微生物のチカラで元気な魚を育てる。SDGsにも貢献する長岡技術科学大学の水質改善技術とは?

 

「SDGs」という言葉は、そろそろ皆さんの耳にも馴染んできたのではないだろうか。国連が設定する、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標のこと。2018年から取り組みがスタートし、さまざまな企業や大学が参加している。SDGsには達成すべき17のゴールがあるが、その9番目のゴール(ゴール9)「産業と技術革新の基盤をつくろう」に関する世界的な学術研究拠点、通称「ハブ大学」に任命されているのが、長岡技術科学大学だ。2018〜2021年の第一期を終え、現在は2024年までの第二期である。以前、「な!ナガオカ」では微生物研究で暮らしを豊かにする、長岡発酵界のキーマン・小笠原渉氏の研究内容を紹介したが、その他にも、長岡技術科学大学には興味深い研究があふれている。

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今回注目したのは、微生物による水質改善を専門とする山口隆司教授の研究室だ。微生物をうまく活用することで、水資源が不足している地域でも元気な魚を育てることができ、さらには世界の食糧危機や環境汚染の防止にもつながる研究をおこなっているという。詳しい内容を知るため、研究室を訪れることにした。

長岡技術科学大学の敷地内に佇むスプリックスドーム。

 

室内は木の良い香りでいっぱい。1階はメインで使用する講義・ミーティングスペース。2階のロフトはビーズクッションで寝ころべるリラックス空間となっており、自由なアイデアを生み出すための環境を整えている。

訪れたのは、長岡技術科学大学の敷地内にある「スプリックスドーム」。2020年に建設されたユニークな外観のドーム型建物で、同大学が運営する「アイデア開発道場http://idea-do.ac.jp/」(企業×学生で商品・事業のアイデア開発に取り組むプロジェクト)拠点として活用中。この建物では水圏土壌環境研究室(山口研究室)と東京電力ホールディングスの共同研究により開発された「自立式浄水プロセス」が採用されており、次世代型のエコシステムとして注目されている。

マレーシア出身のヌルアデリン・アブバカル助教。2019年には水交換不要な水槽システムとして提案したアイデアが、Japan Business Model Competition(JBMC2019)の優秀賞を受賞した。

今回、水圏土壌環境研究室の研究内容について教えてくれたのは、ヌルアデリン・アブバカル助教。マレーシアの高校を卒業後、留学生として長岡高専電気電子工学科に入学。その後、長岡技術科学大学環境システム工学科に編入し、修士・博士課程を修了した後、助教を務めている。おもに水処理システム開発、水質モニタリング調査の分析研究を行っており、現在は水処理技術から生み出されたビジネスアイデアを元に、研究者を続けながらの起業に向けて奔走している(起業内容については後ほど紹介する)。

仕組みの決め手は「微生物」!
電力を使わず雨水を生活用水に

「水圏土壌環境研究室では、微生物の力で水をきれいにする研究を行っています。例えば、いま私たちがいるこの建物『スプリックスドーム』のトイレや手洗い場に使用している水は、雨水を微生物の力で浄化したものです。この仕組みは、大きな電力が必要ないため、災害時など水が不足する時にも役立ってくれるんですよ」

トイレの水はタンクに流した後、浄化装置できれいにして循環しながら使用している。

 

災害時で水や電力が不足している際でも、生活用水の確保ができるため、トイレや手洗い場は問題なく利用できる。

 

スプリックスドームから十数メートル離れた場所に設置されている浄化装置。

雨水を生活用水に変えるのは、こちらの浄化装置。プレハブの建物の中には、なにやら大きなタンクが入っている。詳しい技術は「企業秘密です」とのことだが、簡単な仕組みについて解説してもらった。

「まずはプレハブの屋根から雨水を回収します。回収した雨水は建物の中にあるリアクターによって雨水をきれいにしてくれます。ここで活躍するのが、微生物です。リアクターの中には微生物が生育する“特殊な微生物カプセル”によって雨水に含まれる有機物や窒素化合物を分解してくれるんです。さらに、有機膜を付属すると、飲料水レベルまで確保できます」

微生物が生育する「微生物カプセル」。浄化処理システムに欠かせない

浄化装置で微生物が生育する“微生物カプセル”こそ、微生物が育つための重要な要素。この技術は1990年に長岡技術科学大学で開発されてから、改良を積み重ねて進化を遂げてきた。微生物の生存に不可欠な酸素を保ちやすい通気構造になっており、最大限に微生物の分解力を発揮できるような環境となっている。

