき動く生徒たち。生まれたばかりの子豚でも力は強く、噛まれれば痛い。この実習で一番大変な作業だ。さらに子豚の耳に、何番目に生まれた子かわかるように印となる切れ目を入れる。大矢先生が「任せられる」と言ったとおり、先生の立ち合いはなし。すでに介助3回目となる彼らは、自然に作業を分担しあい、役割を交替しながら、子豚たちを取り上げている。
ひととおりの処置が済んだら、母豚のもとに戻す。しかし子豚の足元がおぼつかない。生徒たちは皆心配そうだ。しばらくたってから動物科学コース担当の先生が「生まれた?」と様子を見にくる。「生まれました! でもうまく歩けないんです。お乳も飲もうとしないんですけど……」と子豚の様子を報告するが、ほどなく「あ!今飲んだ。やった!」ほっとした空気が流れる。
出産は続く。取り上げた子豚がなかなか鳴かず、「鳴いてくれ!」と懇願するようにつぶやいている生徒もいる。皆、落ち着いてはいるが、やはり生まれたての命を預かっている緊張感がある。手に分娩中の豚の隣のケージには、一週間前に出産した別の母豚もいて、コロコロとしたピンクの子豚たちが夢中で母豚の乳房にしゃぶりついている。豚は1回の出産で10匹近く産まれる。だが、生後まもなく、死んでしまう豚も何匹かはいる。そうした生死を身近に感じられる学びがここにはある。
「ここでしかできないこと」
農業高校ならではのやりがい
最初の緊張する時間帯がすぎ、次の仔豚が生まれるのを待ちながら、生徒たちに農業高校で学んだこと、これからの進路をどうするのか、聞いてみた。
大平悠里さんは農業高校での学びをきっかけに「養鶏」の分野に就職を決めたという。「私は動物が好きで、それに、肉を食べるのも好きなんです(笑)。だから、生産現場にいたくて。この仕事には、こんなに美味しく育ってくれた!という嬉しさがあるんです。自分たちで育てた豚は、ほかの肉より美味しい気がする。柔らかいし、食べごたえがある。脂もけっこうあるけど、でも不愉快じゃない味というのかな、とにかく、おいしい脂なんです!」と力説。
ところで大平さん、動物がかわいい、というのと、食べておいしい、というのは気持ちのなかで両立します? 「『かわいい』と『食べる』は別カテゴリー!」。
養豚チーム唯一の男子である早川結也くんは、農業高校で学んだことは?という質問にこう答えてくれた。「協調性や観察力ですね。集団活動では、一人が作業しているときに手のあいた人が助けにいくなど効率よく動いて助け合うことが大事になるので。それに生き物を育てていると観察力が鍛えられます。ケガしてる、とか、前に来たときより違っているとか、小さな変化にも気づくことが求められるから、養豚を通して、そういう観点が身についたかな」地元企業に就職が決まり、農業とは違う分野に進む早川くん。女子の多いチームで力仕事を率先してやっていた彼はその協調性と観察力を違う分野できっと生かしていくのだろう。
これからの農業に必要なのは
「6次産業化」
長岡農業高校には、生産技術科・食品科学科・生活環境科の三つの学科がある。入学した生徒たちは半数が、米・野菜・果物・園芸・畜産の生産を学ぶ「生産技術科」に進むが、半数は、食品製造・加工を学ぶ「食品科学科」と、食生活や環境を学ぶ「生活環境科」に進む。
長岡農業高校の木村和史教頭先生は、現在の農業高校をこう語る。「今や、農家は作物を育てるだけの時代は終わり、自社で商品開発をするところが増えている。そのため、長岡農業高校では、6次産業化(※)まで意識した授業を行っています。だから、『農業がやりたい』『動物が好き』といった理由のほか『食品を扱う仕事をしたい』という女子学生の志望も多いんですよ」
進学・就職の率も高く、生徒が進路に困ることはほとんどないが、一方で、農業への求人そのものがそれほど多くなく、生徒たちの就農率は決して高くないのが現状だそう。しかし木村先生は「将来就農しなくても、多くの生徒たちがこの学校で学ぶというのは、非常によいことだと思っています。生徒たちは農業にとって『未来の消費者』です。将来、食や環境を学び、考え方を深めた消費者が増えることに意味があると思うんです」と語る。
※6次産業化……農業や水産業などの第一次産業が、生産だけにとどまらず、それを原材料とした食品加工・流通販売、地域資源を生かしたサービスなどに踏み込み、経営を多角化させること。
農業高校の豚肉の
販売現場を直撃!