今後は、実証試験によって装置の最適化を行うことで、実用化を目指している。

ちなみに、リアクター装置を稼働させるためにはポンプを動かすための電力が必要となるが、浄化装置付近に設置したソーラーパネルでまかなっている。太陽光エネルギーが不足している場合は、小型ジェネレーター(灯油で電気をつくる小型発電機)を使用。基本的に水は重力で流下するので、消費電力は最小限で済む。つまり、自然エネルギーと微生物の力だけで生活用水にすることができるというから、驚きだ。

養殖産業をサステナブルにする
「アクアポニックス」の可能性

さらに、微生物を利用した水質改善技術は、農業や養殖業にも役立てることができるそうだ。ヌルアデリン助教が解説してくれた。

「通常、養殖をするときはこまめな水質管理が必須となります。なぜなら、魚が排せつしたフンや食べ残したエサから発生したアンモニア態窒素(窒素化合物)が魚にとって有害物質だからです。飼育タンクのアンモニア濃度が高くなれば、魚は『アンモニア中毒』になって死んでしまいます。ですから、水中アンモニア濃度を希釈するためには、定期的な水交換が必要となります」

そのため、従来の養殖は水質管理に大変な手間とコストがかかり、安全な水質を保つことは常に課題となっていた。養殖業に立ちはだかるそんな大きな壁を打ち壊したのが、水圏土壌環境研究室が取り組む「アクアポニックス」という技法だ。

野菜を育てるプランターと魚を養殖する水槽を、フィルター装置でつないで循環させている。

「『アクアポニックス』とは、養殖業と水耕栽培をかけ合わせた画期的な仕組みです。これまで処理に悩んでいた硝酸態窒素は、実は野菜の栽培の肥料となり、有効的に活用できます。つまり、魚の飼育水を野菜栽培水に活用して水を循環させることで、魚も野菜も元気いっぱいに育つのです」

アクアポニックスの循環装置で活躍するのは、生活排水の微生物フィルターとしても使用した「微生物カプセル」だ。中には、魚にとって有害となるアンモニアを分解する微生物を培養しており、窒素化合物の循環の仕組みをつくっている。

微生物は環境変化にとても敏感なため、顕微鏡を使用した定期的な観察は欠かせない。

水圏土壌環境研究室では活動の一環として、微生物の繁殖状態の観察も行っている。微生物の活動は、温度やpHに左右されるため、ひとたび環境が変わると数が大きく増減し、期待する分解効果が得られなくなるそうだ。特に、雪国新潟では秋冬の寒さに注意が必要で、微生物の様子を注意深く観察しながら、快適な環境をととのえてあげることこそが人間の仕事だといえる。

ストレスなく育てる錦鯉の養殖や
1500㎞超えの長距離魚輸送にも応用

微生物の分解パワーによる水質改善技術は、その他にもさまざまなケースで役に立つ。例えば、長岡市の象徴ともいえる「市の魚」錦鯉は、デリケートでストレスに弱い魚の代表格だ。いい環境で育てるためには水の交換作業が欠かせないが、そのために錦鯉を別容器へ移動させるだけでもストレスがかかることは、以前から問題となっていた。そこで、微生物カプセルを利用したフィルター装置を使用してみたところ、錦鯉にとって有害な物質を除去してくれるため水交換は不要に。おまけに、交換のため水から出した際の病原菌感染のリスクもなくなると、良いこと尽くめだ。実際、水圏土壌環境研究室の開発した浄化装置を使用して育った錦鯉は、第67回・第68回全日本錦鯉品評会において二年連続で一席を獲得し、ストレスフリーの飼育効果を証明した。

様々な種類の魚を水槽に入れて、微生物を活用した浄化フィルター装置を実験中。

もちろん、水交換をすることでストレスを感じるのは錦鯉だけではない。これまでに長岡技術科学大学では、ティラピア、クエ、ブリ、ウナギなどの魚の養殖実験を行い、微生物フィルターを使用した浄化水を使用することで、どの魚も健康に育つというデータが取れている。