長岡市内に、農業高校の生徒たちの育てた肉を店頭においている精肉店がある。お肉の品質の良さと、お惣菜の豊富さで地元で人気の精肉店「せきよう肉店」だ。農業高校生たちの豚肉はお客様にどのような評価を得ているのか。お店で関博海さんにお話しを聞いた。農業高校の豚肉は不定期入荷となるが、「農業高校のお肉を楽しみにしているお客様は大勢いらっしゃいますよ。次に入るのはいつか聞いてこられる方もいるくらいです」と関さんは語る。
「私どもの店はエンドユーザーと直結しています。店頭でダイレクトに反応が伝わってくる。お客様や私たちの感想を伝えるうちに、年々、豚の放牧日数の研究が進んでいったんじゃないかな。例えば、豚の放牧は日数が長ければいいってもんじゃない。放牧で筋肉を発達させるのはいいんですが、やりすぎると脂が少なくなりやせてしまう。豚肉の美味しさって『脂』なんですよ。ジューシーなお肉にするには、出荷前一カ月くらいは、豚にゆっくりしてもらうと、ストレスもなく、脂身が適度で、それまでの運動も生きた美味しいお肉ができる。私たちの要望に応えて、放牧期間を調整したり、豚舎で太らせて出荷するようになったら、本当にすごく美味しい、いいお肉になりました。私たちも取り扱いがいがあります。」
「2~3年前になりますけれど、生徒さんたちに、店頭で販売のお手伝いをしていただいたこともありますよ。さらに、自家製ソーセージが名物の市内のお店『バーデンバーデン』で、農業高校産の肉を使って生徒さんがハムソーセージ作りを実習したこともありました。今はよく6次産業化といわれますが、農業高校ではまさにその体験ができますよね」(関さん)
12月。農業高校の豚肉が「せきよう肉店」に出荷されると聞いて、早速行ってみた。「今日の豚肉は、農高のお肉です。放牧させているから美味しいですよ!」と、関さんがお客様に話している。買ってきた豚肉をなるべくシンプルな味つけで、さっと焼いて食べてみる。脂が多いのにくどくなく、甘みがたまらない。9月に訪ねたときに散歩していたあの豚たちだろうか。命に感謝し、また育て上げた生徒たちの努力も思いながら、ありがたくいただく。
動物にどんなものを食べさせ、どんな生活をさせたら、どんな肉になるのか。生き物の誕生の瞬間に立ち会い、育て上げ、食肉処理場へ運ばれ、食料となるまでを数多くの実習や研究で、体験してきた生徒たち。一生身になる学問とは、こういう学びではないか。そして、そんな学びを求めて、今若者たちが農業高校の門をくぐるのではないか。
動物科学コースの3年生たちに、なぜ進学先に農業高校を選んだのか、聞いてみた。「動物が好きだから動物関係の仕事に就きたくて」「親戚が農家をやっていて自分もやりたいと思って」など、最初から農業に関心が高かったという答えもあったが、多かったのが「将来を考えたときに普通科ではないところで勉強がしたかった」「農業高校は実習が多くて、楽しそうだなと思った」という声だ。彼らの多くが口にしていたこと――「体験しなきゃわからないことがある」。
「毎日やることがいっぱいあって、楽しい学生生活だった」と笑顔で語ってくれた生徒たち。3年間の「生きた体験」を糧に、生産者として、よき消費者として、彼らの食べ物との付き合い方が、実のあるものになるように、と願ってやまない。
Text & Photos : Chiharu Kawauchi
新潟県立長岡農業高等学校
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