また、浄化装置の技術は、魚の養殖だけでなく輸送にも役立つ。過去に山口教授と研究チームが巨大なブリを元気な状態で輸送するため、鹿児島県から新潟県まで全長1500km以上にわたる距離をトラックで運ぶ実験を試みた。通常、ブリのような大きな魚を生きたまま運ぶのは難易度が高く、実際に行われることはほぼない。水が大量に必要になるし、ブリが排出するアンモニアを希釈するために、途中で水の交換が数回必須となる。もちろん手間とコストがかかるうえに、ブリも弱ってしまうのでデメリットは大きい。だが、この問題も、微生物カプセルを利用したフィルター装置を使用すれば、簡単に解決できるのだ。実験では、水の交換をすることなく、最短時間で元気なブリを運ぶことに成功した。

砂漠でも新鮮な刺身が食べられる!?
微生物フィルター装置の可能性

このように、微生物を活用した浄化装置は、大きなポテンシャルを秘めている。そして、それは単に魚の養殖や管理のプロセスにおける利便性というだけに止まらないのだ。「微生物を用いた水の浄化は、世界的な食糧問題や水不足を解決する、サステナブルな取り組み」であると言うヌルアデリン助教は現在、この画期的な技術を世界に広めるため起業準備に勤しんでいる。

「人口増加による食糧不足の問題は深刻です。2050年には、世界の人口は現在より20億人増えていると予想されています。海から獲れる水産資源の量には限界があるので、魚を確保するためには養殖を増やすしか術がありません。ですが、陸上養殖は水の入れ替えが必須ですし、怠ってしまうと魚がストレスで死んだり、感染病にかかったり、海や川へ汚水を排出すれば環境汚染となってしまいます。想像以上に実行のハードルは高いんです。
そこで、私は『微生物を活用したフィルター装置』を販売することで、限りある水節約しながら低コストで循環させる仕組みを広げていきたいと考えています」

商品販売するフィルター装置の試作品(デザインはまだ構想段階)。中央の細長いガラス管に微生物カプセルを詰めて、浄化する仕組みになっている。

ヌルアデリン助教の構想によると、このフィルター装置を使えば、例えば砂漠など水資源が不足している地域でも陸上養殖がじゅうぶん可能だという。「砂漠でもおいしいお寿司やお刺身が食べられるようになりますよ」と未来を語り、将来的には世界の食糧問題や水不足問題を解決する一助として、浄化技術を広めたいと話す。そのための第一歩は、日本から。災害時など電気が使えない状況でも問題なく浄化できる装置の普及を目指すことで、水不足解消を目指している。

「現在はまだ、市場リサーチの段階です。微生物フィルター装置がどの分野において需要があるのか、見定めるところから始めています。魚の陸上養殖はもちろん、錦鯉などの観賞魚の生育、ペットショップや水族館などでの活用も考えられますね。まだプロジェクトが動き出したばかりですが、2023年には商品を形にして販売をスタートさせたいです」

「長岡発」の水処理技術が
世界的な水資源問題の答えになる

長岡技術科学大学が達成を目指すSDGsのゴール9「産業と技術革新の基盤をつくろう」は、まさにヌルアデリン助教が目指す目標!

マレーシアからはるばる日本にやってきたヌルアデリン助教。長岡技術科学大学に編入した際には、起業を視野に入れて2019年にMBAを取得した。それは、研究家として単にデータを扱うだけでなく、「価値ある技術を実用化することで、世界をより良くしていきたい」と心に決めたことからの選択だったという。

「私が生まれ育ったマレーシアは、全地域の水がきれいとはいえません。いくつかの地域に水の浄化技術が遅れていますので、早急に水処理技術をアップデートする必要性を強く感じています。また世界に目を向けると、アフリカや東南アジア諸国も同様に、水処理に関する深刻な問題に直面しています。アフリカに関していえば、さらに電力も不足していますので、太陽光など自然エネルギーを使った新しいシステムが求められていますね。
日本では災害時くらいにしか起こらない水や電力不足ですが、世界の一部では“日常の困りごと”となっています。私が提案する微生物を活用したフィルター装置で、そうした世界規模の問題解決に貢献していきたいです」

これからは、限りある資源を分け合わなければならない時代。微生物の力で水をきれいにする技術は、水資源や水産資源の枯渇のスピードを緩め、持続可能な社会をつくるための大きな助けになる可能性を秘めている。長岡発の技術が世界を救う、そんな未来像を描いてみるのもいい。

Text and Photos: 渡辺まりこ

●Information

長岡技術科学大学
[住所]新潟県長岡市上富岡町1603-1
[HP]http://www.nagaokaut.ac.jp/
[水圏土壌環境研究室(山口研究室)HP]https://www.ecolabnagaokaut.com/

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